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こんなつもりじゃなかった【楓視点】
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あの日、橋の上で小春を見つけたのは本当に偶然が重なっただけだった。
小春には出張で来たと話したが、実際は自分の力量不足が原因で敗訴した依頼人に謝罪をする為に、あの県にやって来た。
当然、謝罪は受け入れてもらえず、「控訴はするが、弁護は他の弁護士に依頼する」とまで言われて、門前払いをされたのだった。
その事を当時の事務所の所長――執拗に孫娘との縁談を勧めてきた、に報告したところ、「それも弁護士としていずれは経験しなければならない事だから。若い内に経験を積めて良かったんじゃない」と軽くあしらわれただけであった。
所長はそれでもいいかもしれない。俺自身も。でも依頼人は何も救われていない。依頼人の役には何も役に立てなかった。弁護士としてそれだけが心残りであった。
そうやって心がわだかまったまま、謝罪が終わり、小春が住んでいた県にある法律事務所に就職した大学時代の同期の弁護士との食事の後、たまたま地方でも有数の自殺スポットとして有名な橋の上を車で走っていると、今にも身を投げようとしている小春の姿を見つけたのだった。
最初は自分が止めなくても、誰かが止めてくれるだろうと思っていた。ただ本当に止める人がいるのか心配で、小春から少し離れた場所で車を停めて様子を見ていた。ところが、数台の車や数人の通行人が通っても、自分以外の誰も小春を止める者がいなかったのだった。
この県ではこの場所で自殺を図る者は珍しくないのだろうか。それとも、よほど関わり合いたくないのか。
(これで良いのか……?)
俺が引き止めた方がいいのか迷っている間も、橋の欄干の上に立つ小春は、いつ飛び降りてもおかしくなかった。助けるとしたら、今しかない。
きっと助けなければ生涯に渡り、後悔をする事になるだろう。それこそ、依頼人の何の役にも立てなかった時と同じように……。
(良い訳がないだろう……!)
俺は車を小春に寄せて停車させると、すぐに車から飛び出して小春の元に向かい、声を掛ける。ここ数年は仕事関係以外で、女性と話した事がなかったので、どう声を掛ければいいのか迷ってしまう。しかし口をついて出たのは、何の捻りもない陳腐な言葉だった。
「そこで何をしているんですか?」
その時の小春の驚愕した顔は今でも忘れられない。腕を掴んで橋の欄干から降ろした後、抱き上げて車まで運んだが、あまりの軽さに女性とはこんなものなのかとまた驚嘆する。「家に帰りたくない」と言う小春を取り敢えずホテルに連れ帰ったのは良かったが、部屋を飛び出した後に、また身を投げようとしたので肝が冷えた。
嫌な予感がして追いかけて良かったと、今でもあの時の自分の行動力を称えたい。
再度、ホテルの部屋に連れ帰った時、咄嗟に契約結婚を提案してしまったが、あの時は何がなんでも小春をこの世に繋ぎ留めたくて必死だった。いつも発言には慎重になっている俺にしては、珍しく安易な言葉を言ったものだと後から思う。
所長が強引に勧めてくる縁談を丁重に断る為と理由をつけたが、小春と契約結婚をしなくても、自力でどうにか出来ない事もなかった。
小春に話した通り、確かに所長は亡くなった俺の祖父と懇意の仲であり、俺もパラリーガルの頃から世話になっていたが、祖父亡き今となっては、祖父の延長線上で付き合っているだけと言っても過言ではない。執拗に縁談を勧めてきてはいたが、断ってもさほど問題なかっただろう。
小春を部屋に連れ帰った後、騒ぎを聞きつけて部屋にやって来たホテルスタッフに事情を説明している間に、小春は寝てしまったようで、その後様子を見に行くと、ベッドに座った状態で、すやすやと寝息を立てていた。
穏やかな寝顔から、もう自死する事はないだろうと肩の力を抜くと、小春をベッドに寝かせて、風邪を引かないように布団を掛けた。体調を崩していると言っていたので、身体を冷やさない様に配慮しての事だった。
おそらく小春の体調不良の原因は、職場の労働環境やパワーハラスメントから来るストレスが原因だろうが、ここで風邪を引いて、更に心身に負担を掛ける様な事は避けたかった。そうなったら、今度こそ治るものも治らなくなるだろう
小春が寝やすい様にベッドを整えると、部屋の明かりを消した。予備のワイシャツを丸めて枕代わりにして、上着を布団の代わりにすると、床の上に横になって寝たのだった。
小春には出張で来たと話したが、実際は自分の力量不足が原因で敗訴した依頼人に謝罪をする為に、あの県にやって来た。
当然、謝罪は受け入れてもらえず、「控訴はするが、弁護は他の弁護士に依頼する」とまで言われて、門前払いをされたのだった。
その事を当時の事務所の所長――執拗に孫娘との縁談を勧めてきた、に報告したところ、「それも弁護士としていずれは経験しなければならない事だから。若い内に経験を積めて良かったんじゃない」と軽くあしらわれただけであった。
所長はそれでもいいかもしれない。俺自身も。でも依頼人は何も救われていない。依頼人の役には何も役に立てなかった。弁護士としてそれだけが心残りであった。
そうやって心がわだかまったまま、謝罪が終わり、小春が住んでいた県にある法律事務所に就職した大学時代の同期の弁護士との食事の後、たまたま地方でも有数の自殺スポットとして有名な橋の上を車で走っていると、今にも身を投げようとしている小春の姿を見つけたのだった。
最初は自分が止めなくても、誰かが止めてくれるだろうと思っていた。ただ本当に止める人がいるのか心配で、小春から少し離れた場所で車を停めて様子を見ていた。ところが、数台の車や数人の通行人が通っても、自分以外の誰も小春を止める者がいなかったのだった。
この県ではこの場所で自殺を図る者は珍しくないのだろうか。それとも、よほど関わり合いたくないのか。
(これで良いのか……?)
俺が引き止めた方がいいのか迷っている間も、橋の欄干の上に立つ小春は、いつ飛び降りてもおかしくなかった。助けるとしたら、今しかない。
きっと助けなければ生涯に渡り、後悔をする事になるだろう。それこそ、依頼人の何の役にも立てなかった時と同じように……。
(良い訳がないだろう……!)
俺は車を小春に寄せて停車させると、すぐに車から飛び出して小春の元に向かい、声を掛ける。ここ数年は仕事関係以外で、女性と話した事がなかったので、どう声を掛ければいいのか迷ってしまう。しかし口をついて出たのは、何の捻りもない陳腐な言葉だった。
「そこで何をしているんですか?」
その時の小春の驚愕した顔は今でも忘れられない。腕を掴んで橋の欄干から降ろした後、抱き上げて車まで運んだが、あまりの軽さに女性とはこんなものなのかとまた驚嘆する。「家に帰りたくない」と言う小春を取り敢えずホテルに連れ帰ったのは良かったが、部屋を飛び出した後に、また身を投げようとしたので肝が冷えた。
嫌な予感がして追いかけて良かったと、今でもあの時の自分の行動力を称えたい。
再度、ホテルの部屋に連れ帰った時、咄嗟に契約結婚を提案してしまったが、あの時は何がなんでも小春をこの世に繋ぎ留めたくて必死だった。いつも発言には慎重になっている俺にしては、珍しく安易な言葉を言ったものだと後から思う。
所長が強引に勧めてくる縁談を丁重に断る為と理由をつけたが、小春と契約結婚をしなくても、自力でどうにか出来ない事もなかった。
小春に話した通り、確かに所長は亡くなった俺の祖父と懇意の仲であり、俺もパラリーガルの頃から世話になっていたが、祖父亡き今となっては、祖父の延長線上で付き合っているだけと言っても過言ではない。執拗に縁談を勧めてきてはいたが、断ってもさほど問題なかっただろう。
小春を部屋に連れ帰った後、騒ぎを聞きつけて部屋にやって来たホテルスタッフに事情を説明している間に、小春は寝てしまったようで、その後様子を見に行くと、ベッドに座った状態で、すやすやと寝息を立てていた。
穏やかな寝顔から、もう自死する事はないだろうと肩の力を抜くと、小春をベッドに寝かせて、風邪を引かないように布団を掛けた。体調を崩していると言っていたので、身体を冷やさない様に配慮しての事だった。
おそらく小春の体調不良の原因は、職場の労働環境やパワーハラスメントから来るストレスが原因だろうが、ここで風邪を引いて、更に心身に負担を掛ける様な事は避けたかった。そうなったら、今度こそ治るものも治らなくなるだろう
小春が寝やすい様にベッドを整えると、部屋の明かりを消した。予備のワイシャツを丸めて枕代わりにして、上着を布団の代わりにすると、床の上に横になって寝たのだった。
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