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第十二章 いざ退治

81.スサノオの一撃はとてつもない

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 ガッ! とすれ違い様に草薙剣くさなぎのつるぎを八岐大蛇の首に斬りつけるが、やはり跳ね返されてしまい手応えは薄い。

 八咫鏡やたのかがみから出る光は結界の下の方をたゆたう程度で、まだ上空にまでは達していない。

 亮太はちらりと下で勇ましく物干し竿の槍を持って待機しているリキを見た。

 光が下の方に多いならば、リキによって地面に縫い付けられれば早く首の身体も柔らかくなるのではないか。

 先程まではただ宙を泳いでいた首は、亮太が攻撃をした所為で臨戦態勢に入り始めている。見ている内に、首の頭に鋭い角が二本、ぐぐぐっと生えてきた。

 恐らく角による攻撃方法は今までの首と大差はないだろうが、今回のはかなり実体化している為強度はこれまでと比べ物にならない。この場合一番怪我の危険性が高いのは身体の大きなみずちだろうが、空を飛べるのがみずちしかいない以上仕方がない。

 ならばせめてなるべく早く地面に縫い付けるしかないだろう。

 亮太はみずちに提案する。

「コウ、上から下に向かって飛べるか? なるべく早く下に連れて行って、リキさんに地面に突き刺してもらいたいんだ」
「分かったのー。亮太、しっかり捕まっててね!」
「角に気をつけるんだぞ!」
「任せてなの!」

 首から少し距離を置いて対峙していたみずちが、結界の更に上へと急行し、一気に急下降する。亮太はすれ違い様に首の赤い左目に斬りつけると、今度は急上昇するみずちに振り落とされない様角に必死でしがみついた。

 心から思う。狗神のハードな筋トレメニューをきっちりとこなしておいて本当に良かったと。初期の頃の亮太だったら、今頃下へ真っ逆さまに落ちていただろうことは想像に難くない。

 結界の一番上すれすれでみずちが折り返すと、今度は首の後頭部近くをすれ違った。亮太は力任せに草薙剣を角に振り落とすと、片方の角が途中からポッキリと斬れた。そうだ、刃を立てるのだ。叩きつけるよりも斬りつける。つい忘れてしまう。

 首はすれ違うみずちの身体に噛みつこうと顎をガチガチと鳴らしているが、それをみずちはぎりぎりのところで躱しているが危なっかしくて仕方がない。

 物凄いスピードで地面すれすれで折り返し、また最上部から今度は顔の横をすれ違う。生暖かい風が身体全体を襲う。

 鱗は黒光りしており固いが、みずちの飛ぶスピードのお陰で少しずつだが首の鱗が削れていっている。

 そういえば、遊園地のフリーフォールは胃がひっくり返りそうになるので大嫌いだったが、今は全然気持ち悪くならない。何故だろうかと考え、服の上から胸に触れている熱くなった八尺瓊勾玉やさかにのまがたまの存在を思い出した。多分これのお陰だ。

 この八尺瓊勾玉がどの程度の回復効果があるアイテムなのかは不明だが、もしかしたら骨の一本や二本程度なら折れても治してしまうのではないか。次の攻撃をしながら亮太はそんなことを考える。

 結界の高さを目測で測ってみる。そこそこ高いが、だが今よりも低くするとみずちのスピードは恐らく落ちる。結界を狭くしたらいいというものでもなさそうだ。

 首が今までよりも強いからか、印を結ぶ蓮の表情は険しい。結界を保持し続けるのも大変そうである。今回の首は外を彷徨いていた分ではないので瘴気は少なそうなのがまだ救いだ。

 そして今のところ外からの結界はない様に見える。アキラはまだチー鱈中ということだろうか。

 結界の外から差す八咫鏡の光の先に居るであろうコウを想う。無茶をするなと言われた、それは分かっている。だが、安全にいけばいく程蓮が消耗し、みずちが牙に晒される危険度も増す。

「コウ、俺が落ちたらまた拾ってくれ」
「また落ちるつもりなのー? コウ様に怒られるよー」
「はは、だろうな」

 言いながらも再度攻撃を繰り出す。少しずつ、少しずつ高度が下がっていくがまだ足りない。

「だからこれは内緒だぞ」
「うふふ、僕と亮太の秘密ー!」

 ノリがよくて結構だ。さすがコウの神使だけある。亮太は口の端でニヤリと笑うと、みずちに言った。

「次に上に昇った時に向こうの頭に移る。少しスピードを落としてくれ」
「気をつけてなのー」
「怒られたくないからそうするよ」

 グオッとみずちが上昇し、Gがかかるのを腕一本で支える。天辺に辿り着くと、首に残った右目がギロリと睨んできた。

「行くのー!」
「頼んだぞ!」

 後は野となれ山となれ、とにかくみずちを信じるしかない。首の頭の少し上に差し掛かったところで、亮太は飛んだ。

「亮太さん!?」

 下からリキの驚愕の声が聞こえたが、それに応える余裕はない。

 ダン! と首の頭に着地すると、先程斬らなかった方の角を左手で掴んだ。斬ってしまった方の角の断面からは黒いもやが出てたなびいている。正直見ていて気持ちのいいものではないが、少しでもこれで首の力が減るのであれば我慢するしかない。だがこれが蓮に悪影響を与えないのかだけは心配だった。今は八尺瓊勾玉を蓮に貸すことは出来ない。

 目の前をみずちの龍の身体が通り過ぎて行き、首がそれに齧りつこうとしたので亮太は角を自分の方に引き寄せ引き留める。すると顎が空振りしてガチン! と音を立てて振動が足から伝わった。こんなのに噛まれたら一発だろう。

 前の時と同じ様に、まずは脳天に草薙剣をぶっ刺す。が、艶々の鱗にカン、と弾かれたので、鱗の隙間に切っ先を入れてほじくる様にして斜めに入れ込み、次いで縦に傾けつつ全体重をかけるとようやうずぶずぶと入っていった。

 その途端、グオオオオ! と首が咆哮を上げる。効いているのだろう、隙間から煙が立ち昇り始めた。振り落とそうと首が左右に揺れるが、前の物よりも大きい分安定している。亮太は右手で草薙剣の柄を前後左右に揺らし安定しているのを確認すると、今度は角と草薙剣両方に体重をかけ始めた。

「下へ行けえっ!」

 歯を食いしばりながら首に言うが、分かっているかどうか。分かっていたところで、素直に言うことを聞くとは思えないので関係ないのかもしれないが。

 口の中から黒い煙を吐き出しつつ、首が少しずつ下へと降りていく。結界の外の光が揺らいだ気がしたが、今は気の所為だと思うことにした。誤魔化せば何とかなる。多分。

 この煙は亮太にはきっと効かない。亮太は大丈夫、そうみずちも言っていたじゃないか。だから例えそれが顔に当たってひんやりして気持ち悪くとも、きっと大丈夫だ。

 下を覗くと、みずちが蓮の横でいつでも飛び出せる様待機している。

 リキが物干し竿の槍を掲げたまま距離を測っていた。大分降りてきた。今だ。

「コウ! リキさんに上まで登る道を作ってくれ!」
「分かったなのー」
「亮太さん! そうしたら私が飛び移る直前でみずちちゃんに飛び乗って!」
「分かった!」

 振り落とそうとあらがいながらも下へ下へと誘導される首に突き刺した草薙剣は、飛び降りる前に抜かねばならない。みずちがリキの通り道を作らんと身体を上へと伸したのを確認すると、亮太は草薙剣を引き抜こうと力を入れるが抜けない。

「抜けねええっ!」

 仕方がない。角を持つ手を離して両手で引き抜きにかかった。おお、動いた。首が上に行こうと向きを変えたので急いでまた角を掴み、少し緩んだ草薙剣を勢いに任せて引っこ抜いた。

 滑らかなみずちの背中の上をリキが物凄い勢いで駆け上ってくる。

「俺は首の前から行くから、遠慮なく飛べ!」
「はい!」

 目の前をリキが駆け抜け、みずちの頭まで来ると穂先を下に向け飛んできた。亮太は急いで草薙剣を脇に挟むと、首の鼻先を踏み潰して前を通り抜けようとしているみずちの身体に飛び移った。

 下の方から、ズドオン! と大きな音が聞こえてきた。

「亮太!」

 みずちが滑り落ちそうになった亮太をもう一度回転して鼻先でキャッチし、そのまま下へと向かう。

「リキさんは!?」
「リキ様、格好いいの!」

 亮太がみずちにしがみつきながら下を覗くと、土煙の中に片膝を付き物干し竿の槍を握るリキが見える。リキは首の頭部に乗っており、槍は見事に貫通し地面に首を縫い付けていた。

「きゃー! 出来たわ! 亮太さん見た!? 見てた!?」

 見ていない。見ている余裕はなかった。が、がっかりさせることもない。

「凄いなリキさん!」

 誤魔化しつつ亮太は地面に降りた。リキは八岐大蛇に触れても何ともなさそうでケロッとしていた。そうか、考えてみればこの人も神の一人だ。瘴気など何のそのなのだろう。

 リキがぴょん、と頭から飛び降り急ぎ亮太の横まで戻ってきた。

「ゲームの槍使いがボスに大技でトドメを差すシーンを想像してみたの!」

 うん、よく分からない。が、まあ嬉しそうなのでいいだろう。

「第二ラウンドスタートだな」
「頑張って亮太さん!」
「亮太、ファイトなのー!」

 亮太は草薙剣を構え直し、地面へと縫い付けられた首に向き直った。
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