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第二章 歌姫の追放
第五話
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やり返すと決めてから幾日が経ったか……今日も宴だ。
後宮の連中は、宴をしないと死ぬ病にでもかかっているのだろうか……そう思いたくなるほど毎日のように、大した意味もなく宴が開催されている。
ただし今は、先程まではザワザワと騒がしかったのが嘘のように周囲は静まり返り、全員がうっとりとしながら舞台に釘付けになっている。
舞台上では初めて見た時と同じように、歌姫が美しい声を楽器のように奏で、舞姫が身体をしなやかに動かして舞い踊っている。
父上の手紙によると、歌姫は後宮に出入りする芸者であったところを陛下に見初められ、側妃として後宮に迎え入れられた女性らしい。
陛下はとりわけ彼女の歌声を気に入っていて、宴が開催されるときには必ず舞台上に立たせて歌わせている。
確かに彼女の歌声は美しいし、聞くたびに違う曲を歌っているので飽きることもなく……その性格さえ何とかなっていれば、私もうっとりと聴いていたことであろう。
歌が終わると、彼女は少し汗ばみながらお辞儀する。
陛下が大きな拍手と共に今日も見事であったと満足そうにしていて、周りも陛下につられるように拍手を彼女たちに送る。
それを受けて顔を上げた歌姫は少し息を切らしながら顔は赤みを帯びていて、表情は達成感と自信に満ち溢れ、どこか色っぽさを感じさせた。
その赤みを帯びた顔色が青ざめ、自信が崩れる様を思い浮かべると思わず口元がにやけそうになったので、私は口元を袖で隠す。
「良いであろう。歌姫の歌は」
すると突然、上級妃を侍らせている陛下が隣で普通に座っていた私に声を掛けてきた。
酔っているのであろう……顔は赤く、目は私を見ているようで見ていない。
それでも私はこの男の側妃として穏やかな微笑みを浮かべ、はいと答える。
「あの者の歌声は絶品! 余はあの歌声をいつでも聞けるように、あの者を側妃として迎えて上級妃の立場をくれてやったのだ」
上機嫌にそう語る陛下にそうですかと答えるが、この方には私の返事など届いていないだろう……まだべらべらと話を続ける。
「寝所でのあやつも絶品だ。愛らしい顔と、あの声! あれを喘がせると、夜通し鳴かせたくなるのだ」
歌姫との夜のことを思い出しているのか、いやらしい顔をしながらガハハと笑う陛下と、嫌ですわと言いながらも一緒になって笑っている上級妃たち。
ただ陛下の周りにへばりついている上級妃たちは、自分の方が上だと言わんばかりに甘い声を漏らして陛下の身体を撫でている。
それに満足そうに、陛下はまた大きな声で笑っている。
その様子を隣で見ていてうっかり微笑みが崩れそうになったが、口元を袖で隠してその場は何とか乗り切った。
後宮とは、下卑た場所だな。
――宴終わり、疲れた身体を柔らかな長椅子に投げ出すように預け、ぐったりとしながら前もって指示を出しておいた従者の報告を聞く。
「歌姫様の従者や女官に紛れ込み、舞台裏を確認しました。歌姫様と舞姫様は舞台上だけでなく舞台袖でも仲よさげに話しておられましたが、内容は陛下との夜伽のことや、他の側妃の悪口などが主でした」
従者は淡々と、見たまま聞いたままを報告してくる。
「ご要望があれば詳細をお話いたしますが、いかがなさいますか?」
「――今は聞きたくないわ。
後で読むから、書面にまとめておいてちょうだい」
しかし今日はこれ以上下品な話を聞く体力が残っていなかったから、後日に回すことにした。
あの短絡的で直情的な二人のことだから、どうせ大したことを話してはいないと思うが……陛下と側妃のことは些細なことでも情報を得ておきたいから念の為、確認しておいた方が良いだろう。
げんなりとしつつも、これも仕事だと自分を納得させる。
私はもはや長椅子に寝転がりながら、従者にさらに報告を求める。
「歌姫の舞台前後の動きを教えなさい」
従者ははいと答え、また報告を始めた。
「歌姫様は舞姫様とご一緒に舞台袖に入られ、歌姫様が水を一杯飲んでいる間、歓談しておられました。水をお飲みになっていたのは歌姫様だけで、周りの者が舞姫様に水をお出しする様子はありませんでした」
さらに従者は続ける。
「ただ舞台終わりにはお二人共、お水を飲まれて息を整えてから陛下の元へと戻っていかれました」
何度か宴の最中に従者を舞台裏に紛れ込ませ、様子を窺わせていたけれど……彼女たちの行動は習慣化しているのか、何度聞いても報告が変わることはなかった。
舞台前に歌姫だけが水を飲んでおしゃべり、舞台終わりには二人共水を飲んでから陛下のところに戻る。
「二人の飲む水は、同じ水差しから?」
「はい。舞台前後で、水差しの水が入れ替えられている様子もありませんでした」
報告を聞き終え、ご苦労さまと告げて従者を下げさせる。
――二人の動きが完全に習慣化されているものならば、罠を仕掛けるのも容易い。
あとは父に手紙を出して必要な物を準備してもらって、決行日をいつにするか決めるだけね。
「……楽しみだわ」
私は宴の時には見せなかった微笑みを浮かべながら、その日はそのまま眠りについた。
後宮の連中は、宴をしないと死ぬ病にでもかかっているのだろうか……そう思いたくなるほど毎日のように、大した意味もなく宴が開催されている。
ただし今は、先程まではザワザワと騒がしかったのが嘘のように周囲は静まり返り、全員がうっとりとしながら舞台に釘付けになっている。
舞台上では初めて見た時と同じように、歌姫が美しい声を楽器のように奏で、舞姫が身体をしなやかに動かして舞い踊っている。
父上の手紙によると、歌姫は後宮に出入りする芸者であったところを陛下に見初められ、側妃として後宮に迎え入れられた女性らしい。
陛下はとりわけ彼女の歌声を気に入っていて、宴が開催されるときには必ず舞台上に立たせて歌わせている。
確かに彼女の歌声は美しいし、聞くたびに違う曲を歌っているので飽きることもなく……その性格さえ何とかなっていれば、私もうっとりと聴いていたことであろう。
歌が終わると、彼女は少し汗ばみながらお辞儀する。
陛下が大きな拍手と共に今日も見事であったと満足そうにしていて、周りも陛下につられるように拍手を彼女たちに送る。
それを受けて顔を上げた歌姫は少し息を切らしながら顔は赤みを帯びていて、表情は達成感と自信に満ち溢れ、どこか色っぽさを感じさせた。
その赤みを帯びた顔色が青ざめ、自信が崩れる様を思い浮かべると思わず口元がにやけそうになったので、私は口元を袖で隠す。
「良いであろう。歌姫の歌は」
すると突然、上級妃を侍らせている陛下が隣で普通に座っていた私に声を掛けてきた。
酔っているのであろう……顔は赤く、目は私を見ているようで見ていない。
それでも私はこの男の側妃として穏やかな微笑みを浮かべ、はいと答える。
「あの者の歌声は絶品! 余はあの歌声をいつでも聞けるように、あの者を側妃として迎えて上級妃の立場をくれてやったのだ」
上機嫌にそう語る陛下にそうですかと答えるが、この方には私の返事など届いていないだろう……まだべらべらと話を続ける。
「寝所でのあやつも絶品だ。愛らしい顔と、あの声! あれを喘がせると、夜通し鳴かせたくなるのだ」
歌姫との夜のことを思い出しているのか、いやらしい顔をしながらガハハと笑う陛下と、嫌ですわと言いながらも一緒になって笑っている上級妃たち。
ただ陛下の周りにへばりついている上級妃たちは、自分の方が上だと言わんばかりに甘い声を漏らして陛下の身体を撫でている。
それに満足そうに、陛下はまた大きな声で笑っている。
その様子を隣で見ていてうっかり微笑みが崩れそうになったが、口元を袖で隠してその場は何とか乗り切った。
後宮とは、下卑た場所だな。
――宴終わり、疲れた身体を柔らかな長椅子に投げ出すように預け、ぐったりとしながら前もって指示を出しておいた従者の報告を聞く。
「歌姫様の従者や女官に紛れ込み、舞台裏を確認しました。歌姫様と舞姫様は舞台上だけでなく舞台袖でも仲よさげに話しておられましたが、内容は陛下との夜伽のことや、他の側妃の悪口などが主でした」
従者は淡々と、見たまま聞いたままを報告してくる。
「ご要望があれば詳細をお話いたしますが、いかがなさいますか?」
「――今は聞きたくないわ。
後で読むから、書面にまとめておいてちょうだい」
しかし今日はこれ以上下品な話を聞く体力が残っていなかったから、後日に回すことにした。
あの短絡的で直情的な二人のことだから、どうせ大したことを話してはいないと思うが……陛下と側妃のことは些細なことでも情報を得ておきたいから念の為、確認しておいた方が良いだろう。
げんなりとしつつも、これも仕事だと自分を納得させる。
私はもはや長椅子に寝転がりながら、従者にさらに報告を求める。
「歌姫の舞台前後の動きを教えなさい」
従者ははいと答え、また報告を始めた。
「歌姫様は舞姫様とご一緒に舞台袖に入られ、歌姫様が水を一杯飲んでいる間、歓談しておられました。水をお飲みになっていたのは歌姫様だけで、周りの者が舞姫様に水をお出しする様子はありませんでした」
さらに従者は続ける。
「ただ舞台終わりにはお二人共、お水を飲まれて息を整えてから陛下の元へと戻っていかれました」
何度か宴の最中に従者を舞台裏に紛れ込ませ、様子を窺わせていたけれど……彼女たちの行動は習慣化しているのか、何度聞いても報告が変わることはなかった。
舞台前に歌姫だけが水を飲んでおしゃべり、舞台終わりには二人共水を飲んでから陛下のところに戻る。
「二人の飲む水は、同じ水差しから?」
「はい。舞台前後で、水差しの水が入れ替えられている様子もありませんでした」
報告を聞き終え、ご苦労さまと告げて従者を下げさせる。
――二人の動きが完全に習慣化されているものならば、罠を仕掛けるのも容易い。
あとは父に手紙を出して必要な物を準備してもらって、決行日をいつにするか決めるだけね。
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私は宴の時には見せなかった微笑みを浮かべながら、その日はそのまま眠りについた。
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