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第二章 中級編開始
第175話 魔術師リアムの中級編初日の午後開始
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ラーメンを食し、会社に戻り歯を磨き、落ちた口紅を塗り直す。社会人なるものの身だしなみということだが、この会社の社長は自分がお洒落に興味があるからとやたらとそういうところにも口出しをするそうで、やっておけば何も言われないからやっておけ、との祐介の助言だった。
そういえば、この会社の社員は、外で見かけた他の者達よりもきちっとした印象を受ける。よれた服など着ている者はいないので、上の人間がそうだと下も自然とそうなっていくのだろう。
午後は木佐ちゃんの指導の下、言われた通りの作業をこなしていく。不思議なもので、数字も英語も難なく読める。意味が分からなければ尋ね、をしている内に、あっという間に六時になった。脳みそがいい感じに疲れている。覚えることは余りにも多かったが、これもいずれは慣れる。慣れて、早く一人前となり木佐ちゃんの助けとなりたかった。
「野原さん、分からないところはちゃんと聞いてくれたから、溜まってたものも結構片付いた。その……明日も宜しく」
六時を過ぎ、帰り支度を始めた木佐ちゃんがそう言って、小さめに微笑んだ。
「山岸くん、野原さんと一緒に帰るんでしょ? もうパソコン落としたからいつでも大丈夫よ」
「あ、木佐さん、ありがとうございました」
午後の祐介はいつもの祐介に戻っていた。ちょいちょい視線は感じたが、苛々している様子はなかった。祐介も若い所為だろうか、感情にむらがある様だ。
木佐ちゃんが鞄を持って立ち上がり、椅子をしまう。
「じゃあお疲れ様。あの、これからはなるべく残業はしない様にしていきましょう。時には必要かもしれないけど、一人でいつまでも残らない様に」
「承知した」
リアムが頷く。いい上司ではないか。これがどう意地悪をしていたのか、全く想像がつかない。
「あの」
リアムも鞄を持つと、祐介の後ろで待機した。木佐ちゃんはなかなか立ち去らず、何かを言い淀んでいる。
「どうしたんですか?」
祐介もパソコンの電源を落とすと、立ち上がる。まだ他の社員は残っている様だが、帰る人は帰る、そういった職場の様だ。
「野原さん!」
「はい!」
腰に手を当て、人差し指でリアムをビシッと差す。どうした、木佐ちゃんよ。それともこれが素の姿か。
「今日の羽田さんの件! 格好よかったしありがとうだから!」
「は……」
「以上! お疲れ様! お先に失礼します!」
木佐ちゃんは言いたいことだけ言うと、くるりと背を向けて逃げる様に去って行った。
「は、はは」
祐介がぽかんとした後、楽しそうに笑い出した。何故笑う、祐介。
「さ、帰ろうか」
「うむ」
「結局その話し方ちっとも直す気なさそうだよね」
「……明日から、少し木佐ちゃん殿の口調を真似してみる」
「うん、それがいいかも。外部の人はびっくりするからさ」
「精進する」
エレベーターに乗り込むと、祐介が頭をぽん、と撫でた。
「頑張ったね、いい子いい子」
昼間の逆襲か、そうも思ったが。
正直なところ褒められて嬉しかったので、リアムは素直に頷くに留めたのだった。
そういえば、この会社の社員は、外で見かけた他の者達よりもきちっとした印象を受ける。よれた服など着ている者はいないので、上の人間がそうだと下も自然とそうなっていくのだろう。
午後は木佐ちゃんの指導の下、言われた通りの作業をこなしていく。不思議なもので、数字も英語も難なく読める。意味が分からなければ尋ね、をしている内に、あっという間に六時になった。脳みそがいい感じに疲れている。覚えることは余りにも多かったが、これもいずれは慣れる。慣れて、早く一人前となり木佐ちゃんの助けとなりたかった。
「野原さん、分からないところはちゃんと聞いてくれたから、溜まってたものも結構片付いた。その……明日も宜しく」
六時を過ぎ、帰り支度を始めた木佐ちゃんがそう言って、小さめに微笑んだ。
「山岸くん、野原さんと一緒に帰るんでしょ? もうパソコン落としたからいつでも大丈夫よ」
「あ、木佐さん、ありがとうございました」
午後の祐介はいつもの祐介に戻っていた。ちょいちょい視線は感じたが、苛々している様子はなかった。祐介も若い所為だろうか、感情にむらがある様だ。
木佐ちゃんが鞄を持って立ち上がり、椅子をしまう。
「じゃあお疲れ様。あの、これからはなるべく残業はしない様にしていきましょう。時には必要かもしれないけど、一人でいつまでも残らない様に」
「承知した」
リアムが頷く。いい上司ではないか。これがどう意地悪をしていたのか、全く想像がつかない。
「あの」
リアムも鞄を持つと、祐介の後ろで待機した。木佐ちゃんはなかなか立ち去らず、何かを言い淀んでいる。
「どうしたんですか?」
祐介もパソコンの電源を落とすと、立ち上がる。まだ他の社員は残っている様だが、帰る人は帰る、そういった職場の様だ。
「野原さん!」
「はい!」
腰に手を当て、人差し指でリアムをビシッと差す。どうした、木佐ちゃんよ。それともこれが素の姿か。
「今日の羽田さんの件! 格好よかったしありがとうだから!」
「は……」
「以上! お疲れ様! お先に失礼します!」
木佐ちゃんは言いたいことだけ言うと、くるりと背を向けて逃げる様に去って行った。
「は、はは」
祐介がぽかんとした後、楽しそうに笑い出した。何故笑う、祐介。
「さ、帰ろうか」
「うむ」
「結局その話し方ちっとも直す気なさそうだよね」
「……明日から、少し木佐ちゃん殿の口調を真似してみる」
「うん、それがいいかも。外部の人はびっくりするからさ」
「精進する」
エレベーターに乗り込むと、祐介が頭をぽん、と撫でた。
「頑張ったね、いい子いい子」
昼間の逆襲か、そうも思ったが。
正直なところ褒められて嬉しかったので、リアムは素直に頷くに留めたのだった。
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