マンドラゴラの王様

ミドリ

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第四章 マンドラゴラの王様

30 事件の後

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 名雲さん事件の数日後、センター長が菓子折りを持って我が家を訪れた。

 突然の来訪だった。表で落ち葉を掃いていた吾郎くんを見られてしまい、センター長はあれは誰だと目を丸くする。

 彼は義父の山崎さんの遠い親戚で、今はここで面倒を見ているのだと伝えると、センター長は「女性一人だと不用心だからね、よかったよかった」と心から嬉しそうに笑ってくれた。山崎さんが用心棒に彼を寄越したと、勝手に理解してくれたらしい。

 センター長は、名雲さんという厄介者を引き受けた上に迷惑を二度も掛けられるというかなり不幸な状況に陥った相当可哀想な人だけど、本当に根がいい人なのだろう。ろくに知らない私にすらこうして心配するところを見ると、私が彼の元部下である名雲さんから乱暴されかかったという事実を別にしても、彼の人のよさが伺えた。

 その名雲さんは、センター長が務める配送センターを即日退社した。さすがにもう面倒は見切れない、とセンター長が三行半をつきつけたそうだ。

 残念ながら、名雲さんの両親は名雲さんといい親子関係を築いていなかった様で、名雲さんの引き取りを拒否。高校時代の例の先生が、身元引受人として名雲さんの身柄を引き取った。

 このまま、名雲さんを野放しには出来ない。ならば、先生が務める高校で傍で見張っていられる用務員に採用しよう。そう考えて働きかけたそうだけど、学校には女子もいる。当然ながら周りの反対は凄まじく、断念せざるを得なかったそうだ。

 それはそうだろう。やってしまった事実は消えはしないのだから。私は、それに関しては同情は一切しなかった。

 そもそも、考えが甘過ぎる。相手を信じることも更生の過程では必要だろうけど、名雲さんに必要なのは厳しさじゃないか。自分の傍に置いて見守りたいのは、あくまで先生の希望だ。そこには恐怖を与えられる側への配慮はなく、相手側への良心の無言の要求がある様に思えた。

 だけど、それは客観的に見られる立場にいるからこそ、思えることなのかもしれない。先生はきっと善良過ぎて、そこに気付けないんだろうと思った。

 名雲さんは、薬物検査も行ない、当然ながら何も出てこなかった。事件の後の様子は見るからに萎れていて、これまでの自信満々な雰囲気はどこにもなくなってしまったそうだ。でも、ショックから立ち直ったら、また再犯する可能性はある。本人がもう二度としないと口では言っても、今回はすでに二回目だ。

 先生は考えに考え、知り合いの伝手を頼り、とある躾に厳しいと評判の大工の棟梁の元に名雲さんを預けるに至った。昔気質の大工職人だそうで、基本住み込み、食事も棟梁と取る。

 少年院から出てきた者の更生の職場として何度か引き受けている内に、ならいっそのこと全員一人前になるまでみっちり育ててやると自宅の敷地に寮を建ててしまったというお方だそうで、この町からは車で二時間ほど掛かる町に住んでいる。名雲さんは早速棟梁の元に送り込まれ、ビクビクしながらも前向きにやっているのだとか。

 このことからも分かる通り、結局私は被害届を提出しなかった。やられたことは許せないれっきとした犯罪だったけど、どこから吾郎くんの存在が明るみになってしまうかも分からない。まだ戸籍もない状態なので、下手に事を荒立てたくなかったというのが本音だった。

 だから、センター長を介し、名雲さんに約束を取り付けた。二度と私の前に姿を現さないと。名雲さんからは、申し訳なかった、もう二度とこんなことはしない様心を入れ替えますという伝言があったけど、それは本心からの言葉なのか。今はそう思っていても、一過性のものでまたむくりと興味が湧いてしまう可能性はあるかもしれない。

 まあ、山姥とその使いだとまだ信じているならば、近寄りはしてこないだろうけど。

 突然嵐の様にやってきた出来事について、私はそれまでの数日間、つらつらと名雲さんについて考えていた。所々で出てきた、君なら許してくれるとか、きっと今の自分を見てくれるといった言葉。その言葉の端々から、名雲さんが自分の過去を多少なりとも恥じていることが窺えた。

 前回の女性とどういう関係にあり、どういう流れで襲うことに至ったのか、そこまでは聞いていないから不明だ。だけど、これまでの名雲さんの私への親切な態度やセンター長から聞いた生い立ちを統合すると、名雲さんは女性に対して癒やしを求めていたんじゃないかと思った。

 うまくいかない人生。両親とも不仲で、だけど頼れるのは熱血漢っぽい先生だけ。周りはどんどん結婚して、自分は駄目な奴で周囲から置いていかれている、そんな焦燥感や苛立ちがあったのかもしれない。でも、前科はついていないとはいえ女性とトラブルになった経緯がある。周りはそれを、知っている。

 駄目だったこれまでの自分を塗り替えて、親切な名雲さんという姿だけを見せたら、大人しそうで周りに人なんていない場所に住んでいる孤独な私なら、昔の彼もひっくるめて好きになってくれるんじゃないか。多分、そう思ったんだろう。

 名雲さんは、実際の私がどういう人間か、知らない。私は彼に、そういった面を一切見せなかったからだ。そして想像を膨らませた。陰から私を見ている内に、どんどん彼の中で美化してしまったんだろう。だからこそ、「裏切られた」という言葉が出てきた。

 ――やはり私は、人間関係をうまく築くことが出来ない。

 この事件の後、それを痛切に思った。吾郎くんとこうして自然体で過ごせているのは、彼が人間ではないからだろう。だからきっと、吾郎くんがここを去った後は結局は誰とも交わることが出来ず、元の隠居生活に戻る。それに耐えられるだけの心構えを今の内からしておくべきだろう、というのが今回悟ったことだった。結局、私は何も変わっていない。駄目なものは駄目なのだ。

 センター長は私と吾郎くんに一通りの状況説明をした後、これからはどんなに信用出来る人間でも必ずペアを組ませて配達業務にあたること、私の家にはセンター長自らがもう一人社員を連れてお届けに上がることを約束してくれた。

 センター長がぺこりと頭を下げて配達車を運転して帰ると、とにかくこれでようやくあの騒動に一段落がついた、と胸を撫で下ろす。

 そういえば、あの時の配送伝票に受け取りのサインをしていなかった。でも、あれはもういいのだろう。隣に立つ吾郎くんを見上げる。

「じゃあ、町に買い出しに行ってみようか」
「うん! 楽しみにしてたんだ! 美空大好き、ありがとう!」
「あは、あはは……」

 最近は、何を言っても返事に大好きがつく。私は毎回、それを笑って誤魔化すだけだ。

「荷物、沢山持ってね!」
「うん、任せて」

 吾郎くんは、にっこりと微笑んで力こぶを作ってみせてくれた。
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