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11 母との距離感
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「俺だって残業かもしれないんだからさ。連絡くらい入れてから来てよ」
すきっ腹にビールを流し込み、恨み言をこぼす。
できれば今日は一人になりたかった。
「陽樹は毎日定時で上がってるって月森くんに聞いてたもーん」
「え……」
月森が俺の知らないところで、母と連絡を取り合っていたことに驚いた。そんな話は何も聞いてなかった。
母がビールを飲みながら、不満そうな声を上げた。
「ねえ、つまみは? ないの?」
そう聞かれて、ため息が出た。
親子だから気軽に言ってるんだとわかるけれど、できればもう少し記憶喪失への配慮がほしい……。
「つまみなんてないよ。今日は何も作ってない」
「冷凍はないの? 急に来んなよなって言いながらいつも作り置きあっためてくれるじゃない? ……って、そっか、知らないかぁ」
「作り置き……」
そんな方法があったのかと驚いた。考えも及ばなかった。
「俺、冷凍庫にそんな常備してた?」
退院してからすぐ冷凍庫を見たが、調理前の肉や魚、下ごしらえの野菜しかなかった。それでも、スライス済みの野菜やベーコンに感動したんだ。
「してたしてた。あんたが遅い時に月森くんが困らないようにって」
月森が困らないように……か。
俺の入院中、月森はその作り置きを食べていたのかな。
たぶんそうなんだろうな。
「……その作り置きを、いつもあなたは図々しくあてにしてたと?」
「ちょっとやだ気持ち悪い。母さんって呼んでよ」
「……母さんは、図々しくあてにしてたんだ?」
俺は仕方なく言い直す。
「だってあんたの料理美味しいんだもの。文句言いながらも、ちゃんと出してくれるしね?」
この母親との距離感が少しだけわかった。少なくとも俺は、母のことを毛嫌いはしていなかったらしい。
「……てか今日は仕事休みなの? 平日だけど」
水商売なら平日のこの時間は仕事だろう。そう思って問いかけると、予想外な返答が返ってくる。
「今日は早番だったのよ」
早番? 夜の仕事で早番なら、まさに今の時間がそうだろう。というより早番遅番なんてある……?
「……え、っと、あれ? 母さんの仕事って何?」
「言ってなかったっけ? ネイリストよ」
「ネイリスト……?」
ってなんだっけ?
わからない、という顔を向けると、母が「これこれ」と、綺麗に整えられたおしゃれな爪を見せてくる。
ああ、ネイリストって、つけ爪の……。
「……まじか」
「なによ、まじかって」
「いや、うん。……ぽいね」
まさか夜の仕事だと思ってたなんて、言えるわけがないから誤魔化した。
しかし、とはいえ服も化粧も派手すぎだろう。香水もつけすぎだ。
前の俺は何も言わなかったんだろうか。外では厳しくても母には弱いのか?
そんなことを考えていたら、母が「やっぱり、つまみ欲しいな」とつぶやいた。
「仕方ない。私が何か作るわね」
よいしょ、と立ち上がって腕まくりを始める母に「えっ」と声が漏れる。
それが飲み終わったら帰ってほしいんだけど……。
「材料適当に使っちゃうよ?」
そう言いながらキッチンをあさり、鼻歌を歌いながら慣れた手つきでつまみを作っていく。
……なんだ、ちゃんと母親してるんだな、と少なからず驚いた。
俺よりも手際がいい。スピードも早い。
この人に関しては第一印象が全くあてにならなかった。
「……美味い」
「そうでしょそうでしょ。ま、あんたの作り置きには負けるわよ。なんたって月森くんへの愛がこもってるものね~?」
聞き捨てならない言葉に固まった。
……なんだって?
まさか、いや……やっぱり前の俺も月森が好きだった?
「やだ、なんて顔してるのよ、冗談よ冗談」
「……冗談?」
「いつものあんたなら『あーはいはい』ってあしらう冗談よ」
それは、事実をからかっている冗談なのか、それとも完全にふざけた冗談なのか、どっちだ?
「前の俺は、月森を……好きだった?」
「さあ? 全然そんな素振りはなかったけどね?」
「……そう」
なぜかわからないがホッとする。前の俺が月森を好きでも別にいいだろう、そう思ってもなぜか安堵した。
「なかったけど」
と母さんが繰り返す。
「……けど?」
そして、じっと俺の顔を覗き込むように見て、ふふっと笑った。
「今のあんたは、好きなんだねぇ?」
「……っ、は?」
簡単に言い当てられてうろたえた。
なんで……そんなに俺ってわかりやすい?
すると、母さんが可笑しそうに笑いだした。
「素直な陽樹、懐かしいわね」
「懐かしい……?」
「今の陽樹は、そうね~中学時代に戻った感じね。中三のときよ。あんたがガラッと変わったの」
中三に何かあった? 性格がガラッと変わる何かがあった?
根本は今の俺と同じだったのか……。
「まぁ、どっちの陽樹も私の息子。記憶がなくなっても、やっぱり陽樹なんだなぁって嬉しくなるわ」
「……てか、なんか他に言う事あるんじゃない?」
「え? 他?」
「……だから……俺が月森を好きって……さ」
「うん? 好きなんでしょ? 顔に出まくってるもの。月森くんの名前が出るたびに反応しちゃって。ふふ。可愛い~」
相変わらず能天気な親だ。息子が同性を好きになっても何も思わないんだろうか、と若干呆れる。
でも、普通に受け止めてもらえたことは、ちょっと嬉しい。
「もし記憶が戻ったらどうなるのかしらね? 前の陽樹は月森くんのこと、ただ可愛がってる後輩って感じだったしなぁ」
記憶が戻った時のことは考えたくない。
今の記憶は消えるのか残るのか、考えるだけで憂鬱になる。
やっぱり俺は、記憶なんて戻りたくない。このままがいい。このままでいさせてほしい。頼むから……。
「それで、中三の俺は、いったい何があったの? 母さんは知ってる?」
もし知ってるなら聞いてみたい。何があったら、そんなにガラッと性格が変わるんだろうか。
すきっ腹にビールを流し込み、恨み言をこぼす。
できれば今日は一人になりたかった。
「陽樹は毎日定時で上がってるって月森くんに聞いてたもーん」
「え……」
月森が俺の知らないところで、母と連絡を取り合っていたことに驚いた。そんな話は何も聞いてなかった。
母がビールを飲みながら、不満そうな声を上げた。
「ねえ、つまみは? ないの?」
そう聞かれて、ため息が出た。
親子だから気軽に言ってるんだとわかるけれど、できればもう少し記憶喪失への配慮がほしい……。
「つまみなんてないよ。今日は何も作ってない」
「冷凍はないの? 急に来んなよなって言いながらいつも作り置きあっためてくれるじゃない? ……って、そっか、知らないかぁ」
「作り置き……」
そんな方法があったのかと驚いた。考えも及ばなかった。
「俺、冷凍庫にそんな常備してた?」
退院してからすぐ冷凍庫を見たが、調理前の肉や魚、下ごしらえの野菜しかなかった。それでも、スライス済みの野菜やベーコンに感動したんだ。
「してたしてた。あんたが遅い時に月森くんが困らないようにって」
月森が困らないように……か。
俺の入院中、月森はその作り置きを食べていたのかな。
たぶんそうなんだろうな。
「……その作り置きを、いつもあなたは図々しくあてにしてたと?」
「ちょっとやだ気持ち悪い。母さんって呼んでよ」
「……母さんは、図々しくあてにしてたんだ?」
俺は仕方なく言い直す。
「だってあんたの料理美味しいんだもの。文句言いながらも、ちゃんと出してくれるしね?」
この母親との距離感が少しだけわかった。少なくとも俺は、母のことを毛嫌いはしていなかったらしい。
「……てか今日は仕事休みなの? 平日だけど」
水商売なら平日のこの時間は仕事だろう。そう思って問いかけると、予想外な返答が返ってくる。
「今日は早番だったのよ」
早番? 夜の仕事で早番なら、まさに今の時間がそうだろう。というより早番遅番なんてある……?
「……え、っと、あれ? 母さんの仕事って何?」
「言ってなかったっけ? ネイリストよ」
「ネイリスト……?」
ってなんだっけ?
わからない、という顔を向けると、母が「これこれ」と、綺麗に整えられたおしゃれな爪を見せてくる。
ああ、ネイリストって、つけ爪の……。
「……まじか」
「なによ、まじかって」
「いや、うん。……ぽいね」
まさか夜の仕事だと思ってたなんて、言えるわけがないから誤魔化した。
しかし、とはいえ服も化粧も派手すぎだろう。香水もつけすぎだ。
前の俺は何も言わなかったんだろうか。外では厳しくても母には弱いのか?
そんなことを考えていたら、母が「やっぱり、つまみ欲しいな」とつぶやいた。
「仕方ない。私が何か作るわね」
よいしょ、と立ち上がって腕まくりを始める母に「えっ」と声が漏れる。
それが飲み終わったら帰ってほしいんだけど……。
「材料適当に使っちゃうよ?」
そう言いながらキッチンをあさり、鼻歌を歌いながら慣れた手つきでつまみを作っていく。
……なんだ、ちゃんと母親してるんだな、と少なからず驚いた。
俺よりも手際がいい。スピードも早い。
この人に関しては第一印象が全くあてにならなかった。
「……美味い」
「そうでしょそうでしょ。ま、あんたの作り置きには負けるわよ。なんたって月森くんへの愛がこもってるものね~?」
聞き捨てならない言葉に固まった。
……なんだって?
まさか、いや……やっぱり前の俺も月森が好きだった?
「やだ、なんて顔してるのよ、冗談よ冗談」
「……冗談?」
「いつものあんたなら『あーはいはい』ってあしらう冗談よ」
それは、事実をからかっている冗談なのか、それとも完全にふざけた冗談なのか、どっちだ?
「前の俺は、月森を……好きだった?」
「さあ? 全然そんな素振りはなかったけどね?」
「……そう」
なぜかわからないがホッとする。前の俺が月森を好きでも別にいいだろう、そう思ってもなぜか安堵した。
「なかったけど」
と母さんが繰り返す。
「……けど?」
そして、じっと俺の顔を覗き込むように見て、ふふっと笑った。
「今のあんたは、好きなんだねぇ?」
「……っ、は?」
簡単に言い当てられてうろたえた。
なんで……そんなに俺ってわかりやすい?
すると、母さんが可笑しそうに笑いだした。
「素直な陽樹、懐かしいわね」
「懐かしい……?」
「今の陽樹は、そうね~中学時代に戻った感じね。中三のときよ。あんたがガラッと変わったの」
中三に何かあった? 性格がガラッと変わる何かがあった?
根本は今の俺と同じだったのか……。
「まぁ、どっちの陽樹も私の息子。記憶がなくなっても、やっぱり陽樹なんだなぁって嬉しくなるわ」
「……てか、なんか他に言う事あるんじゃない?」
「え? 他?」
「……だから……俺が月森を好きって……さ」
「うん? 好きなんでしょ? 顔に出まくってるもの。月森くんの名前が出るたびに反応しちゃって。ふふ。可愛い~」
相変わらず能天気な親だ。息子が同性を好きになっても何も思わないんだろうか、と若干呆れる。
でも、普通に受け止めてもらえたことは、ちょっと嬉しい。
「もし記憶が戻ったらどうなるのかしらね? 前の陽樹は月森くんのこと、ただ可愛がってる後輩って感じだったしなぁ」
記憶が戻った時のことは考えたくない。
今の記憶は消えるのか残るのか、考えるだけで憂鬱になる。
やっぱり俺は、記憶なんて戻りたくない。このままがいい。このままでいさせてほしい。頼むから……。
「それで、中三の俺は、いったい何があったの? 母さんは知ってる?」
もし知ってるなら聞いてみたい。何があったら、そんなにガラッと性格が変わるんだろうか。
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