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プロローグ
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先月、17歳になった神崎蓮(かんざき れん) は、誕生日を迎えたその日、交通事故に遭った。
学校からの帰り道。続きが気になっていた小説を読みながら歩いていた蓮はミラーのない曲がり角で、乗用車に轢かれ意識を失った。その後病院に搬送され、無事に一命を取り留めた。
蓮を轢いた車の運転手はというと、一時はその場から逃走したものの、現場近くの防犯カメラにナンバーと車体がはっきりと映っていたのですぐに捕まった。
入院中には、家族、親戚はもちろん、学校の友達も多く見舞いに来てくれていた。
蓮は、交通事故に遭ったのは災難だったが、多くの人に見守られていることを改めて理解し自分は幸せ者だと、気持ちを切り替えることができた。
裁判の結果、相手は当然のことながら有罪判決を突きつけられ、蓮に対して慰謝料を払うことも決まった。
その男は、かなりのボンボンだったらしく、蓮の家族からしたら信じられない金額の慰謝料が払われることとなった。それに加え、蓮は歩道内を歩いていたにも関わらず轢かれたので、慰謝料はさらに跳ね上がった。
蓮は、人生何があるかわからないのだと、この1ヶ月の間に2度も痛感したのであった。
いや、もう1つ……誰にだってにわかに信じがたいことがある。それは……
***
目が覚めて、初めて見るもの。
ここ最近は、病室の白い天井ばかり。
窓の外を見れば、今まで当たり前だと思っていた青空が、まるで別世界の景色のように見えた。
早く退院できると思ったものの、 頭を強く打ったらしく暫くは安静にして置かなければならないのだという。
医者が言うには、頭への違和感は自分自身では分かりにくく、下手に動くと脳内出血をしてしまう事例もあるのだという。
さすがにそんなつまらないことで死ぬのはごめんなので、蓮は仕方なく病院に寝泊まりすることにしたのだ。
「蓮、来たわよ~」
聞き覚えのある声だった。
ベッドを囲うカーテンの隙間から覗くその顔は、穏やかな優しい雰囲気を醸し出していた。
「母さん…!」
「調子はどう?」
蓮の母親の美代子だ。
連日の入院生活でストレスが溜まっている蓮を気遣って、毎日文庫本を買ってきてくれるのだ。
今日もいつものように文庫本を受け取る。
「ありがとう」
「今日は、あなたの好きなあの作家の新刊よっ!あの…なんだっけ?」
美代子ははにかんだ。
とても40代とは思えない綺麗な肌だなと、息子ながらに思った。
「雨宮涼子だよ。何回目だよ、その質問…」
美代子はごめんごめんと、ベッドに腰掛けた。
「明後日には戻ってこれるんだから、頑張ってね」
「うん、こんなに長い1ヶ月はなかったよ…」
1ヶ月……この期間に読んだ文庫本は数知れず。
やっと元の生活に戻れるのだと思うと、なんだか開放感があった。少し不気味なほど白いこのベッドともさよならだと、蓮は思った。
ふと、視線を窓の外から母親に戻すと………
「え…?」
蓮は確かに病室のベッドの上にいた。誰がなんと言おうとそうだったはずだ。だがこれは……
「俺の家だ……」
間違いなかった。今まで17年間過ごしてきた、神崎家の前だ。
蓮は目の前で起こっている事態が呑み込めなかった。
なぜ自分がここにいるのか。美代子はどこに行ったのか。他にも山ほどわからないことはあった。
その時…家の中から、美代子が出てきた。
「母さん!母さん!」
蓮は必死に呼びかけたが、美代子は答えない。
「おい…母さん?」
なんだか、無視しているというよりも聞こえていない感じだ。
蓮は美代子の後を追い、肩に手を載せようとした。
「母さん、さっきから………!?」
蓮は更に衝撃を受けた。
なんと、美代子の肩に置いたはずの手がすり抜けてしまったのだ。
「な、なんなんだよ…!」
蓮はがくりと肩を落として、ため息をつく。
足元を見た時、自分が裸足なことに気がついた。病衣も着たままだった。
腕時計を見ると、時刻は4時半だった。
ふと、顔を上げると、蓮は目の前で起きた出来事に驚嘆する。
「危ねえっ!!」
なんと、目の前で美代子がトラックに跳ねられたのだ。
「母さんっ…母さん!?」
トラックが人にぶつかる鈍い音とともに、美代子の赤い血があちこちに飛び散っている。
蓮は美代子の元に駆け寄り、抱き上げようとするが、蓮の手は美代子の身体を虚しくすり抜けてしまう。
「っ…!クッソォ!?」
蓮はコンクリートの地面を殴った。ゴッという音が響いたが、周りの野次馬にはやはり聞こえていないようだった。今度は、拳の先にリアルに痛みを感じたがトラックの運転手に対する怒りが勝っていたので全く気にならなかった。
そこへ、ある男が美代子の元へ駆け寄ってきて、首元を触った。
その男は何度も何度も確かめたが……
「死んでる……」
蓮は絶望した。目の前にいながら何もできなかったのだと、目の前の出来事から逃げるように力強く目を瞑った。
ん……蓮…蓮!
美代子の呼ぶ声が微かに聞こえる。
「蓮!?」
病室だ。戻ってきた…のだろうか。
美代子が生きている。蓮はますます分からなくなる。
「蓮、聞いてるの?ぼーっとしちゃって…」
蓮は、病室を端から端まで見渡す。
「な、なぁ母さん……俺…ずっとここにいたよな?」
美代子はケラケラと高笑いして言った。涙を流しながら笑う姿に、少し安堵しつつも腹が立った。
「どうしたのあんた…?もう高二よ?中二病の時期は終わったでしょうが」
「そうだよなぁ!?あははっ……」
蓮は、腕時計にちらっと目をやった。
「っ…!?」
蓮は腕時計を見たまま、固まってしまう。
時刻が3時過ぎだったからだ。
家の前で見た時は、確かに4時半だったのに…
「蓮…?どうしたの、何考えてるの…」
「ごめん、黙って!」
美代子は蓮の気迫に押され、黙りこくってしまう。
蓮の思考が、徐々に今までの出来事に追いついてきた。
そして蓮は、 とある結論に至った。
人生は予測不可能だと、蓮が痛感したことの内、3つ目。
それは、人生を予測可能にするものだった。
学校からの帰り道。続きが気になっていた小説を読みながら歩いていた蓮はミラーのない曲がり角で、乗用車に轢かれ意識を失った。その後病院に搬送され、無事に一命を取り留めた。
蓮を轢いた車の運転手はというと、一時はその場から逃走したものの、現場近くの防犯カメラにナンバーと車体がはっきりと映っていたのですぐに捕まった。
入院中には、家族、親戚はもちろん、学校の友達も多く見舞いに来てくれていた。
蓮は、交通事故に遭ったのは災難だったが、多くの人に見守られていることを改めて理解し自分は幸せ者だと、気持ちを切り替えることができた。
裁判の結果、相手は当然のことながら有罪判決を突きつけられ、蓮に対して慰謝料を払うことも決まった。
その男は、かなりのボンボンだったらしく、蓮の家族からしたら信じられない金額の慰謝料が払われることとなった。それに加え、蓮は歩道内を歩いていたにも関わらず轢かれたので、慰謝料はさらに跳ね上がった。
蓮は、人生何があるかわからないのだと、この1ヶ月の間に2度も痛感したのであった。
いや、もう1つ……誰にだってにわかに信じがたいことがある。それは……
***
目が覚めて、初めて見るもの。
ここ最近は、病室の白い天井ばかり。
窓の外を見れば、今まで当たり前だと思っていた青空が、まるで別世界の景色のように見えた。
早く退院できると思ったものの、 頭を強く打ったらしく暫くは安静にして置かなければならないのだという。
医者が言うには、頭への違和感は自分自身では分かりにくく、下手に動くと脳内出血をしてしまう事例もあるのだという。
さすがにそんなつまらないことで死ぬのはごめんなので、蓮は仕方なく病院に寝泊まりすることにしたのだ。
「蓮、来たわよ~」
聞き覚えのある声だった。
ベッドを囲うカーテンの隙間から覗くその顔は、穏やかな優しい雰囲気を醸し出していた。
「母さん…!」
「調子はどう?」
蓮の母親の美代子だ。
連日の入院生活でストレスが溜まっている蓮を気遣って、毎日文庫本を買ってきてくれるのだ。
今日もいつものように文庫本を受け取る。
「ありがとう」
「今日は、あなたの好きなあの作家の新刊よっ!あの…なんだっけ?」
美代子ははにかんだ。
とても40代とは思えない綺麗な肌だなと、息子ながらに思った。
「雨宮涼子だよ。何回目だよ、その質問…」
美代子はごめんごめんと、ベッドに腰掛けた。
「明後日には戻ってこれるんだから、頑張ってね」
「うん、こんなに長い1ヶ月はなかったよ…」
1ヶ月……この期間に読んだ文庫本は数知れず。
やっと元の生活に戻れるのだと思うと、なんだか開放感があった。少し不気味なほど白いこのベッドともさよならだと、蓮は思った。
ふと、視線を窓の外から母親に戻すと………
「え…?」
蓮は確かに病室のベッドの上にいた。誰がなんと言おうとそうだったはずだ。だがこれは……
「俺の家だ……」
間違いなかった。今まで17年間過ごしてきた、神崎家の前だ。
蓮は目の前で起こっている事態が呑み込めなかった。
なぜ自分がここにいるのか。美代子はどこに行ったのか。他にも山ほどわからないことはあった。
その時…家の中から、美代子が出てきた。
「母さん!母さん!」
蓮は必死に呼びかけたが、美代子は答えない。
「おい…母さん?」
なんだか、無視しているというよりも聞こえていない感じだ。
蓮は美代子の後を追い、肩に手を載せようとした。
「母さん、さっきから………!?」
蓮は更に衝撃を受けた。
なんと、美代子の肩に置いたはずの手がすり抜けてしまったのだ。
「な、なんなんだよ…!」
蓮はがくりと肩を落として、ため息をつく。
足元を見た時、自分が裸足なことに気がついた。病衣も着たままだった。
腕時計を見ると、時刻は4時半だった。
ふと、顔を上げると、蓮は目の前で起きた出来事に驚嘆する。
「危ねえっ!!」
なんと、目の前で美代子がトラックに跳ねられたのだ。
「母さんっ…母さん!?」
トラックが人にぶつかる鈍い音とともに、美代子の赤い血があちこちに飛び散っている。
蓮は美代子の元に駆け寄り、抱き上げようとするが、蓮の手は美代子の身体を虚しくすり抜けてしまう。
「っ…!クッソォ!?」
蓮はコンクリートの地面を殴った。ゴッという音が響いたが、周りの野次馬にはやはり聞こえていないようだった。今度は、拳の先にリアルに痛みを感じたがトラックの運転手に対する怒りが勝っていたので全く気にならなかった。
そこへ、ある男が美代子の元へ駆け寄ってきて、首元を触った。
その男は何度も何度も確かめたが……
「死んでる……」
蓮は絶望した。目の前にいながら何もできなかったのだと、目の前の出来事から逃げるように力強く目を瞑った。
ん……蓮…蓮!
美代子の呼ぶ声が微かに聞こえる。
「蓮!?」
病室だ。戻ってきた…のだろうか。
美代子が生きている。蓮はますます分からなくなる。
「蓮、聞いてるの?ぼーっとしちゃって…」
蓮は、病室を端から端まで見渡す。
「な、なぁ母さん……俺…ずっとここにいたよな?」
美代子はケラケラと高笑いして言った。涙を流しながら笑う姿に、少し安堵しつつも腹が立った。
「どうしたのあんた…?もう高二よ?中二病の時期は終わったでしょうが」
「そうだよなぁ!?あははっ……」
蓮は、腕時計にちらっと目をやった。
「っ…!?」
蓮は腕時計を見たまま、固まってしまう。
時刻が3時過ぎだったからだ。
家の前で見た時は、確かに4時半だったのに…
「蓮…?どうしたの、何考えてるの…」
「ごめん、黙って!」
美代子は蓮の気迫に押され、黙りこくってしまう。
蓮の思考が、徐々に今までの出来事に追いついてきた。
そして蓮は、 とある結論に至った。
人生は予測不可能だと、蓮が痛感したことの内、3つ目。
それは、人生を予測可能にするものだった。
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