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第一章 出会いは突然やってきた
2.女の下着なんて買ったことないんだが
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亮太は、まずは茶沢通りにあるレンタカー屋に車を返却しに行った。
トランクの泥は乾いていたので、一応叩いて雑巾で拭いたらそこまで目立たなかったので、追加料金はなしだった。何とか誤魔化せて正直助かった。
亮太は紙の切れ端に少女に書いてもらった服のサイズを確認しながら、小田急線下北沢駅の南口にある総合スーパーDに向かった。
駅周辺はごちゃごちゃしているが、亮太はこの雑多とした感じが好きだった。一番街を潰して再開発をするという話が持ち上がっており、それについては正直亮太にはどちらでもいいのだが、それでもこの古臭い迷路の様な雰囲気がどこの街とも同じ様になってしまうのは嫌だな、と少し思っている。
スーパーDの中に入り、すぐに上に続くエスカレーターに乗った。一階の食品売場だと飲食業仲間の奴らに会う可能性はあったが、上ならば大丈夫だろう。
出来れば今は知り合いに会いたくはなかった。なんせ今から購入するのは女の下着だ。ブラジャーではなく、ジュニア用のスポーツブラというのがあるらしい。よく分からないが、まあそれらしいものを買えばいいだろう。
先程、質屋に小判を一枚換金しに行ってきた。小うるさい爺さんがやっている怪しげな質屋だが、怪しげなだけあって、怪しげな物も何も言わず鑑定して換金してくれる。貧乏人には有り難い質屋だ。
その爺さんが鑑定してくれたことによると、あの少女が亮太に手渡したのは天保小判という小判だそうで、まあよく分からないが江戸時代に作られた小判のひとつで割とありふれているのか十五万という値段がついた。一応出処を聞かれたが、帰省時に婆ちゃんちで見つけたと言ったらそれ以上何も聞いてこなかった。
という訳で、今亮太の財布には十五万円が入っている。いつもぎりぎりの生活の亮太にとって、これはでかかった。
衣料コーナーの女児の下着を見たが、何が何だか分からない。あまりこの場でゆっくり眺めるのも気分のいいものではない。
すると、制服を着た中年女性が嘘くさい笑みを貼り付けながら寄ってきた。普段なら迷惑にしか思わない店員だが、声をかけてくる店員を今までこれ程有難いと思ったことはなかった。
「何かお探しですか?」
「あ、娘の下着を頼まれて」
咄嗟に口を突いて出た嘘だが、年齢的には問題ない。さりげなく少女の直筆のメモを見せた。可愛らしい丸っこい字だ、きっと信じてもらえるだろう。
長時間運転をして生えた無精髭と目の下のクマをじろじろと見てくる。不躾な店員だ。だが舐めてもらっては困る。こっちだって長年客商売をしているプロだ。
貼り付けた様な笑みは得意中の得意だ。亮太も負けじと営業スマイルを繰り出した。
「もう全然こういうの分からなくて参っちゃいますよ、あはは」
わざとらしく頭を掻いてみせる。これでどうだ。
探るような目つきが少しだけ同情的な目つきに変わった。
「じゃあこの辺りのものかしら。これとかこれとか」
中年女性店員が例のスポーツブラとかいう色気ゼロの物を見せてくれたが、本当に違いが分からない。何がいいかも分からない。
「申し訳ない、選んでもらっていいですか?」
亮太の店だと年配女性なら口元が緩む笑顔を作った。普段は眉間に皺が寄りがちで愛想が悪く見えるらしいが、金が絡むとなると話は別だ。
案の定、中年女性店員は一気に警戒を解いた。チラチラ、と亮太を上目遣いで見始めた。
「あ、じゃあこれとこれとかいいかな? お嬢ちゃんの好きな色は?」
「うーん、ころころ変わるからなあ。それもお任せします。あ、パンツも」
亮太はにこにこと答えた。簡単に言うと丸投げだが、何も知らない亮太よりはまだマシな物を選ぶだろう。
20年前にこの嘘くさい笑顔に惹かれる女がいることに気付いていたら、きっとホストにでもなってガンガン稼いでいることが出来ただろうが、残念ながら当時は斜に構えているのが格好いいと思っていたので媚びを売るなど無理だった。
記憶は今のまま20年前に戻りたいが、時は不可逆、仕方がない。
女性店員がパンツもあれこれ選んでくれた。合計各5セットずつ。洗濯機は玄関の外に備え付けているが、水道代が勿体ないのでそうしょっちゅうは回していないので、これ位は必要だろう。
「ではこちらへ」
中年女性店員が、にこやかにレジへと誘導してくれた。亮太も嘘くさい笑顔のままついて行く。会計をさっと済まし、またお世話になる可能性は高かったので笑顔のまま会釈した。なんせ下北沢は子供向けの服が殆ど売っていない。下着などこのスーパーと後はどこに売ってたっけ、そんな感じである。古着屋とエスニックな店と飲食、それに劇場。ちなみにパチンコ屋も多い。
下北沢はそんな街なのだ。
亮太はメモを見た。後は服だ。ジュニア用の服はもとい、そもそも女物の服なんぞ皆目検討つかないが、きちんと指定があった。
あの少女が一体どこから車に乗ってきていたのかは聞きそびれたが、とりあえず全国展開していそうな店で下北沢にあるブランドといえば殆どない。よって一択だった。
亮太は南口から線路沿いに踏切の方面に向かって行った。線路脇にある白いパチンコ屋の内部からは白い煙がモクモクしているのが見えた。
毎回煙草は辞めたいとは思うが、酒が入るとつい吸ってしまう。金の無駄なのは分かっているのだが。せめて煙い所に行かない様にしたいのだが、そういう訳にもいかず今に至る。
カンカンカン、と踏切が鳴り始めた。亮太は、踏切のバーが下がる前に駆け足で反対側に向かった。
ここは有名な開かずの踏切だ。一度機会を逃すと延々と待つ事になるのだ。
亮太は一番街に入り、すぐに左に折れた。昔からある煎餅屋が角にある。しばらく緩やかな狭い道を行き左に折れると北口駅前に着くが、今回はもう一本先の道だ。
いつまでも家の中に泥だらけのまま置いておきたくもない。亮太は少しスピードを上げたかったが、人が多い。亮太の身長は178センチある。おっさんとしてはまあ高い方なのだろうが、最近の若者は平気で180センチ台がゴロゴロしていていまいち先が見通せない。思わずちっと舌打ちが出ると、前を呑気に歩いていたカップルがビクッとして道の横に避けた。
まあ結果オーライというやつだ。
亮太は次の角を左に曲がった。今までの道よりは少し広い道だ。人通りも駅前よりは少ない。そのまま井の頭線のホーム手前までやってきた。どこの街にもある○印。サイズはXSだと書いてある。先程のスポーツブラとパンツとは違い、上下を適当に買えば済みそうだった。あとはあれだ、パジャマもいる。
亮太は店に入るとさっさと選び始めた。陳列されている商品が全体的に無難な色合いが多いので助かった。とりあえず上下三着ずつをカゴに入れる。パジャマ、靴下、ついでに靴もサンダルとスリッポンを放り込んだ。サイズは23センチ。少女は亮太が聞く前にちゃっちゃと書いていた。
あれは多分、頭の回転は悪くない。何故なら、あの年で大人に交渉してきやがった。今は喋れないのでいいが、喉の調子がよくなった時が少し恐ろしかった。口では負けるのではないか、すでにそんな気がしてきていた。
レジに並ぶ。店員がにこやかにかごを受け取った。ここの店員もいつも作ったような笑顔だ。もしかしたら笑顔の作り方研修なんぞあるのかもしれないな、そんなくだらないことをぼーっと考えながら店員の手元を眺めていて、そして気付いた。
「名前聞いてねえ……」
ボソリと口からついて出てしまった。店員がちらりと怪しむ様な目線を一瞬だけよこした。亮太は咄嗟に営業スマイルを繰り出す。それを見た店員の口が若干引き攣った気がするが、すぐに目線を逸らしてくれた。
ああ、疲れる。思わず小さな溜息が漏れた。早く寝たかった。
「あ」
また声が漏れた。店員がちらりと見た。
布団がない。それも買わないとだ。あんなケツの青いガキと同じ布団で寝るなんて御免だった。恐らく向こうも御免だろう。
今日はまだまだ寝られそうになかった。
トランクの泥は乾いていたので、一応叩いて雑巾で拭いたらそこまで目立たなかったので、追加料金はなしだった。何とか誤魔化せて正直助かった。
亮太は紙の切れ端に少女に書いてもらった服のサイズを確認しながら、小田急線下北沢駅の南口にある総合スーパーDに向かった。
駅周辺はごちゃごちゃしているが、亮太はこの雑多とした感じが好きだった。一番街を潰して再開発をするという話が持ち上がっており、それについては正直亮太にはどちらでもいいのだが、それでもこの古臭い迷路の様な雰囲気がどこの街とも同じ様になってしまうのは嫌だな、と少し思っている。
スーパーDの中に入り、すぐに上に続くエスカレーターに乗った。一階の食品売場だと飲食業仲間の奴らに会う可能性はあったが、上ならば大丈夫だろう。
出来れば今は知り合いに会いたくはなかった。なんせ今から購入するのは女の下着だ。ブラジャーではなく、ジュニア用のスポーツブラというのがあるらしい。よく分からないが、まあそれらしいものを買えばいいだろう。
先程、質屋に小判を一枚換金しに行ってきた。小うるさい爺さんがやっている怪しげな質屋だが、怪しげなだけあって、怪しげな物も何も言わず鑑定して換金してくれる。貧乏人には有り難い質屋だ。
その爺さんが鑑定してくれたことによると、あの少女が亮太に手渡したのは天保小判という小判だそうで、まあよく分からないが江戸時代に作られた小判のひとつで割とありふれているのか十五万という値段がついた。一応出処を聞かれたが、帰省時に婆ちゃんちで見つけたと言ったらそれ以上何も聞いてこなかった。
という訳で、今亮太の財布には十五万円が入っている。いつもぎりぎりの生活の亮太にとって、これはでかかった。
衣料コーナーの女児の下着を見たが、何が何だか分からない。あまりこの場でゆっくり眺めるのも気分のいいものではない。
すると、制服を着た中年女性が嘘くさい笑みを貼り付けながら寄ってきた。普段なら迷惑にしか思わない店員だが、声をかけてくる店員を今までこれ程有難いと思ったことはなかった。
「何かお探しですか?」
「あ、娘の下着を頼まれて」
咄嗟に口を突いて出た嘘だが、年齢的には問題ない。さりげなく少女の直筆のメモを見せた。可愛らしい丸っこい字だ、きっと信じてもらえるだろう。
長時間運転をして生えた無精髭と目の下のクマをじろじろと見てくる。不躾な店員だ。だが舐めてもらっては困る。こっちだって長年客商売をしているプロだ。
貼り付けた様な笑みは得意中の得意だ。亮太も負けじと営業スマイルを繰り出した。
「もう全然こういうの分からなくて参っちゃいますよ、あはは」
わざとらしく頭を掻いてみせる。これでどうだ。
探るような目つきが少しだけ同情的な目つきに変わった。
「じゃあこの辺りのものかしら。これとかこれとか」
中年女性店員が例のスポーツブラとかいう色気ゼロの物を見せてくれたが、本当に違いが分からない。何がいいかも分からない。
「申し訳ない、選んでもらっていいですか?」
亮太の店だと年配女性なら口元が緩む笑顔を作った。普段は眉間に皺が寄りがちで愛想が悪く見えるらしいが、金が絡むとなると話は別だ。
案の定、中年女性店員は一気に警戒を解いた。チラチラ、と亮太を上目遣いで見始めた。
「あ、じゃあこれとこれとかいいかな? お嬢ちゃんの好きな色は?」
「うーん、ころころ変わるからなあ。それもお任せします。あ、パンツも」
亮太はにこにこと答えた。簡単に言うと丸投げだが、何も知らない亮太よりはまだマシな物を選ぶだろう。
20年前にこの嘘くさい笑顔に惹かれる女がいることに気付いていたら、きっとホストにでもなってガンガン稼いでいることが出来ただろうが、残念ながら当時は斜に構えているのが格好いいと思っていたので媚びを売るなど無理だった。
記憶は今のまま20年前に戻りたいが、時は不可逆、仕方がない。
女性店員がパンツもあれこれ選んでくれた。合計各5セットずつ。洗濯機は玄関の外に備え付けているが、水道代が勿体ないのでそうしょっちゅうは回していないので、これ位は必要だろう。
「ではこちらへ」
中年女性店員が、にこやかにレジへと誘導してくれた。亮太も嘘くさい笑顔のままついて行く。会計をさっと済まし、またお世話になる可能性は高かったので笑顔のまま会釈した。なんせ下北沢は子供向けの服が殆ど売っていない。下着などこのスーパーと後はどこに売ってたっけ、そんな感じである。古着屋とエスニックな店と飲食、それに劇場。ちなみにパチンコ屋も多い。
下北沢はそんな街なのだ。
亮太はメモを見た。後は服だ。ジュニア用の服はもとい、そもそも女物の服なんぞ皆目検討つかないが、きちんと指定があった。
あの少女が一体どこから車に乗ってきていたのかは聞きそびれたが、とりあえず全国展開していそうな店で下北沢にあるブランドといえば殆どない。よって一択だった。
亮太は南口から線路沿いに踏切の方面に向かって行った。線路脇にある白いパチンコ屋の内部からは白い煙がモクモクしているのが見えた。
毎回煙草は辞めたいとは思うが、酒が入るとつい吸ってしまう。金の無駄なのは分かっているのだが。せめて煙い所に行かない様にしたいのだが、そういう訳にもいかず今に至る。
カンカンカン、と踏切が鳴り始めた。亮太は、踏切のバーが下がる前に駆け足で反対側に向かった。
ここは有名な開かずの踏切だ。一度機会を逃すと延々と待つ事になるのだ。
亮太は一番街に入り、すぐに左に折れた。昔からある煎餅屋が角にある。しばらく緩やかな狭い道を行き左に折れると北口駅前に着くが、今回はもう一本先の道だ。
いつまでも家の中に泥だらけのまま置いておきたくもない。亮太は少しスピードを上げたかったが、人が多い。亮太の身長は178センチある。おっさんとしてはまあ高い方なのだろうが、最近の若者は平気で180センチ台がゴロゴロしていていまいち先が見通せない。思わずちっと舌打ちが出ると、前を呑気に歩いていたカップルがビクッとして道の横に避けた。
まあ結果オーライというやつだ。
亮太は次の角を左に曲がった。今までの道よりは少し広い道だ。人通りも駅前よりは少ない。そのまま井の頭線のホーム手前までやってきた。どこの街にもある○印。サイズはXSだと書いてある。先程のスポーツブラとパンツとは違い、上下を適当に買えば済みそうだった。あとはあれだ、パジャマもいる。
亮太は店に入るとさっさと選び始めた。陳列されている商品が全体的に無難な色合いが多いので助かった。とりあえず上下三着ずつをカゴに入れる。パジャマ、靴下、ついでに靴もサンダルとスリッポンを放り込んだ。サイズは23センチ。少女は亮太が聞く前にちゃっちゃと書いていた。
あれは多分、頭の回転は悪くない。何故なら、あの年で大人に交渉してきやがった。今は喋れないのでいいが、喉の調子がよくなった時が少し恐ろしかった。口では負けるのではないか、すでにそんな気がしてきていた。
レジに並ぶ。店員がにこやかにかごを受け取った。ここの店員もいつも作ったような笑顔だ。もしかしたら笑顔の作り方研修なんぞあるのかもしれないな、そんなくだらないことをぼーっと考えながら店員の手元を眺めていて、そして気付いた。
「名前聞いてねえ……」
ボソリと口からついて出てしまった。店員がちらりと怪しむ様な目線を一瞬だけよこした。亮太は咄嗟に営業スマイルを繰り出す。それを見た店員の口が若干引き攣った気がするが、すぐに目線を逸らしてくれた。
ああ、疲れる。思わず小さな溜息が漏れた。早く寝たかった。
「あ」
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