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第1章 北条家騒動

鳥の名前と国の名前

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「でかっ!」

 辰巳は間近で倒れている鳥の姿を見て、改めてその大きさに驚いた。

 体高はおよそ三メートル、お腹や脚の付け根辺りは白い毛で覆われているが、それ以外は灰色の毛で覆われている。太くたくましい長脚を備えている一方で、翼は体に比べて大分小さい。また、一メートルはあろうかという大きな頭を持ち、先端がフック状になった強力なくちばしを有していた。

「鳥というより、恐竜みたいだな。この鳥、なんていう名前なの?」

 辰巳の疑問に夏が答える。

「バクロチョウです」

「ばくろちょう? なんか地名みたいな名前だな。……まぁ、普通に考えれば、馬を食べるからって感じなんだろうけど」

「えっと……たぶん、そうだと思います」

 辰巳から視線を向けられると、夏は自信なさげに答えた。

 実際、バクロチョウはその強靭な脚で馬を蹴り倒し、鋭いくちばしでとどめを刺してその肉を食している。馬以外の肉も食していたが、語呂の良さから、バクロチョウの名が定着していた。

「……ということは、言葉はほぼ同じってことか」

 会話が成り立っていることを含めて、辰巳は夏が日本語とほぼ同じ言葉を話しているのだと確信した。

 辰巳が鳥の名前を確認している一方で、ユノウは鳥の体を確認していた。

「思ったほど傷ついてないみたいね」

 攻撃が直撃したのか、首が大きく損傷していたものの、それ以外の場所に大きな外傷は見受けられない。

「持っていくって言ってたけどさ、こんなでっかいのどうやって持っていくの?」

「まぁ、見ててくださいよ」

 ユノウはレッグポーチを開けると、バクロチョウの体を軽く引っ張った。
 すると、その巨体は吸い込まれるようにレッグポーチの中に納まってしまった。

「おおっ! それって、アイテムボックスとかいうやつ?」

 ゲームなどではお馴染みのマジックアイテムの登場に、辰巳は少しテンションが上がる。

「そうです。よくご存じで」

「ラノベやゲームとかで、こういうものはよく出てくるからさ」

「作品によっては次元収納とか無限収納なんて言い方もしますけど、これもそれに似た類のものですよ」

「やっぱり、その手のアイテムって高いの?」

「高いですね。一番容量が小さいものでも、何百万単位ですから」

 ユノウの言葉を証明するかのように、夏が反応を示す。

「すごいです! これって千両袋ですよね。私初めて見ました」

 夏の言葉に、今度は辰巳が反応した。

「せんりょうぶくろ? “せんりょう”っていうのは、値段のこと?」

「はい。すごい高いものだから、千両袋とか大名袋なんていう名前で呼ばれているんです。ただ、売っているところを見たことがないので、本当に千両もするのかどうかはわからないですけど」

「なるほど」

 辰巳にとって、“せんりょう”という言葉が値段を意味し、しかも高額であるということを確認できたことは大きかった。
 それは夏の話す言葉や着ている服から、「この辺りの文化は日本の戦国時代や江戸時代に近いものなのではないか」という辰巳の推測を、大きく後押しするものだったからだ。

 そしてユノウも、ようやくここがどこであるのか見当がついた。

「……あっ、ここ倭国わこくか。ねぇねぇ夏さん、ここって倭国だよね」

「え、そうですけど」

 いきなり国名を確認されたので、夏は少し戸惑い気味に答えた。

「やっぱりそうかぁ。……辰巳さん、ちょっとこっちへ」

 ユノウは夏に会話を聞かれないよう、ちょっと離れたところに辰巳を呼んだ。

「何?」

「ここがどこかわかりました」

「え、どこなの?」
(まぁ、地名を言われたところで、異世界じゃどこだかわからないんだけどね)

 言葉とは裏腹に、辰巳はそれほど関心を抱いていなかった。

 が、ユノウが言葉を発した瞬間、それが一変する。

「倭国です」

「わ、倭国!?」

 その名を聞いて辰巳は驚いた。それは、かつて日本が名乗っていたとされる呼称だったからだ。

 ちなみに、ユノウが夏に国名を確認していたのを、辰巳は聞いていなかった。

「まぁ、そういう反応になりますよね。名前からなんとなく想像できると思いますが、日本にそっくりな島国です。あたしも実際に来るのは初めてですけど、本とかに書かれていた感じだと、戦国・江戸あたりの日本に魔法を混ぜたような、それこそ、異世界版日本って感じの国ですね」

「異世界版日本……。さっき“大名袋”って言っていたけど、この世界にも信長や家康みたいな戦国大名がいるってことかな?」

「さぁ? あたしも倭国については簡単なことしか知りませんので」

「じゃあ、夏さんに聞いてみるか」

「ストップストップ。聞くんだったら、ちょっと間をおいた方が良いかもしれません」

「なんで?」

「あたしの格好とさっきの質問で、もしかしたら怪しんでるかもしれないんで……」

 倭国の文化が戦国あたりの日本と同じようなものだとすれば、ユノウの格好は明らかに違和感がある。今は命を助けたという事実によって、恩義が怪しさを封じ込めてはいるが、この先対応を間違えれば、怪しさが吹き出る危険性があった。

「考えてみてください。例えば群馬あたりの山の中で、奇抜な格好をした人に『ここは日本ですか?』って聞かれたらどう思います?」

「怪しむね」

「でしょ」

「……じゃあ、なんで聞いたの?」

「言ってから気がついたんで……てへっ」

「……」

 ユノウは可愛らしくペロッと舌を出してみせたが、辰巳から向けられた視線はとても冷たいものだった。

 だが、ユノウは気にすることなく話を続ける。

「けど、心配しないでください。あたしこういう状況とか慣れてますから。それに、着物姿の辰巳さんがいるんで、多少は怪しさが中和されてると思いますよ。だから、安心してご飯食べに行きましょう」

「大丈夫かな……」

 ユノウは不安ゼロの笑顔で断言したが、辰巳は安心できなかった。
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