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其の五十二 賽の河原へと続く道
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花は、目を逸らすことなくじっとこちらを見つめ続ける。
その瞳や表情の中に太一のものが紛れていないかなど知りたくもないのに、震えそうになる心を抑えつけながら必死で探した。
「二人とも、すぐに見つかったよ。大きな木の影にしゃがんで、宗二は花と楽しそうに手を繋いで笑い合ってた」
花が、潤んだ目で笑う。
「……人の気持ちなんか知らないでさ。自分達の世界作って、人は除け者にして」
確かに、客観的に聞かされると酷い。太一とは遊びたくなくて、除け者にしようとする意思をその内容からは感じた。
そしてそれは恐らくは真実だ。その時の俺は、それ程に花しか目に入っていなかったのだ。子供は、時として非常に残酷だ。当時の俺は自分のことが全てで、自分の行動が相手にどう思われるかなど、考えもしなかったのだろう。
「悔しかったから、花を鬼にしようとしたのに」
ひしひしと伝わる、寂しい、悔しいという思い。七年も前にとった自分の行動の酷さに居心地が悪くなり、垂れ下がったリュックの紐を指でくるくると弄び、何とかその場に留まり続けた。
「……宗二が、先に見つかったのは自分だって主張するから、本当は同時なんだから花にしたかったのに、宗二が次の鬼になった」
どくん、と心臓が大きく跳ねた後、どくどくどくと早鐘を打ち始める。いよいよ、自分の鬼の番が来た。
太一がいなくなる直前まで、到達したのだ。
花が、木に寄り掛かりながら足を組む。それを見て、いつも落ち着きのなかったただひとりの俺の分身が目の前にいることを、ようやく理解した。
――これは、太一だ。太一が花の中にいるんだ。
「太一……」
掠れ声しか出なかった。土砂降りの様な蝉の声の中で、俺の声は届いたのだろうか。届かなければいい。自分で太一を呼んだ癖に、馬鹿みたいに願った。
花が、花になった太一が、花なら絶対しない妖艶な笑みを讃える。ゆっくりと、可愛らしい口が開いていった。
嘘だよ、冗談だよ。
そういう言葉をまだ待っていたんだとは、花の口から出てきた言葉を聞いた後に気付いた。
「やっと気付いたのか」
一瞬、世界が無音になったと錯覚した。
頭が割れそうな程に蝉は鳴き叫んでいる筈なのに、花の発した声だけやけにはっきりと聞こえたのは何故だろうか。
「俺、この辺に熊が出るなんて知らなかったなあ」
はは、と花が笑った。花の顔と、泣きぼくろのある自分と瓜二つの顔が重なって見え、思わず目を擦る。
再び花を見ると、そこにはやはり花しかいなかった。
「宗二は鬼になって、公園にある木に頭を付けて、数を数え始めた」
花が、太一が、寄りかかっていた身体を起こす。
「俺は、花をこっちに追い立てた。拳を上げて殴る真似したら、あいつ半べそかいてさ。本当泣き虫で見てるだけでイライラしたよ」
俺は、思い出していた。父さんがいつも言っていた。山には入るなと。中は危険が一杯だから、入っちゃダメだよ、奥まで行ったら帰って来れなくなるよ――
当時の俺は、それがまるで賽の河原に続く道なんじゃないかと怖くなったことも思い出す。
そうだ、そうだった。俺は、それまで一度だって、公園との境界線を超えて中に足を踏み入れたことはなかった。
ボールが間違って中に入ってしまった時は、俺の代わりに太一が取りに行っていた。子供向けのホラー小説を読み想像力を膨らませていた俺が、極端に怖がっていたからだ。
まるでその後のことを予測していたかの様に、ここに入ることを恐れていた。
「……花は、どうしたんだ?」
どういうつもりで花を中に追い立てたのか。どうして花はそのことを俺にも話さなかったのか。
太一が、花の可愛い顔に歪んだ笑みを浮かばせ、教えてくれた。
「俺が追って来てるからな、どんどん中に入って行った」
「何で……何でそんなことを」
掠れ声で太一に尋ねると、太一は器用に片眉を上げてみせる。
「分かんない? 花をここに置いていけば、お前と二人になれると思ったからだよ」
太一が、花の顔でニヤリと笑った。
その瞳や表情の中に太一のものが紛れていないかなど知りたくもないのに、震えそうになる心を抑えつけながら必死で探した。
「二人とも、すぐに見つかったよ。大きな木の影にしゃがんで、宗二は花と楽しそうに手を繋いで笑い合ってた」
花が、潤んだ目で笑う。
「……人の気持ちなんか知らないでさ。自分達の世界作って、人は除け者にして」
確かに、客観的に聞かされると酷い。太一とは遊びたくなくて、除け者にしようとする意思をその内容からは感じた。
そしてそれは恐らくは真実だ。その時の俺は、それ程に花しか目に入っていなかったのだ。子供は、時として非常に残酷だ。当時の俺は自分のことが全てで、自分の行動が相手にどう思われるかなど、考えもしなかったのだろう。
「悔しかったから、花を鬼にしようとしたのに」
ひしひしと伝わる、寂しい、悔しいという思い。七年も前にとった自分の行動の酷さに居心地が悪くなり、垂れ下がったリュックの紐を指でくるくると弄び、何とかその場に留まり続けた。
「……宗二が、先に見つかったのは自分だって主張するから、本当は同時なんだから花にしたかったのに、宗二が次の鬼になった」
どくん、と心臓が大きく跳ねた後、どくどくどくと早鐘を打ち始める。いよいよ、自分の鬼の番が来た。
太一がいなくなる直前まで、到達したのだ。
花が、木に寄り掛かりながら足を組む。それを見て、いつも落ち着きのなかったただひとりの俺の分身が目の前にいることを、ようやく理解した。
――これは、太一だ。太一が花の中にいるんだ。
「太一……」
掠れ声しか出なかった。土砂降りの様な蝉の声の中で、俺の声は届いたのだろうか。届かなければいい。自分で太一を呼んだ癖に、馬鹿みたいに願った。
花が、花になった太一が、花なら絶対しない妖艶な笑みを讃える。ゆっくりと、可愛らしい口が開いていった。
嘘だよ、冗談だよ。
そういう言葉をまだ待っていたんだとは、花の口から出てきた言葉を聞いた後に気付いた。
「やっと気付いたのか」
一瞬、世界が無音になったと錯覚した。
頭が割れそうな程に蝉は鳴き叫んでいる筈なのに、花の発した声だけやけにはっきりと聞こえたのは何故だろうか。
「俺、この辺に熊が出るなんて知らなかったなあ」
はは、と花が笑った。花の顔と、泣きぼくろのある自分と瓜二つの顔が重なって見え、思わず目を擦る。
再び花を見ると、そこにはやはり花しかいなかった。
「宗二は鬼になって、公園にある木に頭を付けて、数を数え始めた」
花が、太一が、寄りかかっていた身体を起こす。
「俺は、花をこっちに追い立てた。拳を上げて殴る真似したら、あいつ半べそかいてさ。本当泣き虫で見てるだけでイライラしたよ」
俺は、思い出していた。父さんがいつも言っていた。山には入るなと。中は危険が一杯だから、入っちゃダメだよ、奥まで行ったら帰って来れなくなるよ――
当時の俺は、それがまるで賽の河原に続く道なんじゃないかと怖くなったことも思い出す。
そうだ、そうだった。俺は、それまで一度だって、公園との境界線を超えて中に足を踏み入れたことはなかった。
ボールが間違って中に入ってしまった時は、俺の代わりに太一が取りに行っていた。子供向けのホラー小説を読み想像力を膨らませていた俺が、極端に怖がっていたからだ。
まるでその後のことを予測していたかの様に、ここに入ることを恐れていた。
「……花は、どうしたんだ?」
どういうつもりで花を中に追い立てたのか。どうして花はそのことを俺にも話さなかったのか。
太一が、花の可愛い顔に歪んだ笑みを浮かばせ、教えてくれた。
「俺が追って来てるからな、どんどん中に入って行った」
「何で……何でそんなことを」
掠れ声で太一に尋ねると、太一は器用に片眉を上げてみせる。
「分かんない? 花をここに置いていけば、お前と二人になれると思ったからだよ」
太一が、花の顔でニヤリと笑った。
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