【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜

四片霞彩

文字の大きさ
32 / 58
塩むすびは友との約束と忘れがたき味ー過去ー

【32】

しおりを挟む
 三人が出て行くと、部屋には蓬だけが残る。書き物机に広げられていた半紙には日付と何かの料理の感想、食材の名前がびっしりと書かれていた。見覚えのある手跡なので、セイが書き留めたもので間違いないだろう。流し読みしていた蓬だったが、あることに気付いて愕然とする。
 それぞれの日付の横には料理の感想が簡潔に記載されていたが、それはその日にセイが持って来た神饌に対する蓬の感想をまとめたものであり、食材はその日の神酒が入った味噌汁に使われていた具材であった。中には朱色の細字でセイの注釈がついており、「今日は機嫌が良かった。好みの味付けだったのかもしれない」や「あまり上手そうに食べていなかった。この味付けは好みではないのだろう」など書かれていたのであった。
 蓬が想像していた以上に、セイは蓬に心を砕いていたのだろう。先程の教授に皇神や神名について尋ねたのも、神名を思い出せないと嘘を吐いた蓬がきっかけだったに違いない。自分の意固地が原因でセイの時間まで蓬が奪っていた。
 それに気付かなかった自分はセイに何をした。セイの優しさに甘えて、好き放題に勝手なことを言い、もったいぶって名前と姿を返さずにいた。
 その結果、肉体から離れた魂を見失って、地上のどこかに存在するセイの魂さえ見つけることができない。
 意地を張り続けた結果、セイが作る神饌を褒めることも、友と呼ぶこともしなかった。
 本当はずっと前から認めていたというのに……。
 
「セイ……」

 初めて呼んだ友の名は、胸に刃を突き立てられたかのような痛みを伴って、身体中に響く。友とはこんな苦しい存在だっただろうか。蓬に友人はいなくても、人間たちが友と呼び合う姿はこれまで散々見てきた。
 友とはもっと温かく、柔らかなものではなかったのか。
 友の名を呼ぶ度に、自分の心に開いた穴に気付かされて、膿んだ傷口に塩を塗られるような疼痛を感じるものではなかったはずだ。
 蓬の過失が心に傷を創ってしまった。もっと早くセイを自分から解放するべきだった。この地を守る神として神饌を認めて、名前と姿を返し、遠くの神社の後継者となるセイを見送ってやるべきだったのだ。そうすれば、セイは自由に生きられた。蓬のことを忘れて、只人として生を全う出来ただろう。輪廻転生の輪から外れることもなく、来世を迎えられたに違いない。
 それら全てを蓬が壊してしまった。セイの自由も、未来さえも。何もかもを奪ってしまった。
 謝罪したいとこいねがっても、会いたいと渇望しても、今の蓬にはセイと会う術を何も持っていない。

(愚か者は我だったのだな。キサマから全てを奪い、何の望みも変えてやれなかった)
 
 頭の中が真っ白になりながらも自分を祀る本殿に戻った蓬は、次兄が供えたままになっていた神饌に目を落とす。セイよりも形が整った塩おにぎりはセイの母親が握ったものだろう。このような事態になっても神饌を忘れなかったのは、セイの願いを尊重したのか。
 セイの願い――早く蓬が神名と姿を取り戻し、この地を再び実り豊かな土地にして欲しい、という。
 すっかり固くなった塩おにぎりを蓬は齧る。セイの塩辛い味付けに比べたら食べやすい味付けだが、何故だか美味しいとは思えなかった。神酒が入っている味噌汁も同じ。神力が回復する気配も全くなく、ただ出されたから機械的に食べているだけという状態になってしまう。最終的には味わうこともせず、味噌汁で流し込むようにしてどうにか平らげたのだった。
 昨日までのセイが用意した神饌とは違って、神饌を食しても何も満たされなかった。ただ身体が重くなっただけで、美味いとも不味いとも思えない。セイが用意した神饌を食べていた時は心から味を感じて、心魂を動かされた。それを神饌の感想として伝えていたが、セイは全て書き留めていたのだろう。蓬がセイの神饌を認める、その日まで――。
 
 蓬は立ち上がると、眼下に広がる町を見下ろす。これまでセイの神饌を食べてきたことで、多少は神力が戻ってきている。豊穣の神としての全盛期ほどの力ではないが、これだけ回復していれば十分だろう。
 大切な友の願いを、に叶えられるくらいには。
 
「約束を果たすぞ、セイ。これで貸し借りは無しだ」
 
 真名を奪った神が消滅した時、奪われた真名は自動的に相手に戻るとされている。そのため、神代の頃は名前を奪われた人間が自らの名前を持つ神の命を狙ったという話もあった。
 蓬の場合、自分が消滅すれば、名前と姿は魂となったセイの元に返却される。そうすればセイの魂は蓬から解放され、輪廻転生の輪に向かう。転生したら蓬のことは忘れてしまうが、これからも友が幸せに過ごせるのならそれでいいと自分を納得させる。自分にはセイがいない寂しさや悲しみを語る資格はない。これは蓬が犯した罪の末路。清算するために必要なことだ。
 神に相応しくない態度を取り続けた自分の消滅が、己の全てを捧げてくれたセイに対する贖罪になるのなら、神として残された力の全て解き放とう。自分はどうなってもいい。たとえこのまま力を使い果たして、消えてしまったとしても。
 力を失った神である蓬が、友である人間のセイのために出来ることと言えば、これくらいしか無いのだから――。

(こんなことになるのなら、これまでの神饌を受け取っておくべきだったな……)
 
 セイが声を掛けてくるまで、セイの父親を始めとする幾人もの男が神饌を持ってきていたが、もしかするとその中にも蓬の神力を回復させる神饌があったかもしれない。今さら悔やんでも仕方ないが、自分の我を通す前に一度くらい確かめてみても良かった。
 蓬は言葉にならない叫び声と共に自分が持つ神力の全てを解き放つ。蓬を中心に神力が空気を震わせ、その衝撃で鳥たちが一斉に羽ばたき出す。耳鳴りのような音が辺りに響いたものの、それもすぐに消え、代わりに蓬の身体から神聖なる光が溢れ出る。この本殿を中心に波が起こったかのように、蓬が司る豊穣の神力が周囲に広がっていく手ごたえを感じたのだった。
 蓬の身体から力が抜けると、その場にくず折れる。神としての姿が光の粒子状に分解されていき、手足の先から徐々に消えていく。この光の粒子も蓬が解き放った神力と共に風に流されて遠くまで行き渡るのだろう。大地に活気を与え、実りと繁栄を約束させる。これであと数百年は豊作が続くに違いない。
 友の願いを叶えられたことに、満足げな笑みを浮かべる。この意識が消えた時、名前と姿はセイに返るだろう。これでセイは自由になれるはずだ。
 そんなことを考えていたからだろうか。目が閉じる寸前、大切な友の姿を見たような気がした。微かに「蓬」と呼ばれた声も聞こえたが気のせいだろう。唯一無二の友を恋しむあまり、幻を見たに違いない。
 そんなことを考えながら、蓬は意識を手放したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...