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ミチカが向かったのは地下室だった。
夕方、床につけておいた目印を見つけると、そこを中心にして大きく魔法陣を描いた。
送還用の魔法陣である。
今夜をもってアーシュとの契約を終わらせ、彼を元の世界に送還する。
(これでいいわ)
本来、送還魔法は魔法陣の中に対象の魔族を配置しなければならない。だが、眠っているアーシュをこの地下室まで運ぶのはさすがに難しい。
そこでミチカは教本を何度も読み、考えた。
アーシュを寝室に置いたまま送還する方法を。
(たぶん、うまくいく。理論上は)
呪文を唱えれば、アーシュは元の世界に送還されるはずだ。もたもたしているうちに彼が起きてしまっては意味がない。
二度と同じ手は通用しないだろう。
迷っている暇などないのだ。
「胸が痛いのは罪悪感でしょうか……。しかし彼は魔王なのです。人として、世界征服に加担するわけにはいきません」
使い魔を召喚するには、その魔族よりも強い精神力を持たなければならない。
その意味がようやく分かった。
魔族は欲の強い生き物だ。あの手この手で主人を惑わして籠絡し、己の欲望を果たそうとする。それを封じて初めてまともに使役できるのだ。
今でさえ、アーシュを制御できているとは言いがたいというのに、これからはさらに自信がなかった。
「感傷的になってはいけないわ。さっさとやるべきことをやらねば!」
ミチカはスウッと息を深く吸い込んだ。
「漆黒の炎に讃えられしものよ
幾千もの時の欠片を集め
満ちたる月にその姿をうつせ
いま、漆黒の闇へ汝を帰さん……!」
一閃の光とともに魔法陣から勢いよく煙が立ち上がり、天井を突き抜けて消えていく。
やがて訪れた静寂にミチカは大きなため息をついて、その場にしゃがみこんだ。脚がまだかすかに震えている。
張りつめていた緊張が一気に解けていった。
「送還するには、魔法陣の中に魔族を配置しなければならない。しかし、魔族が魔法陣に接触している必要はない……。のであれば、階が違っても、魔法陣の位置に対象がいればいいわけです」
地下室の床についた目印。
それは、二階の寝室にあるベッドの位置だった。
ちょうどその目印が中心に来るように魔法陣を描いたので、階を隔てて垂直軌道上に魔族を配置したことになる。
反則的な技だが、これでベッドで眠っているアーシュを無事元の世界に帰せたはずである。
「なるほど、考えたものだな。さすが我が主だ」
「ええ。この地下室の真上に寝室があって助かりました」
「正確に位置を測るのは大変だっただろう?」
「本当に。一ミリ単位のズレもなく何度も……………………」
さあっと血の気がひいていく。
誰と、話しているのだろう。
「ああ、それで夕刻私を街へ買い物に行かせたのだな? 珍しく主が苺を食べたいなどと可愛らしい願いを言うものだから、街どころか国境付近の農園まで行ってしまったぞ」
その声は、たった今送り返したはずの使い魔だった。
まさかと思って勢いよく振り返れば、その声の主が笑みをたたえて佇んでいた。
夕方、床につけておいた目印を見つけると、そこを中心にして大きく魔法陣を描いた。
送還用の魔法陣である。
今夜をもってアーシュとの契約を終わらせ、彼を元の世界に送還する。
(これでいいわ)
本来、送還魔法は魔法陣の中に対象の魔族を配置しなければならない。だが、眠っているアーシュをこの地下室まで運ぶのはさすがに難しい。
そこでミチカは教本を何度も読み、考えた。
アーシュを寝室に置いたまま送還する方法を。
(たぶん、うまくいく。理論上は)
呪文を唱えれば、アーシュは元の世界に送還されるはずだ。もたもたしているうちに彼が起きてしまっては意味がない。
二度と同じ手は通用しないだろう。
迷っている暇などないのだ。
「胸が痛いのは罪悪感でしょうか……。しかし彼は魔王なのです。人として、世界征服に加担するわけにはいきません」
使い魔を召喚するには、その魔族よりも強い精神力を持たなければならない。
その意味がようやく分かった。
魔族は欲の強い生き物だ。あの手この手で主人を惑わして籠絡し、己の欲望を果たそうとする。それを封じて初めてまともに使役できるのだ。
今でさえ、アーシュを制御できているとは言いがたいというのに、これからはさらに自信がなかった。
「感傷的になってはいけないわ。さっさとやるべきことをやらねば!」
ミチカはスウッと息を深く吸い込んだ。
「漆黒の炎に讃えられしものよ
幾千もの時の欠片を集め
満ちたる月にその姿をうつせ
いま、漆黒の闇へ汝を帰さん……!」
一閃の光とともに魔法陣から勢いよく煙が立ち上がり、天井を突き抜けて消えていく。
やがて訪れた静寂にミチカは大きなため息をついて、その場にしゃがみこんだ。脚がまだかすかに震えている。
張りつめていた緊張が一気に解けていった。
「送還するには、魔法陣の中に魔族を配置しなければならない。しかし、魔族が魔法陣に接触している必要はない……。のであれば、階が違っても、魔法陣の位置に対象がいればいいわけです」
地下室の床についた目印。
それは、二階の寝室にあるベッドの位置だった。
ちょうどその目印が中心に来るように魔法陣を描いたので、階を隔てて垂直軌道上に魔族を配置したことになる。
反則的な技だが、これでベッドで眠っているアーシュを無事元の世界に帰せたはずである。
「なるほど、考えたものだな。さすが我が主だ」
「ええ。この地下室の真上に寝室があって助かりました」
「正確に位置を測るのは大変だっただろう?」
「本当に。一ミリ単位のズレもなく何度も……………………」
さあっと血の気がひいていく。
誰と、話しているのだろう。
「ああ、それで夕刻私を街へ買い物に行かせたのだな? 珍しく主が苺を食べたいなどと可愛らしい願いを言うものだから、街どころか国境付近の農園まで行ってしまったぞ」
その声は、たった今送り返したはずの使い魔だった。
まさかと思って勢いよく振り返れば、その声の主が笑みをたたえて佇んでいた。
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