イケメンハーフなダンピールに求婚されました〜ハロウィンの追いかけっこ〜

ミドリ

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ソラとの出会い

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 ビルの裏口から出ると、渋谷の街は若者で溢れ返っていた。殆どの人は、仮装している。皆で集まって仮装したら、楽しいのだろうか。私には分からなかった。分かりたくもないが。

 駅に続く通りを、人を避けながら端の方を進む。道の真ん中は人だらけで、立ち話でもしているのか、ギャハハと大騒ぎしている集団がいる。正直通行の邪魔だったが、スクランブル交差点を何度も行き来してはハイタッチしていく人よりはマシかも、と思った。

 昨年は、仕事帰りにハイタッチを求められ、大いに戸惑ったものだ。何の為にハイタッチを求められているかも分からなかったし、やったら何なんだ? と疑問に思った。

 今年は、昨年の轍は踏むまい。人混みの中には、神崎の言葉を間に受けた訳ではないが、一定数おかしな奴らがいるのは確かだ。

 こちらを害してやろうという気配をプンプンさせる奴らが。

「ちょっとお前さー酷えなあっ!」
「うおっちょっ危ねえって!」

 集団の後ろを通り過ぎようとしていた私を、じゃれ合いからか突き飛ばされたフランケンシュタインの格好の若い男が、よろけて私にぶつかった。結構痛い。

「きゃっ!」
「あっごめんなさーい! あ、君かわいーじゃん! ひとり?」

 酒臭い男の息が、私の鼻に入ってきた。私は咄嗟に、肩に掛かった男の手を払う。すぐに女に触る男は危険だ。特に私みたいな地味なのにまで手を出そうとする奴は。

「すみません!」
「えーちょっとおー待ってよお!」

 酔っ払っているからか仲間がいるからか、男は図々しい。私はゾッとして、走り出した。道を阻む人を掻き分けながら進むも、男は笑いながら追いかけてくる。お前はホラー映画のモブキャラか。

「待ってよおお! 逃げんじゃねえぞこら!」

 酔っ払いの怒声に私は恥ずかしながらパニックに陥ると、すぐ横に見えた真っ暗な細い路地に這う様に飛び込んだ。

「あっ!」

 途端、足を何かに引っ掛けてすっ転んだ。手のひらと膝を思い切り地面に打ちつけ、悶絶する。

「いっ……!」

 大声を上げそうになったが、フランケンシュタインの男が通りを横切ったのが目に入り、私は必死で声を押し留めた。

 母が死んだ時と同じ様に。

 口を押さえ、堪えた。あの時も、これで助かった。だから今回もきっと大丈夫だ。

 口で息が出来ない代わり、鼻でふんふん息をする。と、嗅ぎ慣れた鉄臭い匂いが鼻をくすぐった。

 ――血の匂いだ。

 押さえていた手を見ると、皮膚が擦り切れて広い範囲に血が浮き出ていた。

「……甘い」
「――え?」

 私が足を引っ掛けた物が、モゾモゾと動く。

 え? 人だったのか? 私が驚きのあまり全く身動きが取れないでいると、大きなゴミ袋の様に思えた塊が被っていた布が、ふぁさりと落ちた。

 僅かに入ってくる渋谷のセンター街の明かりが、その人物の輪郭を象る。柔らかそうな髪の毛の色は、綺麗な栗色。頬は青白く、かさついている。逆光で始めははっきりと見えなかったが、目を凝らしている内に段々と整った可愛い顔が見えてきた。明らかに外国の血が入っている顔だった。おう。滅茶苦茶可愛い。

「あの、ごめんなさい、蹴っちゃって……」

 私が手を伸ばすと、その子はパッと手を握った。――思ったよりも固い手だった。

「あ、あの?」

 茶色に見えた瞳が、一瞬紅く光った様に見えた。

「甘いの、それ……?」

 その子はくんくんと鼻を鳴らすと、私の血で滲んだ手をペロリと舐める。私は突然の行動にぎょっとして手を引っ張ったが、びくともしない。

「ちょ、ちょっと!」
「何これ……!」

 その手の力は、手の細さからは想像出来ない位強かった。

「ああ……っ美味しいっ」

 そう言うと、いきなり私の手首にガブリと噛み付いた!

「いやっ!」

 手を引こうとしたが、全く動かない。痛みはないが、血管がある辺りにその子の犬歯の辺りから飛び出た牙が沈んでいた。いや、なんですかこれ。あり得ないんですけど。

「な、何⁉︎ やめてよ!」

 全力で振り払うと、その子は壁にドン! と背中と頭を打ちつけた。今、この子は私の血を吸っていた。血を、吸う?

 私はゾッとして噛まれた手を慌てて確認する。

「え?」

 ――傷は、どこにもなかった。先程手のひらにあった擦り傷すら、何も。

「ええ?」

 今のは夢だったのか? 私が信じられない思いで頭をさすっている子を見ていると、その子が私を見た。

「……ごめん」

 そして、謝られた。へ? と私は拍子抜けする。その子はサラサラの茶色い長髪を前に垂らすと、申し訳なさそうな顔で私にまた謝った。あ、やっぱり滅茶苦茶可愛い。

「ごめんな、あまりにもお腹空いてて、俺、こんなことしたの初めてで……」
「お、俺?」

 私が驚いてそう返すと、その子はよっこらせと立ち上がって私に手を差し伸べた。

「男は日本では俺っていうんじゃないのか?」
「え、まあそう言うけど、貴方女の子じゃ……?」

 声は中性的で、男っぽくはない。その子は私の手を取ると、ぐん! と力強く一気に引っ張り上げた。並んだ時の背は、160の私よりは高い。170位だろうか? スリムでモデルみたいだった。そして可愛い。

 私の手を引っ張って引き寄せると、くんくん、と私の耳元辺りの匂いを嗅ぐ。私は思わずドキッとしてしまった。可愛い人にこんなことをされたら、私なら十秒で落ちる自信がある。

「この辺、すっごい甘い匂いすんな」
「あの、聞いてる?」
「何が?」

 聞いていなかったらしい。私の反対側の耳元の匂いも嗅いでいる。あ、もう十秒立った。落ちちゃうのか、私。

「いやね、その、女の子は私って言うんだよ」
「俺は男だけど?」
「え、嘘でしょ」
「女になった記憶はない」

 くんくん、とまだ嗅ぎつつそう答え、次いで言った。

「あ、分かった。耳じゃなくて首の血管だ」
「はい?」
「甘い……何これ」

 すると、ふらふらと引き寄せられる様に私の首に唇を付けたではないか。ふに、と柔らかい感触があった。いや、可愛い子の可愛い唇。いやいやいや、何を考えている、私よ。

「ちょっと!」

 私が慌てて突き飛ばそうとすると、その子は「あ」という顔になってえへへ、と笑った。えへへ、じゃない。

「悪い悪い、つい。――俺はソラっていうんだ。お前、名前は?」

 男だと分かったのに、何故か怖くなかった。女の子みたいな顔で、身体も大きくないからかもしれない。そしてしつこいようだがやっぱり滅茶苦茶可愛い。

「……ハル」
「ハル、さっきはごめんな! 俺、この国に来たばっかりで迷子になっちゃってさ、そしたら今日いきなり追いかけられてさーこの通り」

 ソラが着ている生成りのコットンの長袖シャツは、所々破けて血が滲んでいた。衣装……じゃない!?

「――ちょっとちょっと! 怪我⁉︎」

 私が思わず齧り付く様に血痕を見ると、ソラがあはは、と笑った。あははじゃないって。大丈夫かこの子。

「そうそう、だから結構参ってたんだけど、ハルのお陰で元気になったぜ!」

 そう言うソラの肌は、先程まではカサカサだった筈なのに、今は瑞々しい物に変わっていた。
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