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ーーーーー

早朝。まだ日が昇る前ーー


私は身支度を整えると


まだ夢の中であろうYさんに


そっと一言告げる



「ーー朝日を見てきますね。
朝食前には戻ります」




Yさんは寝ぼけ眼でムクリと頭を上げた




「ンーー?」




半分夢の中といった感じだ。




「起こしちゃってごめん。寝ててね」




夜明けが近づいていた。




足早に宿を出て、河原に向かった。




すでに何隻も小舟が出ている。




薄暗い中、舵取りが声をかけてくる。




「乗るか? じきに夜が明けるぞ。」




値段を確かめ、その小船に飛び乗る。




間に合ったーー。 



ホッと胸をなでおろす。と同時に



船に自分しか客がいない事に気付き、
一気に嫌な予感が走る。



けれどこの朝日を見にこの町へ来た。



見ないで帰るわけには行かない。



私はリュックからポラロイドカメラを取り出した。
静かに夜明けを待つーー



水面には同じタイプの小舟がいくつも浮かび、


キャンドルや花売りのボートも出ていた。



人々が流した灯籠が まだ薄暗い水面(みなも)をたゆたい



幻想的な灯りをたたえている。



舵取りは川の中州の手前ほどで止まり、



黙って船先に腰掛けると
ともに夜明けを待った。





ーーーーここまでの人生の夜に、新しい朝日を迎えたい。



夜明け直前の水上からは、眠りのうちに時が止まったような街並みが、遠くに見えていた。




水面の先にある地平線から



優しい朝日がゆっくりと上昇していく。




私は朝日を暫く見つめて



それからシャッターを切り始めた。





船に乗って10分~15分程度のわずかな時間だったと思う。




夜明けの瞬間の、クリアな風景。



この街では、霞がかからない唯一の時間。



その朝日を瞳に写し



ここまでの日々を回想したーー




~~~~~



完全に日が昇り、町が動きはじめる。



対岸に小さく見える洗濯する人、


水を飲みにきた犬、


泳ぎに来た子供達…



目的を果たした今、
船を岸に戻してもらおうと
ふと風景から舵取りに視線を移した。
次の瞬間目にした光景は
あの美し風景の記憶を打ち消すかのように
信じ難い光景だった。






ーーーーぇ……? ………何…して…





舵取りが ズボンのチャックから




長く禍々しい逸物を取り出し




自らの手でしごいている。




一瞬状況が飲み込めない。




見たこともない長さのそれに
何をしているか理解するのに数秒かかった。




ーーなんで…?




ーーいつからしてたの…?




ーー他の船も近くにいるのに……





私の方を見て舵取りは興奮した様子だった。




白い歯を見せて笑いながら




しごく手に力を込めて ハァハァと息を荒げ出す。




ここは小さなボートの上。





ーー当然、 逃げ場はないーー





ーーー最悪だ。




こんな事になるならYさんに同行を頼むべきだった。



相席で乗らなかったことも、自分の警戒心が足りなかった。



でも全て 後の祭りだった。




舵取りは、私を見ながら さも見せつけるように力を込めて 喘ぎ出した。

雄々しい呻き声のような声に、身の毛がよだつ。



彼は急に 私にそれに触れるように催促し出した。


触れ触れと言いながら、見せつけるようにしごいてくる



私はありもしないアレコレを口からでまかせでまくし立て、
とにかく其れを仕舞ってくれと、彼から視線を逸らして頼み込んだ。


“私の宗教の戒律で禁じられている。お願いだからやめてください。"


この言葉で彼は降参した。



「オケーオケー」と、つまらなさそうに手を離した。しかし力強くそそり立った男根は
そんなにすくに治るわけもなかった。



彼は一瞬バツが悪そうに自身を眺めると、
次の瞬間ーー





「ーーイヤ……っ!」




笑いながら私の手を引っ張り、
自分のモノに無理やり触れさせたのだ




してやったり。という彼の表情は満足感に満ちていた。




私は力尽くで彼から離れ、ボートの反対側へ移動した。




ーーーーあぁもう…サイアク…




チャプンタプンと
私の重みを受けた小舟が音を立て
ユラユラと揺れる。




涙がこみ上げてきた。




泣き出した私を見て、
舵取りは人が変わったように心配し出す




私に近寄って来て、側に座り 私の肩を抱き寄せようとしてきた




「触らないで!!船を出して!!」



私が大きな声を出したので、流石の彼も周りを気にした様子だった。



そそくさと船を出し、船は間も無く岸に着く。



私は逃げるように小舟を降りると、
真っ直ぐに宿へ向かった。




ーーー手を …… 早く手を 洗いたい…



小さな震えが止まらない。




今となっては帰り道の記憶がないが、
私はたしかに宿に帰った。


~~~~~~~

部屋に入るとYさんは朝からPCでメール確認をしていた。




「お帰り~…」




返事もできずにバスルームへ直行し、



洗面台の蛇口をいっぱいにひねった



勢いよく出た水に手を当てたまま 
膝の力が抜けていく



「どうしたん?!何かあった?!」



Yさんの問いかけに、言葉が出てこない。



涙が出るのに、声がちゃんと出なかった。



ーーなんにも、ないから…



「そんなわけないじゃん!?」



反射的に、Yさんは私を抱きしめた。




「ケガはしてない??」



Yさんは、
私の震えが落ち着くまで側にいて
肩を抱き、背中をさすってくれた。



落ち着いたころ、彼が淹れてくれたお茶を飲みながら、今朝の出来事を話した。



今からしてみたら、大したことでもなかったのかも知れない。
(色んな事がありすぎて、私の感覚がおかしいのかも知れない)



Yさんは、「なんで昨日俺に言ってくれなかったの~?俺いっしょに行けたよ??」と、心から後悔を絞り出したような声で言った。



「なんでも手伝って貰っちゃって、少しは自分でやらなきゃいけないような気がして…朝だし、大丈夫かなって。。」



「そんな事ないさ~。俺そもそも手伝いにきたんだよ?どんどん使って??」



「………うん。…そうだよね。

…ありがとう。」



私の返事を聞いて、彼は安心した表情に変わった。


~~~



「食事、行けそう?」


「うん。もう大丈夫。」






この日、朝食をとりにいくカフェまでの道を



Yさんは 手を繋いで歩いてくれた。




手を引かれて歩いた石畳の路地に




霞がかった町の埃っぽい空気が




いつも通り 流れていた。
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