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第2章 北条家戦争
処遇決す
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「父上、お帰りなさいませ」
この優しい声の主は、大御所の羽柴秀綱。五五歳の時に父親の後を継いで三代将軍となったものの、武芸や学問に秀でていたわけでもなく、性格ものんびりしていたため、周囲からはあまり期待されていなかった。実際、将軍となった秀綱はあまり政治に関心を持たなかったものの、既に宿老と各担当奉行を中心とした政治体制が構築されており、幕府が揺らぐということはなかったのだ。一方、趣味人として芸術や娯楽への造詣が深く、将軍主催による芸術祭の開催や娯楽産業に対する支援事業を行うなど、文化面においては功績を残していた。
「お帰りなさい」
紫色の艶やかな着物に身を包み、秀綱の隣でにこやかに微笑んでいるエルフの女性が、吉右衛門の生母である大広院だ。大陸の出身で、幼少の頃に倭国へと渡り、行き倒れになっているところを秀長に助けられ、娘同様に育てられた。弓の技量に優れ、小牧・長久手の戦いでは遠距離から放つ正確無比な攻撃によって羽柴軍の勝利に大きく貢献した。その後秀吉に見初められて側室となり、子を身籠ると淀城を与えられて「淀殿」と呼ばれるようになる。秀吉の死後「大広院」と名乗るようになり、秀長とともに幼い将軍を支えた。独り立ちした後は、将軍家のゴッドマザーとして一定の影響力を有しつつ、お忍びで大坂市中を散策するなど自由な日々を過ごしていたのだ。
「秀綱、それに母上、只今戻りました」
「秀頼殿、冒険者としての生活はいかがですか?」
「とても充実しております。良き仲間とも巡り合えました」
吉右衛門が辰巳とユノウに視線を向けると、二人はこそばゆくなった。
「それは良かった。ところで、今回はどのような用向きでお戻りになられたの?」
しゃべりながら大広院と忠綱は下座に、秀綱は吉右衛門と秀時が座る上座に腰を下ろした。
「母上も北条の件はご存じかと思いますが、それが無事終結しましたので、その報告と処遇について話をしに来たのです」
「え、もう終わったの? 聞いたところだと、なんだか北条の手には余る感じで、改めて討伐軍を組織するみたいな様子だったけど……」
「はい。母上もいらしたところで、改めて北条の件について話をする」
吉右衛門は騒動の発端となった謀の件から話を始め、適宜辰巳とユノウが補足説明を入れつつ、終結に至るまでの経緯を簡潔に説明した。
「……とまぁ、辰巳殿の活躍もあって、この短期間で終わらせることができたのだ」
話を聞き終えると、辰巳とユノウを除いた面々は、驚きと安堵感が混じったような複雑な表情を浮かべていた。
「なんと言うか……おじじ様が小田原におられたのは、不幸中の幸いという感じがいたします」
秀時が言うように、吉右衛門がその場に居合わせた意味は大きかった。
辰巳の力は驚くべきものであったが、それを遺憾なく発揮できたのも、吉右衛門が後ろ盾となって行動の自由が認められていたからである。
「確かに、秀頼殿たちがいなければ、事は北条だけで収まらなかったかもしれないわね」
大広院は秀時の意見に同意を示す。
「それで、父上は北条をどうなさるおつもりで?」
秀綱が北条の処遇について尋ねると、一同の視線は吉右衛門に集まった。
「うーむ……一連の騒動、そのすべては氏吉の暴挙によるもの。よって、江戸一帯の北条領は没収とする。これで始末をつけようと思うが、秀時はどう思う?」
やろうと思えば北条家を取り潰すこともできるほどの案件であっただけに、吉右衛門が示した処分内容は極めて寛大なものであった。
秀時も少し北条に対して甘くはないかと思っていたが、妖怪絡みの特殊な案件であったうえに、吉右衛門の預かりとなっていたため、あえて異論を挟むことはしなかったのである。
「おじじ様がそうお決めになったのであれば、私としては異存ございません」
「そうか。他の者も、異議はないな?」
吉右衛門は周りの反応を見たが、反対の意思は特に示されなかった。
ただ、秀時の考えを汲み取ったのか、大広院は賛意を示したうえで一言釘を刺す。
「よろしいのではないですか。いささか北条に甘いような気がしますけれど、秀頼殿が吟味したうえで決めたのであれば、私としては異存ありません」
「では、江戸一帯の北条領を没収するということで処分を決する。次に、こたびの一件において比類なき功績を上げた辰巳殿への褒美について」
それを聞いた瞬間、辰巳の目がキラキラと輝く。
「北条より没収した所領をそのまま与えようかとも思ったが、さすがにそれは問題があるだろうし、辰巳殿も迷惑であろうから、ここは金一〇万両を以って褒美としたい」
「じゅ、一〇万両でございますか?」
高すぎるのではないかと、綱吉が待ったをかけた。
「本当ならもっと出したいところだが、幕府の金蔵を考えるとこれが限界だからな」
だが、吉右衛門はまったく意に介さない。
「……なぁ、一〇万両っていくらくらい?」
辰巳は小声でユノウに確認する。
「そうですねぇ、だいたい二〇〇億くらいですかね」
「二〇〇億……」
周囲の反応から数テンポ遅れて、辰巳もその金額に驚く。
「上様はいかがお考えで?」
綱吉は秀時に意見を求める。
「おじじ様がそう判断されたのであれば、私に異存はない」
秀時が同意したことで、辰巳が一〇万両を手にすることが確定した。
「では辰巳殿、北条家における一連の騒動を鎮めた功績により、金一〇万両を褒美として与える。少ないが、受け取ってくれ」
「はい、ありがたくいただきます」
辰巳は満面の笑みを浮かべながらお礼を述べた。
「ただ、一〇万両もの大金をすぐに手配することはできんのでな、とりあえず一〇〇〇両だけここで渡し、残りは準備でき次第受け取れるようにする。千両箱をここへ」
吉右衛門は小姓に命じ、千両箱を持ってこさせた。
「さ、受け取ってくれ」
「はい。……これが本物の千両箱か。枕くらいの大きさなんだな」
辰巳は箱を開けて中を見てみたかったが、もらった場ですぐに開けるのはなんとなく失礼なような気がしたので、そのままユノウに渡してレッグポーチに入れてもらった。
「さて、用件も済んだことだし、小田原へ戻るとしよう」
吉右衛門はすっくと立ち上がった。
「もうお立ちになられるのですか。お茶をお点てしようと思っておりましたのに」
秀綱は茶の湯の名人として知られ、たびたび茶会を催していた。
「すまん、もうひとりの冒険者仲間が小田原で待っておるのでな」
「フフッ、それは急いで戻らないといけませんね」
子供に初めての友達ができたことを喜ぶかのように、大広院はやさしく微笑みながら、辰巳やユノウともに部屋を後にする吉右衛門のことを見送っていた。
「こたびの一件に対する処罰として、江戸一帯の北条領を没収す。いずれ、将軍の命として幕府より正式な書状が届くであろう」
小田原城に到着するや、吉右衛門はすぐに処分内容を氏元に伝えた。
「寛大なるご処置を賜り、心より御礼申し上げます」
最悪の事態まで覚悟していた氏元は、処分内容を聞いて心からほっとしていた。
「良かった……」
奈々も安堵の表情を浮かべながら、氏元に合わせて頭を下げていた。
「辰巳殿にも礼を申しておくようにな。他の大名の力を借りずに、短期間に最小限度の被害で事を収めるという、奇跡のようなことがあればこそ、かような処分で済ますことができたのだ」
「はっ。辰巳殿、貴殿のおかげで北条家は生き延びることができた。この恩、一生忘れぬ」
氏元は辰巳の方へ向き直すと、感謝の度合いを表すように深々と頭を下げた。
「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」
奈々も辰巳に対して感謝の意を表す。
「いえいえ、俺はそんな……」
言葉では謙遜しているものの、辰巳はまんざらでもない顔をしている。
「辰巳さん、本音が顔に出てますよ」
ユノウが指摘すると、辰巳は笑いながら誤魔化した。
こうして、北条家で起きた一連の騒動は、そのすべてが無事終わったのである。
この優しい声の主は、大御所の羽柴秀綱。五五歳の時に父親の後を継いで三代将軍となったものの、武芸や学問に秀でていたわけでもなく、性格ものんびりしていたため、周囲からはあまり期待されていなかった。実際、将軍となった秀綱はあまり政治に関心を持たなかったものの、既に宿老と各担当奉行を中心とした政治体制が構築されており、幕府が揺らぐということはなかったのだ。一方、趣味人として芸術や娯楽への造詣が深く、将軍主催による芸術祭の開催や娯楽産業に対する支援事業を行うなど、文化面においては功績を残していた。
「お帰りなさい」
紫色の艶やかな着物に身を包み、秀綱の隣でにこやかに微笑んでいるエルフの女性が、吉右衛門の生母である大広院だ。大陸の出身で、幼少の頃に倭国へと渡り、行き倒れになっているところを秀長に助けられ、娘同様に育てられた。弓の技量に優れ、小牧・長久手の戦いでは遠距離から放つ正確無比な攻撃によって羽柴軍の勝利に大きく貢献した。その後秀吉に見初められて側室となり、子を身籠ると淀城を与えられて「淀殿」と呼ばれるようになる。秀吉の死後「大広院」と名乗るようになり、秀長とともに幼い将軍を支えた。独り立ちした後は、将軍家のゴッドマザーとして一定の影響力を有しつつ、お忍びで大坂市中を散策するなど自由な日々を過ごしていたのだ。
「秀綱、それに母上、只今戻りました」
「秀頼殿、冒険者としての生活はいかがですか?」
「とても充実しております。良き仲間とも巡り合えました」
吉右衛門が辰巳とユノウに視線を向けると、二人はこそばゆくなった。
「それは良かった。ところで、今回はどのような用向きでお戻りになられたの?」
しゃべりながら大広院と忠綱は下座に、秀綱は吉右衛門と秀時が座る上座に腰を下ろした。
「母上も北条の件はご存じかと思いますが、それが無事終結しましたので、その報告と処遇について話をしに来たのです」
「え、もう終わったの? 聞いたところだと、なんだか北条の手には余る感じで、改めて討伐軍を組織するみたいな様子だったけど……」
「はい。母上もいらしたところで、改めて北条の件について話をする」
吉右衛門は騒動の発端となった謀の件から話を始め、適宜辰巳とユノウが補足説明を入れつつ、終結に至るまでの経緯を簡潔に説明した。
「……とまぁ、辰巳殿の活躍もあって、この短期間で終わらせることができたのだ」
話を聞き終えると、辰巳とユノウを除いた面々は、驚きと安堵感が混じったような複雑な表情を浮かべていた。
「なんと言うか……おじじ様が小田原におられたのは、不幸中の幸いという感じがいたします」
秀時が言うように、吉右衛門がその場に居合わせた意味は大きかった。
辰巳の力は驚くべきものであったが、それを遺憾なく発揮できたのも、吉右衛門が後ろ盾となって行動の自由が認められていたからである。
「確かに、秀頼殿たちがいなければ、事は北条だけで収まらなかったかもしれないわね」
大広院は秀時の意見に同意を示す。
「それで、父上は北条をどうなさるおつもりで?」
秀綱が北条の処遇について尋ねると、一同の視線は吉右衛門に集まった。
「うーむ……一連の騒動、そのすべては氏吉の暴挙によるもの。よって、江戸一帯の北条領は没収とする。これで始末をつけようと思うが、秀時はどう思う?」
やろうと思えば北条家を取り潰すこともできるほどの案件であっただけに、吉右衛門が示した処分内容は極めて寛大なものであった。
秀時も少し北条に対して甘くはないかと思っていたが、妖怪絡みの特殊な案件であったうえに、吉右衛門の預かりとなっていたため、あえて異論を挟むことはしなかったのである。
「おじじ様がそうお決めになったのであれば、私としては異存ございません」
「そうか。他の者も、異議はないな?」
吉右衛門は周りの反応を見たが、反対の意思は特に示されなかった。
ただ、秀時の考えを汲み取ったのか、大広院は賛意を示したうえで一言釘を刺す。
「よろしいのではないですか。いささか北条に甘いような気がしますけれど、秀頼殿が吟味したうえで決めたのであれば、私としては異存ありません」
「では、江戸一帯の北条領を没収するということで処分を決する。次に、こたびの一件において比類なき功績を上げた辰巳殿への褒美について」
それを聞いた瞬間、辰巳の目がキラキラと輝く。
「北条より没収した所領をそのまま与えようかとも思ったが、さすがにそれは問題があるだろうし、辰巳殿も迷惑であろうから、ここは金一〇万両を以って褒美としたい」
「じゅ、一〇万両でございますか?」
高すぎるのではないかと、綱吉が待ったをかけた。
「本当ならもっと出したいところだが、幕府の金蔵を考えるとこれが限界だからな」
だが、吉右衛門はまったく意に介さない。
「……なぁ、一〇万両っていくらくらい?」
辰巳は小声でユノウに確認する。
「そうですねぇ、だいたい二〇〇億くらいですかね」
「二〇〇億……」
周囲の反応から数テンポ遅れて、辰巳もその金額に驚く。
「上様はいかがお考えで?」
綱吉は秀時に意見を求める。
「おじじ様がそう判断されたのであれば、私に異存はない」
秀時が同意したことで、辰巳が一〇万両を手にすることが確定した。
「では辰巳殿、北条家における一連の騒動を鎮めた功績により、金一〇万両を褒美として与える。少ないが、受け取ってくれ」
「はい、ありがたくいただきます」
辰巳は満面の笑みを浮かべながらお礼を述べた。
「ただ、一〇万両もの大金をすぐに手配することはできんのでな、とりあえず一〇〇〇両だけここで渡し、残りは準備でき次第受け取れるようにする。千両箱をここへ」
吉右衛門は小姓に命じ、千両箱を持ってこさせた。
「さ、受け取ってくれ」
「はい。……これが本物の千両箱か。枕くらいの大きさなんだな」
辰巳は箱を開けて中を見てみたかったが、もらった場ですぐに開けるのはなんとなく失礼なような気がしたので、そのままユノウに渡してレッグポーチに入れてもらった。
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吉右衛門はすっくと立ち上がった。
「もうお立ちになられるのですか。お茶をお点てしようと思っておりましたのに」
秀綱は茶の湯の名人として知られ、たびたび茶会を催していた。
「すまん、もうひとりの冒険者仲間が小田原で待っておるのでな」
「フフッ、それは急いで戻らないといけませんね」
子供に初めての友達ができたことを喜ぶかのように、大広院はやさしく微笑みながら、辰巳やユノウともに部屋を後にする吉右衛門のことを見送っていた。
「こたびの一件に対する処罰として、江戸一帯の北条領を没収す。いずれ、将軍の命として幕府より正式な書状が届くであろう」
小田原城に到着するや、吉右衛門はすぐに処分内容を氏元に伝えた。
「寛大なるご処置を賜り、心より御礼申し上げます」
最悪の事態まで覚悟していた氏元は、処分内容を聞いて心からほっとしていた。
「良かった……」
奈々も安堵の表情を浮かべながら、氏元に合わせて頭を下げていた。
「辰巳殿にも礼を申しておくようにな。他の大名の力を借りずに、短期間に最小限度の被害で事を収めるという、奇跡のようなことがあればこそ、かような処分で済ますことができたのだ」
「はっ。辰巳殿、貴殿のおかげで北条家は生き延びることができた。この恩、一生忘れぬ」
氏元は辰巳の方へ向き直すと、感謝の度合いを表すように深々と頭を下げた。
「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」
奈々も辰巳に対して感謝の意を表す。
「いえいえ、俺はそんな……」
言葉では謙遜しているものの、辰巳はまんざらでもない顔をしている。
「辰巳さん、本音が顔に出てますよ」
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