記憶喪失から始まる、勘違いLove story

たっこ

文字の大きさ
12 / 42

12 “俺”に同情する

しおりを挟む
「あの時は色々あったのよね。私が知ってることは二つかな」
「二つ……」
「そう。一つは、秋人って芸能人が世間で騒がれ始めてね。それがまた、すっごいあんたに似てるのよ」
「ああ、うん、知ってる」

 そうか、秋人の人気が出たのが中三なのか。

「似てるでしょ? そのせいであんたまでキャーキャー言われるようになってね。ストーカー並だったのよ」
「え、そこまで?」
「そうよぉ。それでだんだんあんたの様子がおかしくなって、そのうち全然笑わなくなっちゃったの」

 秋人のせいでそこまで変わるのか……。
 いや、具体的にどれだけ迷惑だったのか、どんな目に合ったのかは想像もできないし、きっとよっぽどだったんだろう。

「さっき、二つって言ってたけど」
「たぶん同じ頃だったのよ。あんたの恋愛対象が男だってわかったのが」
「……っ、えっ?」

 俺は月森を好きだとは自覚していても、自分がゲイだとは自覚していない。
 自分の性指向を親から知らされるショックを味わうことになるとは思わなかった。
 
 そうだったのか……。俺は、ゲイなのか……。

 あまりピンとはこないが、林さんとやり取りを思い出すと、たしかに女性を好きになれる感じがしなかったように思う。
 月森には、出会ってすぐに好意を持ったのに。

「俺ってそんなことまで母さんに話してたんだ……」

 想像以上にこの人を信頼していたんだな。
 そう思った時、母さんが「まさか」と笑う。

「あんたが話すわけないでしょ。私が気づいちゃっただけよ」
「え……」

 なんか、すごく普通なことのように言うけど……。

「気づけるもの……なの?」
「だってあんた、わかりやすいんだもの」

 つい先程、月森が好きだとすぐに見破られたことを思い出して、ああ……と納得した。

「相手は幼馴染の子だったのよ。いつも一緒にいてね。よく遊びに来るから、あんたを見てるうちにわかっちゃったのよ」
「もしかして……付き合ってた?」
「ううん。それはないと思う。それに、あんたが笑わなくなった頃から、一緒に学校も行かなくなって、家にも遊びに来なくなったのよ。あれは振られちゃったのかなぁ」

 最後はしみじみとつぶやくように母さんが言った。
 俺の性格が変わった理由は、どうやら秋人だけじゃなさそうだ。
 中三の俺は、本当に色々あったんだな。

「母さんが俺のこと、その……ゲイだって知ってること、前の俺はいつ頃知ったの?」
「話してないから知らなかったと思うわよ?」

 平然とした顔で言ってのける母さんに驚いて、箸から昆布キャベツがボロっと落ちた。

「え、じゃあ話しちゃマズかったんじゃない……?」
「なんで?」
「なんでって……だってもし記憶が戻ったら怒るんじゃない? 前の俺が……」

 俺の言葉に、母さんが首をかしげて不思議そうに見つめてくる。

「だから……知ってたのになんで黙ってたんだとか、なんで勝手に話したんだとかさ……。面倒臭いことになるんじゃない? 知らないよ、俺……」

 俺のせいで母さんが怒られるかもしれないと思うと、罪悪感が押し寄せる。
 今まで何年も黙っていたことを、俺のために話してくれた。それは嬉しいけれど、そのせいで前の俺との仲が壊れるのは……なんか嫌だ。
 母さんがジッと俺を見つめながら口を開いた。

「前の俺とか、今の俺とか、なんでそこ切り離して考えるのよ。あんたはあんた。一人の陽樹でしょ?」
「……いや、それはそう、だけど」
 
 そうなんだけど、俺はどうしても切り離してしまう。前の俺は、今の自分とは別人のように感じてしまう。
 
「私はただ、記憶をなくして苦労してる息子に知ってることを教えただけよ。記憶が戻ったって戻らなくたって、陽樹は陽樹なんだから。そんな心配はいらないわよ」

 母さんは笑って続ける。

「もし記憶が戻って陽樹が怒るとしても、その陽樹の中には私のことを心配してくれる今の陽樹だっているわけでしょ?」

 言われてみれば確かにそうだな……と、目からうろこが落ちる気分だった。
 もし記憶が戻ったときに今の記憶が消えてしまえば、この会話だって覚えていない。そのときは母さんを面倒事に巻き込まずに済む。
 そして、もしこの記憶が残っていれば、怒る陽樹を俺が止められるかもしれないんだ。
 いや、それだとまるで二重人格みたいだな。
 今の記憶が残ったまま前の俺が戻ってくる感覚が、全く想像できない。
 でも、そうか……。前の俺とか今の俺とか、切り離さずに考えていいのか……。できるかどうかはわからないけれど、母さんのおかげでちょっと気持ちが楽になった気がした。
 
 でも……と俺は考える。
 自分がゲイだとわかると、ちょっと疑問がわいてくる。
 前の俺は、月森を好きな素振りはなかったと母さんは言うけれど、ゲイなのに好きでもない男と一緒に同居なんてするだろうか。
 やっぱり前の俺も月森を好きだったんじゃないか。
 でも、母さんにかかると俺はわかりやすいはずなのに、前の俺は月森が好きだとはバレていない。

 もしかして……俺の性格が変わった理由は、ゲイだとばれないように、性指向を必死で隠すために、気を張り詰めるようになったせいではないだろうか。
 そして、秋人のせいで騒がれるようになって、さらに性格がひん曲がった。
 ……ありえるな。きっとそうに違いない。

 完全に嫉妬対象だったはずの前の俺に、俺は初めて同情した。
 
 
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ずっと二人で。ー俺と大好きな幼なじみとの20年間の恋の物語ー

紗々
BL
俺は小さな頃からずっとずっと、そうちゃんのことが大好きだった───。 立本樹と滝宮颯太は、物心ついた頃からの幼なじみ。いつも一緒で、だけど離れて、傷付けあって、すれ違って、また近づいて。泣いたり笑ったりしながら、お互いをずっと想い合い大人になっていく二人の物語です。 ※攻めと女性との絡みが何度かあります。 ※展開かなり遅いと思います。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...