賽の河原の拾い物

ミドリ

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8 初デート

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 放課後になり、待ち合わせの駅の改札で龍を待つ。

 龍の高校がある駅から、上りにひと駅行った所だ。先日龍に伊達眼鏡を買ってもらった店がある大きな町で、沿線の高校の制服姿をよく見かける。

 学生カップルも多くて、少し前まではえっちゃんと並んで「いつか彼氏と歩いてみたいねえ」なんて夢を語っていた。

 その夢を、田舎風女子である私が先に叶えてしまった。恨めしそうだった親友の顔を、思い出す。

「思い切りやるんだもんなあ……いてて」

 あっさり付き合うなんてどれだけチョロいんだ、と先程えっちゃんに小突かれた脇腹をさすった。まだ少し痛む。

 あいつの一発は、ピンポイントでリンパの詰まりに効くのだ。

 そこへ、龍が息を上らせながら、何故か駅の外から走ってきた。

「こ、小春ちゃん、はあ、はあ……っ! ごめん! 待った?」

 白い滑らかそうな肌には、汗が滲んでいる。見目麗しいと、汗すらも輝いて見えると今初めて知った。だけど眼福対象にすぐ隣で色気を無自覚に振り撒かれ過ぎて、目のやり場に困る。

 これ以上直視に耐えられず、チラチラと龍を見た。向こうからしたら、怪しさ満載かもしれない。

「いや、さっき来たばっかりです」
「そうなんだ? よかった……!」

 こめかみを伝う汗を手の甲で拭う仕草すら、絵になる。さすがは王子だ。是非一度、絵のモデルにお願いしたくなった。題材がいいと、腕がいまいちでもそこそこなものが描ける気がする。

 季節はもうすぐ梅雨に差し掛かる頃。湿気も増えているから、汗も乾きにくい。ぱたぱたとブレザーの胸元を仰ぐ龍は、とても暑そうだった。

 息を整えようとしている龍に、気になって尋ねる。

「まさか隣の駅から走って来たんですか?」
「電車に乗り遅れて、走って……っ」

 なんて律儀な人だろう。ほぼ毎朝待ち合わせに遅刻してえっちゃんを怒らせている私に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

「連絡すればよかったんじゃ」
「あ……っ」

 肩で息をしている龍が、驚き顔で声を上げた。あはは、と恥ずかしそうに頭を掻いて笑うと、そのまま咳き込む。

「あ、ちょっと待って下さい」

 鞄の中に突っ込んであったペットボトルの水を取り出すと、龍に手渡した。

「大丈夫です? これ飲んで下さい」

 ペットボトルを素直に受け取った龍の指が、私の指に重なる。

「あっ」
「ありがとう!」

 輝かんばかりの笑顔に、私の心拍数が一瞬で上がった。だけど、それを悟られるのは恥ずかしい。だから、極力平然を装った。

「いえ」

 龍は水を受け取ると、グビグビ、と喉を大きく鳴らしながら一気飲みする。

 あ、そういえばこれ、飲みかけだった。

 あげた後に気付いたけど、それには龍も気付いていたらしい。ぷはーっと気持ちよさそうな息を吐くと、まだ赤い顔をふわ、と緩ませた。

「……間接キスだ」
「だあ!」

 おかしな雄叫びを上げ、急ぎ空のペットボトルを奪おうとする。龍はペットボトルを高々と掲げると、伸ばした私の手を反対の手で掴んだ。

 ほわりと笑う。伊達眼鏡の外側は、やっぱり今日も白い。

「……映画、観に行こっか」

 握り返せない私の手を、龍がしっかりと握り締めた。

「はい……」

 これは、春彦に報告したらいけないやつかもしれない。春彦に言ったら、すぐ触るような男は何とかと言って、目を三角にして怒り出しそうだ。

 龍が、照れくさそうに笑いかける。

「あは、同い年なんだから、そろそろ敬語はやめてよ」
「え、あ、いやその……」
「だって……僕は小春ちゃんの彼氏でしょ?」
「――ッ!」

 顔がカアッと火照った。これ、身体から湯気が出てるんじゃないか。

「ね? だから今からタメ口ね」
「はい……あっ、うん」
「えへ、嬉しいな」

 キラキラした龍が、本当に嬉しそうに微笑みかけるから。

「い! 行こうか!」
「うん、そうだね」

 何これ、何これ! と完全にキャパオーバーになった私は、それ以上龍の顔を見ていることができなくなってしまった。ガチガチになりながら龍に手を引かれ、映画館へと向かう。

 映画の間もずっと手を握られていて、内容なんて入ってなかった。

 結局その日、電車内で別れ龍が先に降りるその時まで、龍は私の手を握り続けた。



「――ということで、昨日はホラー映画を観たせいでなかなか寝付けなくて、この通り寝不足だよ。いや、怖かったのなんのって」

 嘘だ。内容はほぼ頭に入っていない。昨日寝付けなかったのは、龍に手を握られ続けたのを思い出しては悶絶していたからだ。

「なんでホラー苦手なのに観ちゃったわけ?」

 春彦の機嫌は、すこぶる悪い。龍とのデートの話を振ってきたのは春彦からなのに、それはないんじゃないか。

「龍くんがホラーとかオカルト系好きなんだって」
「初デートで自分に合わせるのかよ、駄目な男だなソイツ」

 まるで唾でも吐きそうな口調だ。

「何でもいいって私が言ったからだよ」

 緊張し過ぎて、本気で何も考えられなかった。だからこれは事実だ。

 だけど、私には収穫があった。

「春彦!」
「……なに」
「ちゃんと聞いてきたよ!」

 あの状況で、よく聞けたと自分を褒めてやりたい。

「……言ってみて」

 大きく頷くと、私はさっそく得た情報を春彦に披露し始めた。

「普段つるんでるのは高校の同級生なんだけど、駅が反対方面なのと、進学校で塾通いしてる人が多いから、龍くんは放課後はいつも読書をしたりして過ごしてるんだって」
「ただのぼっちじゃないか」

 春彦に言われたくはないと思ったけど、春彦は龍とはまた違う属性のイケメンだ。イケメンが二人とも友人と遊ばないのなら、イケメン実は孤独説が有力なのでは。

 だけど、春彦にお前はイケメンだと言うのも癪なので、やめた。

「家は、いつも乗ってくる駅の駅前にある高層マンションだって。あそこのエントランス、凄い豪華なんだよね。コンシェルジュって人がいるらしいよ」
「ただの受付係だろ」

 ここまでくると、ただの捻くれにしか聞こえない。だけど私は、更に情報を仕入れてきていた。私だって、やろうと思えばできるのだ。

「親は、お父さんが海外赴任中で、お母さんはそれについて行っていて、今は広い家にひとり暮らしなんだって!」
「お前絶対それ中に入るなよ!」

 春彦が噛み付きそうな勢いで言った。

「お前は胸はあんまないし色気もまあないけど、やたらと隙だけはあるんだからな! おい、小春! 話はまだ途中だ!」

 春彦の失礼な喚き声を背に、そそくさと階下へ向かう。春彦は、玄関の外まで追いかけては来ない。なので、家を出てしまえばこちらのものだった。

「……小春――ッ!」

 さすがに、手を繋ぎっ放しだったことは言えなかった。言ったら、今度こそ春彦のあの穏やかな目から涙が溢れちゃうんじゃないか。

 何故か、そう思えて仕方なかったから。
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