賽の河原の拾い物

ミドリ

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36 龍の敗北

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 イケメンによる、イケメンに対する壁ドン。

 えっちゃんなら黄色い声でウヒャウヒャ言う案件だ。

 残念ながら、龍は恐怖で怯え切っていて、日頃の色気はない。春彦は滅茶苦茶睨みつけているので、こちらも色気はなかった。

「ひいいいいいっ!」

 龍が頭を抱える。

「いいか、耳かっぽじってよく聞け!」

 塞がれた耳に届けるように、春彦は至近距離で龍に向かって怒鳴った。

「小春はお前のもんじゃねえんだよ!」

 びくうっ! と龍の全身が震える。

「次に小春に近付いてみやがれ! その時は俺がお前を地の果てまで追いかけて……」

 龍は泣き顔で耳を塞ぎながら、春彦を凝視していた。

 私は少し横に回ると、二人の姿をこの目に収める。完全な野次馬だ。

 でも、もう散々な目に遭わされたんだから、結末くらいはしっかりこの目に収めたかった。

 二人の距離は、背中をトンと押せばキスできそうなものだ。恐ろしく見える幽霊が目の前で怒鳴りつけてきたら、そりゃあ怖いだろう。ホラーが嫌いな私は、少しだけ龍に同情してもまあ仕方ない。

 スウ、と息を吸い込んだ後、春彦が叫んだ。

「――ぶっ殺す!」
「はいいいいいいっ!」

 龍は腰を抜かしてしまったのか、ズズ、と壁を伝って床に座り込んでいく。

 ひぐ、ひぐ、と頭を庇いながら泣きじゃくる龍を見て、ようやく終わったのか、と現実に戻ってきたような感覚に襲われた。

 震えている龍のオーラには、もう白いところは残されてはいない。全部綺麗に消えてしまった。

 龍の心を守る為に、結界のように張られていた白のオーラ。龍が自分がいつも正しい訳じゃないと気付いてしまったことで、それは霧散してしまった。

 あとに残されたのは、仮面を剥がされた剥き出しの龍だ。むせび泣く龍は、まるで小さな子供みたいだった。

 ――その姿を見てつい憐むのが、私の悪い癖なのかもしれない。

「うわっきたね」

 春彦が、突然後ろに飛び退く。何かと思って見てみると、水分が龍の腰からじわりと床に染み出してきていた。

 恐怖のあまり、失禁しちゃったのか。どれだけ春彦の姿が恐ろしかったんだろう。やっぱり気になる。

「龍くん……」

 さすがに可哀想になり龍に呼びかけたはいいけど、その後が続かない。

 慰める筋合いはない。でも、でも。

 私の声が聞こえたのか、龍が耳から腕を外した。

「こ、こは、小春ちゃん……っごめ、許して、うぐっううううっ!」

 泣きじゃくる龍を見ると、こちらが虐めた気分になってくる。

 春彦が、私を見て親指を立てた。任務完了ってところだろう。

 方法はともあれ、助けてくれた。あれこれ言っていた気もするけど、……それは後で考えよう。

 今はとりあえず、龍だ。このままでは、龍はただ壊れておしまいになってしまう。

 一時でも共に時間を過ごした相手だから、それは嫌だった。

「……龍くん」
「おい小春、お前な」

 春彦が非難するように私を呼ぶ。私は春彦を手のひらを向けて止めた。

 龍が、子供みたいな泣き顔を私に向ける。

「小春ちゃん……」

 こういうところが、小春は隙だらけだと春彦に言われる所以なんだろうけど。

 ――だけど、それが私だから。

「龍くん、今の龍くんは、もう白くないよ」
「へ……」

 ぐしゃぐしゃの顔で、龍が私を見上げる。本当に子供みたいだ。春彦の荒療治のお陰で、龍は正に今生まれ変わったばかりなのかもしれない。

 生まれたての龍にも響きそうな言葉はなんだろう。しばらく考えてから、口にした。

「でも、そっちの方がいいよ」
「こは、小春ちゃ……」

 私の言葉に、春彦が無言のまま軽く睨みつける。情けをかけるなと言いたいんだろう。その通りだけど、だからといって龍のこれからまでは奪いたくはなかった。

 子供に諭すように、一字一句ゆっくりと伝える。

「龍くん、お父さんとお母さんに、自分の気持ちを話してみなよ」
「え」

 ぽかんとする龍。考えたこともなかったんだろうな。クローゼットの服に辿り着くまで、きっと散々悩んだんだろうから。

 言ったら嫌われちゃうんじゃないか。駄目な子はいらないって言われちゃうんじゃないかって不安になって、吐き出せなくなってしまったんだと思う。

 ――龍に足りないのは正しさなんかじゃない。背中を押す誰かの手だ。

「泣いても怒ってもいいよ。だって龍くんは二人の子供なんだよ?」
「い……いいの?」
「そうだよ。子供なんて親に甘えるのが当然なんだから。私じゃなくて、ちゃんとお父さんとお母さんに甘えてみてよ」

 龍が、私を見つめる。龍のオーラが、寒色系から暖色系へと切り替わっていった。

 初めて私の言葉が龍に届いた瞬間だった。

 ――聞いてくれた。やっと、やっと。

「いい子にならなくていいんだよ。それに、今の龍くんの方が、白い龍くんより余程人間らしくていいと思う」

 私が更に続けようとすると、春彦が私の前に立って顔だけ振り返る。

「小春、その辺でやめておけ。また付き纏われるぞ」
「春彦……」

 春彦の横からひょいと覗いてみた。すっかり暖色に染まった龍のオーラを見て、小さく微笑む。

 ――頑張ってね、龍くん。

「行こう小春」

 春彦が、私を促す。

「――うん」

 行ってしまったエレベーターを呼ぶ為、下のボタンを押した。近くにいたエレベーターが、すぐに上がってくる。

「こ、小春ちゃん!」

 龍が、私を見ている。これまでとは違い、ちゃんと私自身を見ている気がした。

「小春ちゃん、ごめん、本当にごめん……!」
「……うん」

 龍が、大声で伝える。

「ありがとう!」

 チーン、とエレベーターが音を立てて開いた。

「うん。さようなら、龍くん」

 春彦と二人で、エレベーターに乗り込む。エレベーターが下降を始めると、春彦がポツリと呟いた。

「隙だらけだよ、全く……」
「うん、そうだね」

 触れられない手で、春彦が私の頭を撫でた。
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