紙切り道中異世界見聞録

いんじんリュウキ

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第1章 北条家騒動

襲われた飯屋

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「な、なんだあれ?」

 店に到着するや辰巳は驚いた。
 見知らぬ男たちが五人、軒先で縄に縛られていたのだ。

 さらに、店の中は壁が傷つき、椅子や棚といった備品が壊されているなど、明らかに暴れた形跡があった。
 ただ幸いなことに夏たちに怪我はないらしく、落ち着いた様子で店内の片づけを行っていた。

「ちょっとこれ……一体、何があったの?」

 奈々は心配そうな顔で夏に駆け寄った。

「あ、奈々姉さん。外に縛られている人がいたと思うんですけど、あの人たちが急に襲いかかってきたんです」

「襲いかかってきたって、怪我とかは大丈夫だったの?」

「ユノウさんのおかげで私たちは無事だったんですけど、お客さんが怪我しちゃって……。今、ユノウさんに手当てしてもらってるんです」

「そうだったの。みんなが無事だったのは良かったけど……。ちょっと、ユノウさんに話を聞いてくるね」

 店の隅では、ユノウが怪我をした男性の手当てをしつつ、熱心に話をしていた。

「ユノウさん」

「あ、奈々ちゃん、ちょうどいいところに。この人、仁仙の仲間だったんです」

「え、えぇ!?」

 奈々は驚きのあまり思わず声を上げた。

「な、なんだ?」

「え、何かあったの?」

 その声を聞いて、皆がユノウの周りに集まってきた。

「そのような大声を出して、一体何があったのだ?」

「ユノウさんが、この人が仁仙の仲間だって」

「何!?」

 吉右衛門は驚いた顔で、かっぱみたいな髪型をした、純朴そうな青年のことを見た。

「……ユノウ殿、どういうことか説明してもらえるかな」

「ええ。外にいる連中が襲ってきたっていうのは、聞いてますよね?」

「うむ。そやつら相手に、ユノウ殿が八面六臂はちめんろっぴの大活躍をしたことも聞いておるよ」

「それなんですけど、さすがにあたしも、多数を相手に完ぺきに守り切るっていうのは難しいものがあって、一瞬の隙を突かれて夏さんに攻撃が向かっちゃったんですよ」

「なんと、それは聞いておらんな。しかし、夏殿は怪我をしていないようだが」

「それは、この人が身をていして防いでくれたからですよ」

「え、そうだったんですか? ありがとうございます」

 夏は全く気づいていなかったようで、驚きながら男に礼を言った。

「で、そのまま姿をくらまそうとしてたから、優しく身柄を拘束して、こうやって手当てをしながら色々とお話を伺っていたわけですよ。そしたら、仁仙の仲間だってことがわかったんです」

「にわかには信じがたい話だが、お主、本当に仁仙の仲間なのか?」

 吉右衛門が鋭い眼光でにらみつけると、男は首を縦に振った。

「へい。おいらは、お頭に夏って奴を見張り、危なくなったら助けるようにと命じられて、ここへ来たんでさ」

 男は重要そうな事柄をいともあっさりと言い放った。

「それはどういうことだ。なぜ、仁仙が夏殿を?」

「なぜって言われても、おいらは、『氏吉様への切り札だから、しっかりと見張っておけ』とだけ言われたんでさ。それ以上のことは知らないでさ」

「切り札? 仁仙は真にそう申したのか?」

「それは間違いないでさ」

 男は自信を持って断言した。

「……切り札ということは、氏吉様にとって、夏殿はやっかいな存在だということなのだろうかな? ……となれば、狙ってくるのも理解はできる。まぁ、どうやっかいなのかはわからんがな。……ところで、お主色々としゃべりすぎではないか」

 男があまりにも包み隠さずに話すので、吉右衛門は思わず注意してしまった。

「実はおいら、これを機に忍びの仕事をやめることにしたんでさ」

「それはまた随分と急な話だな」

「元々、なんとなぁく流れで忍びの仕事をやっていたんだけど、色々と思うところもあってさぁ……。やめようと思ったことは何度となくあったんだけど、しがらみやら不安やらがあって、なかなか踏ん切りがつかなかったんでさ。……けど今さっき、ユノウの姐さんに色々と話を聞いてもらって、ようやく踏ん切りがついたってわけでさ」

「つまり、やめるから全部話しているというわけか」

「そうでさ」

 吉右衛門は少し渋い顔をした。
 どうやら、やめるからといって秘密を全部話してしまう男の考え方に、少し不快感を覚えているようだ。

「まぁ、理由はわかったが、お主とユノウ殿は会ったばかりであろう。よくそんな大事なことを相談する気になったな」

「おいらも話す気なんて全くなかったんだけど、姐さんの雰囲気というか話術というか、気がついたら全部しゃべってたんでさ」

「ほぉ、仲間の件といい、ユノウ殿は聞き出す力もお持ちなんですな」

「本当、すごいじゃんユノウ」

「昔取った杵柄きねづかですよ。占い師をやってた頃、お悩み相談も色々とやりましたからね。相手がどんなことを悩んでいるのかとか、どうやったら話してくれるのかとか、色々と研究しましたから」

「なるほどねぇ」

 うなずく辰巳に対し、吉右衛門はいまいちピンと来ていないようだったが、そのまま話を進めることにした。

「……話を戻そう。単刀直入に聞くが、仁仙は氏吉様の手先なのか?」

「うーん、手先って言えば手先なのかな。江戸の意向で動いてるみたいなことを言ってたんで。ただ、素直に従ってるって感じではなさそうでさぁね」

「確かに、従順だったら切り札なんてものはいらないからな、何かしら思うところがあるのだろう。さて、他にも聞きたいことはあるが、ひとまずこのくらいにしておこうか。文殿、ちょっとよろしいかな?」

 吉右衛門は男への尋問を切り上げると、黙々と片付けを行っていた文を呼んだ。
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