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とある妖精の一日
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妖精のモリは、もう長いことこの屋敷に住んでいる。
以前屋敷には老人と青年が住んでいたが、暫くして老人はいなくなった。
屋敷の主となった青い髪の男は、時折訪れる客と喋る時以外言葉を発しない。
だからモリも安心した。孤独なのは自分だけじゃないと。
そんな日常に変化が起きたのは、ひとりの女がこの屋敷に来てからだ。
孤独だった青い髪の男は、時折笑顔を見せる様になった。あんな顔、モリには見せたことがないのに。
悔しい。お前がいると厄災が起きるからと、妖精の花園から追い出されて以来の腹立ちだった。
そこへ、またひとり人間がやってきた。若い黒髪の男だ。元気に笑う姿を見る度、腹が立って仕方ない。
――ああ、こいつもオレが見えないのか。
そう気付かされる度に、孤独が増すからだ。
好きでこんな風に生まれた訳じゃない。他の妖精と同じ様に、人間に美しいと愛でられたい。
他の皆は、どんどん美しく大人になっていくのに、モリは相変わらず幼い姿のままだ。人間でいうところの三歳児程度の姿で、もう何十年とこの屋敷で過ごしている。
そして誰の目にも映らないのだ。
モリの一日は、見回りから始まる。屋敷の住人は、モリの通り道に遠慮なく物を置くのだ。モリはそれをひっくり返したり滅茶苦茶にすることで、自分の通り道を確保する。
ひっくり返された洗濯物が入った籠を見た、茶色い髪の女の不思議そうな顔を見る度に、腹立たしいのが少しだけ収まった。
本当は、もっと怒り狂えばいいのにと思うけど。
もっと腹を立てて、モリみたいに暴れればいいのだ。
そうしたら、いつかモリの姿を見てくれるかもしれないから。
だけど女は「おかしいわねえ」と小首を傾げた後、「ま、いっか」と微笑むのだ。
そのことに腹立たしさを抱えたまま、モリは屋敷を巡回する。
次の日課は、青い髪の男の物がごちゃごちゃ置かれた部屋での食事だ。あそこには、魔力たっぷりの美味しい石がいつもあるのだ。食べ過ぎると魔力過多になり酔ってしまうので、小さな小粒だけをいただく。
大人の姿になれないモリは、沢山の魔力を蓄えることが出来ない。大人になれない理由は簡単だ。モリを必要とする人間がいないから。必要とされない妖精は弱いまま。だからモリは幼いまま。
石の数が微妙に違うことに気付くと、青い髪の男は眉間に皺を寄せて辺りを見回したりする。だけど奴にはモリの姿は見えない。だから小石をぱくりと口に含むと、モリは悠々自適に男のすぐ足許を歩いて部屋を出るのだ。
愉快だ。愉快で、腹立たしくて仕方がない。
苛立ちを隠さないまま、モリは次の日課に移ることにした。
暗い廊下を抜けて表に出る。以前まではちっとも綺麗じゃなかった庭にあの女が咲かせたバラを見に行くのだ。
妖精の花園ほど見事ではない。だが、忘れられない故郷を思い、ここで誰にも邪魔されず寝転びバラの香りを鼻孔一杯に吸いながら昼寝を決め込むのがモリの最近のお気に入りだった。
あの女は気に食わないが、このバラは悪くない。
先日、見事に咲いていた青いバラが突然枯れてしまった。それを知った翌日、モリは悲しくて怒り狂った。そのお陰なのか、その日の午後には一面に青いバラが咲いたので、怒るのも悪くないと思ったものだ。
モリはいつもの様にバラ園で寝転ぶ。すると、最近あまり笑わなくなったアイツがやってきた。
青いバラの前に立ち、手を伸ばしては項垂れる。ちょっと前までは楽しそうに笑っていたのに、最近アイツの表情は暗いままだ。
だけどあの女の前では無理やり笑顔を見せる。
――オレだったらあんな作った笑顔はさせないのに。
そんなことを思いながら、モリは今日も黒髪の若者をぼんやりと眺めていた。
アイツの笑顔は腹が立つが、暗い顔をしていると「孤独なのかな」と思って親近感が湧く。
モリが見えたらなら、寂しい思いなんてさせないのに。
黒髪の若者が、顔を上げる。立ち去るのだろう、そう思っていたら。
視線が合った。
若者の目が大きく見開かれる。
「え……子供?」
なんと、若者の目にモリの姿が映っているらしい。
「お前、モリが見えるのか?」
むくりと起き上がり尋ねると、若者が近寄りモリをひょいと抱き上げた。
「モリっていうのか? ……はは、可愛い」
「可愛い? モリが?」
それは初めて言われた言葉で、モリはどういう顔をしていいか分からなくなる。
若者は、目を輝かせながら笑顔で言った。
「そうだよ。君は何者? 可愛い羽根が生えているけど」
「オレは妖精だ――お前は?」
「クルトだよ」
「クルト……」
モリの瞳から、熱い水が流れ出す。すると若者は慌てた様子でモリを抱き締め、慰め始めた。
「よしよし、どうした?」
モリの姿を初めて見てくれた人間。それが、モリのことを可愛いと言って抱き締めてくれている。
「モリはクルトの妖精になる」
「え? どういうこと?」
クルトは訳が分からないといった顔をしたが、モリはぎゅっとクルトにしがみつくと、うわんうわんと泣き出したのだった。
以前屋敷には老人と青年が住んでいたが、暫くして老人はいなくなった。
屋敷の主となった青い髪の男は、時折訪れる客と喋る時以外言葉を発しない。
だからモリも安心した。孤独なのは自分だけじゃないと。
そんな日常に変化が起きたのは、ひとりの女がこの屋敷に来てからだ。
孤独だった青い髪の男は、時折笑顔を見せる様になった。あんな顔、モリには見せたことがないのに。
悔しい。お前がいると厄災が起きるからと、妖精の花園から追い出されて以来の腹立ちだった。
そこへ、またひとり人間がやってきた。若い黒髪の男だ。元気に笑う姿を見る度、腹が立って仕方ない。
――ああ、こいつもオレが見えないのか。
そう気付かされる度に、孤独が増すからだ。
好きでこんな風に生まれた訳じゃない。他の妖精と同じ様に、人間に美しいと愛でられたい。
他の皆は、どんどん美しく大人になっていくのに、モリは相変わらず幼い姿のままだ。人間でいうところの三歳児程度の姿で、もう何十年とこの屋敷で過ごしている。
そして誰の目にも映らないのだ。
モリの一日は、見回りから始まる。屋敷の住人は、モリの通り道に遠慮なく物を置くのだ。モリはそれをひっくり返したり滅茶苦茶にすることで、自分の通り道を確保する。
ひっくり返された洗濯物が入った籠を見た、茶色い髪の女の不思議そうな顔を見る度に、腹立たしいのが少しだけ収まった。
本当は、もっと怒り狂えばいいのにと思うけど。
もっと腹を立てて、モリみたいに暴れればいいのだ。
そうしたら、いつかモリの姿を見てくれるかもしれないから。
だけど女は「おかしいわねえ」と小首を傾げた後、「ま、いっか」と微笑むのだ。
そのことに腹立たしさを抱えたまま、モリは屋敷を巡回する。
次の日課は、青い髪の男の物がごちゃごちゃ置かれた部屋での食事だ。あそこには、魔力たっぷりの美味しい石がいつもあるのだ。食べ過ぎると魔力過多になり酔ってしまうので、小さな小粒だけをいただく。
大人の姿になれないモリは、沢山の魔力を蓄えることが出来ない。大人になれない理由は簡単だ。モリを必要とする人間がいないから。必要とされない妖精は弱いまま。だからモリは幼いまま。
石の数が微妙に違うことに気付くと、青い髪の男は眉間に皺を寄せて辺りを見回したりする。だけど奴にはモリの姿は見えない。だから小石をぱくりと口に含むと、モリは悠々自適に男のすぐ足許を歩いて部屋を出るのだ。
愉快だ。愉快で、腹立たしくて仕方がない。
苛立ちを隠さないまま、モリは次の日課に移ることにした。
暗い廊下を抜けて表に出る。以前まではちっとも綺麗じゃなかった庭にあの女が咲かせたバラを見に行くのだ。
妖精の花園ほど見事ではない。だが、忘れられない故郷を思い、ここで誰にも邪魔されず寝転びバラの香りを鼻孔一杯に吸いながら昼寝を決め込むのがモリの最近のお気に入りだった。
あの女は気に食わないが、このバラは悪くない。
先日、見事に咲いていた青いバラが突然枯れてしまった。それを知った翌日、モリは悲しくて怒り狂った。そのお陰なのか、その日の午後には一面に青いバラが咲いたので、怒るのも悪くないと思ったものだ。
モリはいつもの様にバラ園で寝転ぶ。すると、最近あまり笑わなくなったアイツがやってきた。
青いバラの前に立ち、手を伸ばしては項垂れる。ちょっと前までは楽しそうに笑っていたのに、最近アイツの表情は暗いままだ。
だけどあの女の前では無理やり笑顔を見せる。
――オレだったらあんな作った笑顔はさせないのに。
そんなことを思いながら、モリは今日も黒髪の若者をぼんやりと眺めていた。
アイツの笑顔は腹が立つが、暗い顔をしていると「孤独なのかな」と思って親近感が湧く。
モリが見えたらなら、寂しい思いなんてさせないのに。
黒髪の若者が、顔を上げる。立ち去るのだろう、そう思っていたら。
視線が合った。
若者の目が大きく見開かれる。
「え……子供?」
なんと、若者の目にモリの姿が映っているらしい。
「お前、モリが見えるのか?」
むくりと起き上がり尋ねると、若者が近寄りモリをひょいと抱き上げた。
「モリっていうのか? ……はは、可愛い」
「可愛い? モリが?」
それは初めて言われた言葉で、モリはどういう顔をしていいか分からなくなる。
若者は、目を輝かせながら笑顔で言った。
「そうだよ。君は何者? 可愛い羽根が生えているけど」
「オレは妖精だ――お前は?」
「クルトだよ」
「クルト……」
モリの瞳から、熱い水が流れ出す。すると若者は慌てた様子でモリを抱き締め、慰め始めた。
「よしよし、どうした?」
モリの姿を初めて見てくれた人間。それが、モリのことを可愛いと言って抱き締めてくれている。
「モリはクルトの妖精になる」
「え? どういうこと?」
クルトは訳が分からないといった顔をしたが、モリはぎゅっとクルトにしがみつくと、うわんうわんと泣き出したのだった。
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