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第1章 北条家騒動
家族になった日
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その一方で、夏たち家族は本音でぶつかり合っていた。
怒りと悲しみ、戸惑いと謝罪、そして感謝。
今まで言えなかったことを含め、様々なことが口に出され、相手に伝えられた。
すべてを吐き出してわかったのは、互いに相手のことをどれだけ大切に思っていたかということ。
雨降って地固まるのことわざではないが、結果的として夏たち家族の絆はより一層深まることになった。
「ね、大丈夫だったでしょ」
「……ぐすっ、はい」
夏たちの家族愛を見て、奈々は号泣していた。
「うう……」
「家族って、良いもんでさぁねぇ……」
辰巳と忍びの男も涙を流している。
「……さて、家族の絆がより深まったのは良いことだが、あまり悠長に時を過ごしているわけにもいかんのでな。文殿、夏殿のことについて、改めて説明していただけるかな」
文はうなずくと、気持ちを整えるようにゆっくりと涙を拭いてからしゃべり始めた。
「……あれは、今から一五年ほど前のことでした。氏元様に仕えている兄が、赤ん坊だった夏を抱いて私たち夫婦のもとへやって来たんです。兄によれば、この子は氏元様と側室の間に生まれた子で、お亀の方様の命によって殺されたことになっている。もし生きていることがわかれば、必ず命を狙われる。だから、存在が露見しないように育てて欲しいと」
お亀の方は氏元の正室で、氏勝の生母である。
「なるほど。お亀の方様は嫉妬深いことで有名だからな。よそで子供を作ったとわかれば、そういう過激な行動に出ても不思議ではない」
「どうやったらこの子を守ることができるのか。私たち夫婦は随分と考えました。苦肉の策で考えたのが、女の子として育てることだったんです」
「つらい決断であったろうな。私も人の親であるから、その気持ちはよくわかる。もし私がそのような状況にあったら、文殿と同じ決断を下したであろう。……ところで、兄君は裏の役割を担っておられたのか?」
吉右衛門はなんのためらいもなくきわどい質問をぶつけたが、腹をくくっていた文は、隠すことなく正直に答えた。
「……はい。私も後々になって知ったのですが、兄は氏元様の下で、そういった裏の仕事を請け負っていたようなんです。しかも完ぺきな仕事ぶりだったそうで、氏元様からとても信頼されていたと自負していました。ただそんな兄でも、さすがに赤ん坊の命まで奪うことは気が引けたみたいです」
吉右衛門は、“赤ん坊の命まで”という言葉に引っかかりを覚えた。
文は自然に口にしただけであろうが、それは夏以外の誰かが殺された、おそらくは母親であろう人物の命が奪われたことを、暗に示しているように思えたからだ。
だが夏のことを思うと、この場で聞き返す気にはならなかった。
「左様か。して、兄君はその後いかがしておられる」
「兄はお亀の方様に偽りの報告を行った後、氏元様に暇を願い出て、そういった裏の仕事から足を洗いました。今は、小田原城下でかまぼこ屋を営んでいます」
「なるほど。その偽りの報告が、今になって露見したというわけか。……そういえば、お亀の方様が亡くなられたのは、半年ほど前であったな」
吉右衛門は奈々に視線を向けた。
「はい。……もしかして、それがきっかけだと」
「亡くなられたのを機に、改めてその辺りのことを調べ直したとしても、不思議ではない。まして、氏勝様の体調が優れないとあらば、なおさらであろう。そして時を同じくして、氏吉様への切り札を探していた仁仙が、偶然このことを嗅ぎつけ、その結果、氏吉様も知ることになった。こう考えれば一応の説明はつく」
「確かに、そう考えれば、江戸と小田原が同じ時に襲ってきたことも納得できます」
奈々も吉右衛門の考えに理解を示す。
「……いずれにせよ、ご落胤の情報がほうぼうに出回りつつあるのであれば、これは急いで手を打たねばならんな。奈々殿、直孝殿はご在城かな?」
「はい、今ならまだお城にいると思いますけど、父に何か?」
「ひとまず、この男の証言を基に、仁仙の問題を片づけてしまう。そしてそのことや夏殿のことについて、書状にしたためてもらいたいのだ。直孝殿の書状であれば、氏元様も無下にはしないであろう」
「ちょ、ちょっと待ってください。仁仙についてはわかりますが、氏元様への書状とはどういうことですか?」
奈々はいまいち理解できていない様子である。
「仔細については追々説明するが、氏元様にお世継ぎ問題を終わらせてもらうのだ。まごまごしてると、夏殿を担ごうとする連中まで現れてくる。そうなれば事態は余計ややこしくなって、収拾がつかなくなってしまう」
「私はお世継ぎにはなりません」
夏は強い口調で言い放った。
「夏殿の気持ちはわかる。が、こういう問題は当人の気持ちなど関係ない。重要なのは周囲の思惑と、権力者のお墨付きだ」
「そんな……」
夏は悲痛な表情を浮かべた。
「大丈夫よ夏。私がちゃんと氏元様に事情を説明するから」
奈々は元気づけるように夏の肩をポンと叩いた。
「……えっと、どうなったの?」
展開の速さについていけてない辰巳は、ユノウに助けを求めた。
「まぁ、早い話が、北条家で一番偉い人に直談判して、諸々の問題をいっぺんに解決してしまおうってことですよ」
「あー、そういうこと。けど、そんなうまいこといくかな?」
「うーん、説得できる材料は十分あると思いますよ。ただ、自分の子供が病に臥せっている状況で、世継ぎのことをあれこれ言われるのは気分は良くないでしょうね」
「確かに。どう言葉を選んだところで、子供が死んだらどうしますって話だもんね。そんな話されたら、親は怒るよな」
「奈々ちゃんの交渉力が試されることになりそうですね」
ユノウと辰巳は、期待と不安が入り混じった眼差しを奈々に向けたのだった。
怒りと悲しみ、戸惑いと謝罪、そして感謝。
今まで言えなかったことを含め、様々なことが口に出され、相手に伝えられた。
すべてを吐き出してわかったのは、互いに相手のことをどれだけ大切に思っていたかということ。
雨降って地固まるのことわざではないが、結果的として夏たち家族の絆はより一層深まることになった。
「ね、大丈夫だったでしょ」
「……ぐすっ、はい」
夏たちの家族愛を見て、奈々は号泣していた。
「うう……」
「家族って、良いもんでさぁねぇ……」
辰巳と忍びの男も涙を流している。
「……さて、家族の絆がより深まったのは良いことだが、あまり悠長に時を過ごしているわけにもいかんのでな。文殿、夏殿のことについて、改めて説明していただけるかな」
文はうなずくと、気持ちを整えるようにゆっくりと涙を拭いてからしゃべり始めた。
「……あれは、今から一五年ほど前のことでした。氏元様に仕えている兄が、赤ん坊だった夏を抱いて私たち夫婦のもとへやって来たんです。兄によれば、この子は氏元様と側室の間に生まれた子で、お亀の方様の命によって殺されたことになっている。もし生きていることがわかれば、必ず命を狙われる。だから、存在が露見しないように育てて欲しいと」
お亀の方は氏元の正室で、氏勝の生母である。
「なるほど。お亀の方様は嫉妬深いことで有名だからな。よそで子供を作ったとわかれば、そういう過激な行動に出ても不思議ではない」
「どうやったらこの子を守ることができるのか。私たち夫婦は随分と考えました。苦肉の策で考えたのが、女の子として育てることだったんです」
「つらい決断であったろうな。私も人の親であるから、その気持ちはよくわかる。もし私がそのような状況にあったら、文殿と同じ決断を下したであろう。……ところで、兄君は裏の役割を担っておられたのか?」
吉右衛門はなんのためらいもなくきわどい質問をぶつけたが、腹をくくっていた文は、隠すことなく正直に答えた。
「……はい。私も後々になって知ったのですが、兄は氏元様の下で、そういった裏の仕事を請け負っていたようなんです。しかも完ぺきな仕事ぶりだったそうで、氏元様からとても信頼されていたと自負していました。ただそんな兄でも、さすがに赤ん坊の命まで奪うことは気が引けたみたいです」
吉右衛門は、“赤ん坊の命まで”という言葉に引っかかりを覚えた。
文は自然に口にしただけであろうが、それは夏以外の誰かが殺された、おそらくは母親であろう人物の命が奪われたことを、暗に示しているように思えたからだ。
だが夏のことを思うと、この場で聞き返す気にはならなかった。
「左様か。して、兄君はその後いかがしておられる」
「兄はお亀の方様に偽りの報告を行った後、氏元様に暇を願い出て、そういった裏の仕事から足を洗いました。今は、小田原城下でかまぼこ屋を営んでいます」
「なるほど。その偽りの報告が、今になって露見したというわけか。……そういえば、お亀の方様が亡くなられたのは、半年ほど前であったな」
吉右衛門は奈々に視線を向けた。
「はい。……もしかして、それがきっかけだと」
「亡くなられたのを機に、改めてその辺りのことを調べ直したとしても、不思議ではない。まして、氏勝様の体調が優れないとあらば、なおさらであろう。そして時を同じくして、氏吉様への切り札を探していた仁仙が、偶然このことを嗅ぎつけ、その結果、氏吉様も知ることになった。こう考えれば一応の説明はつく」
「確かに、そう考えれば、江戸と小田原が同じ時に襲ってきたことも納得できます」
奈々も吉右衛門の考えに理解を示す。
「……いずれにせよ、ご落胤の情報がほうぼうに出回りつつあるのであれば、これは急いで手を打たねばならんな。奈々殿、直孝殿はご在城かな?」
「はい、今ならまだお城にいると思いますけど、父に何か?」
「ひとまず、この男の証言を基に、仁仙の問題を片づけてしまう。そしてそのことや夏殿のことについて、書状にしたためてもらいたいのだ。直孝殿の書状であれば、氏元様も無下にはしないであろう」
「ちょ、ちょっと待ってください。仁仙についてはわかりますが、氏元様への書状とはどういうことですか?」
奈々はいまいち理解できていない様子である。
「仔細については追々説明するが、氏元様にお世継ぎ問題を終わらせてもらうのだ。まごまごしてると、夏殿を担ごうとする連中まで現れてくる。そうなれば事態は余計ややこしくなって、収拾がつかなくなってしまう」
「私はお世継ぎにはなりません」
夏は強い口調で言い放った。
「夏殿の気持ちはわかる。が、こういう問題は当人の気持ちなど関係ない。重要なのは周囲の思惑と、権力者のお墨付きだ」
「そんな……」
夏は悲痛な表情を浮かべた。
「大丈夫よ夏。私がちゃんと氏元様に事情を説明するから」
奈々は元気づけるように夏の肩をポンと叩いた。
「……えっと、どうなったの?」
展開の速さについていけてない辰巳は、ユノウに助けを求めた。
「まぁ、早い話が、北条家で一番偉い人に直談判して、諸々の問題をいっぺんに解決してしまおうってことですよ」
「あー、そういうこと。けど、そんなうまいこといくかな?」
「うーん、説得できる材料は十分あると思いますよ。ただ、自分の子供が病に臥せっている状況で、世継ぎのことをあれこれ言われるのは気分は良くないでしょうね」
「確かに。どう言葉を選んだところで、子供が死んだらどうしますって話だもんね。そんな話されたら、親は怒るよな」
「奈々ちゃんの交渉力が試されることになりそうですね」
ユノウと辰巳は、期待と不安が入り混じった眼差しを奈々に向けたのだった。
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