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「アーシュ……!」
「なんだ? 聡明なる我が主よ」
「なぜ……だって、いまわたくしは送還の呪文を……! でも今ここにアーシュがいるということは、ベッドにはいないわけで…………つまり」
————失敗だ。
「気を落とすな、主よ。私がベッドにいれば、送り返されていただろう。アイデアは悪くなかった」
アーシュはミチカの肩をぽんと叩いて慰めた。
「薬を多めに飲ませましたのに……」
「睡眠薬か? あんなものこの魔王に効くわけがない。人間が風邪薬を飲んだ程度の眠気だろうよ」
「でも、でも、確かに眠っていました!」
アーシュはかたちの良い眉を切なげに寄せた。
「あれは、主がイタズラしてくれるのかと思って寝たふりをしていたのだ。そして期待どおり、主はこの浅ましい奴隷に甘美なイタズラを仕掛けてくれた。寝たふりを続けるのがどれだけ大変だったことか、主人には想像もできないだろうな……」
「イタズラ……」
なるほど、両親はあの薬をああやって使うのか。
と、変なところで納得したものの、この状況はそうじゃない。
非常に、非常に気まずかった。
「あれはですね……」
「だが、主は、放置プレイという罪なる戯れを仕掛け、この豚奴隷の私をさらに悦び悶えさせたのだ。そして、それどころかまさかこんな企てまで……。私の予想のはるか上をいく行動力。さすがこの魔王の主の器だと褒めるしかない」
自らを抱きしめるようにしてうっとりと陶酔するアーシュに、ミチカはおそるおそる声をかけた。
「アーシュ……怒っていないのですか? 勝手にあなたを送還しようとしたことを」
「怒る? いいや。主が私を返品しようとしたことは怒ってはいないぞ」
「返品って言うんですか」
「使い魔ジョークだ。人間が言ってはならぬぞ」
「はい」
アーシュは床に落ちていた教本を拾い手でほこりを払うと、先程とは打って変わって落ち着いたトーンで呟いた。
「……怒ってはいないがな、まあ少しは傷ついた」
ミチカの胸がずきん、と痛む。
どう言い繕っても、ミチカのやろうとしたことは裏切りと取られても仕方がない。
言い訳する気はなかった。
「ごめんなさい、アーシュ」
「気にするな。おまえにはおまえの都合があるのだろう。私が私の都合で勝手に傷つくこととは関係がないのだ」
「アーシュ……」
大丈夫だ、とアーシュは寂しげに微笑んだ。
こんなに優しい使い魔だったろうか。
アーシュを帰し損なったのに、ミチカはどこかでほっとしている自分に戸惑う。心の中では複雑な感情がせめぎ合っていた。
「ところで主はこの教本を全て読んだのか?」
「いいえ。召喚と送還の項目だけです。時間がなくて」
「ああ、なるほどな。我が主は詰めが甘くてなんと可愛らしいのだろう」
「え?」
アーシュは教本のページをぱらぱらめくると、契約の項目を開いてミチカに差し出した。
「ほら、ここを読んでみろ。人間が、魔族の同意なく送還しようとした場合、この続きだ。なんと書いてある?」
「え、っと。——契約違反とみなし、人間にはペナルティが与えられる。すなわち魔族の命令を一つ聞かなければならない……」
にっとアーシュの笑みが深まった。
「…………と、ここまでが主の台本なのだろう? 我が主は本当に役者で困る」
「え? え?」
「わざとルールを破り、立場を入れ替えてしまうとは、いやまったく、おそれいったぞ」
「え、あの、命令……って、アーシュがわたくしに!?」
「そうだ。このペナルティは強制力を持って執行されるからな。残念ながら私も拒むことはできないのだ。しかし大丈夫だぞ、主。私は心優しき魔王だ。無体な命令はせぬからな」
美しく穏やかな顔は変わらないが、アーシュがはしゃいでいるのはよくわかった。
「ま、まって……! まって」
「無体な方がいいのか?」
「いいえ!」
ミチカは真っ青になった。
(アーシュこそ、どこからどこまでが本音だったの? わたくしの罪悪感を返してください! いいえ、そんなことよりもペナルティなんて……。絶対に悪用されるではないですか!)
すべてが裏目に出てしまった。
世界征服という野望を持つアーシュがミチカに命令できる立場となってしまう。それはつまり、すでに世界征服の許可を与えてしまったも同然なのだ。
すうっと血の気がひき、指先まで冷たくなるのを感じた。
「実を言うと、私は今までこの時を待っていたのだ。まさかこんなにも早く……いや、それよりも覚悟はよいな、主よ。私の命令はもとより決まっている」
「待ってください! アーシュ、お願いです! 世界征服だけはどうか考え直してください!!」
アーシュはミチカの顎を掬い、上向かせた。
アメジストの瞳が、怯えるミチカをまっすぐ見つめる。
「私に、すべてを捧げよ」
アーシュの瞳が細まり、熱のこもった視線をミチカに注いだ。
「私に、おまえのすべてを捧げよ」
「アーシュ……っ」
しかしその言葉は、自分のせいで世界が征服されてしまうという恐怖に取りつかれたミチカには届いていなかった。
「ダメですお願い、取り消して! 世界征服だけはダメです……ッ!!」
「そうではない。おまえのすべてをいただく、と言った」
「世界征服だけは!! 許してください!!」
「だからおまえの」
「世界征服はダメです!!」
「だから、聞け、おま」
「NOですっ! 世界征服はNOっ!」
「おまえにチンポを挿れたい」
「えっチンポ!?」
ミチカは瞬いた。
「え、な、だって、なんで……チンポ?」
アーシュは微笑み、ミチカの耳元に口を寄せた。
「よし、やっと私の命令が届いたな? では行こうか、ミチカよ」
「待って、待ってください……え? チンポ? なんで……?? 世界征服は??」
「なんだ? 聡明なる我が主よ」
「なぜ……だって、いまわたくしは送還の呪文を……! でも今ここにアーシュがいるということは、ベッドにはいないわけで…………つまり」
————失敗だ。
「気を落とすな、主よ。私がベッドにいれば、送り返されていただろう。アイデアは悪くなかった」
アーシュはミチカの肩をぽんと叩いて慰めた。
「薬を多めに飲ませましたのに……」
「睡眠薬か? あんなものこの魔王に効くわけがない。人間が風邪薬を飲んだ程度の眠気だろうよ」
「でも、でも、確かに眠っていました!」
アーシュはかたちの良い眉を切なげに寄せた。
「あれは、主がイタズラしてくれるのかと思って寝たふりをしていたのだ。そして期待どおり、主はこの浅ましい奴隷に甘美なイタズラを仕掛けてくれた。寝たふりを続けるのがどれだけ大変だったことか、主人には想像もできないだろうな……」
「イタズラ……」
なるほど、両親はあの薬をああやって使うのか。
と、変なところで納得したものの、この状況はそうじゃない。
非常に、非常に気まずかった。
「あれはですね……」
「だが、主は、放置プレイという罪なる戯れを仕掛け、この豚奴隷の私をさらに悦び悶えさせたのだ。そして、それどころかまさかこんな企てまで……。私の予想のはるか上をいく行動力。さすがこの魔王の主の器だと褒めるしかない」
自らを抱きしめるようにしてうっとりと陶酔するアーシュに、ミチカはおそるおそる声をかけた。
「アーシュ……怒っていないのですか? 勝手にあなたを送還しようとしたことを」
「怒る? いいや。主が私を返品しようとしたことは怒ってはいないぞ」
「返品って言うんですか」
「使い魔ジョークだ。人間が言ってはならぬぞ」
「はい」
アーシュは床に落ちていた教本を拾い手でほこりを払うと、先程とは打って変わって落ち着いたトーンで呟いた。
「……怒ってはいないがな、まあ少しは傷ついた」
ミチカの胸がずきん、と痛む。
どう言い繕っても、ミチカのやろうとしたことは裏切りと取られても仕方がない。
言い訳する気はなかった。
「ごめんなさい、アーシュ」
「気にするな。おまえにはおまえの都合があるのだろう。私が私の都合で勝手に傷つくこととは関係がないのだ」
「アーシュ……」
大丈夫だ、とアーシュは寂しげに微笑んだ。
こんなに優しい使い魔だったろうか。
アーシュを帰し損なったのに、ミチカはどこかでほっとしている自分に戸惑う。心の中では複雑な感情がせめぎ合っていた。
「ところで主はこの教本を全て読んだのか?」
「いいえ。召喚と送還の項目だけです。時間がなくて」
「ああ、なるほどな。我が主は詰めが甘くてなんと可愛らしいのだろう」
「え?」
アーシュは教本のページをぱらぱらめくると、契約の項目を開いてミチカに差し出した。
「ほら、ここを読んでみろ。人間が、魔族の同意なく送還しようとした場合、この続きだ。なんと書いてある?」
「え、っと。——契約違反とみなし、人間にはペナルティが与えられる。すなわち魔族の命令を一つ聞かなければならない……」
にっとアーシュの笑みが深まった。
「…………と、ここまでが主の台本なのだろう? 我が主は本当に役者で困る」
「え? え?」
「わざとルールを破り、立場を入れ替えてしまうとは、いやまったく、おそれいったぞ」
「え、あの、命令……って、アーシュがわたくしに!?」
「そうだ。このペナルティは強制力を持って執行されるからな。残念ながら私も拒むことはできないのだ。しかし大丈夫だぞ、主。私は心優しき魔王だ。無体な命令はせぬからな」
美しく穏やかな顔は変わらないが、アーシュがはしゃいでいるのはよくわかった。
「ま、まって……! まって」
「無体な方がいいのか?」
「いいえ!」
ミチカは真っ青になった。
(アーシュこそ、どこからどこまでが本音だったの? わたくしの罪悪感を返してください! いいえ、そんなことよりもペナルティなんて……。絶対に悪用されるではないですか!)
すべてが裏目に出てしまった。
世界征服という野望を持つアーシュがミチカに命令できる立場となってしまう。それはつまり、すでに世界征服の許可を与えてしまったも同然なのだ。
すうっと血の気がひき、指先まで冷たくなるのを感じた。
「実を言うと、私は今までこの時を待っていたのだ。まさかこんなにも早く……いや、それよりも覚悟はよいな、主よ。私の命令はもとより決まっている」
「待ってください! アーシュ、お願いです! 世界征服だけはどうか考え直してください!!」
アーシュはミチカの顎を掬い、上向かせた。
アメジストの瞳が、怯えるミチカをまっすぐ見つめる。
「私に、すべてを捧げよ」
アーシュの瞳が細まり、熱のこもった視線をミチカに注いだ。
「私に、おまえのすべてを捧げよ」
「アーシュ……っ」
しかしその言葉は、自分のせいで世界が征服されてしまうという恐怖に取りつかれたミチカには届いていなかった。
「ダメですお願い、取り消して! 世界征服だけはダメです……ッ!!」
「そうではない。おまえのすべてをいただく、と言った」
「世界征服だけは!! 許してください!!」
「だからおまえの」
「世界征服はダメです!!」
「だから、聞け、おま」
「NOですっ! 世界征服はNOっ!」
「おまえにチンポを挿れたい」
「えっチンポ!?」
ミチカは瞬いた。
「え、な、だって、なんで……チンポ?」
アーシュは微笑み、ミチカの耳元に口を寄せた。
「よし、やっと私の命令が届いたな? では行こうか、ミチカよ」
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