我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

文字の大きさ
17 / 100
第三章 事件発生

17.祓え給え清め給え

しおりを挟む
 亮太は覚悟を決めた。何の覚悟か? 口から出まかせを言う覚悟だ。

 シュウヘイの肩を両手で掴み、真面目な顔でシュウヘイの目を覗き込んだ。

「いいかシュウヘイ」
「は、はい!」
「実は俺は、霊感がバリバリある」

 目の片隅に映る狗神の尻尾がぴくりと反応した。反応するな、笑っちまうだろうが。

 亮太はなるべく狗神が目に入らない様に少し身体を移動した。

「ここのところ、黒い物が俺らの周りをチョロチョロしていた」

 さっきドブネズミらしき物の影を見た記憶をたぐりながら言う。ドブネズミだって黒い物だ、間違っちゃいない。

「く、黒い物」
「そう、それが、お前が女を次々と乗り換えるもんだから、誰かは分からんが誰かの妬みそねみを買ったようだ。あの黒いのは、お前を恨んでる」
「ぼ、僕をですか!」

 亮太はクソ真面目な顔をして深く頷いてみせた。いい人ぶるのは十八番だ。長年接客業で鍛えた表情筋は、意図を持ってすれば実によく亮太の言うことを聞いてくれる。

 そして亮太の真剣な顔付きに、シュウヘイも騙され、いや、騙してはいないか、真剣に聞く気になった様だった。

「俺の親戚に神社の禰宜ねぎが居てな。素人でも唱えられるお祓いの言葉を教えてもらったことがあるんだが、これが実によく効くんだ」
「ね、ネギ?」
「神社の巫女さんの男版だ。野菜じゃないぞ」

 昔何かの時代小説で読んだネタをそのまま伝えた。どうせシュウヘイは本など読むタイプではないから、ばれはしないだろう。

「怨まれた当人が『はらたまきよたまえ』と心を込めて唱え続ける事で、怨念は消える。やってみろ」
「は、祓え給え、清め給えっすね!」
「そうだ」

 亮太のその言葉に、シュウヘイは素直に繰り返し亮太が先程狗神から教わったばかりの祓詞はらえことばを唱え始めた。

 勿論亮太の親戚に禰宜などいない。

 狗神は約束通り無言を通しているが、よくやりましたね、とでも言いそうな優しい眼差しを亮太に注いでいた。何とか及第点がもらえたらしく、亮太は内心ホッとした。

 祓詞はらえことばをひたすら唱えるシュウヘイの横で、亮太は改めて敷地の外に彷徨く黒い影を見つめた。女と言われれば確かに女の形をしている様にも見える。ほっそりとしているというか、髪も長い様にも見える。

 隣のシュウヘイをちらりと見ると、肩が小刻みに震えていた。そりゃそうか、怖かったのだ。ずっと一人で夜の神社に隠れていたのだから、怖くても当然だろう。亮太だったら間違いなく夜中だろうが社務所の扉を叩いて人を呼んでいる。
 
「はらえたまえーきよめたまえーはらえたまえーきよめたまえー」

 シュウヘイの声は念仏を唱えている様にも聞こえるが、こちらは神道だから別物である。つくづく日本の宗教とは面白いと思う。こんなに色んな神様や宗教が入り混じった文化など他にあるのだろうか。

 亮太はひたすら待った。シュウヘイが心から反省しないとあれは消えない様だが、こいつは本当に反省するんだろうか。一心不乱に祓詞はらえことばを唱えるシュウヘイの顔には只々ただただ恐怖が浮かんでいた。

 まあ、当面は簡単に女に手を出すことはしないだろうが、念には念をだ。

「ほら、気持ちが足りてないぞ。お前の悪行があれを呼び出したんだ、お前が反省しないと今回は消えてもまた復活してくるかもしれないぞ」

 適当に言うと、シュウヘイの唱える声が少し大きくなった。黒いうねうねは気味が悪いが、狙われているのがシュウヘイだけということと、先程の狗神の様子からもまあ狗神がいれば亮太は護られるだろうという事実が分かったので、はっきり言って他人事である。


 店の今後の平和の為にも、ここはきっちりと反省してもらおう。


 シュウヘイの目尻からは涙が流れ始めていたが、シュウヘイよりも前にもっと涙を流した奴がいるのだ。女を一人の人間として見なかったこいつにそれでも惚れた女が流した涙だ。

 影が、手を伸ばして来た様に見えた。

「うっうわわわわ!」

 思わず一歩引いたシュウヘイの肩を、後ろからガッと掴んだ。耳元で低い声で言う。

「逃げるな」
「はっはいいいい! はらえたまえーきよめたまえー」

 世の中シュウヘイよりも悪い男なんざ山の様にいるだろう。そいつらと比べれば、こいつの罪なんぞ屁の様なものかもしれない。こいつが選ばれて、こんな目に会わなければならない必要はなかった筈だ。だから、これはこいつにとって変わる機会が与えられたと考えるべきだろう。であれば、今ここで逃げたら一生逃げ続けることになる。逃がす訳にはいかなかった。

「……キ」

 影が、声を発した様に聞こえた。

「何か言ってるううう!」
「止めるな」

 肩を掴む手に力を込めた。

「はいいいっはらえたまえーきよめたまえー!」

 亮太は影の声に集中した。顔は見えない、ただ暗い能面の様な形しか見えない。だが、涙の様な筋が街灯の光を反射した様に見えた。

 これは怖いものだ、人外のものだ、それは見たら分かる。でも。

「……可哀想に」

 思わず呟いた。狗神が亮太を見る気配がした。何を思ったか、シュウヘイが聞いてきた。

「ぼ、僕のことっすか!」
「ちげえよボケ」
「ボ、ボケって酷くないすかっ?」
「今は営業時間外だからな」
「亮太さんってば!」
「いいから唱えろよ」
「あっ! はらえたまえーきよめたまえー!」

 慌てて唱えるのを再開したシュウヘイを、亮太は呆れて見た。こいつに足りないのは想像力だ。今後は、せめて店にいる間くらいは見えない部分を想像出来るように促してみよう、そう思った。

 影の、口のない口から今度ははっきりと声が聞こえてきた。

「スキ、ナノニ」

 隣のシュウヘイは、ひたすらびびっていた。恐怖で顔が引き攣っている。これのどこが怖いんだ、ただの可哀想な想いの塊じゃないか。それが分かってないのだ。

 亮太は、肩を掴んでいた手をシュウヘイの頭に移動して、ぐしゃっと撫でた。

「お前が引き起こしたことだ。分かるな」

 シュウヘイはひたすら祓詞はらえことばを唱えながら、涙を流して繰り返し頷いた。これで、この女の想いは浄化されるだろうか。

 繰り返される、泣き声の祓詞はらえことば。風の切る音と合わさって、まるで音楽の様に聞こえてきた。
 それは影にとっても同じなのか。少しずつ、影が薄れてきた様に見える。

 辺りはまだ暗いが、影から立ち昇るのは白い煙の様なもの。上空へと、まるで風にたなびく火葬場の煙の様に見えた。亮太には見覚えのあるものだ。母の時に見たものと同じものだった。

 火葬場の煙は黒いものだなんてそれまでは思っていたが、今は技術が進歩して白いゆったりとした煙しか見えなかった。泣き崩れる皺々の祖母の手を握り締めた記憶。今生の辛かったことや負の感情は全て焼かれ、ただ清らかになった想いだけが天へと昇るのだと思えた。

 少しずつ白い煙となって浄化されていく想い。反対に黒い影は小さく濃くなっていく。


 亮太は思わず一歩前に出た。

「――俺がこいつの性根を叩き直すから」

 白い煙がこちらを向いた気がした。気がしただけかもしれない。シュウヘイが泣きながら亮太を見つつ、それでも祓詞はらえことばを唱えることは止めなかった。

「だから安心しろ」

 白い煙が笑った気がしたのは、それこそ亮太の気の所為だろう。亮太がただそう思いたかっただけだ。

 白い煙が、全て消えた。残ったのは、燃えカスの様な小さな漆黒の塊。

 途端、狗神が駆け出す。動きが鈍った闇の塊の恐らく首根っこに襲いかかり、ガチン、と牙が噛み合う音が響いた。サラサラと影が砂の様に分解されていく。

「祓え給え……」
「シュウヘイ、終わった」
「へ……」

 シュウヘイの歯がガチガチと音を立てていた。獲物を仕留めた狗神が、颯爽と亮太の足元に来てお座りをして見上げた。

「狗神、ありがとうな」

 亮太には、不思議と恐怖はなかった。あれは怖いものではなかった。ただの悲しみの塊だっただけだ。

「りょ、りょ、りょうたさあああん!」

 涙でぐしゃぐしゃのシュウヘイが嗚咽を出しながら亮太に抱きついてきた。男のハグなど気持ち悪いものだったが、だがまあ、仕方ない。

 亮太はシュウヘイが泣き止むまで、抱き寄せて頭を撫でてやることにした。



 しばらくして泣き止み落ち着いた所で、シュウヘイを家まで送っていった。

 空には朝焼けが見える。

 早朝の茶沢通りを歩く亮太の横を、狗神がとてとてと可愛い音を出して歩く。

「亮太は底抜けのお人好しですね」
「それは褒めてんのか、それともけなしてんのか?」

 狗神が笑った。犬も笑えるらしい。

「褒めてもけなしてもいません。ただ亮太はそういう人だと言っただけです」
「問答みたいなこというなよ」
「あれは仏教ですね」

 宗教を語る犬。その犬を普通に受け入れてしまっている自分。変な感じもするが、これが自然な感じもした。だから亮太も笑った。

「何か可笑しかったですか?」

 狗神がクソ真面目に聞いてきた。

「いや、誰かと下らない話をするのもいいなと思っただけだ」
「そうですか」

 狗神のその言い方に、また亮太は笑ってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる

邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。 オッサンにだって、未来がある。 底辺から這い上がる冒険譚?! 辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。 しかし現実は厳しかった。 十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。 そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...