尻尾が生えたら優等生な幼馴染みがキスをすると言い出した

ミドリ

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3 小森町七不思議

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 小森町七不思議。

 どこの学校や町にもひとつやふたつの七不思議はあるだろうが、私たちの住む小森町にもご多聞に漏れず、恋愛バージョンやホラーバージョンなどバリエーション豊かに用意されている。

「――で、昨日ユキちゃんたちとのグループチャットで誰か試してみようって話になり」

 ユキちゃんたちとは、高校で仲良くなった私も入れた女子四人組なのだが。

「そのう……該当者が私だけで」
「は? 何の該当者?」

 鼻血が治まり、少し鼻血の跡が残った鼻をティッシュで擦りながら、セイが私を睨みつける。こいつは真面目な分、私がアホな行動を取った話を聞くと、大体こういう顔をするのだ。セイの正面に立ったままの私は、その雰囲気に思わず一歩下がる。

「セイさん、コワイヨー」
「うっせえ。お前のあのグループ、言っちゃ悪いが脳天気な奴ばっかじゃねえか。どうせなーんも考えねえで何かしたんだろう」
「ねえ、その脳天気に私も入ってる?」
「当然だろ」

 セイは吐き捨てる様に言った。優しさもくそもない。こちらは内心ではあれこれ褒めてやっているというのに、こやつは幼馴染みだからといってファーストキスの相手を雑に扱い過ぎやしないか。

 それとも、そのことすら幼すぎてか過去の汚点として忘れているのかもしれない。

 ――昔はあんなにキョウちゃんキョウちゃんと後を付いてきたのに、そういえばいつから呼び捨てになったっけ?

「で? どんな七不思議でどんなことをしたんだ」

 ここでも私は素直に白状することにした。まあ、肝心なことを言わなければ問題はない筈だ。

「ほら? ユキちゃんもミヨちゃんもアイちゃんも、彼氏いるじゃん?」
「知らねえよ。クラスの女子に興味ねえもん」

 答えるセイの表情は馬鹿にする様なものではなく、本当に知らないといったものに見えた。グループが違うからだろう。そして何故か、私のお尻から生えている白い尻尾が巻きスカートの中で少しずつ立ち上がっていく。

 いや、ちょっと待て。慌ててまくれていくスカートを押さえようと努力するが、尻尾は私の意思など関係なく生足の間からするりと出ると、また小さくパタパタと振り始めてしまった。

「わっ! ちょっとセイ、見るな!」
「え? ……おわっ」

 セイの正面を向いていれば例え後ろが捲れ上がろうが辛うじて問題ないかと思ったが、私は肝心なことを忘れていた。

 私の背後の壁には、姿見の鏡が掛けられているということを。

 セイの視線が、どう考えても鏡に釘付けになっている。ハッとして鏡を振り返ると、スカートから尻尾が飛び出てついでにその下から若干お尻が覗いている私の後ろ姿が目に飛び込んできた。

「うおおっ」

 慌ててセイの方を振り返ると、セイは最初に鼻血を出した時と同様、床に座ってベッドの方に顔を向けて屈んでいた。顔は見えない。何かに必死に耐えている様子が荒い息をする背中から窺えたが、まじで大丈夫だろうか。

「セイ、見た?」
「あ……う、うん……少しだけな」

 ここで形はどうだったかとでも聞ければ笑い話に出来たのだろうが、二度も幼馴染みとはいえ男にお尻を見られてしまった私は、さすがにどうしていいものか分からずバクバクいう心臓を上から押さえながらただ立ち尽くすことしか出来なかった。

 そして、なんとなくだが、何でセイがそんな体勢を取っているのか、分かった気がした。これはもしや、男の子のあれってやつじゃなかろうか、と。

 そうならば、セイは私のことを意識しているということだろうか? そう考えた後に、いや、ただ単に生理現象だろうとスンッと納得する。まあとりあえず見て胸糞が悪い物ではないということだけは証明された訳だ。セイの大好きな物的証拠である。

「はあー……。で、続き話せよ」
「あ、うん」

 落ち着いたらしいセイが背中を見せたまま、顔だけ私を振り返ったので、私は話を再開することにした。

「で、七不思議のひとつが、四時四十四分丁度に小森稲荷神社の境内に入ると恋が叶うっていうのがあって」
「でた、謎の四時四十四分」

 私はセイの突っ込みは無視することにする。

「ちなみに後の七不思議は、好きな相手の髪の毛を境内にあるおみくじを結ぶ所に自分のと一緒に結ぶと一ヶ月以内に恋が叶う、でしょ?」
「坊主頭やハゲだと無理じゃねえか」
「うるさいなあ。好きな相手に別の相手がいる時用のバージョンもあって、二人の名前を書いた紙をビリビリに破りながら最初の二つの灯籠を8の字で四回まわるでしょ?」
「急にアラビア数字出てきたな」

 セイの突っ込みにいちいち反応していると話が終わらない。私はそのまま続けることにした。

「お稲荷さんにお賽銭をあげる時に、声に出しつつ好きな人との成就を願うと叶えてくれるとか。金額が四十四円だと叶いやすいとか」
「また四十四かよ」
「拝んでる時に『お稲荷さんお稲荷さん、私の恋を叶えて下さい』ってお願いすると、時々確率が上がるんだって」
「絶対じゃないところが雑な七不思議だよな」

 さっきからちょいちょいうるさいが、別にこちらの同意を求めている訳ではなさそうなので、私は指を折りつつ残りふたつの七不思議を教えるべくセイを見下ろす。

「だけど、境内を出る時に一礼を忘れると恋を叶える代わりに悪戯されちゃうって」
「ば……っ」

 セイが顔を上げた。どうしたんだろう、やけに真剣な顔つきなので、思わずドキッとしてしまったじゃないか。セイの真剣な顔は、結構イケてるのだ。

 例え普段は憎まれ口ばかりでも、幼馴染みとしてはちょっとした自慢なのである。

「お前さ、そのおまじないみたいなのやったんだろ?」
「あ、うん。皆に報告しつつ……」
「一礼したのかよ!」
「……あー」

 皆に報告しつつ階段を降りて行ったので、そういえばしていないかもしれない。

「してない」
「それじゃねえか……」

 はあー、と大きな溜息をつかれた。おとぎ話みたいな話だが、でもそう考えればこの耳と尻尾も納得がいく。

「あ、でもね、やっちゃった時の解決法があって。それが最後の七不思議なんだけど」
「それを早く言え!」

 セイが焦り顔で怒鳴った。

「おいっ」

 だが、言ってもいいものか。私の躊躇をどう受け止めたのか知らないが、セイは立ち上がると、私の肩をガッと掴んだ。

「解除しないと拙いだろこれ! パンツも履けないんだぞ!」

 そこか。問題はそこなのか。色々と言いたいことはあったが、何度も鼻血を出させている身としては心苦しいのは確かだ。私はこくこくと頷くと、その内容を伝える。

「おまじないの解除方法は、好きな人と一緒に境内に四時四十四分に一緒に入って、想いが通じ合ったのでお願いを叶える必要はありません、ありがとうございましたって言ってお稲荷さんの前でキスするんだって」
「好きな人と……キス……」

 セイの目が、うつろになった。

「お前……す、好きな人が……?」
「……えーと……」

 私の肩を掴むセイの手の力がぐっと籠められ、ちょっと痛い。

「そうか……考えてみりゃ、好きな相手がいないとおまじないなんてそもそも出来ないよな……」

 ぎくり、と私は目を逸した。そう、髪の毛だって自分の分と一緒に結んだ。入手方法は、少し前に髪の毛を当の本人から一本引っこ抜いたことでゲットしている。

「…………」

 セイが、俯いてしまった。近くで見ると分かる微かなそばかすが、やっぱり可愛い。

「……そいつ、誰なんだよ。俺が急いで今日の四時四十四分までに連れてくるから」

 ボソリと言うセイの瞳は、何故か揺らいでいた。
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