我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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第一章 出会いは突然やってきた

1.なんでこんなのが俺の車(レンタカー)に入っているんだ

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 車のトランクを開けると、薄汚い女の子が入っていた。


 亮太りょうたの手が咄嗟にそれを無かったことにしようと半分まで閉じたところで、止まった。

 いや待て、トランクって酸欠になるんじゃなかったか。

 そうっと辺りを見渡す。下北沢と池ノ上からほど近い閑静な住宅街の中。坂道の途中にあるぼろアパートの前に車は停めてあった。

 金持ちの豪邸と貧乏人達が同じ土地に暮らす不思議な地域だ。

 昼間は人通りも殆どない。アパートの住人も殆どが学生か飲食店店員だ。昼間はいないか寝てるだけ。

 誰もいないことを確認してから、亮太は改めてトランクの中の余計な荷物を観察し始めた。

 歳の頃は恐らく十代前半、まだ少女の範疇だ。痩せてはいるが、体つきはどう見ても女の子。それにワンピースを着ている。まあ間違いなく女の子だろう。

 そしてとにかく汚い。履いている白かったであろう靴下は、泥水にでも浸かったのか灰色に染まっていた。剥き出しになったまだ色気などないふくらはぎの裏側には、泥が跳ねた様な跡がある。

 真っ黒な日本人形の様な髪には、枯れ葉のカスの様なものが付いていた。

 何故こんなものがレンタカーの中にいるのか。よく見ると、トランクのマットも泥だらけだ。今日のうちに返却しようと思ってたのに、これだとペナルティを取られはしないか。

 今までトランクの中を汚したことなどないが、罰金を請求される可能性は高い。高い高速代を往復分払ったばかりだ、これ以上の出費は避けたかった。

 お金のことであれこれ悩んでいたが、ふとそれよりも重要なことに気が付いた。


 こいつそもそも生きてるのか?


 出来れば関わりたくない。途中で仮眠は取ったが、長時間の運転で疲れ切っていた。今日は店もバイトのシュウヘイに任せている。レンタカーを早く返却して、さっさと寝たかった。

 だが、レンタカーを返却しないと超過料金を取られる。返却は必須だった。なら見なかったことにするか? いや、返却したレンタカーに人間が入ってたら、間違いなく通報される。

 やましいことなど大してなかったが、面倒に巻き込まれるのは勘弁だった。警察沙汰になると、店のオーナーがまたぎゃあぎゃあ口やかましく文句を垂れてくるのは容易に想像できる。

 亮太はしばしその場で腕組みをして考えた。いや、正確には考えるふりをしただけだ。眠いし疲れてるしで、まともに考えられなかった。

 よし、とりあえず生存確認をしよう。死んでたらさすがに警察を呼ぶ。生きてたら放り出す。これでいい。そうしよう。

 一人うんうんと頷くと、亮太は少女の剥き出しの腕を揺すった。細い腕はヒンヤリしていてマジで死んでるかと一瞬思ったが、冷えてるだけだった。

「うう……ん」

 しゃがれた声がした。まるで何日も水を飲んでいないか老婆かの様なしゃがれ具合だった。

 こいつもしかして若作りしたばばあか? 

 ある筈がないことをふと考えた。まあ結論は出た。起こして放り出すのだ。

「おい、起きろ」

 亮太は少女の腕を更に揺さぶった。すると、腕をぱん、と振りほどかれた。おい。

「起きろってば。何呑気に寝てんだよ」

 亮太が更に揺さぶると、寝起きの機嫌の悪そうな顔で少女が亮太を見返した。これを理不尽と言わず何と呼べばいいだろうか。なかなか可愛い顔をしているが、とにかく子供だ。そして亮太は子供に興味は一切なかった。どちらかといわなくてもボン・キュッ・ボンが好みだった。キュ、の部分は多少肉が付いている位でもいい。ただ弛んでるのは駄目だ。張りがないと。

 そんなことを考えていて、どうも思考が違う方に流れていっていることに気が付いた。やはり疲れているらしい。早く寝たかった。

「お前誰だ。どうして俺の車に乗ってんだよ」

 正確にはレンタカーだが。車は贅沢品だ、しかもこの下北沢エリアで車を保有するなど費用ばかり嵩んでしまい、持っている奴は皆ヒーヒー言っている。こんな駐車場代が高い場所で車を持つなど阿呆のすることだ、と亮太は思っていた。そもそも電車でどこへでも行ける。

 少女はじっと不機嫌そうな顔で亮太を見返しているが、いつまでもトランクに収まっているつもりもないのだろう、ゆっくりと半身を起こした。

 喉を押さえて「ん、ん」と嗄声しゃがれごえを出している。風邪でも引いてるのだろうか。少女が手を喉から離した。

 亮太はぎょっとした。

「お前、首のそれどうしたんだ」

 自分でもよせばいいのに、と思ったが、つい聞いてしまった。少女が顔を顰めながら両手の人差し指と親指で輪を作り、出来た輪の空間を閉じる動作をした。

「えーと、首を締められた?」

 少女が頷いた。相変わらず眉間に皺が寄っている。苦しいのだ、それで声が出ていないのだ。少女の首には、くっきりと手の指の痕が残っていた。どんな力を込めたらこんな痕がつくんだ。思わず背筋がぞっとしてしまった。とりあえず亮太には人の首は締めた経験はない。

「じゃあ俺の車に逃げ込んだってことか?」

 少女がまたもや頷いた。車をどこかに停めている間に入り込んだのだろう。

「お前、家族には連絡……」

 少女がぶるぶるぶると首を横に振った。益々面倒なことになってきた。

「家族には知らせるな?」

 少女が頭を縦に大きく振った。いやいやいや。

「警察……」

 少女が首を横にぶるぶるぶるぶると振り、次いでふらついた。振り過ぎだろう。

「じゃあどうすんだよ。勝手に人の車に入ってきて俺あ困ってるんだよ」

 少女がトランクの中で立ち上がった。そして腰に手を当て、反対の手の指で亮太を指差した。なんでこいつこんな偉そうなんだ。

「まさか、俺に匿えっつってんじゃねえだろうな」

 少女が首を縦に大きく一回振った。勘弁してくれ。

「どうして俺がそんなことしないと」

 少女が亮太をもう一度指差し、手首をキュッと寄せる仕草をした。お縄頂戴だ。警察に駆け込むと捕まるぞお前ってことか? とんでもない子だ。

「俺あ貧乏なんだ、お前に回せる金なんてねえよ」

 その言葉を聞くと、少女は薄汚れた服のポケットをガサゴソと漁りだした。これまた汚い巾着袋を取り出した。これも泥がこびりついているのだろう、巾着を力任せに引っ張っている。亮太はじっと待った。段々眠くなってきた。

 巾着の口がきゅきゅ、と嫌な音を立てて開いた。なかなか重そうだが、一体何を見せるつもりなのか。少女がにやりと笑った。こいつはただの可哀想な少女かと思ったが、実は思ったよりもしたたかそうだ。少女が中からゆっくりと、泥で灰色に染まった何かを取り出してみせた。

 亮太は一歩近付いて見てみる。少女がぐい、と亮太の目の前に突き出した。

「もう老眼始まってんだよ、近くて見えねえ」

 我ながら何を言ってるんだと思ったが、まあ事実だ。少女は素直に手の物を少し離して見せてくれた。平べったいフォルム。まるで小判の様だ。まるで?

「お前これ、小判か?」

 少女がこくこくと頷いた。そして巾着を上下に振った。チャリチャリと音がする。

「……お前まさか盗んだんじゃ」

 少女は首を横に振ったが、目が薄っすらと笑っている。家族で保有していたとしても、まあ間違いなくこいつが保有していた訳ではないだろう。そういう意味では盗んだは盗んだのだろうが。笑みはそういう意味だろう。

 亮太はスマホを取り出して「小判 相場」と調べてみた。色々と種類があるらしいが、十万円から百万円の幅があるようだ。

 つまりどんなに安くても一枚十万円?

 先程のお縄頂戴ポーズ。小判の価格。亮太の疲れ切った頭がフル回転する。

 結論。金は欲しい。

「……仕方ねえな、匿ってやる」

 少女がトランクの上で嬉しそうに跳ねた。車が大揺れする。

「おい跳ねるな! レンタカーなんだから」

 少女の動きが止まった。亮太は少女に手を差し出した。少女はその手を掴み、ぴょんと地面に降り立った。

 亮太がアパートを顎で指す。

「この汚えアパートの一室が俺の住んでる所だ。文句は言うなよ」

 少女は小さく頷いた。

「レンタカー返してこないといけないから、その後に服買ってきてやる。部屋に行ったらサイズを紙に書いてくれ。俺あ子供の服はよく分かんねえ。あ、ついでに一枚その小判をくれ。換金してくるから」

 レンタカーの後部座席から荷物を取り出しながら少女に言った。少女は小判を一枚亮太に渡し、またニヤリと笑った。まあ肝の据わった子供だ。亮太も同じ様に笑ってみせた。

「交渉成立だな」

 少女が拳を握って出してきた。亮太も同じ様に拳を握り、少女の拳にコツンと合わせた。

 こうして亮太の家に居候が一人増えた。
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