幸せを知らない令嬢は、やたらと甘い神様に溺愛される

ちゃっぷ

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第九章 幸せ

第三十六話

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 イラホン様の幸せを教えていただいて、そして一緒に幸せになろうと言っていただいて……やっと自分の幸せが何なのか分かった気がする。

 溢れ出そうになる涙をグッと堪えて、私はもう一度イラホン様としっかりと向き合った。

 目の前にいるイラホン様は、私の答えを静かに待ちながら穏やかな笑みを浮かべてくれている。

 だから私も自然と笑みをこぼしながら答えることが出来た。

「……私の幸せも、私のそばでイラホン様が笑っていてくれることです」

 やっと分かった幸せというもの。

 暴力を振るわれない、食事がもらえる、自由に行動できる……それだけが幸せではないのだと、目の前にいるこの方が教えてくださった。

 ううん、イラホン様だけじゃない。

 私のことをずっと気にかけてくれるマラク、話を聞いてくれたカーフィン、イラホン様の幸せを考えて助言に来てくださったカティ様とバハロン様……彼らのおかげでもある。

 もっと言えば自分も役に立つと教えてくれた参拝者、人間を生み出してくれたイラホン様のお父様のおかげでもあるだろう。

 全てに感謝する心が溢れ出る。

 家族のことも……さんざん嫌な目にあったけれど、今ならば彼らも哀れな人達だったのだと思える。

 だから……。

「欲を言えるのであれば、私に関わる全ての方が幸せでいてくれれば……なお幸せです」

 私がそう言って笑うと、イラホン様も笑いながら、あの夜のように十字架の前で手を差し伸べてくれている。

 あのときは、この手に縋るしかないと思っていた。

 でも今は、この人の手を掴みたいと……そう思っている。

 私はイラホン様の前まで歩みを進め、その手に自分の手を添える。

「……俺たちは幸せ者だね」

 そしてイラホン様が優しく抱きしめてくれた。

 そう言われて、我慢していた涙がこぼれてしまう。

 幸せすら分からなかった私がこんな風に、幸せだと思えるようになるなんて……産まれてきてよかったと、心の底から思えた。

「……はい」

 頬をつたう涙が温かい。

 イラホン様と出会って、無表情だった自分がこんなにも泣いて笑って……感情が出てくるようになった。

 周りの状況に流されるだけの人形みたいな自分が、やっと感情のある人間になれたように感じる。

「……これは俺のワガママだけど、もう一度、あの日の誓いをやり直しても良いかな?」

 耳元で、イラホン様が小さな声でそう呟いていた。

 誓い……出会ったあの夜のことだろうか?

 やり直す……確かに私も、やり直す必要があるかもしれない。

「……はい、私もやり直したいです」

 イラホン様をギュッと抱きしめてから、私は少しだけイラホン様から離れる。

 こぼれ落ちる涙を拭い、目の前にいるお方を見つめる。

 十字架の前でイラホン様を見つめる……たったそれだけの行為にも、今は幸せを感じずにはいられない。

 イラホン様が穏やかな笑みを浮かべていて、自分もきっと同じような表情をしているのだろうなと思うことができた。

 そしてイラホン様がゆっくりと瞬きをしたかと思うと、真剣な表情でこちらを見つめてくる。

 イラホン様の淡い水色の瞳は、やはり美しかった。

「……空と神、イラホンの名において、病めるときも健やかなるときも汝を永遠に愛することを誓う」

 あの時と同じセリフ。

 そしてこの後、おでこにキスをされたっけ……。

 でも今度は違う。

「……病めるときも健やかなるときも、貴方様を愛することを空と神、イラホンに誓います」

 私もイラホン様に倣って、誓いの言葉を返す。

 自分の口から出て来ている言葉とは思えないほど、スラスラと……穏やかな声と心持ちで言えた。

 一方的な誓いじゃなくて、お互いに誓いあって……幸せになる決意を改めにする。

 ヴェールもウェディングドレスもない。

 けれど、これが私達の結婚式。

 私はにっこりと微笑んで、静かに目を閉じた。

 イラホン様の手が、私の腕を優しく包み込むように掴む。

 そして唇に温かい感触があった。

 唇から全身に、温かいものが広がっていくのを感じる。

 また一つ、私の中に幸せが増えた。

 幸せに浸りながらゆっくりと目を開けると、目の前には美しい私の夫。

「これからもよろしくね。アルサ」

 イラホン様はそう言って、ニッコリといつも通りの笑顔を浮かべていた。

 穏やかな笑みも美しい笑みも素敵だけれど、この笑顔が一番好きかもしれないとまた新しい発見が一つ。

「はい。イラホン様」

 私もつられるように、ニッコリと笑って答えた。

 イラホン様の妻として、神の妻としてとずっとあれこれ考えてきたけれど……この時、やっとイラホン様と本当の意味で夫婦になれた気がした。
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