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第1章 北条家騒動
代理人交渉の成果
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夏を店まで送った後、辰巳はそのまま大道寺家へ戻り、奈々たちに森で襲撃を受けたことを報告した。ちなみに、辰巳、ユノウ、吉右衛門の三人は、奈々たちに協力するのに合わせて、泊まっていた宿を引き払い、大道寺家で寝泊まりをしている。
「熊木の奴め、夏に手を出すなんて許せない」
奈々は怒りを露わにしているが、辰巳は熊木側の者に襲われたとは、一言も言っていない。
「奈々殿、落ち着きなされ。熊木様の手の者に襲われたなどと、辰巳殿は一言も申しておらぬ。思い込みだけで軽々に判断してはいかん」
吉右衛門は奈々を諭した。
「ですが、夏を襲うなんて熊木様以外に考えられません。『上狂屋』の連中も、熊木様のご機嫌を取るために夏を連れて行こうとしたと、そう言っていたではないですか」
この日、奈々と吉右衛門は「上狂屋」へと赴き、飯屋の借金について話し合いを行っていた。
この話し合いにおいて、借金の証文に書かれていた「返済期日、利子については特に定めず」という一文をどう解釈するかが焦点となった。
奈々は、この一文は返済期日や利子がないことを意味しているので、文たちが利子を払う必要はないと主張。対する「上狂屋」は、これは決めていないという意味だから、あとから貸主がどのように決めたとしても問題はないと主張した。
ちなみに、現代日本と違って、倭国には貸金業に関する法律はなく、こういった金銭トラブルは、調停役を担う役人の裁量ですべてが決する。仮に今回の件を訴え出た場合、調停役となるのは河越城の役人だ。
直道が言及していたように、家老である長久が「上狂屋」の背後にいるので、訴え出たとしても勝ち目は少ない。
だからこそ直接交渉に臨んだのだが、「上狂屋」もその辺りのことは十分理解しているので、堂々と自らの正当性を主張し、交渉に応じる素振りすら見せなかった。
このまま交渉し続けても埒が明かないと判断した吉右衛門は、苛立ち始めていた奈々に、「大道寺家が借金を肩代わりして、強引にこの問題を終わらせる」というウルトラCを提案した。
提案を聞いた奈々は、「あいつらのあくどいやり方を認めろっていうんですか!」と、不快感を露わにしたが、「気持ちはわかるが、ここへ来た目的は夏殿たちを借金苦から救い出すためだ。連中のやり方を糾弾するのも、あくまで救い出すための手段であって、目的ではない。そこを見誤ってはいかん」などと吉右衛門に諫められ、しぶしぶながらもこれを受け入れた。
一方「上狂屋」も、この肩代わり案に困惑したが、要求どおりに金が返済される以上、拒むことはできず、ここに借金問題は一応の決着をみた。
そしてこの交渉の最中、借金のかたとして夏を連れていこうとした点に話題が及び、長久が夏に興味を示しているらしいとの噂を耳にし、忖度して行動したということが判明したのだ。
「確かに、噂とはいえ、火のない所に煙は立たずという。現状では熊木様が怪しいといえば怪しい。だが、噂だけで追及するのは困難だ。『上狂屋』の行動にしても、連中が勝手にしたことだと言われてしまえば、それまでだからな……」
吉右衛門は腕を組んで顔をしかめた。
「では、どうすればいいんですか」
奈々の声には少し苛立ちが混じっている。
「そりゃあ、証拠を掴むしかなかろう。命令書の類でもあれば一発だが、勝手に動いてくれる連中がおるのに、わざわざ証拠になるようなものを作るとは思えん。となれば、襲ってきた連中を捕まえて証言させるのが……」
まだ話している途中であったが、奈々はさえぎるようにして口を開く。
「辰巳さん、次からは私が夏を護衛します。それで襲ってきた奴を捕まえて、熊木様との関係を吐かせてやりますよ」
「え、えっと……」
困った辰巳は、視線で吉右衛門に助けを求めた。
「そうはやるでない。奈々殿も辰巳殿の話を聞いておったであろう。相手は大人数で襲ってきたのだぞ。もし一〇人の忍が同時に襲ってきたら、奈々殿はそれに対処することができるのか?」
「それは……」
「それにだ。仮に捕まえられたとしても、容易に口を割るとは思えんし、『上狂屋』のように忖度して動いておれば、証言も意味をなさんからな。結局、証拠探しは続けねばならん。だからこれまでどおり、護衛は基本的に辰巳殿が行い、奈々殿は仁仙の件を含めて、情報収集を行っていた方が良い」
吉右衛門の意見は正論であり、奈々は何も言い返せなかった。
「……わかりました。では、時間が惜しいので早速証拠を探しに行ってきます」
「これこれ、待ちなさい。慌てて行動しても良いことはないぞ。辰巳殿も戻って来たことだし、私が茶を点てるから、皆で一服しようではないか」
そのまま三人は茶室へと移動し、吉右衛門が点てたお茶を味わった。
なお、この時ユノウは飯屋におり、辰巳と入れ替わるかたちで夏の周囲を警戒していた。
「熊木の奴め、夏に手を出すなんて許せない」
奈々は怒りを露わにしているが、辰巳は熊木側の者に襲われたとは、一言も言っていない。
「奈々殿、落ち着きなされ。熊木様の手の者に襲われたなどと、辰巳殿は一言も申しておらぬ。思い込みだけで軽々に判断してはいかん」
吉右衛門は奈々を諭した。
「ですが、夏を襲うなんて熊木様以外に考えられません。『上狂屋』の連中も、熊木様のご機嫌を取るために夏を連れて行こうとしたと、そう言っていたではないですか」
この日、奈々と吉右衛門は「上狂屋」へと赴き、飯屋の借金について話し合いを行っていた。
この話し合いにおいて、借金の証文に書かれていた「返済期日、利子については特に定めず」という一文をどう解釈するかが焦点となった。
奈々は、この一文は返済期日や利子がないことを意味しているので、文たちが利子を払う必要はないと主張。対する「上狂屋」は、これは決めていないという意味だから、あとから貸主がどのように決めたとしても問題はないと主張した。
ちなみに、現代日本と違って、倭国には貸金業に関する法律はなく、こういった金銭トラブルは、調停役を担う役人の裁量ですべてが決する。仮に今回の件を訴え出た場合、調停役となるのは河越城の役人だ。
直道が言及していたように、家老である長久が「上狂屋」の背後にいるので、訴え出たとしても勝ち目は少ない。
だからこそ直接交渉に臨んだのだが、「上狂屋」もその辺りのことは十分理解しているので、堂々と自らの正当性を主張し、交渉に応じる素振りすら見せなかった。
このまま交渉し続けても埒が明かないと判断した吉右衛門は、苛立ち始めていた奈々に、「大道寺家が借金を肩代わりして、強引にこの問題を終わらせる」というウルトラCを提案した。
提案を聞いた奈々は、「あいつらのあくどいやり方を認めろっていうんですか!」と、不快感を露わにしたが、「気持ちはわかるが、ここへ来た目的は夏殿たちを借金苦から救い出すためだ。連中のやり方を糾弾するのも、あくまで救い出すための手段であって、目的ではない。そこを見誤ってはいかん」などと吉右衛門に諫められ、しぶしぶながらもこれを受け入れた。
一方「上狂屋」も、この肩代わり案に困惑したが、要求どおりに金が返済される以上、拒むことはできず、ここに借金問題は一応の決着をみた。
そしてこの交渉の最中、借金のかたとして夏を連れていこうとした点に話題が及び、長久が夏に興味を示しているらしいとの噂を耳にし、忖度して行動したということが判明したのだ。
「確かに、噂とはいえ、火のない所に煙は立たずという。現状では熊木様が怪しいといえば怪しい。だが、噂だけで追及するのは困難だ。『上狂屋』の行動にしても、連中が勝手にしたことだと言われてしまえば、それまでだからな……」
吉右衛門は腕を組んで顔をしかめた。
「では、どうすればいいんですか」
奈々の声には少し苛立ちが混じっている。
「そりゃあ、証拠を掴むしかなかろう。命令書の類でもあれば一発だが、勝手に動いてくれる連中がおるのに、わざわざ証拠になるようなものを作るとは思えん。となれば、襲ってきた連中を捕まえて証言させるのが……」
まだ話している途中であったが、奈々はさえぎるようにして口を開く。
「辰巳さん、次からは私が夏を護衛します。それで襲ってきた奴を捕まえて、熊木様との関係を吐かせてやりますよ」
「え、えっと……」
困った辰巳は、視線で吉右衛門に助けを求めた。
「そうはやるでない。奈々殿も辰巳殿の話を聞いておったであろう。相手は大人数で襲ってきたのだぞ。もし一〇人の忍が同時に襲ってきたら、奈々殿はそれに対処することができるのか?」
「それは……」
「それにだ。仮に捕まえられたとしても、容易に口を割るとは思えんし、『上狂屋』のように忖度して動いておれば、証言も意味をなさんからな。結局、証拠探しは続けねばならん。だからこれまでどおり、護衛は基本的に辰巳殿が行い、奈々殿は仁仙の件を含めて、情報収集を行っていた方が良い」
吉右衛門の意見は正論であり、奈々は何も言い返せなかった。
「……わかりました。では、時間が惜しいので早速証拠を探しに行ってきます」
「これこれ、待ちなさい。慌てて行動しても良いことはないぞ。辰巳殿も戻って来たことだし、私が茶を点てるから、皆で一服しようではないか」
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