マンドラゴラの王様

ミドリ

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第四章 マンドラゴラの王様

33 吾郎くんの警戒度は最高値

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 吾郎くんと一緒に、閉まった運転席の窓から中を覗き込む。中で寝ているのは随分と大きな人で、物凄く身体を縮こまらせて辛うじて横になっている様に見えた。メキシコのマリアッチの様な極彩色のポンチョを羽織り、顔の上にはやや擦り切れ気味のテンガロンハットが乗っている。

「美空、知ってる人?」
「いや、全く知らない」

 即答出来るほど、全く見覚えのない人がそこで寝ていた。とりあえずこうしていても埒が明かない。意を決してコンコンと窓を叩くと、中の人がビクッと身体を動かした。本気で寝ていた様だ。だけど、テンガロンハットの所為で目の前が暗いからだろうか。暫く気配を窺う素振りは見えたものの、また寝出してしまった。随分と呑気な人だ。

 もう一度、窓を叩く。今度は空耳でないと思ったのか、中の人が勢いよく起き上がった。高さのない天井に、思い切りガン! と頭をぶつける。その振動で、車が大きく揺れた。車の中を覗き込むと、中の人が頭を抱えて蹲っている。その様子は、まるで大きな熊の様だ。ちょっと可愛らしい。

 暫くそのまま痛みに耐える様に蹲っていた中の人だったけど、ようやく痛みが引いたらしい。今度は恐る恐る起き上がると、辺りをキョロキョロと見渡す。私、吾郎くんの順に目が合うと、笑った。嬉しそうに吾郎くんを指差そうとし、そこに窓があることを失念していたのだろう。思い切り人差し指を窓に突き刺し、悶絶し始める。

「……変な人だね」

 ろくに他の人間を知らない吾郎くんでも、最近はテレビのお陰で落ち着いた人間とそうでない人間の区別はつく様になったらしい。

「そうだね、おっちょこちょいなのかも」

 私が答えると、おっちょこちょい、と吾郎くんが首を傾げた。さすがにその単語は知らないらしい。

「間抜けって意味に近いかな」
「へえ。じゃあこの人は間抜けさんていうのか」

 多分違う。だけど、じゃあ名前は何だと言われても知らないので、とりあえず中の人が復活して出てくるのを待つことにした。テンガロンハットで顔がよく見えないけど、どうも日本人ではない様だ。突き刺してしまった指を擦りつつ、中の人が運転席のドアを開く。

 大きな影が、私を背中に庇った吾郎くんを指した。まあ随分と大きい人だ。二メートルはあるんじゃないか。見た目は三十代前半か半ばくらいの白人男性。かなり体格がよく、少し癖のある、胸まで長さのある栗色の髪はボサボサだ。よく見ると、埃が絡んでいる。

 彫りの深い目は青く、もみあげは顎の近くまで伸びていた。顎は二つに綺麗に割れており、固い物もいくらでも噛めそうだ。一見どう見てもただの怪しい外国人だけど、その目はキラキラと輝き、そこだけは少年の様だった。

「オー! やっと会えましたネ!」

 日本語が喋れるらしい。両手を広げて親愛の情を表現するけど、対する吾郎くんは無言で睨みつけたままだ。するとその大きな人は、肩を竦めてバチンと音がしそうなウインクを私に向かってすると、私と吾郎くんを交互に見ながら自己紹介を始めた。

「ワタシは、ウド・ミッターマイヤーですネ」
「あ、秋野美空です」
「……」

 吾郎くんが名乗らないので、代理で紹介する。

「山崎吾郎くんです」
「ゴロー? カッコいい名前ネ」

 ウドさんは大きな親指を立ててサムズアップしてみせたけど、吾郎くんは相変わらずウドさんを無言で睨みつけたままだ。

「あの、ウドさんはどうしてここに?」

 第一声は、やっと会えましたね、だ。ということは、私か吾郎くんのどちらかに会いに来たことになる。だけど、私はこんな人は知らないし、それで言ったら吾郎くんは余計だろう。私の質問に、ウドさんは大袈裟なジェスチャーで驚いてみせた。海外の人って、本当にこんなに激しく動くのか。ただの会話でこれなら、消費カロリーも多そうだ。

「肝心なモノを忘れてましたネ!」

 ウドさんは後ろポケットを弄ると、擦り切れた皮の財布を取り出した。興味津々で見守っていると、カード入れから名刺を一枚取り出し、人差し指と中指の間に挟んでキザなポーズを決める。それでも吾郎くんは一向に受け取ろうとしないので、吾郎くんの腕を掻い潜って顔を出し、名刺を覗き見た。

 ちゃんと日本語で、ウド・ミッターマイヤーと書いてある。肩書の所には、祈祷師とある。……祈祷師。この何だか派手なメキシコかぶれの様な大きな外国人が、祈祷師。

「さ、美空、おうちに帰ろう」

 私の首を腕に抱えたまま、吾郎くんはくるりとウドさんに背中を見せた。会話は終了ということらしい。吾郎くんはひと言もウドさんに向かって喋ってはいないけど。

「待ってくだサーイ!」

 如何にも外国人といったイントネーションで、ウドさんが慌てて追いかけてくる。

「このまま手ぶらでは帰れまセーン! せめて話だけでも聞いてクダサーイ!」
「美空、今日の夜ご飯は何にするの?」
「え? あ、うん、今日は鯖の味噌煮込みを……」

 見事な迄の完全無視に、あの素直で可愛らしい吾郎くんにこんな一面があったのかと私は驚いていた。いつもにこにこ、未知のものは怖くて私に抱きついてくる吾郎くんが、一体どうしたというのか。

「僕、美空の作るお味噌汁が大好きだよ。今日も作ってくれる?」
「あ、うん、そのつもりだけど……」

 さり気なく、私を吾郎くんの身体の前に移動させる。私をウドさんから隠す様にしたまま、地面に置いていた買い物袋を手に持った。ウドさんを大きく迂回しつつ、今度は自転車の荷台に積んである買い物袋を持つ。

 大量だけど、片手で余裕そうに持つのはさすがだ。と思ったら、手のひらから根が飛び出していて、うまい具合に買い物袋を下から支えているじゃないか。この実用性の高さは、吾郎くんの応用力の高さを表しているのだろう。

 自力で根が出せるのか、と思って頭をよく見てみると、髪の毛の間に地面から生えている雑草と同じ細長い葉が生えていた。先程地面に手を触れた際、接触した分だろう。探知についても、もしかしたらこの草の力を借りたのかもしれない。以前見たものよりは大分細いので、木々の力を拝借するにもその特徴が反映されるみたいだ。

「吾郎サン! 話を聞いてくだサーイ!」

 ウドさんは必死だけど、吾郎くんは一切取り合わない。玄関の軒下に買い物袋を置くと、くるりとウドさんを振り返り、「美空は鍵を開けて中に入って」と優しい口調で言った。鍵を開けるのはやぶさかではないけど、吾郎くんはこの後どうするつもりだろうか。

 私が鍵を開け玄関の引き戸を開くと、吾郎くんは私を中に押し込み、ウドさんを警戒しながら荷物を家の中に運び込む。

「待ってくだサーイ!」

 ウドさんが、屈みながら玄関を潜ろうとしたその瞬間。吾郎くんの手から柔らかそうな細い草の根が投網の様にバッと広がり、ウドさんの顔面を襲った。
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