イケメンハーフなダンピールに求婚されました〜ハロウィンの追いかけっこ〜

ミドリ

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ハルと神崎

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 渋谷の駅に程近い雑貨屋。私が勤めている職場だ。

 表のシャッターをガラガラと降ろしていると、従業員達と歓談していた店長の神崎が私に声を掛けた。

「ハルちゃん、ご苦労様」
「いえ」

 戸締まりは指差し確認しないと落ち着かない私は、進んでこの役割を果たしている。それは子供の頃の恐怖に基づく行動だったが、その話をこのショップの誰ひとりにも話したことはなかった。

「ハルちゃんはしっかりしてるから助かるよ」
「いえ、そんな」

 神崎はショップのオーナーの親族らしく、あちこちにあるこの会社のフラグシップ店の店長を任されている人物だ。

 少し硬そうなちょっとグレーがかった短髪に、外国の血が入っているとかで黄銅色に近い瞳を持つ、ガッシリとした体躯のまごう事なき長身イケメンで、年齢は恐らくは二十代半ば。ワイルドな雰囲気が堪らないと、同僚達が黄色い声を上げているのを私は横で聞いていた。

 同じ職場にでもならない限り、私の様な生真面目で可愛げのない地味な女は会話すら出来ないであろう異次元の人種の神崎は、気さくな性格の所為か、愛想のない私にも親しげに話しかけてくれる。八方美人も大変だななんて思ったが、それはおくびにも出さなかった。

「じゃあ神崎さん、お疲れ様でーす! ハルさんも、お疲れ様でーす!」
「ああ、気を付けて帰るんだよ」
「お疲れ様」
「はあーい!」

 同僚の私より年若い女子二人が、きゃぴきゃぴと騒ぎながらスタッフオンリーの店の奥へと消えて行った。

 神崎は可笑しそうに二人を見送っていたが、姿が見えなくなると、一歩私に近づいて来る。

 ――近い。

 私は思わず固まった。これじゃ意識していると思われても仕方がない。自意識過剰と思われるかと恥ずかしくなったが、これは決して好意から来るものではない。

 あるのは、恐怖だった。

「な、何ですか」

 身を縮こませる私に手を伸ばしかけていた神崎が、ふっと笑った。

「そんなに怖がらないでよ。今日はあの二人、合コンなんだってさ。ハルちゃんは誘われてないの?」

 誘われた。あの子達はよくも悪くも裏表のない明るい子達で、こんな私にも仲良く接してくれる。私に一度も彼氏がいたことがないことや、親を亡くして天涯孤独の身ということも怒涛の勢いで尋ねられ知られてしまった。

 そして今度はそれを心配した彼女達は、私に相手をとちょくちょく合コンに誘ってくるのだ。ありがた迷惑とはこのことを言う。私には、あの二人のノリについていける自信は皆無だったから。地味な人間には地味な生き方が似合っているのだ。混ぜたら危険、それが彼女達はまだ分かっていない。

「誘われましたけど、断りました」
「……あ、今日ハロウィンだもんね。おうちで彼氏が待ってたり?」
「……彼氏は、いません」

 あの子達に聞いてないのか? 神崎の会話の意図が、私にはイマイチ掴めなかった。とりあえず近いし早くあっちに行って欲しかった。もてると男はこうも容易くどんな女にも近付くのだとしたら、中にはそれを喜ばない女もいるってことをこの男は学ぶ必要があるだろう。

「ハルちゃん、可愛いからいるのかと思ってた」
「は、ははは」
「なにその嘘くさい笑い。もしかして僕の言うこと信じてない?」
「いや、だって可愛いとか……そういうのは、あの子達みたいな子の為にある言葉で」

 お洒落で明るく元気で、見ていてこちらが思わず笑顔になる子達だ。

 私は、基本ファストファッションのシンプルな上下を着ていれば間違いないという判断の元、最低限の化粧に真っ黒の長髪を後ろにひとつ縛ったポニーテールスタイルが定番の、色気もクソもない二十四歳。眉毛だって、彼女達に言われてようやく整えるのに慣れてきたばかりだ。まあ、最低限の身だしなみはショップ店員にはあって然るべきだったし。

「可愛いよ」

 神崎が、更に一歩近付いてくる。私は思わず一歩下がった。だけどそこにはガラス板があり、それ以上行けない。

「……そんなに警戒しなくても」

 神崎が、呆れた様に言う。分かっている、分かっているけど、こればかりはどうしようもなかった。ていうか、分かってるなら近づかないで欲しい。どんだけ自分に自信があるんだ、この男。

「ご、ごめんなさい。私、男の人が苦手で」
「え? そうなの? だってバイトのコウジくんとは仲良く話してるじゃない」

 今日は休みのコウジは、二十歳の若者だ。可愛らしい外見に大して高くない背は、私に恐怖心を抱かせない。小動物系なら私はいける。相手がいけるかどうかは別として。

「か、身体の大きい人が苦手なんです」

 失礼かと思ったが、私は事実を口にした。ここまで拒絶すれば、店の従業員にそれ以上近付かない筈だ。が、神崎は、訳が分からないという表情で私を見下ろしている。

 普段はあの子達と一緒に帰るから、神崎と二人きりになることはこれまでなかった。入社して一年、一度たりとも。

 何故なら、私がそうしていたからだ。どうしても身体の大きい人は怖い。だけど一緒に働く以上はその恐怖を抑え込まないといけない。だから。

「……何でか、聞いてもいい?」
「……ごめんなさい」

 言いたくはなかった。言ったら、この人が引く様な過去の出来事も語らないといけなくなる。そしてそこまで語る義理はない。

 私の拒絶はきちんと伝わったのだろう、神崎は肩を落とすと、ふっと笑った。

「無理には聞かないけど、その内話してくれると嬉しいな」

 お前には多分話すことは一生ない。私はそう思ったが、神崎は違う様だった。

 神崎の手が、私の顔に伸びてきた。思わずビクッとすると、一瞬躊躇した後、指で軽く私の頬に触れる。私の腕に、ゾゾゾッと鳥肌が立った。いやなにあり得ないんだけどこの男。

「怖いことしないんだけどな」

 淋しそうに言われても、怖いものは怖い。私は神崎の手から逃げる様に離れると、スタッフオンリーの通路の方へジリジリと向かった。

「すみません、お疲れ様です」
「……はい、お疲れ様です」

 諦めたらしい神崎の垂れた眉に自嘲気味の笑顔を背に、私は出口へと向かった。

「ハルちゃん!」
「……はい」
「人、いっぱいだから!」
「あ、はい」

 私は神崎を振り返る。神崎は、私に酷い態度を取られても、気にしていない様子だった。やっぱり揶揄われただけか。思い切り警戒して、悪かったかもしれない。でもやっぱりあの距離感はいただけない。

「変な奴らが彷徨いてるかもしれないから、真っ直ぐ家に帰ってね」
「……分かりました、ありがとうございます」

 渋谷のハロウィンは、毎年とんでもない混雑具合で酔っ払いも多い。ちょっと危なそうな人達も時折彷徨いているのは確かだったので、私は素直に頷くと踵を返した。

 ふう、という神崎の溜息が聞こえた気がした。溜息をつきたいのはこっちだ。私も心の中で深い溜息をついたのだった。
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