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蛍流の秘密と幼いころの約束
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「ここに貼られている新聞記事って、もしかして……」
「おれたちのように異なる世界からやって来た人間と……その人間が辿った末路についてまとめたものだ。新聞には載っていないが、官憲より先に人買いに捕まり、国内外に売り飛ばされた者も多いと聞く。特に若くて美しい女人は遊郭辺りに高く売れるからな」
時間が経って黄ばんだものから最近貼ったと思しきものまで。そこには海音たちと同じように国の各地に現れた異世界人と、その異世界人たちがその後どうなったかについて、文量や書き方もてんで違う新聞記事が所狭しとページを埋めていた。
異世界人に関する記事について共通していることは二つ。一つは、不審者として捕縛された後に、罪人たちと同じように炭坑や工場へ強制労働に従事させられるというもの。中には政府が所有する開拓地に送られた者もいるようだが、開拓地も炭坑や工場とほぼ同じ扱いだろう。
元の世界とは違って、この世界は労働者に対する労働環境や法律が整っていない。衛生環境は悪い上に低賃金で、休憩や休日といった概念はほとんど無いに等しい。ノルマが達成できなければ体罰や折檻を与えるのは当たり前のようで、灰簾家で世話になっている時に何度か見ている。帰る場所がある奉公人ならいいが、罪人にも等しい異世界人が仕事を辞めることなど許されはずもなく、奴隷も同然に死ぬまで酷使されるに違いない。
もう一つは、元の世界に戻れた者はいないということ。記事によっては異世界人の名前が実名で載っており、その者の名前を辿るとしばらくして没したと書かれていた。死因は人によるが、元の世界とは全く異なる劣悪な環境下での強制労働で心身に異常を来たし、その結果頓死や客死したとしてもおかしくない。
「この屋敷に来たばかりの頃に話したことを覚えているか。この世界の人たちは余所者に厳しいということ。余所者は余所者でも、他国の民にはここまで酷い扱いをしない。彼らが厳しいのは異なる世界から来た者だけだ」
「どうして……ここまで扱いが酷いんですか? だって住む世界は違っても、同じ人間なのに……」
「……この世界では異なる世界から人が来た時、出現した土地には災いが起こると言われている。災害、飢饉、疫病……いずれにしても凶兆を及ぼす、不吉な存在として忌み嫌われて、村八分のような目に遭わされる。師匠はそんな異世界人の扱いに心をずっと痛めていた。それはおれと暮らし始めてからますます強くなったのだろうな。こうして新聞記事を切り抜いて一つにまとめ始めたのもおれと暮らし始めてからだ。おれのことを弟子ではなく、もう一人の息子として育ててくれたのも、おそらく異なる世界から現れたというおれの出自を周囲に知られないため。次代の青龍の形代がどこの馬の骨とも知らない異世界人だと知った青の地の民たちの怒りの矛先から守ろうとしてくれたに違いない」
蛍流が父親となった師匠から並々ならぬ愛情を注がれたかは普段の姿を見ていれば分かる。これまで海音に向けてくれた数々の仁愛は、師匠から教えられたものなのだろう。蛍流自身の性格も関係しているだろうが、その根幹を作ったのは間違いなく蛍流を育てた師匠だ。
そんな蛍流と師匠の関係からは、師弟愛以上の恩愛を感じられる。二人は本当に血を分けた親子同然の深い信頼関係で結ばれていたのだろう。
けれども今はその与えられた愛の分だけ、蛍流は師匠と自分を比べては自身の力不足を痛感して酷く藻掻き苦しんでいる。
「それ故におれは自分の出自を誰にも知られるわけにはいかなかった。この青の地を治める形代が異世界から来た人間で、そして異世界から来た人間だからこそ、この地を満足に統治することが出来ないなどと思われるわけにも……。そんなことをしたら我が子のように育ててくれた師匠の顔に泥を塗ることになる。歴代の青龍の形代たちにも合わせる顔がない! 自分が謗られ、罵られるだけなら良い。だが師匠を始めとする歴代の青龍たちの功績や栄誉を傷付けることだけは、断じてあってはならない……っ! それでは師匠の命を奪っただけではなく、青龍とひいてはこの国そのものを穢すためにやってきた疫病神も同然だ!」
語気を強めてはっきりと断言した蛍流に合わせるように、先程まで晴れていた青空に突如として暗雲が立ち込め始める。蛍流の言った通り、感情の起伏と天候が連動しているのだろう。青龍が持つ神気の影響を目の当たりにして、これには海音も絶句してしまう。
何とかして雨が降り出す前に宥めた方がいいのだろうかと、遠くで春雷が鳴り始めた灰色の空と蛍流を交互に見比べながら考えている内に、蛍流自身も空を覆う黒雲に気付いたようだった。昂る激情を鎮めようと、眉間に皺を寄せたまま息を大きく吸い込んでは深呼吸を繰り返す。
やがて落ち着いたのか雲の切れ間から青い天穹が見え隠れするようになった頃、蛍流は掌を自身の胸に押し付ける。そうして安堵の息を吐くと、「すまない」と短い謝罪と共に再び口を開いたのだった。
「急に声を荒げた上に、折角の春空が変わって驚かせてしまったな」
「いいえ……。これが青龍の力なんですね。天気にまで影響するからって、本当に怒ることや泣くこと、笑うことも出来ないなんて……」
「歴代の青龍の記録を漁ったが、青龍の感情の昂りが天候にまで影響を及ぼしたという記録はどこにも無かった。雲嵐殿を通じて他の七龍たちに尋ねても、結果は同じ。やはり異世界から来た人間が今代の青龍という前代未聞の事態になっているからか、この土地は少々おかしなことになっているのかもしれない」
自分を卑下するように乾いた笑みを浮かべたものの、その顔は苦渋に満ちていた。蛍流自身もこれまでずっと苦しんでいたのだろう。
青龍の形代としての務めがどれほど大きいものなのか、海音には想像しか出来ない。それでも師匠の跡を継いでから今もなお、蛍流が並々ならぬプレッシャーと責任感を抱えていることだけは肌で感じられる。
「おれたちのように異なる世界からやって来た人間と……その人間が辿った末路についてまとめたものだ。新聞には載っていないが、官憲より先に人買いに捕まり、国内外に売り飛ばされた者も多いと聞く。特に若くて美しい女人は遊郭辺りに高く売れるからな」
時間が経って黄ばんだものから最近貼ったと思しきものまで。そこには海音たちと同じように国の各地に現れた異世界人と、その異世界人たちがその後どうなったかについて、文量や書き方もてんで違う新聞記事が所狭しとページを埋めていた。
異世界人に関する記事について共通していることは二つ。一つは、不審者として捕縛された後に、罪人たちと同じように炭坑や工場へ強制労働に従事させられるというもの。中には政府が所有する開拓地に送られた者もいるようだが、開拓地も炭坑や工場とほぼ同じ扱いだろう。
元の世界とは違って、この世界は労働者に対する労働環境や法律が整っていない。衛生環境は悪い上に低賃金で、休憩や休日といった概念はほとんど無いに等しい。ノルマが達成できなければ体罰や折檻を与えるのは当たり前のようで、灰簾家で世話になっている時に何度か見ている。帰る場所がある奉公人ならいいが、罪人にも等しい異世界人が仕事を辞めることなど許されはずもなく、奴隷も同然に死ぬまで酷使されるに違いない。
もう一つは、元の世界に戻れた者はいないということ。記事によっては異世界人の名前が実名で載っており、その者の名前を辿るとしばらくして没したと書かれていた。死因は人によるが、元の世界とは全く異なる劣悪な環境下での強制労働で心身に異常を来たし、その結果頓死や客死したとしてもおかしくない。
「この屋敷に来たばかりの頃に話したことを覚えているか。この世界の人たちは余所者に厳しいということ。余所者は余所者でも、他国の民にはここまで酷い扱いをしない。彼らが厳しいのは異なる世界から来た者だけだ」
「どうして……ここまで扱いが酷いんですか? だって住む世界は違っても、同じ人間なのに……」
「……この世界では異なる世界から人が来た時、出現した土地には災いが起こると言われている。災害、飢饉、疫病……いずれにしても凶兆を及ぼす、不吉な存在として忌み嫌われて、村八分のような目に遭わされる。師匠はそんな異世界人の扱いに心をずっと痛めていた。それはおれと暮らし始めてからますます強くなったのだろうな。こうして新聞記事を切り抜いて一つにまとめ始めたのもおれと暮らし始めてからだ。おれのことを弟子ではなく、もう一人の息子として育ててくれたのも、おそらく異なる世界から現れたというおれの出自を周囲に知られないため。次代の青龍の形代がどこの馬の骨とも知らない異世界人だと知った青の地の民たちの怒りの矛先から守ろうとしてくれたに違いない」
蛍流が父親となった師匠から並々ならぬ愛情を注がれたかは普段の姿を見ていれば分かる。これまで海音に向けてくれた数々の仁愛は、師匠から教えられたものなのだろう。蛍流自身の性格も関係しているだろうが、その根幹を作ったのは間違いなく蛍流を育てた師匠だ。
そんな蛍流と師匠の関係からは、師弟愛以上の恩愛を感じられる。二人は本当に血を分けた親子同然の深い信頼関係で結ばれていたのだろう。
けれども今はその与えられた愛の分だけ、蛍流は師匠と自分を比べては自身の力不足を痛感して酷く藻掻き苦しんでいる。
「それ故におれは自分の出自を誰にも知られるわけにはいかなかった。この青の地を治める形代が異世界から来た人間で、そして異世界から来た人間だからこそ、この地を満足に統治することが出来ないなどと思われるわけにも……。そんなことをしたら我が子のように育ててくれた師匠の顔に泥を塗ることになる。歴代の青龍の形代たちにも合わせる顔がない! 自分が謗られ、罵られるだけなら良い。だが師匠を始めとする歴代の青龍たちの功績や栄誉を傷付けることだけは、断じてあってはならない……っ! それでは師匠の命を奪っただけではなく、青龍とひいてはこの国そのものを穢すためにやってきた疫病神も同然だ!」
語気を強めてはっきりと断言した蛍流に合わせるように、先程まで晴れていた青空に突如として暗雲が立ち込め始める。蛍流の言った通り、感情の起伏と天候が連動しているのだろう。青龍が持つ神気の影響を目の当たりにして、これには海音も絶句してしまう。
何とかして雨が降り出す前に宥めた方がいいのだろうかと、遠くで春雷が鳴り始めた灰色の空と蛍流を交互に見比べながら考えている内に、蛍流自身も空を覆う黒雲に気付いたようだった。昂る激情を鎮めようと、眉間に皺を寄せたまま息を大きく吸い込んでは深呼吸を繰り返す。
やがて落ち着いたのか雲の切れ間から青い天穹が見え隠れするようになった頃、蛍流は掌を自身の胸に押し付ける。そうして安堵の息を吐くと、「すまない」と短い謝罪と共に再び口を開いたのだった。
「急に声を荒げた上に、折角の春空が変わって驚かせてしまったな」
「いいえ……。これが青龍の力なんですね。天気にまで影響するからって、本当に怒ることや泣くこと、笑うことも出来ないなんて……」
「歴代の青龍の記録を漁ったが、青龍の感情の昂りが天候にまで影響を及ぼしたという記録はどこにも無かった。雲嵐殿を通じて他の七龍たちに尋ねても、結果は同じ。やはり異世界から来た人間が今代の青龍という前代未聞の事態になっているからか、この土地は少々おかしなことになっているのかもしれない」
自分を卑下するように乾いた笑みを浮かべたものの、その顔は苦渋に満ちていた。蛍流自身もこれまでずっと苦しんでいたのだろう。
青龍の形代としての務めがどれほど大きいものなのか、海音には想像しか出来ない。それでも師匠の跡を継いでから今もなお、蛍流が並々ならぬプレッシャーと責任感を抱えていることだけは肌で感じられる。
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