【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
101 / 154
冬磨編

29 好きなのは一人だけだ

しおりを挟む
 翌日。天音との待ち合わせにバーに向かっていると『悪い。残業になった。ちょっと遅くなる』と天音から連絡が入った。
 約束の日に残業なんてめずらしいからよっぽどなんだろう。今日も帰すつもりは無いし『焦んなくていいよ。マスターと楽しく待ってるから』と返信しながら、好都合だなと笑みが漏れた。
 天音が来る前に何かトラブルが起こったことにして『俺のセフレみんなが危険に合うかもしれないから今後は出禁になった』と言うつもりだった。
 俺は、天音よりも先にバーに着くよう急いでいた足をゆるめる。残業なら安心だ。

 昨夜は帰宅してから、今日のためにポトフを作った。
 天音をマスターに会わせたらすぐにバーを出て、俺の家に連れて行くつもりだ。
 今後、バーでは待ち合わせをしない。それなら天音の会社から近い俺の家でいい。ならもう今日から連れて行く。ホテルなんてもう使わなくていいだろ。そう思ってポトフを作った。具材をいっぱい入れれば作りすぎた振りがしやすい。圧力鍋で肉をトロトロにして野菜は後入れ。久しぶりの母さんの味。天音の口に合うといいな。

 気もそぞろにバーのカウンターで一人酒を飲んで天音を待つ。
 マスターと軽く会話をしながら、ここで飲むのも今日で最後かと思うと少し寂しくなった。
 明日からは、このバーでの時間が恋しくなるかもしれないな。
 そんな感傷にひたっていると、そばに男が駆け寄ってきて突然バンッとカウンターを叩いた。
 ハッとして見ると、その男はヒデに要注意だと言われた真だった。真が険しい表情で俺を睨みつけてくる。
 昨日も今日も何度も電話をかけたが、結局真とは話ができずじまいだった。
 
「どいつっ?」
「なに?」
「どいつだよっ、冬磨を独り占めにしてる奴はっ!」
「おい、落ち着け。ちゃんと説明するから」
 
 天音が残業でよかった。ホッとするよりも心臓が凍った。
 残業じゃなかったら、もし俺より先に来いていたらどうなってた?
 想像して青くなる。
 俺はどうしても、一日でも早く他のセフレとの関係を終わらせて天音に会いたかった。天音に言えるわけでもないのに、少しでも誠実な男になりたいという気持ちから、今日天音に会う前にセフレを整理しようとした。前日なら大丈夫だろうと思った俺が間違ってた。

「落ち着け? 落ち着けるわけねぇだろっ! 冬磨はみんなのものなんだよっ! 抜けがけは許さないって決まりなんだよっ! みんなずっとそうやってきたんだよっ! どいつだよっ、ルール守んねぇ奴はっ! どうせ待ち合わせしてんだろっ?!」

 やっぱり今日なら天音に会えると狙ってきたんだな。

「真、聞いてくれ」

 キッと俺を睨みつける真の目は、俺を好きだという目には見えない。今までも真からそう感じたことはなかった。だから、どうしてここまで真が激高してるのかわからない。

「俺が勝手に好きなだけなんだ。向こうはセフレとしか思ってない。好きだってバレたらたぶん切られると思う」
「はぁ?! なんだそれっ。なんでそんな奴っ。だったら俺でいいじゃんっ! 俺を選べよっ!」
「……ごめん。それはできない。俺が好きなのは一人だけだ」
「そいつを選んだってセフレでしかないんだろっ?!」
「そうだよ」
「俺なら恋人になれるっ!」
「真は……俺が好きだったのか?」

 その質問に、真はさらにキッと俺を睨みつけた。

「好きになるなって言っといてそんな質問ずりぃだろっっ!!」
「真……」
「冬磨とどうにかなるなんて期待すらできなかったっ。だから最初から諦めてたっ! こっちには期待すら奪っといて自分はセフレを好きになったとかふざけんなっ!!」
「……だな。ほんと、そうだよな。……ごめん、真」

 真の言う通りだ。正論すぎて耳が痛い。相手には制限しておいて俺だけ自由なんて、ほんとふざけんなって話だよな。
 そう思って謝罪すると、真はグシャッと顔をゆがめて背負っていたリュックで俺を叩き始めた。

「謝んなよっ!! なんだよっ!! 急に人間臭くなるなよっ!!」
「……ごめん。ほんと、ごめんな真」
「謝んなーっ!!」

 そのあとは一瞬だった。マスターが慌ててカウンターの外へ出ようとしていた。他の客が真を止めに入ってくれた。その瞬間、リュックがカウンターの奥に並んでいる酒瓶に当たり、大量の瓶が落ちて派手に割れる音が店内に響き渡った。落ちた瓶のすぐそばにマスターがいた。

「マスター! 大丈夫かっ?!」
「……お、おお、無事っぽい」

 真は数人に抑えられてしゃがみこみ、グズグズと泣き出した。
 カウンターから出てきたマスターが、俺を引っ張って奥へと連れて行き耳打ちしてくる。

「冬磨、天音は? 足止めした方がいい」
「あ、ああ、でも……」

 真を他の人に任せたままでいいのかと躊躇したが「ひとまずお前は足止めっ」そう言われて急いで天音に電話をした。
 もうすぐ着くところだと言われて冷や汗が流れる。とりあえず駅に戻ってコーヒーショップで待つように伝え、俺は真の元に戻った。
 大惨事になった店は今日はもう営業はできないと判断して、大半の客には帰ってもらいドアにはクローズの札を下げた。真と、片付けを申し出てくれた数名だけが店内に残る。

「本当はわかってるだろ、真」

 椅子に座らされた真は、自分のしでかしたことに青くなっていた。マスターが真をなだめるように背中を優しく撫でる。
 マスターの指示で、俺は割れた瓶や濡れた床の始末のほうにまわった。

「今日久しぶりに会ってみて、真も感じただろ?」
「…………なに……を……」

 片付けながら二人のやり取りを見守ることしかできない。もどかしい。

「冬磨、変わっただろ? 表情も、雰囲気も、今までとは全然違うって気づいたよな?」

 沈黙が答えだと言うように、マスターは続けた。

「全部、一人の子がそれをやってのけたんだよ。誰にもできなかったことを実現させたんだ」
「誰にもできなかったことって……」
「冬磨の心を救うことだ」
「冬磨の心……」
「冬磨はさ、色々あったんだよ。ずっと救いを求めてた。でも、冬磨の硬い殻を破ったのはその子だけだった」
「お……俺だってっ。わかってれば俺だってっ」

 マスターは静かに首を横に振った。

「その子は何も知らずに成し遂げたんだよ。しかも、そんなすごいことをやったなんて本人は何も気づいてない。あれはさすがの冬磨でも落ちるよ。だからもう諦めな」
 
 マスターの言葉が伝わったのか、真はそのまま黙り込んだ。
 まだ納得した顔ではなかったが、真は一応落ち着いた。警察沙汰にならずに済んでよかったと、俺は胸を撫で下ろす。
 弁償は俺がするから、と真に伝えた。「どうして冬磨が」「ダメだ」「嫌だ」と首を振り続ける真を、「嫌な予感がしたんだよ。来てよかった」と駆けつけたヒデが連れて帰ってくれた。

「ごめん、ほんと俺が弁償するから」

 マスターはそんな俺の言葉に苦笑した。

「まぁ、じゃあ半分もってもらうかな?」
「いや、全部もつよ」
「それくらい真に払わせればよかっただろ」
「……いや。悪いのは俺だから」
「ま、とにかく、半分でいい。早く天音のとこ行ってやんな。心配してるよきっと」

 店内の混乱は大方片付いていた。
 俺はマスターの言葉に感謝しつつ、急いで天音の元に向かった。

 
しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...