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待ち人来たらず、珍客来る
【9】
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「いつまで待ってものれんを出さないから、今日はやすみかと思ったぞ」
「おなかとせなかがぺったんこになりそうなんだな」
「もうそんなに時間が経っていたのか……。すぐに出すから、座敷で待っていてくれ」
「あ~い」
三人は足音を立てながら、先を争うように小走りで座敷席に走って行く。すると一番後ろを走っていた小さな少年が莉亜の姿に気が付いて、立ち止まってじっと見上げてくる。訝しんでいるのか、和傘の下の小豆のような黒目には疑惑の色を湛えていた。
「このおねえさん。ぼくたちとちがうの。にんげんなの」
「えっ!? 私は人間だけど……」
「莉亜。こっちを向け」
名前を呼ばれて振り向くと、男性に霧吹きで何かを吹き掛けられる。目が覚めるような柑橘系の匂いに包まれたかと思うと、少年は不思議そうな顔をしたのだった。
「おねえさんからにんげんのにおいがなくなっちゃったの。へんなの」
「それはコイツの匂いじゃなくて、さっきまで人の世界に居た俺の匂いだろう。それより早く席に着かないと、おむすびは出ないぞ」
「いやなの! よもぎにーちゃんのおむすび、たべるのー!」
小さな少年は嫌々というように手足をバタつかせながら、先に行った二人が座る座敷席に駆け出していく。その小さな背を見送っていると、男性が「驚かせたな」と小声で詫びたのだった。
「客として店に来るあやかしや神の中には人間を嫌う者や人間を喰う者がいる。身を守るためにも、お前が人間だということは客には明かさない方がいい」
「霧吹きで掛けてきたものは何ですか?」
「中身は匂い消しだ。人間の匂いを消す効果がある。分けてやるから、次回からは自分で振りかけてから店に来い」
「ご店主殿。今宵は開いているかな?」
「美味しそうな匂いが外まで漂っていますな。拙者、既に空腹である」
「入ってくれ。すぐに用意をしよう」
男性が用意してくれた小瓶を受け取っている間にも、店には次から次へと客が入ってくる。先程の少年たちのような人の形をした者もいれば、動物のような姿の者もいた。ここが本当にあやかしや神のためのおにぎり処なのだと実感させられる。
忙しくなった店内に身の置き場が無くなって二の足を踏んでいると、手早くおにぎりを握りながら男性が「すまない」と謝罪する。
「雨降り小僧たちに釣られて、他の客も入って来たようだ。客足が落ち着いたら、牛鬼の番人のところまで案内する。それまでは店の奥で待っていてくれ……」
「私もお手伝いをさせてください。神様と切り火ちゃんだけというのも大変だと思うので、片付けや皿洗いを手伝います! 美味しいおにぎりもいただいたので、せめてその分だけでも!」
「それはありがたい申し出だがいいのか。帰りが遅くなるかもしれん」
「自宅に帰ってやることといっても寝るくらいです。一人暮らしなので、遅くなっても誰にも咎められません」
「それなら暖簾を出してきてくれるか。場所はハルに案内させる。が、その前に」
男性が指を鳴らすと、莉亜の身体に赤と黒のチェック模様のエプロンが現れる。背中に下ろしていた黒髪はエプロンと同じ柄のリボンでするするとまとめられると、頭の上で一本のポニーテールが結ばれたのだった。
「急ごしらえだが、人の世界を真似て『えぷろん』とやらを見立てた。臨時とはいえ、お前もこの店の一員だからな。ハル、後は頼んだぞ」
男性はおにぎりを握る手を止めずに、莉亜と同じように黒地のエプロンを身に纏う。その姿がエプロン姿の推しを見ているようで、何かが込み上げてきそうになる。それをぐっと堪えて莉亜は礼を述べると、案内するように店の奥に入っていくハルの後に続いたのだった。
「おなかとせなかがぺったんこになりそうなんだな」
「もうそんなに時間が経っていたのか……。すぐに出すから、座敷で待っていてくれ」
「あ~い」
三人は足音を立てながら、先を争うように小走りで座敷席に走って行く。すると一番後ろを走っていた小さな少年が莉亜の姿に気が付いて、立ち止まってじっと見上げてくる。訝しんでいるのか、和傘の下の小豆のような黒目には疑惑の色を湛えていた。
「このおねえさん。ぼくたちとちがうの。にんげんなの」
「えっ!? 私は人間だけど……」
「莉亜。こっちを向け」
名前を呼ばれて振り向くと、男性に霧吹きで何かを吹き掛けられる。目が覚めるような柑橘系の匂いに包まれたかと思うと、少年は不思議そうな顔をしたのだった。
「おねえさんからにんげんのにおいがなくなっちゃったの。へんなの」
「それはコイツの匂いじゃなくて、さっきまで人の世界に居た俺の匂いだろう。それより早く席に着かないと、おむすびは出ないぞ」
「いやなの! よもぎにーちゃんのおむすび、たべるのー!」
小さな少年は嫌々というように手足をバタつかせながら、先に行った二人が座る座敷席に駆け出していく。その小さな背を見送っていると、男性が「驚かせたな」と小声で詫びたのだった。
「客として店に来るあやかしや神の中には人間を嫌う者や人間を喰う者がいる。身を守るためにも、お前が人間だということは客には明かさない方がいい」
「霧吹きで掛けてきたものは何ですか?」
「中身は匂い消しだ。人間の匂いを消す効果がある。分けてやるから、次回からは自分で振りかけてから店に来い」
「ご店主殿。今宵は開いているかな?」
「美味しそうな匂いが外まで漂っていますな。拙者、既に空腹である」
「入ってくれ。すぐに用意をしよう」
男性が用意してくれた小瓶を受け取っている間にも、店には次から次へと客が入ってくる。先程の少年たちのような人の形をした者もいれば、動物のような姿の者もいた。ここが本当にあやかしや神のためのおにぎり処なのだと実感させられる。
忙しくなった店内に身の置き場が無くなって二の足を踏んでいると、手早くおにぎりを握りながら男性が「すまない」と謝罪する。
「雨降り小僧たちに釣られて、他の客も入って来たようだ。客足が落ち着いたら、牛鬼の番人のところまで案内する。それまでは店の奥で待っていてくれ……」
「私もお手伝いをさせてください。神様と切り火ちゃんだけというのも大変だと思うので、片付けや皿洗いを手伝います! 美味しいおにぎりもいただいたので、せめてその分だけでも!」
「それはありがたい申し出だがいいのか。帰りが遅くなるかもしれん」
「自宅に帰ってやることといっても寝るくらいです。一人暮らしなので、遅くなっても誰にも咎められません」
「それなら暖簾を出してきてくれるか。場所はハルに案内させる。が、その前に」
男性が指を鳴らすと、莉亜の身体に赤と黒のチェック模様のエプロンが現れる。背中に下ろしていた黒髪はエプロンと同じ柄のリボンでするするとまとめられると、頭の上で一本のポニーテールが結ばれたのだった。
「急ごしらえだが、人の世界を真似て『えぷろん』とやらを見立てた。臨時とはいえ、お前もこの店の一員だからな。ハル、後は頼んだぞ」
男性はおにぎりを握る手を止めずに、莉亜と同じように黒地のエプロンを身に纏う。その姿がエプロン姿の推しを見ているようで、何かが込み上げてきそうになる。それをぐっと堪えて莉亜は礼を述べると、案内するように店の奥に入っていくハルの後に続いたのだった。
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