61 / 64
其の六十一 純真
しおりを挟む
今、太一は何と言ったか。まさか、太一の兄弟にしてはおかしい程の接触は、俺が考えていた様な恋愛感情から来るものではなく、俺が冷たくあしらったが故に助長した子供の嫉妬に近いものだったのか。
汗が背中を撫でる様に伝っていき、ごくりと唾を嚥下する。ドクドクと馬鹿みたいに刻まれる鼓動が、俺がその可能性を全く考えていなかったことを指していた。
「太一、それって、嘘……だろ……」
嫌悪を感じたことも、全ては俺の勘違いだったのか。それなのに、勝手に悪意を持ち、半ば憎む様に太一に接した。
最低なのは、俺の方じゃないか――。
俺が今流している涙は、最低な人間の美しくも何ともない涙だ。
太一が、息苦しそうに続ける。
「嘘じゃないよ。だって、宗二はそういうのを花としたかったんだろ? でも子供の時は、花とはしなかったじゃないか。だから俺が先にすればいいと思って」
「え……だって……」
痰が絡み、カハッと咳き込む。その途端、身体中に血が駆け巡る様に、俺は理解した。
多分始めは、そんなつもりなどなかったのだろう。だが、俺があまりにも相手にしないから、ただの可愛らしい子供のやきもちが、段々とエスカレートしていったのではないか。
ちゃんと太一と向き合っていれば、こんなことにはならなかった。俺の利己的な態度が太一を狂わせたのならば、全ての原因は俺にある。
自己嫌悪以上に、自分の浅ましさに恥ずかしくてのたうち回りたくなった。
なのに、口は勝手に動く。
「太一……お前、それで俺にキスしたり……」
「俺としたら、俺のことも花みたいに見てくれるかなって思ったんだよ」
ぐじゅ、と鼻を啜る太一を振り返ると、ほろほろと涙を流し今にも消えそうなその姿に、胸が締め付けられた。太一は、俺の頬に涙を見つけると、へへ、と泣き顔で笑う。こんな汚い卑怯者の涙を見て、何故そんなに優しく笑える。
「……じゃあ、なんで昨日も今日も」
あんなに積極的に俺を欲して女の様な妖艶さを俺に見せつけたのも、あれも全て俺の歪んだ認識の所為だというのか。
太一は、はあ、はあと息をしつつ、少し口を尖らせる。俺の問いに、なおも涙をぼたぼたと落としながら答えた。
「だって……俺にはお前しかいなかったから、やっぱり宗二が好きで、好きだったらああいうこともするんだろ? 花とだってしてたじゃないか」
「お、おい、太一! やっぱりお前、あれ見てて!」
「へへ、じっくり見ちゃった……俺だって、俺の方がちゃんと出来るかもって思ってさ。どうだ? 俺、色気いっぱい出てただろ?」
花の部屋の手垢も、俺の部屋のドアを蹴ったのも、やはり太一だったのか。
だが、これではっきりした。 太一の中にあったのは、純粋な俺への好意だけだったのに、汚い俺の目がそれを全て湾曲して映して見せていたのだ。
「色気って、お前」
「よくお前と観たよな、海外の映画。母さんに、子供がこんなもん観るんじゃないって怒られたりしてさ」
なんと、太一は映画に出てくる色気たっぷりの女優を参考にしたらしい。道理で、母さんの手を繋ぐ太一と、俺に迫る太一の印象とにギャップがある筈だ。なんとも太一らしいというか。笑う場面ではなにのに、つい頬の筋肉が笑みの形に動く。
「俺、お前がようやく俺だけを見てくれて、嬉しかった。なんか頭ん中溶けちゃうしさ、面白かったよ」
「面白……」
その言葉の軽さに、今度は絶句した。そして思う。
太一は、やはり子供のままの太一なのだ。何にでも興味を持ちとりあえずやってみる派の太一は、あの行為がどういう意味を持つかの理解もきっとあやふやだろうに、それでも俺に見てほしくてあんな行動に出たのだ。
「宗二、俺……」
消えそうな声で、太一が呼ぶ。一歩一歩前に引っ張りながら、俺はしっかりと頷いてみせた。俺は太一の所為にばかりしていたが、全然そうじゃなかった。相手の気持ちなんて考えない浅はかだった俺が招いた事態は、取り返しがつかないものだ。だったらせめて、最後まできちんと太一の目を見て、話を聞こう。
太一に対する贖罪の時間は、あと僅かしか残されていないのだから。
こんな俺を好きでいてくれた太一を、それでも退けようとした俺に救いを求めた太一に出来ることは、もうそれしかなかった。
「俺……宗二に嫌われる為に好きなんじゃないよ」
「……うん」
太一の涙は、ポタポタとTシャツに染みを作る。やはり時折チラチラと赤く見えるそれは、目の錯覚ではないだろう。花の顔の中に、時折泣きぼくろも見えた。今の俺よりも少しだけ幼い顔は、それでも俺のことが好きで堪らないと告げている。
今にもこんがらがりそうになる思考を、言い訳ばかりを考えてしまいそうになる思考を出来る限り押しのけて、太一の言葉に耳を澄ませた。
「……宗二」
「うん、うん……!」
太一の手の力が、徐々に弱まっていく。俺は前を向き、俺達の家の屋根が視界に入ってきたのを確認した。
「太一、頑張れ、あとちょっとだから! もうちょっとだから……!」
もう何の涙だか分からない位俺の感情はぐしゃぐしゃになり、それでも今は太一をあそこに連れて帰るんだと、それだけを強く願い太一を引っ張る。
自分の卑怯なところも、太一を理解しようとしなかったところも、狡い自分を守る為に目を逸して太一として過ごした自分の馬鹿さ加減も、全部認めるから。
太一が、か細い声で笑った。
「宗二、やっぱり俺、宗二が一番大好きだった」
「頑張れよ! まだ家に着いてないだろ! いなくなるみたいなこと言うなよ!」
視界は滲み、前がよく見えない中、俺はぐいぐいと太一を引っ張っては前へと進む。この嗚咽は誰のだ、と思っていると、自分から漏れ出ているものだった。
「宗二……俺のこと、嫌い?」
囁く様な小さな声が、息に乗って吐き出される。
俺は嗚咽を繰り返しながら、首をぶんぶんと横に振った。
「嫌いじゃない! お前は俺の兄弟だろ! 悪かった、ごめん、俺、お前のことずっと勘違いしてて……!」
「へへ……」
今にも消えそうな笑いが嫌な想像を掻き立て、焦って太一を振り返る。だが、涙で視界が曇り、はっきりと見えない。ぐしぐしと腕で涙を拭い取っていると、ボソリと声が聞こえた。
「俺はただ、好きになってもらいたかっただけだったんだ……」
ぐにゃり、と太一の手の力が抜けた。
汗が背中を撫でる様に伝っていき、ごくりと唾を嚥下する。ドクドクと馬鹿みたいに刻まれる鼓動が、俺がその可能性を全く考えていなかったことを指していた。
「太一、それって、嘘……だろ……」
嫌悪を感じたことも、全ては俺の勘違いだったのか。それなのに、勝手に悪意を持ち、半ば憎む様に太一に接した。
最低なのは、俺の方じゃないか――。
俺が今流している涙は、最低な人間の美しくも何ともない涙だ。
太一が、息苦しそうに続ける。
「嘘じゃないよ。だって、宗二はそういうのを花としたかったんだろ? でも子供の時は、花とはしなかったじゃないか。だから俺が先にすればいいと思って」
「え……だって……」
痰が絡み、カハッと咳き込む。その途端、身体中に血が駆け巡る様に、俺は理解した。
多分始めは、そんなつもりなどなかったのだろう。だが、俺があまりにも相手にしないから、ただの可愛らしい子供のやきもちが、段々とエスカレートしていったのではないか。
ちゃんと太一と向き合っていれば、こんなことにはならなかった。俺の利己的な態度が太一を狂わせたのならば、全ての原因は俺にある。
自己嫌悪以上に、自分の浅ましさに恥ずかしくてのたうち回りたくなった。
なのに、口は勝手に動く。
「太一……お前、それで俺にキスしたり……」
「俺としたら、俺のことも花みたいに見てくれるかなって思ったんだよ」
ぐじゅ、と鼻を啜る太一を振り返ると、ほろほろと涙を流し今にも消えそうなその姿に、胸が締め付けられた。太一は、俺の頬に涙を見つけると、へへ、と泣き顔で笑う。こんな汚い卑怯者の涙を見て、何故そんなに優しく笑える。
「……じゃあ、なんで昨日も今日も」
あんなに積極的に俺を欲して女の様な妖艶さを俺に見せつけたのも、あれも全て俺の歪んだ認識の所為だというのか。
太一は、はあ、はあと息をしつつ、少し口を尖らせる。俺の問いに、なおも涙をぼたぼたと落としながら答えた。
「だって……俺にはお前しかいなかったから、やっぱり宗二が好きで、好きだったらああいうこともするんだろ? 花とだってしてたじゃないか」
「お、おい、太一! やっぱりお前、あれ見てて!」
「へへ、じっくり見ちゃった……俺だって、俺の方がちゃんと出来るかもって思ってさ。どうだ? 俺、色気いっぱい出てただろ?」
花の部屋の手垢も、俺の部屋のドアを蹴ったのも、やはり太一だったのか。
だが、これではっきりした。 太一の中にあったのは、純粋な俺への好意だけだったのに、汚い俺の目がそれを全て湾曲して映して見せていたのだ。
「色気って、お前」
「よくお前と観たよな、海外の映画。母さんに、子供がこんなもん観るんじゃないって怒られたりしてさ」
なんと、太一は映画に出てくる色気たっぷりの女優を参考にしたらしい。道理で、母さんの手を繋ぐ太一と、俺に迫る太一の印象とにギャップがある筈だ。なんとも太一らしいというか。笑う場面ではなにのに、つい頬の筋肉が笑みの形に動く。
「俺、お前がようやく俺だけを見てくれて、嬉しかった。なんか頭ん中溶けちゃうしさ、面白かったよ」
「面白……」
その言葉の軽さに、今度は絶句した。そして思う。
太一は、やはり子供のままの太一なのだ。何にでも興味を持ちとりあえずやってみる派の太一は、あの行為がどういう意味を持つかの理解もきっとあやふやだろうに、それでも俺に見てほしくてあんな行動に出たのだ。
「宗二、俺……」
消えそうな声で、太一が呼ぶ。一歩一歩前に引っ張りながら、俺はしっかりと頷いてみせた。俺は太一の所為にばかりしていたが、全然そうじゃなかった。相手の気持ちなんて考えない浅はかだった俺が招いた事態は、取り返しがつかないものだ。だったらせめて、最後まできちんと太一の目を見て、話を聞こう。
太一に対する贖罪の時間は、あと僅かしか残されていないのだから。
こんな俺を好きでいてくれた太一を、それでも退けようとした俺に救いを求めた太一に出来ることは、もうそれしかなかった。
「俺……宗二に嫌われる為に好きなんじゃないよ」
「……うん」
太一の涙は、ポタポタとTシャツに染みを作る。やはり時折チラチラと赤く見えるそれは、目の錯覚ではないだろう。花の顔の中に、時折泣きぼくろも見えた。今の俺よりも少しだけ幼い顔は、それでも俺のことが好きで堪らないと告げている。
今にもこんがらがりそうになる思考を、言い訳ばかりを考えてしまいそうになる思考を出来る限り押しのけて、太一の言葉に耳を澄ませた。
「……宗二」
「うん、うん……!」
太一の手の力が、徐々に弱まっていく。俺は前を向き、俺達の家の屋根が視界に入ってきたのを確認した。
「太一、頑張れ、あとちょっとだから! もうちょっとだから……!」
もう何の涙だか分からない位俺の感情はぐしゃぐしゃになり、それでも今は太一をあそこに連れて帰るんだと、それだけを強く願い太一を引っ張る。
自分の卑怯なところも、太一を理解しようとしなかったところも、狡い自分を守る為に目を逸して太一として過ごした自分の馬鹿さ加減も、全部認めるから。
太一が、か細い声で笑った。
「宗二、やっぱり俺、宗二が一番大好きだった」
「頑張れよ! まだ家に着いてないだろ! いなくなるみたいなこと言うなよ!」
視界は滲み、前がよく見えない中、俺はぐいぐいと太一を引っ張っては前へと進む。この嗚咽は誰のだ、と思っていると、自分から漏れ出ているものだった。
「宗二……俺のこと、嫌い?」
囁く様な小さな声が、息に乗って吐き出される。
俺は嗚咽を繰り返しながら、首をぶんぶんと横に振った。
「嫌いじゃない! お前は俺の兄弟だろ! 悪かった、ごめん、俺、お前のことずっと勘違いしてて……!」
「へへ……」
今にも消えそうな笑いが嫌な想像を掻き立て、焦って太一を振り返る。だが、涙で視界が曇り、はっきりと見えない。ぐしぐしと腕で涙を拭い取っていると、ボソリと声が聞こえた。
「俺はただ、好きになってもらいたかっただけだったんだ……」
ぐにゃり、と太一の手の力が抜けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる