【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
146 / 154
番外編

ぶどう狩り◆モブ視点◆ 2

しおりを挟む
 バスを降り、二号車の人たちと合流してぶどう狩りの説明を受ける。その間、私たちは女性陣からのきつい視線をあびた。覚悟はしていた。あのバスへの乗り込み方では仕方ない。
 でも、そんな視線は全く気にならないほど、バスの中の主任と天音くんは眼福だった。

 一号車……ありがとう!
 
 皆で果樹園の中に移動し、さっそくぶどう狩りが始まった。
 始まったのに、女性陣は動かない。あちこちに散らばるのは家族連ればかりで、女性陣は不自然に主任と天音くんの周りに集まっている。かくいう私たちもその仲間だけれど。

「ね、冬磨、何から食べる? 俺、ぶどう狩りって聞いてたからぶどうだけかと思ってたけど、色々食べれるんだね」

 はい! 私もぶどうだけだと思ってました!

「だな。他はなんだっけ。りんごと梨だっけか?」
「あとね、プルーンって書いてある」

 詳細が書かれた紙を見ながら、天音くんが説明する。

「俺、プルーンってドライフルーツでしか食べたことない」

 はい! 私も同じです!

「俺は食ったことねぇな」
「そうなの? じゃあプルーンから食べる?」
「いや。天音が一番好きなのからにしよ」

 天音くんが、パッと可愛い笑顔を主任に向ける。

「じゃあ、ぶどう!」
「いいよ。ぶどうはどっちだ? あの辺か?」
「えっとね……うん、あっち!」

 果樹園のマップを見ながら天音くんが指をさし、自然に主任と手を繋いで歩き始める。
 私と先輩がグッと拳を握って歓喜にひたっていると、他の女性陣がキャーキャーと騒ぎ出した。
 あ! バカ! そんなに騒いだら……!

「あ……っ」

 天音くんが周りを見渡し、騒いでいる女性陣に気づいてしまった。一瞬で顔を真っ赤にし、慌てて繋いでいた手をぱっと離した。

「ごめん、冬磨……っ、ついクセで……」
「別に今日はそのままでもいいと思うぞ?」
「ダメだよ、ちゃんとしないと。もしここに松島さんがいたらきっと注意されてるよ……」
「そうか? 松島さんって、キスマは注意するけどこれはなんも言わなくね?」

 キ、キスマに注意されたんですかーーー?!
 主任ってキスマ付ける人なんだっ!!
 ってか、注意されるってどれだけつけたんですかーーー!!
 
 キスマと言えばベッドでイチャイチャよね……イチャイチャ……はぅ……っ!
 
「ちょっと、二人行っちゃうよ! 鼻血出してる場合じゃないでしょ!」
「えっ、は、鼻血出てます?!」
「出てないけど今にも出そうな顔」
「え、ちょっと、どんな顔ですかそれ」

 ビビらせないでくださいよっ。
 
 主任と天音くんが動けば女性陣も動く。主任の周りが常に人混みというカオス状態だった。

 少し奥に進むと、ぶどうの棚が見えてきた。たわわに実った房が重たげに垂れ下がっている。

「わぁ! 美味しそう!」

 天音くんが笑顔で駆け寄り、さっそく房をハサミで取って一粒パクッと口の中へ。

「ん~! おいひい! とぉまも、はいっ!」

 もう一粒取って主任の口へ。

「ん、美味い」
「ねっ! 幸せ~」

 天音くんがまた一粒摘まみ主任の口に入れると、主任は嬉しそうに微笑んで、今度は主任が天音くんの口にぶどうを入れる。お互いの口にぶどうを運びながら幸せそうに微笑み合う二人の姿があまりにも自然で、思わず胸が熱くなった。
 
「尊いね……」
「ですね……」
 
 もう、その言葉しか出てこない。
 今まで読んできたどんな小説や漫画よりも、どんなドラマよりも、二人の姿は格別に尊くて、心が震えるほどだった。

「ね、冬磨、もっと甘いぶどう探そ~」
「んじゃ俺は天音よりもっと甘いの探すわ」
「じゃあ勝負しよっ。絶対負けないからね!」
「ふは。かわい」

 そんなやり取りのあと、二人がそれぞれ甘いぶどうを探しに離れて歩き出す。
 主任がこちらに近づいてきて、私は慌てて咄嗟に目の前のぶどうの房をハサミで取った。ぶどう狩りを楽しんでますよ~というアピールだ。

「……っ、酸っぱっっ!!」

 一粒食べたぶどうのあまりの酸っぱさに仰天する。
 よく吟味もせず適当に取ったから自業自得だ。
 このぶどうは責任をもって持って帰ろう……。お持ち帰り二kg付きコースでよかった。帰ったら砂糖漬けにしようかな。

「それ酸っぱいの?」
「え?」

 ふいに話しかけられて顔を上げると、主任がすぐそばに立っていて飛び上がりそうになった。

「え、あのっ」

 会社では挨拶程度しか言葉を交わしたことがない。
 少なくとも顔は覚えてもらえてたんだ! と嬉しくなった。

「それ、どんくらい酸っぱい?」
「あ、た、食べてみます?」
「お、さんきゅ」

 一粒摘んで食べてみた主任が、顔をしかめて「酸っぱ!」と言って笑う。

「マジで酸っぱいな」
「で、ですよね」
「これ、もらっちゃダメか?」
「え? こんな酸っぱいのを……ですか?」
「ダメ?」
「い、いえ、こんなのでよければ……どうぞ」

 ぶどうの房を手渡すと、主任は優しく微笑んで「さんきゅ」と受け取った。
 その酸っぱいぶどう、どうするんだろう。私は主任と会話をした興奮よりも、そのぶどうの行方が気になった。
 主任が離れていくと、先輩が興奮したように「ちょっとちょっとずるいじゃん!!」と言いながら私の身体を揺すって抗議した。

「私も酸っぱいぶどう探そ!」と言って先輩が離れていき、周りの女性陣も「酸っぱいの酸っぱいのっ」と、ぶどう狩りの趣旨から離れていく。
 みんな……たぶん二度目はないと思うよ。

「天音~、これすっげぇ甘いぞ~」

 えっ?!
 驚いて主任を振り向いた。
 なんと、主任はあの酸っぱいぶどうを手に「すごい甘い」と言って天音くんを呼び寄せている。
 主任がそんな子供みたいないたずらを……!
 うわっ。すごい満面の笑み。そんな優しい笑顔じゃ天音くん絶対に騙されちゃうよ……っ。
 主任……詐欺師になれそう……。

「冬磨もう甘いの見つけたの?」
「うん、見つけた。ほら、甘いぞ?」

 と、天音くんの口に酸っぱいぶどうを一粒コロンと入れた。

「っんん?! 酸っぱぁっ!!」
「ふはっ」

 目いっぱい目尻を下げて吹き出しながらも、愛おしそうに天音くんを見つめる主任の気持ちが分かりすぎた。

 天音くんは顔をしかめても可愛い! 
 何をしてても可愛い! 
 どうしてあんなに愛くるしいんですかっ?!

「ひ、ひどいよ冬磨~!」
「ははっ、ごめん、てか可愛い」
「可愛くないっ! 俺怒ってんのっ!」
「うんうん、かわい……」
「もうっ!」

 怒ってる天音くんも可愛いです……っ!
 ひたすら天音くんを愛でている主任も可愛いです……っ!

 二人の可愛らしいやり取りに、私たちを含め周囲の女性陣は心を射抜かれて悶絶した。
 
しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

必要だって言われたい

ちゃがし
BL
<42歳絆され子持ちコピーライター×30歳モテる一途な恋の初心者営業マン> 樽前アタル42歳、子持ち、独身、広告代理店勤務のコピーライター、通称タルさん。 そんなしがない中年オヤジの俺にも、気にかけてくれる誰かというのはいるもので。 ひとまわり年下の後輩営業マン麝香要は、見た目がよく、仕事が出来、モテ盛りなのに、この5年間ずっと、俺のようなおっさんに毎年バレンタインチョコを渡してくれる。 それがこの5年間、ずっと俺の心の支えになっていた。 5年間変わらずに待ち続けてくれたから、今度は俺が少しずつその気持ちに答えていきたいと思う。 樽前 アタル(たるまえ あたる)42歳 広告代理店のコピーライター、通称タルさん。 妻を亡くしてからの10年間、高校生の一人息子、凛太郎とふたりで暮らしてきた。 息子が成人するまでは一番近くで見守りたいと願っているため、社内外の交流はほとんど断っている。 5年間、バレンタインの日にだけアプローチしてくる一回り年下の後輩営業マンが可愛いけれど、今はまだ息子が優先。 春からは息子が大学生となり、家を出ていく予定だ。 だからそれまでは、もうしばらく待っていてほしい。 麝香 要(じゃこう かなめ)30歳 広告代理店の営業マン。 見た目が良く仕事も出来るため、年齢=モテ期みたいな人生を送ってきた。 来るもの拒まず去る者追わずのスタンスなので経験人数は多いけれど、 タルさんに出会うまで、自分から人を好きになったことも、本気の恋もしたことがない。 そんな要が入社以来、ずっと片思いをしているタルさん。 1年間溜めに溜めた勇気を振り絞って、毎年バレンタインの日にだけアプローチをする。 この5年間、毎年食事に誘ってはみるけれど、シングルファザーのタルさんの第一優先は息子の凛太郎で、 要の誘いには1度も乗ってくれたことがない。 今年もダメもとで誘ってみると、なんと返事はOK。 舞い上がってしまってそれ以来、ポーカーフェイスが保てない。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子
BL
★執着溺愛系イケメン俳優α×平凡なカメラマンΩ 平凡なオメガである保(たもつ)は、ある日テレビで見たイケメン俳優が自分の『運命』だと気付くが、 どうせ結ばれない恋だと思って、速攻で諦めることにする。 数年後、テレビカメラマンとなった保は、生放送番組で運命である藍人(あいと)と初めて出会う。 きっと自分の存在に気付くことはないだろうと思っていたのに、 生放送中、藍人はカメラ越しに保を見据えて、こう言い放つ。 「やっと見つけた。もう絶対に逃がさない」 それから藍人は、混乱する保を囲い込もうと色々と動き始めて――

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

処理中です...