我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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第二章 二人目の居候

12.お前が今言いかけたそれはまさか

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「……た、亮太」

 ふわふわが腕をすり抜けていく感覚。

 亮太は薄らと目を開けた。目の前には、栗色の毛をまとった狗神がきちんとお座りをして亮太を見つめていた。

「……イヌガミ」
「四時になりましたよ」
「お、ありがとな」

 亮太はゆっくりと起き上がると、ぐーっと伸びをした。何故だろう、とてもスッキリした気がする。

 アキラを見ると、物凄く熱心に『下北沢グルメ』を読んでいた。普通あれ位の年頃の子は愛だの恋だのに憧れてキャッキャやる頃だろうに、アキラといえば食い気一辺倒である。その内あの本に載っている店を片っ端から食って回ると言い出す可能性は大いにありそうだった。

 亮太は立ち上がると早速調理を再開した。炊飯器はすでに保温に切り替わっている。炊飯器の炊けた音が聞こえない程熟睡していたらしい。

 いつもはこんな時間にはまだお腹は空かないのに、今日に限ってぐうう、と鳴った。腹が鳴るなんぞどれぐらいぶりだろうか。

 ブロッコリーを炒め、味噌汁の鍋に味噌を溶き入れ、別のフライパンで豚の味噌漬けを焦がさない様に焼く。少量のレタスを皿に敷き、切った豚肉を乗せて完成。

 皿は、母が亡くなった時に引き取った物がそこそこあるので、狗神にはその内の一つのどんぶりに味噌汁以外をよそった。

 女物の箸は、母がちゃんとした時用と言って取っておき、結局使うことのなかったピンク色の箸を出した。

 アキラが台拭きでテーブルを拭き、素早く戻ってきた。やはりこいつの食に対する真剣度合いは半端ない。

「では、いただきます!」

 言ったその瞬間、亮太はアキラがぐわっと豚肉を箸で持っていくのを見てしまった。残されたのは、味噌が付いたレタスのみ。

 いくらなんでもこれはないだろう。

「おい! 待て待て待て! 俺の分!」
「早い者勝ち」
「せめてふた切れは残せよ! ああ、畜生!」

 アキラがニヤリと笑ったその隙に、亮太は唐揚げをぐわっと取り皿に持っていった。

「ああ! それは狡い!」

 今度はアキラが怒り混じりの声を上げたが、亮太としては同じことをやり返しているだけである。唐揚げに関してはまだ数個残してあげているから、アキラよりは亮太の方が優しいし大人だ。

「そういうことをやるから仕返しされるんだよ!」
「育ち盛りの子供にとって、唐揚げがどれだけ重要か亮太は分かってない!」
「じゃあ豚肉よこせ!」
「ちっ仕方ないな!」
「お前今ちって、大人に向かって舌打ちは酷くないか!」
「そんなことしてない! はい、二枚ね。唐揚げ返して」
「唐揚げだって全部がお前のじゃねえぞ」
「ケチくさ!」

 お互い牽制し合いながらおかずを分配していく様子を無言で眺めていた狗神が、静かな声で言った。

「始めからおかずの皿を分けて出せば、無駄に取られませんよ」

 亮太はハッとした。それは気付かなかった。基本今まで大皿にわっと乗せる家庭だったので、そんな金持ちみたいなお上品なことは考えもしなかった。

「イヌガミ、お前頭いいな」

 どんぶりから顔を上げたイヌガミが、遠い目をしながら言った。

経験則けいけんそくです」
「……そうか」
「……はい」

 亮太は今まで狗神がどれ程の食い物をアキラに奪われたのかに想いを馳せ、狗神の背中をポン、と撫でた。こいつは亮太の味方だ。亮太は心でそう感じとった。

 アキラがそんな亮太と狗神を呆れた様な目をして見ていたが、いやそもそもの原因はこいつの阿呆みたいな食欲にある。よくぞここまで他人事の様なつらが出来るもんだと感心したが、まあ考えてみれば見ず知らずのおっさんが運転する車のトランクに忍び込み、ばれたらばれたでそのおっさんを脅して居場所を確保する様な奴だ。

 ただの可愛い子供と思って接していたら、恐らく馬鹿を見るのはこちらの方だろう。

 早くも食事が終わった狗神が、亮太に尋ねた。

「この時間から出勤ということは、亮太は夜の仕事をしてるんですか?」

 そうか、狗神は知らないんだった。

「そう、バーの雇われ店長をやってる。帰りは朝の四時頃になるから、それまでアキラを宜しく」

 犬に頼むことでもないと思ったが、多分考えはアキラより狗神の方がまともだ。

「かしこまりました。成程、酒とタバコと不規則な生活リズムが原因なんですね」

 狗神は一人納得して頷いている。

「何が」
「いえ、こちらの話です」
「? そうか」

 亮太は壁掛けの時計をチラッと確認する。時刻はもう四時半過ぎ。そろそろ片付けて歯磨きをしないと、間に合わなくなる。

 アキラはご飯のお代わりをよそいに行っている。まだ食う気だ。

「アキラ、悪いが片付け頼めるか」
「ん」
「よし、じゃあ俺はお先にご馳走さま」

 パン、と手を合わせてから、皿を重ねて流しに持っていく。狗神も自分のどんぶりを口に咥えて後ろからついてきた。いい子だ。

 桶に水を溜め、その中に皿を入れた。これでよし。

 部屋に戻っていった狗神が、口に何かを咥えてすぐに戻ってきた。少し喋りにくそうに、

「それと、これを」

 と言ったので、亮太は屈んで狗神の口元を見た。

 何かの石の様だ。手に取ってみてみるとそれは、緑色の小さな勾玉のネックレスだった。

 狗神を見る。

「どうしたんだ? これ」
「禁煙祈願です」
「いや、そうじゃなくて、こんなの持ってたか?」

 洗った時、こんな物は身につけていなかったはずだが。

「……まあ、こっそりと」

 言い淀む犬。なかなか言い淀む犬などお目にかかれないだろう。

「私の念を込めてありますので、身に付けていればタバコを吸いたい気持ちも収まるかと」
「こんなんで効くのか?」

 狗神はこっくりと頷いて言った。

「こういうのは信じる心が大事なのです。亮太の様に騙されやす……いえ、お人好……いえいえ、素直な心を持つ人間にはとても効果があります」
「おい、今何つった」
「何も言ってません」

 犬がシラを切った。今絶対、かなり失礼なことを言いかけた。

 だがまあしかし、この行動はとりあえず亮太を思ってのものに間違いはない。

 チラリと時計をもう一度見ると、もう出かける時間だった。

「まあ、その、ありがとうイヌガミ。アキラが外に出ない様に見張っといてくれ。子供が夜にふらついてもろくなことがないからな」
「承知しました」

 亮太は、台所からまだ食べているアキラに声をかけた。

「アキラもさっさと風呂入って寝ろよ」
「んー」

 亮太は大急ぎで歯磨きを済ましネルシャツを羽織った。

「じゃあいってきます」
「んー」
「いってらっしゃいませ」

 犬の方が挨拶がちゃんとしている。全く。

 亮太は靴紐をしっかりと縛ると、店への土産を手に家を後にした。



「亮太さんなんか久々っすね!」

 半分開いたシャッターを潜って店の中に入ると、バイトのシュウヘイがにこにこで出迎えてくれた。

 亮太はシュウヘイの明るい茶色のふわふわヘアに人好きのする垂れ目の童顔を見て、ようやく帰ってきたな、という気持ちが沸き起こった。

「休み中問題なかったか? ありがとな、一人で大変じゃなかったか?」

 シュウヘイがケタケタと笑った。

「もー大変でしたよおー! 亮太さんいないのーえーってトモコさんとかアキエさん辺りがうるさいのなんの。後で営業メールしといて下さいねー」

 語尾を伸ばすのは最近の若い子だからか。耳には貰い物のインディアンジュエリーのピアスをしていて見た目はチャラいが、仕事は割ときっちりする。客との会話に関してはシュウヘイの方が亮太より余程上手い。

 安月給で申し訳なくなる程だ。

「後で打っとくよ。でもあんまり早くメールするとカウンターで大騒ぎ始めるからなあ」

 亮太は自分が店主を務めるバーを見た。

 カウンター席はぎゅうぎゅうに詰めて十人程が座れる。店の奥のテーブルは五脚。普通に座ると十六名まで座れるが、イベントの時はこのスペースに百人程入ってトイレに行くのも一苦労だ。

 七時開店の前に酒屋が配達にきて、亮太達は手分けして足りない食材やらを買いに行く。

 ここのところ家賃が急騰しており、売り上げから経費をさっ引くとカツカツだったが、でもあの二人はなるべく遅めに呼びたかった。

 金は沢山落としてはくれるのだが、他の客に絡むので、相性が噛み合わないと向こうが逃げてしまう諸刃の剣なのだ。

「あ、シュウヘイ、これ土産」
「えー? 何ですかー?」

 亮太は小さな瓶を一つシュウヘイに手渡した。

「『おろち唐辛子』つって、一味だが美味い」
「わー! ありがとうございます亮太さん!」

 うん、若者はこれ位素直がいい。亮太はシュウヘイの反応に満足すると、腰から下のサロンエプロンを巻いて、頬を叩いて気合いを入れた。

「よし! 働くか!」
「亮太さん今日元気っすねー」

 シュウヘイがにこやかに微笑んできたので、亮太も微笑み返した。

 現実へ戻ってきた。そう思った。
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