【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜

四片霞彩

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塩むすびは友との約束と忘れがたき味ー過去ー

【26】

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「神も大変なのだな。それならおれがお前の名前を調べてやる。まだ読んでいない古文書が蔵にはたんまりとある。その中に書かれて……」
「無駄だ。神の神名を書物に記すことは神代から不敬とされている。口述や祝詞で伝わっていない限り、誰も知らない」
「でも、お前がここにいるということは、誰かが神名を覚えているということだろう。父上か氏子だろうか……」
「口伝えならどこかで途絶えてもおかしくない。全ての人間から忘れ去られた時、地上から消えるのは神も同じ。それが自然の摂理だ。仕方あるまい。分かったのなら、早く帰って誰かに尋ねるがいい……」

 神は自分の神名を調べさせるのを口実として、男を帰らせようとした。少なくとも、明日までは戻って来ないだろう。誰かに聞くにしろ、古文書を調べるしろ、相当な時間が掛かるはずだ。男の父親である今の宮司でさえ、おそらく神の神名を知らない。神が唯一神名を教えた初代の宮司一族は、遥かな昔に途絶えてしまったのだから。
 この男は知らないかもしれないが、この神社を建立した初代の宮司一族は、数百年前に発生した大飢饉の際に極度の栄養失調とこの地に蔓延した疫病が原因で、一人残らず全滅している。
 最初はひどく痩せ細った宮司の娘が祓詞と共に恐る恐る神饌を持って来ていたが、途中から見知らぬ処女が神饌を持ってくるようになった。宮司の娘に何か異常があったのだと思っていたが、どうやらその間に宮司一族の者が全員倒れたらしい。その後は何人もの処女が代わる代わる神饌を奉納するようになり、しばらくして今の宮司一族が仕えるようになった。
 今の宮司一族は満足に引継ぎもされないまま、初代宮司一族の跡を任されたのだろう。ここ数代は落ち着いているが、最初は目も当てられない様子だった。それでもどうにか元に近い形にまで整えてくれたことに、神は密かに感謝している。
 ただ途中から急に後を任された様子なので、神の神名までは引き継がれなかっただろう。初代宮司一族が何らかの形で残していない限りは――。
 神の神名を見つけられなかったとしても、探そうとした労に報いて、神名を教えてやってもいいかもしれない。長きに渡り豊穣の神に仕え続ける宮司の一族に、改めて神名を教える気まぐれを起こすのもたまにはいいだろう。
 そんなことを鼻高々に考えていると、男は憐れむように眉を歪ませたのだった。
 
「自分の真名を忘れて、人の姿にもなれないというのは神も難儀なことだな。だが、そういうことなら話は早い」
「おれの名前と姿を貸してやる。丁度、おれの名前には漢字が二文字使われているからな。その内の一文字を貸してやろう。おれの姿も一緒に」
「ばっ、馬鹿なことを言うなっ!! キサマ、言っている意味が分かっているのかっ!? 神に名と姿を貸すなど、キサマを使役しろと言っているのも同然だぞ!?」

 名前というのは最も身近にある呪術だと言われている。その名前が縛るのはその者の身体だと。
 そのため、神に真名を教えた人間は神に身体を操られ、支配下に置かれると言われていた。神に名前と身体を貸すという行為は、自らの命を差し出すことと何も変わりない。自由を奪われ、神が解放するまで隷属することになる。それは神話の時代から有名な話であった。
 この話を知っているからこそ、これまで神は神饌を持って来ていた清き乙女たちの名前を誰一人知らなかった。神から問うことも、乙女たちから名乗ることもなかった。真名を知って、支配下に置いてしまわないように、または支配されないように。お互いに一定の距離を保っていた。
 全盛期以下の力しか持たない今の神にそこまでの拘束力は無いが、宮司の息子なら当然知っている話であろう。

「それくらい知っている。それでも目の前で困っている者を放っておけない。その者が、友になりたいと思う相手なら尚のこと」
「友など不要だ。我はこれからも一人で生きていく。キサマの手を借りるつもりはないっ!」
「おれの手も借りずにどうやって生きていくつもりだ。神饌を拒み続けたことで神名と姿を忘れた上に、神饌まで動物に盗られた間の抜けた神よ」
「忘れたわけでも、盗られたわけでもないっ! キサマは神の話というものを……!」
「神が人より後ろという訳にもいかないからな……。よし、お前には蓬晴ほうせいほうの字を貸してやる。そうだな……ホウというのは呼びづらいから、ヨモギとでも名乗るがいい。おれは後ろのはるの字からセイを名乗る。これからはそう名乗ってくれて構わないぞ、蓬」
「誰が名乗ってやるものかっ……!」

 その時、神の身体に変化が生じた。光の球は縦に伸びて、手足が形作られていく。顔に目や鼻ができ、頭からは黒い髪が伸びる。
 そうして光が霧散した時、神は黒い学生服を纏った若い男の姿になっていた。それは目の前で「これはしたり……」と一驚を喫した顔で呟いていた男――セイと瓜二つの姿であった。
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