心が聞こえる二人の恋の物語

たっこ

文字の大きさ
上 下
38 / 83

38 *

しおりを挟む
 鼻の奥がツンとして涙がにじんだ。
 そんな風に思えるわけない。
 黒木の恋人になりたいとか、黒木に俺を選んでもらいたいとか……そんなの夢のまた夢じゃん……。
 もっと俺のこと、いっぱい考えてほしい……。
 心が聞こえてくるくらい、俺のこともっと考えてよ……黒木……。
 俺を好きじゃなくてもいいから……考えてよ……。
 涙があふれて、スウェットの袖で何度もぬぐった。

 黒木とキムチ鍋を食べて、勉強をして寝る準備をして、ルーティーンが残り一個になる。
 始まる前から心臓が破裂しそうで、苦しくて泣きたくなった。

 ベッドに横になると、いつものように黒木が俺を抱き寄せた。
 もう心臓が壊れそう……でも黒木の腕の中……嬉しい……。
 もうずっと頭の中で呪文を唱えてる。それでも隠せてるのか自信がない……。
 黒木が俺の頭を支えてゆっくりと枕に沈めた。
 俺の髪を整えるように撫でる手が優しくて、心が震える。
 
「……また呪文か……?」
「……なんか、ほんと頭から離れなくて。変だよなー?」

 黒木が無言で俺を見る。
 相変わらず黒木の心は静まり返ってた。恐る恐る心を読んで、読まなければよかったと後悔した。
 ……こんなときでも……本なんだな……。
 また喉の奥が熱くなって涙があふれた。

「……野間? どうした?」

 黒木が俺の顔を見て目を見開く。
 涙の浮かんだ顔をこれ以上見られたくない。俺は黒木のうなじを引き寄せて唇を合わせた。

『野間? お前……本当になにがあった?』
『黒木……お願い……いっぱいキスして。いっぱい……抱いて……。俺をめちゃくちゃに抱いてよ……』
『おい?』
 
 黒木がグイッと俺の身体を離し、唇も離れた。
 こらえきれずにあふれ出た涙が、目尻からこぼれ落ちる。
 俺は必死で呪文だけは唱え続けた。
 
「……おい、野間。本当にいったいどうした?」
「……なんも……聞かないで……頼むから。……今日は……めちゃくちゃに抱いてくれよ……」
『頼むよ……黒木……』
「……俺には話せないことなのか? 俺は……お前の力になれない?」
 
 黒木が心配そうに俺を見つめて、頭を優しく撫でる。
 流れた涙を吸い取るようにキスをして、ちゅっちゅっと顔中にキスをする。

「……ん、……黒木……」
「泣くな、野間。俺がそばにいるから。ずっとお前を支えるから。だからなんでも話して俺を頼れ」
「……く……くろ……」
 
 ぶわっと感情があふれて、それでも呪文は必死で唱える。涙があふれて止まらない。
 黒木……黒木……好……(スマイザゴウトガリアリサダクデンヨモツイ……)

「……俺に話せないなら……野間が呪文で落ち着くならそれでもいい」

 顔中のキスが止まらない。
 優しいキスが次々と降ってくる。

「野間が望むなら、いくらでも抱く。めちゃくちゃに抱いてほしいって言ったこと、後悔するくらい……めちゃくちゃ優しく抱いてやる」

 黒木はそう言うと、いつも以上にゆっくり優しく、身体中を舐めて撫でてキスをした。
  
「……はぁっ、ン……ッ、あ……くろ……き……っ」

 キスひとつだけでも、いままでの何倍もドキドキした。黒木の指が身体にふれるだけで心が震えて涙が出た。
 好きだと自覚したあとに抱かれるのは、いままでの何倍も幸せで……そして悲しかった。
 俺は心臓が破裂しそうだったし、何度も呪文が途切れそうになった。
 
「あ……っ、あっ、ンッ、くろ……ひぁぁ……っ、アッ」
 
 黒木は……なんで俺を抱いてくれるんだろ……。
 呪文が途切れて漏れた心に、「野間が……可愛いからだ」と耳元でささやかれた。嬉しくて涙がこぼれた。
 いまなら俺のこと、少しだけでも考えてくれてないかな……。いまなら……ちょっとだけでも……。そう期待を込めて、何度も何度も黒木の心を読んだ。でもやっぱりずっと本の世界で、心を読むたびに悲しくて涙が出た。
 絶望の縁まで行きかけたとき、やっと聞こえてきた黒木の『可愛い』が、魔法のように俺を幸せにした。
 いまはもうときどきだけど、抱かれてるときは黒木の心が聞こえてくる。最中の『可愛い』だけはいまでもまだ聞こえてくる。
 黒木の心が聞けるなら、俺は一日中黒木に抱かれていたい……。もっと心の声を聞かせて……黒木……。

「……野間……あんまり可愛いこと言うな」

 また呪文が途切れた。俺は慌てて呪文を必死で唱える。
 こんな呪文でごまかすなんて、いつまでも続くわけない……。
 いつか気持ちを読まれて、この関係が終わってしまうかもと思うと、俺は死ぬほど怖くなった。

 
 
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生者バトルロワイアル

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

女子高生、女王になる〜ラスト・クイーン〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

どうやら、我慢する必要はなかったみたいです。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:101,907pt お気に入り:3,548

悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:26,938pt お気に入り:5,945

婚約破棄?その言葉待ってました!(歓喜)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:128

妹にあげるわ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:133,700pt お気に入り:2,863

処理中です...