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蛍流の秘密と幼いころの約束
【58】
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「教えられた道を歩いていたつもりが、いつの間にか二人揃って迷っていた。教えられた道というのが、取り立てて特徴の無い住宅街だったというのもあるだろう。手を引く少女は変わらず泣いており、おれまで泣きたくなってきた頃になって目の前に鳥居と石段が現れたのだ」
歩き疲れた蛍流は少女と共に石段に腰掛けると、少女を待たせている間に近くの民家で電話を借りて、父の側にいるはずの清水に電話を掛けて迎えを頼もうとした。しかし傍らの少女は、握っていた蛍流の手を離さなかった。
「足が棒のようになっていたのは少女も同じ。それでもおれの手を握ったまま、声を上げて泣き続けた。そんな状態の少女を放っておくことも出来ず、おれはずっと側についていたが、やがて後ろを振り向いて鳥居を見た瞬間に閃いたのだ」
「神社の人に助けを求めようとしたんですか?」
「その神社には誰も住んでいなかったが、他の神社と同じように参拝できるようになっていた。少しでも少女の気を紛らわせたい一心で、神頼みを提案したのだ」
少女と共に石段を登った先にあったのは、古びた木製の拝殿と年季の入った賽銭箱が印象的な古い神社であった。鳥居をくぐった時から感じていた神聖な空気は賽銭箱の奥の拝殿から流れてきているようで、犯しがたい清浄な空間の中に蛍流たちは佇んでいた。
「その時になっておれは自分が小銭を持っていないことに気付いた。少女に尋ねたところ、偶然にもポケットから十円玉が一枚転がり出てきたが、ここで次の問題が起こった」
「他に問題なんて無いような気がしますが……。何が起こったんですか?」
「『十円玉は縁が遠のく』という話を聞いたことはないか? 参拝には五円玉を使うと清水に聞いて知っていた。『ご縁があるように』という意味を込めて、五円玉を賽銭箱に入れるのだと……。おれは躊躇したが、今度は少女が提案してきたのだ。『二人でお願い事をすれば、一人五円になるから大丈夫』だと」
一枚の十円玉を五円にするため、少女はそれぞれ願い事をすることを蛍流に持ちかけた。けれども今度は蛍流側に問題が起きてしまう。この時の蛍流には特に願う事は無かったからであった。
「願い事が何も無いことを話すと、少女は自分が母の無事を願うように、おれは自分の家族のことを願えばいいと勧めてくれた。けれどもその時のおれは少々ひねくれていてな。産まれてくる弟妹に両親を奪われてしまうような気がして、まだ弟か妹かも分からない新しい家族に嫉妬していたのだ。到底家族のことを願う気にはなれず、別の願い事を考えたが、その話を聞いた少女に怒られてしまった。『せっかくお兄ちゃんになれるのに、どうして嬉しくないのか』とな」
一人っ子だという少女は友人たちが幼い弟妹と遊んでいる姿を見て、弟妹の存在に強い憧れを抱いていたという。しかし母親の病気が発覚したことで、治療に専念するため、二人目以降の子供は諦めなければならなくなったという話を、両親と医師がしているのを聞いてしまったらしい。
「おれは弟妹に両親が奪われてしまうことばかり恐れていたが、少女は弟妹と一緒にどんな遊びが出来るのかを延々と説いていた。春は一緒に桜を見に行き、夏は海に行って花火をして、冬は雪合戦をして雪だるまを作る。他愛のないことで喧嘩をしたと思えばすぐに仲直りをして、明日はどんな遊びをしようか隣り合わせに敷いた布団で横になりながら語り合う。そうやって弟妹と過ごせるのが、羨ましいとまで言われた。……今思えば少女の言う通りだったな。ここに来た後、少女に言われたことを兄も同然の茅晶と一緒に経験した。気兼ねしなくていい分、学友たちと過ごすのとはまた違った楽しさがあったな」
「私も一人っ子なので兄弟がいる楽しさは分かりませんが……。でも一度で良いから、『お姉ちゃん』なんて呼ばれてみたかったです」
「そうだな。おれは一度も茅晶のことを兄と呼ばなかったが、一度くらいは呼んでも良かったかもしれない。茅晶本人はずっと『兄』と呼ばれることを求めていたからな。その度に師匠に注意されて、おれもどこかで意地を張って呼ばずじまいだった……」
大きく息を吐いた蛍流は、また空を見上げては少女との出会いに想いを馳せる。
「結局、少女に説得されてほんの少しだけ弟妹に対して期待を膨らませたことで、家族について願うことを決めると、少女と共に十円玉を投げ入れて二人で鈴を鳴らした。少女は母親の病気快癒を、おれは弟妹が無事に産まれることと――少女が再び心から笑える日が訪れることを神に頼んだ」
一枚の硬貨で願いを分かち合った二人は神社を後にすると、近くの民家に事情を説明して電話機を借りた。架電先の清水はどうやら蛍流の姿が見えないことに気付いていたようで、蛍流が訳を話すと父親が気付く前に迎えに来てくれることになった。
民家の場所を伝えて、清水が到着するまでの間、蛍流は少女と例の約束を交わしたのだった。
「どちらから言い出したかは覚えていないが、『今日悲しいことでたくさん泣いたら、明日は楽しいことでたくさん笑う』という約束をこの時に交わした。おれは少女に元気を出してもらうために、おそらく少女は産まれてくる弟妹に両親を取られると落ち込んでいるおれを勇気づけるために」
それからすぐに清水が車で迎えに来たので、蛍流たちは少女の母親が入院するという病院まで送り届けた。
病院の前に車を停めて少女を中まで送り届けようとしたところで、病院の入り口では顔を真っ青にした男性が誰かを探すようにおろおろと辺りを見渡していた。挙動不審にも見える男性に向かって、少女が「お父さん!」と呼びかけながら駆け寄ったことで、蛍流はこの男性が少女の父親だと気付いたのだった。
歩き疲れた蛍流は少女と共に石段に腰掛けると、少女を待たせている間に近くの民家で電話を借りて、父の側にいるはずの清水に電話を掛けて迎えを頼もうとした。しかし傍らの少女は、握っていた蛍流の手を離さなかった。
「足が棒のようになっていたのは少女も同じ。それでもおれの手を握ったまま、声を上げて泣き続けた。そんな状態の少女を放っておくことも出来ず、おれはずっと側についていたが、やがて後ろを振り向いて鳥居を見た瞬間に閃いたのだ」
「神社の人に助けを求めようとしたんですか?」
「その神社には誰も住んでいなかったが、他の神社と同じように参拝できるようになっていた。少しでも少女の気を紛らわせたい一心で、神頼みを提案したのだ」
少女と共に石段を登った先にあったのは、古びた木製の拝殿と年季の入った賽銭箱が印象的な古い神社であった。鳥居をくぐった時から感じていた神聖な空気は賽銭箱の奥の拝殿から流れてきているようで、犯しがたい清浄な空間の中に蛍流たちは佇んでいた。
「その時になっておれは自分が小銭を持っていないことに気付いた。少女に尋ねたところ、偶然にもポケットから十円玉が一枚転がり出てきたが、ここで次の問題が起こった」
「他に問題なんて無いような気がしますが……。何が起こったんですか?」
「『十円玉は縁が遠のく』という話を聞いたことはないか? 参拝には五円玉を使うと清水に聞いて知っていた。『ご縁があるように』という意味を込めて、五円玉を賽銭箱に入れるのだと……。おれは躊躇したが、今度は少女が提案してきたのだ。『二人でお願い事をすれば、一人五円になるから大丈夫』だと」
一枚の十円玉を五円にするため、少女はそれぞれ願い事をすることを蛍流に持ちかけた。けれども今度は蛍流側に問題が起きてしまう。この時の蛍流には特に願う事は無かったからであった。
「願い事が何も無いことを話すと、少女は自分が母の無事を願うように、おれは自分の家族のことを願えばいいと勧めてくれた。けれどもその時のおれは少々ひねくれていてな。産まれてくる弟妹に両親を奪われてしまうような気がして、まだ弟か妹かも分からない新しい家族に嫉妬していたのだ。到底家族のことを願う気にはなれず、別の願い事を考えたが、その話を聞いた少女に怒られてしまった。『せっかくお兄ちゃんになれるのに、どうして嬉しくないのか』とな」
一人っ子だという少女は友人たちが幼い弟妹と遊んでいる姿を見て、弟妹の存在に強い憧れを抱いていたという。しかし母親の病気が発覚したことで、治療に専念するため、二人目以降の子供は諦めなければならなくなったという話を、両親と医師がしているのを聞いてしまったらしい。
「おれは弟妹に両親が奪われてしまうことばかり恐れていたが、少女は弟妹と一緒にどんな遊びが出来るのかを延々と説いていた。春は一緒に桜を見に行き、夏は海に行って花火をして、冬は雪合戦をして雪だるまを作る。他愛のないことで喧嘩をしたと思えばすぐに仲直りをして、明日はどんな遊びをしようか隣り合わせに敷いた布団で横になりながら語り合う。そうやって弟妹と過ごせるのが、羨ましいとまで言われた。……今思えば少女の言う通りだったな。ここに来た後、少女に言われたことを兄も同然の茅晶と一緒に経験した。気兼ねしなくていい分、学友たちと過ごすのとはまた違った楽しさがあったな」
「私も一人っ子なので兄弟がいる楽しさは分かりませんが……。でも一度で良いから、『お姉ちゃん』なんて呼ばれてみたかったです」
「そうだな。おれは一度も茅晶のことを兄と呼ばなかったが、一度くらいは呼んでも良かったかもしれない。茅晶本人はずっと『兄』と呼ばれることを求めていたからな。その度に師匠に注意されて、おれもどこかで意地を張って呼ばずじまいだった……」
大きく息を吐いた蛍流は、また空を見上げては少女との出会いに想いを馳せる。
「結局、少女に説得されてほんの少しだけ弟妹に対して期待を膨らませたことで、家族について願うことを決めると、少女と共に十円玉を投げ入れて二人で鈴を鳴らした。少女は母親の病気快癒を、おれは弟妹が無事に産まれることと――少女が再び心から笑える日が訪れることを神に頼んだ」
一枚の硬貨で願いを分かち合った二人は神社を後にすると、近くの民家に事情を説明して電話機を借りた。架電先の清水はどうやら蛍流の姿が見えないことに気付いていたようで、蛍流が訳を話すと父親が気付く前に迎えに来てくれることになった。
民家の場所を伝えて、清水が到着するまでの間、蛍流は少女と例の約束を交わしたのだった。
「どちらから言い出したかは覚えていないが、『今日悲しいことでたくさん泣いたら、明日は楽しいことでたくさん笑う』という約束をこの時に交わした。おれは少女に元気を出してもらうために、おそらく少女は産まれてくる弟妹に両親を取られると落ち込んでいるおれを勇気づけるために」
それからすぐに清水が車で迎えに来たので、蛍流たちは少女の母親が入院するという病院まで送り届けた。
病院の前に車を停めて少女を中まで送り届けようとしたところで、病院の入り口では顔を真っ青にした男性が誰かを探すようにおろおろと辺りを見渡していた。挙動不審にも見える男性に向かって、少女が「お父さん!」と呼びかけながら駆け寄ったことで、蛍流はこの男性が少女の父親だと気付いたのだった。
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