神隠しの子

ミドリ

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其の六十一 純真

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 今、太一は何と言ったか。まさか、太一の兄弟にしてはおかしい程の接触は、俺が考えていた様な恋愛感情から来るものではなく、俺が冷たくあしらったが故に助長した子供の嫉妬に近いものだったのか。

 汗が背中を撫でる様に伝っていき、ごくりと唾を嚥下する。ドクドクと馬鹿みたいに刻まれる鼓動が、俺がその可能性を全く考えていなかったことを指していた。

「太一、それって、嘘……だろ……」

 嫌悪を感じたことも、全ては俺の勘違いだったのか。それなのに、勝手に悪意を持ち、半ば憎む様に太一に接した。

 最低なのは、俺の方じゃないか――。

 俺が今流している涙は、最低な人間の美しくも何ともない涙だ。

 太一が、息苦しそうに続ける。

「嘘じゃないよ。だって、宗二はそういうのを花としたかったんだろ? でも子供の時は、花とはしなかったじゃないか。だから俺が先にすればいいと思って」
「え……だって……」

 痰が絡み、カハッと咳き込む。その途端、身体中に血が駆け巡る様に、俺は理解した。

 多分始めは、そんなつもりなどなかったのだろう。だが、俺があまりにも相手にしないから、ただの可愛らしい子供のやきもちが、段々とエスカレートしていったのではないか。

 ちゃんと太一と向き合っていれば、こんなことにはならなかった。俺の利己的な態度が太一を狂わせたのならば、全ての原因は俺にある。

 自己嫌悪以上に、自分の浅ましさに恥ずかしくてのたうち回りたくなった。

 なのに、口は勝手に動く。

「太一……お前、それで俺にキスしたり……」
「俺としたら、俺のことも花みたいに見てくれるかなって思ったんだよ」

 ぐじゅ、と鼻を啜る太一を振り返ると、ほろほろと涙を流し今にも消えそうなその姿に、胸が締め付けられた。太一は、俺の頬に涙を見つけると、へへ、と泣き顔で笑う。こんな汚い卑怯者の涙を見て、何故そんなに優しく笑える。

「……じゃあ、なんで昨日も今日も」

 あんなに積極的に俺を欲して女の様な妖艶さを俺に見せつけたのも、あれも全て俺の歪んだ認識の所為だというのか。

 太一は、はあ、はあと息をしつつ、少し口を尖らせる。俺の問いに、なおも涙をぼたぼたと落としながら答えた。

「だって……俺にはお前しかいなかったから、やっぱり宗二が好きで、好きだったらああいうこともするんだろ? 花とだってしてたじゃないか」
「お、おい、太一! やっぱりお前、あれ見てて!」
「へへ、じっくり見ちゃった……俺だって、俺の方がちゃんと出来るかもって思ってさ。どうだ? 俺、色気いっぱい出てただろ?」

 花の部屋の手垢も、俺の部屋のドアを蹴ったのも、やはり太一だったのか。

 だが、これではっきりした。 太一の中にあったのは、純粋な俺への好意だけだったのに、汚い俺の目がそれを全て湾曲して映して見せていたのだ。

「色気って、お前」
「よくお前と観たよな、海外の映画。母さんに、子供がこんなもん観るんじゃないって怒られたりしてさ」

 なんと、太一は映画に出てくる色気たっぷりの女優を参考にしたらしい。道理で、母さんの手を繋ぐ太一と、俺に迫る太一の印象とにギャップがある筈だ。なんとも太一らしいというか。笑う場面ではなにのに、つい頬の筋肉が笑みの形に動く。

「俺、お前がようやく俺だけを見てくれて、嬉しかった。なんか頭ん中溶けちゃうしさ、面白かったよ」
「面白……」

 その言葉の軽さに、今度は絶句した。そして思う。

 太一は、やはり子供のままの太一なのだ。何にでも興味を持ちとりあえずやってみる派の太一は、あの行為がどういう意味を持つかの理解もきっとあやふやだろうに、それでも俺に見てほしくてあんな行動に出たのだ。

「宗二、俺……」

 消えそうな声で、太一が呼ぶ。一歩一歩前に引っ張りながら、俺はしっかりと頷いてみせた。俺は太一の所為にばかりしていたが、全然そうじゃなかった。相手の気持ちなんて考えない浅はかだった俺が招いた事態は、取り返しがつかないものだ。だったらせめて、最後まできちんと太一の目を見て、話を聞こう。

 太一に対する贖罪の時間は、あと僅かしか残されていないのだから。

 こんな俺を好きでいてくれた太一を、それでも退けようとした俺に救いを求めた太一に出来ることは、もうそれしかなかった。

「俺……宗二に嫌われる為に好きなんじゃないよ」
「……うん」

 太一の涙は、ポタポタとTシャツに染みを作る。やはり時折チラチラと赤く見えるそれは、目の錯覚ではないだろう。花の顔の中に、時折泣きぼくろも見えた。今の俺よりも少しだけ幼い顔は、それでも俺のことが好きで堪らないと告げている。

 今にもこんがらがりそうになる思考を、言い訳ばかりを考えてしまいそうになる思考を出来る限り押しのけて、太一の言葉に耳を澄ませた。

「……宗二」
「うん、うん……!」

 太一の手の力が、徐々に弱まっていく。俺は前を向き、俺達の家の屋根が視界に入ってきたのを確認した。

「太一、頑張れ、あとちょっとだから! もうちょっとだから……!」

 もう何の涙だか分からない位俺の感情はぐしゃぐしゃになり、それでも今は太一をあそこに連れて帰るんだと、それだけを強く願い太一を引っ張る。

 自分の卑怯なところも、太一を理解しようとしなかったところも、狡い自分を守る為に目を逸して太一として過ごした自分の馬鹿さ加減も、全部認めるから。

 太一が、か細い声で笑った。

「宗二、やっぱり俺、宗二が一番大好きだった」
「頑張れよ! まだ家に着いてないだろ! いなくなるみたいなこと言うなよ!」

 視界は滲み、前がよく見えない中、俺はぐいぐいと太一を引っ張っては前へと進む。この嗚咽は誰のだ、と思っていると、自分から漏れ出ているものだった。

「宗二……俺のこと、嫌い?」

 囁く様な小さな声が、息に乗って吐き出される。

 俺は嗚咽を繰り返しながら、首をぶんぶんと横に振った。

「嫌いじゃない! お前は俺の兄弟だろ! 悪かった、ごめん、俺、お前のことずっと勘違いしてて……!」
「へへ……」

 今にも消えそうな笑いが嫌な想像を掻き立て、焦って太一を振り返る。だが、涙で視界が曇り、はっきりと見えない。ぐしぐしと腕で涙を拭い取っていると、ボソリと声が聞こえた。
 
「俺はただ、好きになってもらいたかっただけだったんだ……」

 ぐにゃり、と太一の手の力が抜けた。
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