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15 どんな形でもそばにいたかった…… ▶月森side
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先輩が出ていった。
同居を始めた時と同じスーツケースを手に、いつもの笑顔で「じゃあね」とドアの向こうに消えてしまった。
絶望で立っていることもできず、壁に寄りかかりズルズルと床に座り込む。
ちゃんとできているつもりだった。今度こそ間違えないように、いい後輩を演じているつもりだった。
林さんと食事に行く先輩を引き止めたかったけれど必死でこらえ、女の子を紹介されるとわかってる飲み会にも、興味もないのに参加した。
全部、全部無駄だった。わかってた。先輩の記憶が戻ればこうなることはわかってたのに……。
もう少し、もうちょっとだけ、このまま一緒にいられるような気がしてたんだ……。
『俺が好きなのは先輩ですっ』
『先輩って誰だよ』
『中村先輩ですよっ!』
『…………は?』
『俺……先輩が好きです。好きなんです』
『な……んだよ急に。俺だって最高のダチだと思ってるよ。でも俺が言ってんのはそういうことじゃねぇだろ?』
『違います。俺は先輩と恋人になりたいっ。抱きしめて、キスして、その先も……っ。俺は先輩が好きなんですっ』
先輩の顔が一瞬で強ばり、目を見開いた。
『……なに、お前…………ゲイ、だったのか?』
『わ……わかりません。たぶん先輩が初恋なので……』
目の前で先輩が難しい顔で黙り込むのを見て、とんでもないことを言ってしまったと血の気が引いた。
『あ、の……先輩』
嘘です、冗談です、そんな言葉はもう遅すぎた。
『……悪いけど、お前はただの後輩だ』
『……せ、せんぱ……』
『俺、ここ出てくわ』
『……っ、い、嫌ですっ。ダメですっ。もう、もう困らせないのでっ! 先輩のそばにいさせてくださいっ!』
『無理だ』
『先輩っ』
『悪いな、月森。お前の気持ちに応えらんねぇのに、いままで通りは無理だ』
『……っゔ……っごめんなさい……っごめ……。好きなってごめんなさい……っ』
『月森。俺は、後輩として、ダチとしてってので悪いけど、それでも俺は、お前が好きだよ』
『先輩……っ』
『俺はお前が、ずっと好きだよ』
先輩が俺の頭をくしゃくしゃにしながら、困った顔で笑った。
『ごめんなさい……っ、先輩……っ、ごめんなさい……っ』
やっぱりだめだった。もし思い出さないでいてくれれば、このままずっと一緒にいられたのに……。
やっぱりだめだった。
ごめんなさい、先輩。
俺は、先輩が記憶喪失になったと知ったとき、心配で青くなりながらも内心どこかでホッとしてた。
もし記憶が戻らなければ、またずっと先輩のそばにいられるんじゃないかって。友達として、後輩としてでも、また毎日先輩と一緒に過ごせるんじゃないかって。
今度は間違わないように、一からやり直そうって……そんなことを考えてしまった。
俺は最低だ……。
本当に最低だ……。
先輩……ごめんなさい……。
事故に遭って記憶をなくした先輩は、先輩だけど先輩じゃない、そんな不思議な感じだった。
でもそれも最初だけで、根は何も変わってない、いつもの先輩だとすぐにわかって嬉しくなった。
ぶっきらぼうな物言いが、素直でまっすぐな口調に変わり、不器用な優しさが、心に響く優しさに変わった。
眉を寄せた厳しそうな表情が優しい笑顔に変わり、社内の女性が先輩に見惚れて目を輝かせた。
毎日会社に行くたびに、いつか先輩を奪われそうでずっと怖かった。
先輩は出会ってからずっと、第二印象が悪すぎて人気が続かない人だったから、こんなにハラハラするのは初めてのことだった。
高校に入学してすぐ、新入生オリエンテーションの部活紹介で初めて先輩を見た。
バスケ部の発表で次々とシュートを決める部員の中で、エースである中村先輩は一際輝いていた。
俺は先輩のシュート姿に一瞬で惚れて、その瞬間に、中学から続けていた野球部を蹴ってバスケ部に入部すると決めた。
周りの生徒が中村先輩を見て「秋人に似てる!」と騒ぎ出し、俺は「秋人」という芸能人をその時初めて知った。
ストレートで栗色のサラサラの髪、圧倒するほど美形なその姿で「っるっせぇ! 俺は秋人じゃねぇ! 俺は俺だ、クソが!!」と騒ぐ新入生に言い放ち、体育館が静まり返る。
先輩は驚くほど口が悪かった。
似てるのは見た目だけだったとガッカリする女子が多発したが、俺はますます先輩から目が離せなくなった。
新入部員は経験組と未経験組に別れての練習だった。
毎日まいにち基礎練ばかりをやらされ、だんだん不満が募っていく。
基礎練の日々は野球部でも経験済みだったけれど、早く中村先輩に近づきたくて焦っていた。
ある日その不満が爆発して、早朝の体育館に向かった俺は、そこで黙々とシュート練をしている先輩を見つけた。
同じ部活に入っても、挨拶以外に言葉を交わしたことは一度もない。
目の前に憧れの先輩がいる。まるで夢みたいな光景に、俺は体育館の入口でぼうっと呆けて立ち尽くした。
先輩は天才型だなんて言われているけど、本当はこんなに努力をしていたんだ。
パスッとシュートが決まる音が響き、ダムダムとボールが跳ねながら転がっていく。先輩はそれを追いかけることなく、こちらに振り向いた。
「おい、なに勝手に見てんだお前」
思わず後ろを振り返るも、俺以外には誰もいない。
「誰だっけお前。……あぁ、月森だっけか?」
「え……っ、あっ、は、はいっ! つ、つつつ月森ですっ!」
う、嘘! 名前覚えてもらえてた! 信じられないっ!
「つつつ月森。ふん。変な名前」
「は、いえっ、た、ただの月森でありますっ!」
やばいっ。テンパった! これじゃ時代劇じゃんっ!
「……おい、時代錯誤。お前ディフェンスできる?」
ツッコまれたけど真顔だ。うう……恥ずかしい。せめて笑ってほしかった……っ。
「……あの……俺、未経験組で……」
「見よう見まねでいい。ちょっと来い。やってみろ」
「は、ぇ……っ」
「早く」
「ふぇいっ!」
ぎゃー! 変な返事しちゃったー!
全身に変な汗が吹き出てくる。
慌てて駆け寄ろうとしたけれど、緊張で身体が思うように前に出ない。
「おい。手足が同時に出てんぞ」
「そ、そんなこと、ない、でございますっ」
「……なにお前。面白すぎんだけど。……ふ」
わ、笑った! 笑わないことで有名な中村先輩が笑った!
俺もう死んでもいい!
同居を始めた時と同じスーツケースを手に、いつもの笑顔で「じゃあね」とドアの向こうに消えてしまった。
絶望で立っていることもできず、壁に寄りかかりズルズルと床に座り込む。
ちゃんとできているつもりだった。今度こそ間違えないように、いい後輩を演じているつもりだった。
林さんと食事に行く先輩を引き止めたかったけれど必死でこらえ、女の子を紹介されるとわかってる飲み会にも、興味もないのに参加した。
全部、全部無駄だった。わかってた。先輩の記憶が戻ればこうなることはわかってたのに……。
もう少し、もうちょっとだけ、このまま一緒にいられるような気がしてたんだ……。
『俺が好きなのは先輩ですっ』
『先輩って誰だよ』
『中村先輩ですよっ!』
『…………は?』
『俺……先輩が好きです。好きなんです』
『な……んだよ急に。俺だって最高のダチだと思ってるよ。でも俺が言ってんのはそういうことじゃねぇだろ?』
『違います。俺は先輩と恋人になりたいっ。抱きしめて、キスして、その先も……っ。俺は先輩が好きなんですっ』
先輩の顔が一瞬で強ばり、目を見開いた。
『……なに、お前…………ゲイ、だったのか?』
『わ……わかりません。たぶん先輩が初恋なので……』
目の前で先輩が難しい顔で黙り込むのを見て、とんでもないことを言ってしまったと血の気が引いた。
『あ、の……先輩』
嘘です、冗談です、そんな言葉はもう遅すぎた。
『……悪いけど、お前はただの後輩だ』
『……せ、せんぱ……』
『俺、ここ出てくわ』
『……っ、い、嫌ですっ。ダメですっ。もう、もう困らせないのでっ! 先輩のそばにいさせてくださいっ!』
『無理だ』
『先輩っ』
『悪いな、月森。お前の気持ちに応えらんねぇのに、いままで通りは無理だ』
『……っゔ……っごめんなさい……っごめ……。好きなってごめんなさい……っ』
『月森。俺は、後輩として、ダチとしてってので悪いけど、それでも俺は、お前が好きだよ』
『先輩……っ』
『俺はお前が、ずっと好きだよ』
先輩が俺の頭をくしゃくしゃにしながら、困った顔で笑った。
『ごめんなさい……っ、先輩……っ、ごめんなさい……っ』
やっぱりだめだった。もし思い出さないでいてくれれば、このままずっと一緒にいられたのに……。
やっぱりだめだった。
ごめんなさい、先輩。
俺は、先輩が記憶喪失になったと知ったとき、心配で青くなりながらも内心どこかでホッとしてた。
もし記憶が戻らなければ、またずっと先輩のそばにいられるんじゃないかって。友達として、後輩としてでも、また毎日先輩と一緒に過ごせるんじゃないかって。
今度は間違わないように、一からやり直そうって……そんなことを考えてしまった。
俺は最低だ……。
本当に最低だ……。
先輩……ごめんなさい……。
事故に遭って記憶をなくした先輩は、先輩だけど先輩じゃない、そんな不思議な感じだった。
でもそれも最初だけで、根は何も変わってない、いつもの先輩だとすぐにわかって嬉しくなった。
ぶっきらぼうな物言いが、素直でまっすぐな口調に変わり、不器用な優しさが、心に響く優しさに変わった。
眉を寄せた厳しそうな表情が優しい笑顔に変わり、社内の女性が先輩に見惚れて目を輝かせた。
毎日会社に行くたびに、いつか先輩を奪われそうでずっと怖かった。
先輩は出会ってからずっと、第二印象が悪すぎて人気が続かない人だったから、こんなにハラハラするのは初めてのことだった。
高校に入学してすぐ、新入生オリエンテーションの部活紹介で初めて先輩を見た。
バスケ部の発表で次々とシュートを決める部員の中で、エースである中村先輩は一際輝いていた。
俺は先輩のシュート姿に一瞬で惚れて、その瞬間に、中学から続けていた野球部を蹴ってバスケ部に入部すると決めた。
周りの生徒が中村先輩を見て「秋人に似てる!」と騒ぎ出し、俺は「秋人」という芸能人をその時初めて知った。
ストレートで栗色のサラサラの髪、圧倒するほど美形なその姿で「っるっせぇ! 俺は秋人じゃねぇ! 俺は俺だ、クソが!!」と騒ぐ新入生に言い放ち、体育館が静まり返る。
先輩は驚くほど口が悪かった。
似てるのは見た目だけだったとガッカリする女子が多発したが、俺はますます先輩から目が離せなくなった。
新入部員は経験組と未経験組に別れての練習だった。
毎日まいにち基礎練ばかりをやらされ、だんだん不満が募っていく。
基礎練の日々は野球部でも経験済みだったけれど、早く中村先輩に近づきたくて焦っていた。
ある日その不満が爆発して、早朝の体育館に向かった俺は、そこで黙々とシュート練をしている先輩を見つけた。
同じ部活に入っても、挨拶以外に言葉を交わしたことは一度もない。
目の前に憧れの先輩がいる。まるで夢みたいな光景に、俺は体育館の入口でぼうっと呆けて立ち尽くした。
先輩は天才型だなんて言われているけど、本当はこんなに努力をしていたんだ。
パスッとシュートが決まる音が響き、ダムダムとボールが跳ねながら転がっていく。先輩はそれを追いかけることなく、こちらに振り向いた。
「おい、なに勝手に見てんだお前」
思わず後ろを振り返るも、俺以外には誰もいない。
「誰だっけお前。……あぁ、月森だっけか?」
「え……っ、あっ、は、はいっ! つ、つつつ月森ですっ!」
う、嘘! 名前覚えてもらえてた! 信じられないっ!
「つつつ月森。ふん。変な名前」
「は、いえっ、た、ただの月森でありますっ!」
やばいっ。テンパった! これじゃ時代劇じゃんっ!
「……おい、時代錯誤。お前ディフェンスできる?」
ツッコまれたけど真顔だ。うう……恥ずかしい。せめて笑ってほしかった……っ。
「……あの……俺、未経験組で……」
「見よう見まねでいい。ちょっと来い。やってみろ」
「は、ぇ……っ」
「早く」
「ふぇいっ!」
ぎゃー! 変な返事しちゃったー!
全身に変な汗が吹き出てくる。
慌てて駆け寄ろうとしたけれど、緊張で身体が思うように前に出ない。
「おい。手足が同時に出てんぞ」
「そ、そんなこと、ない、でございますっ」
「……なにお前。面白すぎんだけど。……ふ」
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