心が聞こえる二人の恋の物語

たっこ

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『なんで昨日電話に出なかった?』

 次の日、遅刻して教室に入った俺に、さっそく心の声が飛んできた。

『ごめん黒木ー! 昨日なんかコテンて寝ちゃってさー! 遅刻までしちゃったよっ。やべぇっ』
『……そうか。ならいいんだ』

 ホッとした顔で俺を見る黒木に胸がぎゅっとなった。
 うわ……やば……顔が熱い……。胸が苦しい……。
 いやダメだろこれっ。俺はまた慌ててジョージの呪文を唱える。
 (スマイザゴウトガリアリサダクデンヨモツイ……)

『おい』
『ひゃいっ』

 ……変な返事になっちゃった……。

『お前昨日もそれ思い出してたろ? なんだ急に』
『……いやーなんか昨日からずっと頭から離れなくてさぁ。なんでだろ。あはは……』

 どこか怪訝そうな顔の黒木を見ないように、教科書に視線を落とす。
 呪文なんて別に思いが強いわけでもないのに、なんで俺はダダ漏れになるんだよ……。
 いやダメだ。この思考すらダメだろっ。
 もう仕方ないから呪文を唱える。
 こんなんで乗り切れるのか不安だ……。

『あ……なあ黒木』
『なんだ』
『昨日のって……どうなったの?』
『なんの話だ?』
『だから……告白』
『……ああ。断ったに決まってるだろ』
『そ、そっか』

 断ったんだ。……良かった。とホッと胸を撫で下ろして、ハッとしてまた呪文を唱えた。
 
 帰りのHRが終わって、黒木がリュックを背負って俺の席までやってきた。

「野間。お前やっぱりなんかあった? 大丈夫か?」
「……えっ、なんで?」
「一日なんか変だったろ……。帰りにお前が先に俺のとこに来ないのも初めてだ」

 確かに、俺はいつも終わったとたんに黒木の席に飛んでいく。黒木から来たのは初めてだ。

「なんもねぇよ? なんか昨日から疲れててさー。風邪引いたかな?」
「……大丈夫か? なら今日はまっすぐ帰れ」
「えっ! やだっ! 行くっ」

 今日は金曜日だ。いままでずっと休み前は必ず黒木の家だった。
 怖いけど……そばにいたい……。
 (スマイザゴウトガリアリサダクデンヨモツイ……)
 慌てて呪文をかぶせたけど間に合ったかな……。
 黒木がじっと俺を見てるのがわかって、顔を上げられない。

「か……帰ろ帰ろっ。今日はなに食べる?」

 そうだ、なに食べるか考えよ。
 黒木は意外と偏食だからな。野菜がいっぱいとれるし鍋にするか?

「なぁ、今日鍋にしない?」
「……いや、暑いだろ……もう夏だぞ?」

 確かにもう夏だけど、うちは鍋食べるよ? あれ? うちって変なのか?
 
「野間の家では夏でも鍋食べるのか」

 クックッと笑う黒木にちょっと嬉しくなる。
 笑ってくれたっ。
 
「よし、鍋にしよっ。あ、俺キムチ鍋がいいなっ!」
「俺は石狩鍋がいい」
「え、魚じゃん。黒木、魚嫌いだろ?」
「鮭は好きだ」
「へー! いいよ、じゃあ今日は石狩鍋なっ! ……って、いま生鮭売ってなくね?」
「……知らん」
「いや、売ってねぇって。やっぱキムチ鍋だなっ」
「……石狩鍋が良かった」 

 笑いながら黒木と話してて、あれ、と気がついた。
 そういえば、最近黒木の心が静かすぎる……。
 いくらなんでも静かすぎるだろ……。
 だんだん聞こえることが増えてきたって喜んでたのは、もうだいぶ前だ。
 ハッとした。色々考えがあふれてきて慌ててまた呪文を唱える。
 呪文を唱えるたびに黒木の視線を感じる。
 でもこれをやめたら……そっちの方が怖い。

「黒木、早く鍋の材料買いに行こー」

 俺は早足で先を急いだ。




 黒木がシャワーに入ってる間、俺はバスルームから一番離れた部屋の隅に膝を抱えてうずくまった。
 シャワーの間だけはうるさくて心が聞こえない、と黒木が言っていたから大丈夫……。俺は深い息を吐いて呪文を唱えるのをやめた。
 最近黒木の心が静かすぎる……。さっき気づいたことを思い出しながら泣きそうになった。だってそれって、俺のことを全然考えてないってことじゃん……。
 最近の黒木は、心を読んでもいつも本の世界に没頭してた。前に言ってた精神統一なんかじゃない。そんなの一日中やってるわけない。
 授業中に映像を見られてるのだって、最近は俺ばっかりだ。黒木の映像なんてもうずっと見てない。可愛いも聞いてない……。
 学校でカーディガンが必要になることなんかもう全然ない。
 もう俺といることに慣れちゃったのかな……。
 俺のこと……思い出しもしないくらい……きっと慣れちゃったんだな……。
 いいことじゃん。黒木の日常が戻ってきたってことだよな……。
 黒木がまた前のように本に没頭できるくらい、俺と一緒にいるのが普通になったってことだよな……。
 いいことじゃん……。

 
 
 
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