78 / 88
ありがとうと、さようならと……
78
しおりを挟む
「……っ!」
急に寒気がして身体が大きく震えた。
その衝撃で涙が溢れて、洗面台に数粒が落ちる。溢れ落ちた涙は、蛇口から流れ出る水と共に排水溝に消えていく。
「……もう、解放しなきゃ」
楓さんを私から解放しよう。楓さんに私は相応しくない。成り行きで契約結婚した私は、取り返しがつかなくなる前にここで身を引くべきだろう。楓さんは優しいから、私の想いに答えてくれただけ。
いつまでも私の我が儘に付き合わせるべきではないし、いずれは付き合ってくれなくなる。そうなる前に楓さんの前から消えてしまおう。
大丈夫。離婚届を送ってきた楓さんの真意を知れて、指輪を貰えただけで、もう充分満たされている。
当初の契約結婚の予定通り、目的を果たしたのなら別れよう。幸いにして楓さんが送ってきた離婚届を持って来ている。日本に帰ったら真っ直ぐ区役所に行って、離婚届を提出しよう。こういうのも勢いが大切だから。
「楓さんのおかげで私は強くなった。……もう一人でも大丈夫」
小声で呟くと、鏡に映る自分の顔を指でなぞる。
好きだからこそ距離を置く。遠くから楓さんの活躍を祈り、見守ろう。弁護士として活躍する楓さんの姿を――。
私は蛇口を閉めて手を拭くと、バスルームを後にする。
明け方の外が白み始めたリビングルームに入ると、近くにあったメモパットからメモ用紙を一枚破ると、近くにあったボールペンを借りてペンを走らせたのだった。
しばらくして書き終わると、ペンを元の場所に戻す。
「ありがとうございました。そして――さようなら」
左手の指輪を外すと、メモ用紙と一緒にテーブルに置く。
――もしも、願いが叶うのなら、一度でいいから言われたかった。
楓さんの口から、好きと、愛している、と言われたかった。もしかしたら、起きたら言ってくれるかもしれない。でもそれを聞いたら、私の決心は鈍ってしまう。
離れたくないと――別れたくないと、楓さんの元に戻ってしまうだろう。
あの大きくて、温かい、まるで羽毛に包まれているかの様に心地良い楓さんの腕の中に――。
指輪とメモを目立つ様にテーブルの上に置き直すと、なるべく音を立てないに椅子から立ち上がる。
楓さんが起き出す前に行動に移そうと、寝る前にリビングルームに運んだ荷物に近くと、スーツケースの前に座る。
「良かった。昨日の内に荷造りをしておいて」
そうじゃなければ、今頃楓さんが起き出す前に、慌てて荷造りをする羽目になっていた。
一度だけベッドルームを振り返ると、小さく笑みを浮かべる。
そうして、着替えが入っているスーツケースのファスナーを開けたのだった。
急に寒気がして身体が大きく震えた。
その衝撃で涙が溢れて、洗面台に数粒が落ちる。溢れ落ちた涙は、蛇口から流れ出る水と共に排水溝に消えていく。
「……もう、解放しなきゃ」
楓さんを私から解放しよう。楓さんに私は相応しくない。成り行きで契約結婚した私は、取り返しがつかなくなる前にここで身を引くべきだろう。楓さんは優しいから、私の想いに答えてくれただけ。
いつまでも私の我が儘に付き合わせるべきではないし、いずれは付き合ってくれなくなる。そうなる前に楓さんの前から消えてしまおう。
大丈夫。離婚届を送ってきた楓さんの真意を知れて、指輪を貰えただけで、もう充分満たされている。
当初の契約結婚の予定通り、目的を果たしたのなら別れよう。幸いにして楓さんが送ってきた離婚届を持って来ている。日本に帰ったら真っ直ぐ区役所に行って、離婚届を提出しよう。こういうのも勢いが大切だから。
「楓さんのおかげで私は強くなった。……もう一人でも大丈夫」
小声で呟くと、鏡に映る自分の顔を指でなぞる。
好きだからこそ距離を置く。遠くから楓さんの活躍を祈り、見守ろう。弁護士として活躍する楓さんの姿を――。
私は蛇口を閉めて手を拭くと、バスルームを後にする。
明け方の外が白み始めたリビングルームに入ると、近くにあったメモパットからメモ用紙を一枚破ると、近くにあったボールペンを借りてペンを走らせたのだった。
しばらくして書き終わると、ペンを元の場所に戻す。
「ありがとうございました。そして――さようなら」
左手の指輪を外すと、メモ用紙と一緒にテーブルに置く。
――もしも、願いが叶うのなら、一度でいいから言われたかった。
楓さんの口から、好きと、愛している、と言われたかった。もしかしたら、起きたら言ってくれるかもしれない。でもそれを聞いたら、私の決心は鈍ってしまう。
離れたくないと――別れたくないと、楓さんの元に戻ってしまうだろう。
あの大きくて、温かい、まるで羽毛に包まれているかの様に心地良い楓さんの腕の中に――。
指輪とメモを目立つ様にテーブルの上に置き直すと、なるべく音を立てないに椅子から立ち上がる。
楓さんが起き出す前に行動に移そうと、寝る前にリビングルームに運んだ荷物に近くと、スーツケースの前に座る。
「良かった。昨日の内に荷造りをしておいて」
そうじゃなければ、今頃楓さんが起き出す前に、慌てて荷造りをする羽目になっていた。
一度だけベッドルームを振り返ると、小さく笑みを浮かべる。
そうして、着替えが入っているスーツケースのファスナーを開けたのだった。
11
あなたにおすすめの小説
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる