【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

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冬磨編

36 天音の幸せを願うなら……

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 次の日。俺は直帰できるよう外回りの仕事をねじ込んでまで、早くに帰宅できるようにした。
 これだけ連日あの男の家に来てるんだ。きっと今日も来る。
 あの男がただのダチなのかセフレなのか、どうしても知りたい。
 二人が一緒のところを見れば、雰囲気でわかるかもしれない。それを期待していた。
 直接聞けば答えてくれるのかもしれないが、それは怖くてできないチキンな自分に嫌気がさす。
 駅から家までの道を歩きながらどこで天音を待とうかと悩み、本屋が時間をつぶしやすいなと店内に入った。
 入口のガラス張りから天音が来たら見える位置に立ち、本を手に取って開く。でも、もちろん本は読まない。天音が早く来ないかと入口ばかり見ていた。
 …………俺、相当やばいな。これやばいやつじゃね?
 これがストーカーじゃなかったらなんだろな……。そんなことを考えてズンと気分が沈んだ。
 …………やっぱやめよう。
 本を閉じてそっと棚に戻し、俺は店を出た。
 気になるなら本人に聞けばいい。なんてことないかもしれない。天音のことだから「それが何?」って言いながら普通に答えてくれるかもしれない。
 結局のところ俺は、ダチだろうがセフレだろうが、毎日のように天音が通っていることが気になるんだ。そこにどんな理由があるのか知りたいんだ。
 でも、そんなことはチキンの俺が聞けるはずもなかった。
 最後に一度だけ駅の方向を確認してから帰ろうとして、見つけてしまった。まだ遠くてはっきりとは見えないのに、あれが天音だとすぐにわかった。今日も男と二人で歩いてる。
 やっぱり今日も来たんだな……。グッと胸が苦しくなった。
 天音がだんだん近づいてきて表情が見えるようになってくると、あれは本当に天音なのかと疑いたくなってきた。
 そこにいるのは、俺の知らない天音だった。
 いや、何度も想像した。笑顔を取り戻したらどれだけ可愛いかと。その想像した天音がそこにいた。隣の男を日だまりの笑顔で見上げる天音は、本当に天使のようだった。

 俺が取り戻してあげたいと思った笑顔は、すでにあの男が取り戻していた。

 途中で二人が立ち止まる。何を話しているかまでは聞こえないが、天音の顔が赤く染まったのを見て俺は悟った。
 天音はあの男が好きなんだな……。
 でも、たぶん報われないと天音は思ってるんだ。
『誰も好きにならない』という言葉は、天音が必死で自分に言い聞かせる言葉だったんだ……。
 ふいに天音と目が合って、思わず視線をそらした。
 いま天音を目の前にすれば、自分がどんな顔を見せるかわからない。
 走り出したい気持ちを必死で抑えてマンションを目指して歩く。
 天音は追いかけて来なかった。来るはずがないか。好きな男と一緒なのに俺を追いかけて来るはずがない……。

 来てほしかった……。


 帰宅してソファに身を預け、俺は動けなくなった。
 いつか天音が俺を見てくれる日がくるかもしれないと、ずっと期待してた。
 たとえそれが無理でも、このままでいい。天音のそばにいられるなら幸せだ、そう思ってた。
 でも、もう無理だ。天音が俺以外の誰かに恋する顔を見てしまったら、もうたえられそうになかった。激しい嫉妬と絶望で、また世界がモノクロになっていく気がした。

 どうして天音は報われない想いだと思ってるんだろう。誰も好きにならないと自分に言い聞かせるほど……。
 毎日抱かれに行ってるのかと思っていたが、あの男はただのダチなんだろうか。もしかしてノンケかな。だから無理だと思ってる?
 もしノンケなら、報われる可能性がゼロだと思っていてもおかしくない。どれだけ好きでもきっと無理だと思ってるのかもしれない。
 あの男も絶対天音が好きだろ。好きでもない男と毎日会う男がどこにいるんだよ。
 でも、ノンケならこっちの世界に踏み込めないのもわかる。それがわかるから天音も報われないと思ってるのかもしれない。
 天音がセフレを作った理由はそれか。好きだという気持ちをまぎらわすためだったのか……。
 後ろからにこだわったのも、顔を見たくなかったんだな。きっと、あの男に抱かれてる気分になりたかったんだろう……。
 もしそうなら……天音が報われないつらい恋をしていて、抱いてくれる代わりの男が必要なら、天音を癒すのは常に俺でありたい。いつかあの男がこっちの世界に踏み込んでもいいと思える日がくるまで……いや、たとえこなくてもずっと、天音は俺が癒してやりたい。天音のためなら、もうずっと後ろからでもいい。
 天音はいつでも呼んでいいと俺に言った。少しづつとはいえ、俺の前でも本当の天音を見せてくれるようになった。ほかのセフレを気にしたり、ゴムもなしでやろうとしたり、セフレの中でも特別俺に気を許してくれてると思っていいんじゃないか。
 だったら、もう本当にセフレは俺だけにしろと言っても受け入れてくれるかもしれない。それに賭けてみたい。

 でも、もしあの男がセフレなら……?
 もしセフレだとしたら、あのキスマはあの男だろう。毎日会うくらい天音が好きで牽制した。きっとそうだ。
 そう考えてから、いや違うかもと思い直す。
 あのとき天音は、付けられたキスマなんてどうでもよさそうだった。付けたセフレのことも興味がないんだろうとホッとしたくらいだ。
 頭が混乱してくる。じゃあキスマを付けたセフレは他にいるのか。
 天音に本気のセフレが他にも……。
 いや、とりあえず他のセフレは今はいい。今は天音が好きなあのセフレのことだ。
 あの男は、なんでさっさと天音を手に入れない?
 あれはどう見ても天音が自分を好きだとわかってるだろう。それなのになぜだ?
 いくら考えてもさっぱりわからない。好き合っているなら早く恋人にしてしまえよと、天音の気持ちを思うと相手の男に無性に苛立った。
 でも、きっと俺にはわからない何かがあるんだろう。
 それは天音とあの男、二人の問題であって俺が口出しすることじゃない……。
 もしセフレだとしたら、俺なんかよりもあの男に抱かれ続けたほうが天音は癒されるだろう。たとえ報われないと思っていたとしても、あの笑顔が天音の幸せを物語ってる。
 それに案外、天音が素直になれば簡単にうまくいく話なのかもしれない。
 それなら天音は、このまま俺なんかを相手にしてたらダメだ。手放してやらなきゃダメだ。
 あの天使のような本当の天音になれる、あの男だけにさせなきゃダメだ。他のセフレも整理させよう。
 きっと天音は、トラウマのせいで素直になれないんだろう。
 あの男もそれに手こずっているのかもしれないな……。

 答えは決まった。あとは覚悟だけだ。
 俺はキッチンからウイスキーとショットグラスを運び、ストレートで一気に飲み干した。
 足りないな。
 もう二、三杯……。

『お前いまダチの家?』

 いい具合に酔ってきて、俺はメッセージを打ち込んだ。
 どっちにしても俺の片思いは終わらない。
 ただ、ダチならずっとそばに。セフレなら離れる。天音の返事で全てが決まる。
 酔っていても、心臓が押しつぶされそうなほど苦しかった。
 メッセージを送信しようとして手を止めた。
 このメッセージだと、もしダチじゃなくセフレだったとき、天音のことだから面倒くさがって訂正しない可能性もある。
 これじゃダメだな。

『お前いまセフレの家?』

 打ち直して送信した。
 これなら、もしダチならダチだと訂正するだろう。
 もしダチでノンケの場合は、俺が天音を癒し続ける。
 もしセフレだったら……潔く諦めよう。
 できれば今日中に。事後の天音に会ってキッパリ終わらせる。
 明日まで引き伸ばせば決心がゆらぎそうだ。またズルズルと天音を抱いてしまいそうで怖い。
 もし返事が来なければ……セフレだろう。今頃もうきっと……。

 俺はどっちの返事を期待してるんだろう。
 天音の幸せを思えば、セフレのほうだ。
 ならそっちを期待してやるべきだ。
 ……それなのに俺は、ダチだという返事を期待してる。
 今すぐ返事が来るのを期待してる。
 俺は報われなくてもいい。それでもいいから天音のそばに……。

『そうだけど』

 ブブッとスマホが震えて一瞬期待したが、表示した文字は、あの男がセフレだという意味の言葉だった。
 覚悟したはずだったのに、愕然として目の前が真っ暗になる。
 そうか。俺は天音を手放してやらなきゃ……ダメなんだな……。
 そうか……。
 震える指で『終わったら来て』と打ち込み送信した。

『じゃあ、泣きたくなったらさ。今度からはお前のこと呼んでいい?』
『うん、いいよ』
『いつでも?』
『うん、いつでも』

 天音との会話を思い出す。
 もしあの男を置いてすぐに来てくれたら……。
 もし俺のほうを優先してくれたら……。

 そのときは、ダメ元でも好きだと伝えてみようか……。

 そんな俺の期待も虚しく、いくら待っても天音からの返事は返って来なかった。
 そうか……来ないのか……。
 優先どころか、会ってもくれないんだな。
 今頃、天音はあの男に……。
 ごめんな。好きな男との時間を俺なんかが邪魔してごめん。
 最後までバカな期待をして、ごめん。

 そのあと俺は、酒をあおるように飲み続けた。
 明日……。
 明日なんとか終わらせる。
 天音との関係を終わらせる……。
 天音をちゃんと……手放してやらなくちゃ……な……。

 どんなに苦しくても、俺は天音の幸せを願ってる。
 天音のためなら、どんな痛みも受け入れられる。
 あの日だまりの笑顔を守りたい。
 いつか天音があの男の前だけじゃなく、いつでも自然と笑顔のあふれる日が来ることを、俺はいつまでも願ってる――――。

 
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