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第1章 力の代償
力の代償
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蓮の思考の中で、不可解な出来事について仮説が立った。
俺には未来が見えるのか………?
もしも、本当にさっき見たことがこれから起こるならば、美代子が危ない。
蓮は背筋が凍った。美代子の顔を見る。
「な、何よ…怖い顔しちゃって…。どしたの?」
何も知らない、無邪気な美代子の顔を見ると、胸が締め付けられる思いだった。
よく、アニメやドラマで未来は簡単に変えてはならないというが、蓮は美代子が死ぬくらいなら、未来なんて変えてやる、そう強く覚悟した。
第一、美代子を助けたところで、他の何かが変わるとは思えない。
僕は、神なんて信じない…信じないが、きっとこの力は、交通事故にあった僕を哀れんだ神が、僕に誕生日プレゼントをくれたのだ。
大切な人を救う力として、行使するべきだと蓮は思った。
そうやって割り切れば、もう話は早い。
「母さん、あのさ……」
「どうしたの…?」
美代子は布団の上から蓮の膝頭に手を置いて聞いた。
「あのさ、この本薄いでしょ?これじゃあ、すぐに読み終わっちゃうからさ…」
美代子は察したように立ち上がる。
「あと何冊か買って来いってことね?」
「うん…ごめん!」
美代子は、退院したら肩もみしてね、と言って病室を出て行った。
蓮は、ふぅとため息をついた。
額のあたりから顎の辺りまで、涙のように汗がこぼれた。
蓮は病衣の袖で、顔全体の冷や汗を拭った。
家と、本屋は真逆だ。これで、母さんがトラックに轢かれる可能性はなくなった。
蓮は疲れきってしまい、ベッドに身体を横たえた。
「ふぅ……よかった」
蓮はゆっくりと流れる白い雲を、ぼんやりと眺めながら美代子の帰りを待つことにした。
***
「蓮~!買ってきたよ~」
美代子は、本屋の袋いっぱいに本を買ってきた。
「奮発しちゃった~!」
「どうりで遅いわけだ……」
蓮はちらと時計に目をやる。
よし、4時半を回った。母さんがここにいるということは未来が変わったということだ。
「どうしたの蓮…ニヤニヤしちゃって…。悪いけどねお母さん、エッチな本なんて買ってきてないわよ」
「違うよ……」
蓮があまりに冷静に返したので、美代子はつまらないと駄々をこねる。
蓮は美代子を助けたことよりも、 未来を変えたことに達成感を感じている自分に気がついていた。
この力に飲み込まれないようにしないといけないな。
蓮は冷静に自己分析をした。昔からこういうことは得意だ。それに、こんな力を手に入れたのだから、頭を柔らかくして、かつ慎重に使わねばならないと思った。
そして、友達はもちろんのこと、美代子にもことのことは黙っておこうと決めたのだった。
「ねぇ、蓮?これであと2日、持つわよね?」
「うん!母さん、ありがとう!」
美代子は、また来るからねと言って病室を出た。
蓮は、本は読まずにベッドに身体を横たえた。
***
今日は、ついに蓮が退院する日だ。
蓮は身支度を済ませると、受付で手続きをして病院を出た。
「あぁ~!やっと…やっと外に」
蓮はあまりの開放感で大きく伸びをした。
久しぶりに吸った病院の外の空気は、都会の空気といえども、蓮にとってはかなり澄んだものに感じた。
大きく深呼吸して、体内の空気を全て入れ替える。
今日からまた、新しい気持ちで生活をする。
蓮は美代子に連絡をかけた。
『蓮~!!退院おめでとう~!』
「……声でかっ!」
蓮は美代子の甲高い声に、思わずスピーカーがオフになっているかどうか確かめてしまった。
「今から、電車に乗って帰るから、30分ぐらいしたら着くと思う」
『うん…』
美代子の声のトーンが急に下がったので、蓮は電話越しに、少し身構えた。
***
蓮は電車に乗ろうと、駅まで向かった。
すると改札から、1人見覚えのある顔が目に付いた。中学校の頃からの親友だった中島正樹だ。
彼は中学校時代、蓮と共にバスケ部で頑張ってきた仲間だった。蓮が交通事故にあったと聞きつけて、病院まで飛んできてくれた。そのあとも、何度か見舞いに来てくれた。
蓮は彼の元まで走り寄って声をかけた。
「中島!こんなところで何を『誰だよ、お前?』
蓮の言葉を遮って、正樹は言った。蓮は笑って、
「おいおい…冗談もほどほどにしろよ~!4日前に俺の病院にお見舞いに来てくれただろ?」
彼は眉間にしわを寄せて言った。
「だから、なんの話だよ!?お前…なんで俺の名前知ってんだ」
「おい……マジか?」
蓮は、彼が冗談を言っているようには見えなくなってきた。中学校の時から、彼は冗談とか、嘘をつくのが苦手だった。
蓮は、正樹に
「呼び止めて悪かった。俺のことは忘れてくれ」
正樹は大きくため息をつきながら、大通りの方へ歩き始めた。
蓮は小さくなっていく正樹の背中を、 胸を締め付けられるような思いで見ていた。
***
蓮の家は、川崎駅の近くにある。
蓮のいた病院の最寄りからは、南武線で一本だ。
蓮は電車に乗ったあとも、正樹のことで頭がいっぱいだった。先ほどの彼の態度はなんなのだ。蓮は彼に憤りすら覚えた。
だが、今まで一緒にいた友情はこんなことでは揺るがない。きっと何か理由があるはずだ。
頭をどこかにぶつけて記憶喪失にでもなったか、よっぽど俺と話したくないのか…。考えられる理由はこの2つが良いところだ。
可能性があるとすれば、前者だろう。4日前に会った時には、何もなかった。
ここまで考えたところで、蓮の集中力は底を尽きた。
張り詰めた糸がプツリと切れたように、蓮は背中を背もたれにつけた。
蓮は南武線の優先席で揺られていた。
窓の外を流れていく景色がなんだか寂しい。
本来ならば、まだまだ桜の季節は続いているはずなのだが、先週上陸した台風の影響で、見事に桜は散ってしまった。
おかげで、我が高校自慢の桜並木もすっ裸だ。
桜並木といえば、慶應の日吉キャンパスだとか、そんなところのほうが有名なんだろうが、蓮は自分の高校の桜並木の方が好きだ。
自分の高校だからと、無意識に買いかぶりすぎだろうか。
ふと、斜め向かい側のドアを見ると、懐かしい顔が目に飛び込んできた。
***
彼女の名は、仁坂夏希。
中学生の頃、蓮の彼女だったのだ。
高校に入るタイミングで、なかなか会えないのは辛いと、彼女の方から申し出があり蓮も承諾して別れることになったのだ。
未練が無いといえば嘘になるが、高校に入ったのを機に、また新しい恋を探そう!などと割り切っていたので、彼女に対して特別な感情を抱いてはいなかった。
彼女は、いわゆる絶世の美女と言ったわけではなかったが、上品で和風な顔立ちや、透き通るように綺麗な肌が蓮は大好きだった。
この際だから、声をかけてみようと彼女の方へ歩み寄った。
「よう!仁坂、久しぶり!」
彼女は音楽を聴いていたが、蓮の声に反応してイヤホンをとって振り向いた。
そして彼女は大きく目を見開いた。
「蓮……君?」
蓮は、「覚えててくれたんだ」と頷いた。
「久しぶり~!元気にしてた~?」
夏希の眩しい笑顔は変わらない。
辛い時、悲しい時、いつもこの顔で励ましてくれた。
もし、今も2人の関係が………
彼女への想いは断ち切ったはずだった。
そのはずだったのに、今も2人の関係が続いていたらなどと考えている自分がいることに蓮は気がついた。
だが、不思議と嫌ではなかった。
彼女は、はにかんで言った。
「ねぇ、なんだかカッコよくなったんじゃない?新しい子見つけたんでしょ!?」
「違うよ~!新しい子なんて、そうそう見つからないから……。でも、カッコよくなったってとこは否定しないよ!」
蓮の冗談に、夏希は声を上げて笑った。
そんな夏希の笑顔に見とれてしまっている蓮。 思わず目をそらす。
「ねぇねぇ!これから、ちょっとだけお話ししようよ~!駅降りてさ!」
「まぁ…良いけど…」
そっけない態度を取っているが、本当は嬉しかったのだということはここだけの話。
2人とも、下車駅は川崎なのでラゾーナのスタバにでも入ろうかと話していた。
【終点、川崎~!川崎駅です】
アナウンスが入ったので、2人は足元に置いてあったカバンを肩に担いだ。
「デートするのなんて…2年ぶり?懐かしいね」
付き合ってはいないのに、彼女が『デート』なんて言葉を使うので、蓮はむずがゆい思いだった。
改札を出ると、ものすごい人ごみで足の踏み場もない状況だったが、蓮はこの雰囲気は嫌いじゃない。
「行こうか」
夏希に声をかけた。夏希は慌てて、
「あっ!ちょっと待って」
蓮の左手を、彼女の右手が優しく包んだ。
「ま、迷子になったら…困るからさ」
夏希は少し俯いた。
それなら電話すれば良いだろう、と言い返せない自分が情けない。蓮はそう思った。
ふと、前にいた中年の男の姿が目に付いた。
酔っ払っているんだか、フラフラだったからだ。
確かに、近寄ってみると酒臭い。
なんだか古臭いベストに、色あせた青色のキャップをかぶった男で背中には少し小さなリュックを背負っていた。
突然、身体がふわりと軽くなった。美代子の時と同じ感覚だった。
この感じ……また…!?
蓮は目を固く閉じて、開いた。
あれ…?
そこは、川崎駅西口の下りエスカレーターの前だった。
あまり先ほどの位置とは変わらないなと思い、後ろを振り返る。
「!?」
そこには、夏希と手をつないで歩いている自分の姿があった。
「今からほんの少し先の未来なのか…!誰だ……誰の未来なんだ…!?」
ここまでたくさんの人数がいては、誰の未来が特定できない。だが、わざわざ西口エスカレーターの前に飛んだのだからここで待てば良いのだろう。
すると、先ほどの中年の男がフラフラと歩いてきた。
男はエスカレーターではなく階段の前に立つと、おぼつかない足取りで一段ずつ降りていく。
「なんだ…こいつか…。それよりもこれが誰の未来なのか…『ドサッ!ドサドサッ!』
蓮の言葉を遮るように、蓮の背中の方から鈍い音が響いた。
「まさか…!」
慌てて後ろを見ると、先ほどの男が転げ落ちて頭から血を流している。
女性の悲鳴とともに蓮は現実の世界に連れ戻された。
なんだ…この力は…!未来は未来でも、他人が死ぬ未来なのか…?
我に返ってみると、あの男はもうすでに階段に近づいていた。
夏希の手を強く引いた。
「え?ちょっと…どうしたの!?」
「あのおじさん…酔っ払ってる!あのままじゃ階段から落ちちゃう気がするんだ!」
彼女は「気がするって…」と言いながらも付いてきてくれた。
蓮は男に追いつくと、声をかけた。
「あの…酔っ払ってますよね…?エスカレーターで降りた方が良いと思いますよ」
男はゆっくりと振り返った。
「おぉう?そうかぁ!あんがとなぁ!兄ちゃん若ぇのに感心だなぁぁ!」
男が酔っているのは明らかだった。
急に大声を出したり拳を上に突き上げたりしていた。
ふらつく身体をエスカレーターまで押して行って、下まで降りて見届けた。
「ふぅ…仁坂、ごめんね!急にこんな…『あなた…誰なんでしょうか…?』
デジャヴ?蓮は思った。
正樹の時にも似たようなことがあった。
「あの…なんでか知らないけど、私、あなたを連れて降りてきてしまったみたいなんですけど…」
心が折れそうだった。メチャクチャになりかけている思考をフル稼働させて、出てきた言葉はたった一言。
「俺のことは……忘れてください」
彼女は、何事もなかったようにバスターミナルに向かった。
足元に虚しく散った桜の花びらが、風に揺られて地面を転がる。
そうか……そういう事か…!
蓮の脳内で、全てが繋がった。
この力にはリスクがあったんだ…それもそうだ。こんな力…リスクがないという方がおかしい。
崖っぷちに追い込まれたはずなのに、こういう時に限って頭は冷静だ。
中島が俺のことを忘れたのも、仁坂が忘れたのも、俺がこの力を誰かのために行使した時だったんだ。
ピリリリ………
耳を突き抜けるような甲高い着信音が鳴る。
スマホのスクリーンには、母の文字。
「もしもし…」
『大丈夫?もうすぐ1時間経つけど…』
「あぁ、今、川崎駅だよ。もうすぐ着くから」
『そう?なら良いけど…』
蓮は辿り着いた結論が、頭の中で暴れている。
頭痛なんて…何年ぶりだ?
蓮は都会の狭い空を見上げた。あの白い雲は、今日も呑気に世界一周旅行だ。羨ましい。
力の代償……それはあまりにも大きく、17歳の蓮には受け止めきれそうにない。
人の命を助ける代わりに……………
自分の存在が無かったことにされていく。
俺には未来が見えるのか………?
もしも、本当にさっき見たことがこれから起こるならば、美代子が危ない。
蓮は背筋が凍った。美代子の顔を見る。
「な、何よ…怖い顔しちゃって…。どしたの?」
何も知らない、無邪気な美代子の顔を見ると、胸が締め付けられる思いだった。
よく、アニメやドラマで未来は簡単に変えてはならないというが、蓮は美代子が死ぬくらいなら、未来なんて変えてやる、そう強く覚悟した。
第一、美代子を助けたところで、他の何かが変わるとは思えない。
僕は、神なんて信じない…信じないが、きっとこの力は、交通事故にあった僕を哀れんだ神が、僕に誕生日プレゼントをくれたのだ。
大切な人を救う力として、行使するべきだと蓮は思った。
そうやって割り切れば、もう話は早い。
「母さん、あのさ……」
「どうしたの…?」
美代子は布団の上から蓮の膝頭に手を置いて聞いた。
「あのさ、この本薄いでしょ?これじゃあ、すぐに読み終わっちゃうからさ…」
美代子は察したように立ち上がる。
「あと何冊か買って来いってことね?」
「うん…ごめん!」
美代子は、退院したら肩もみしてね、と言って病室を出て行った。
蓮は、ふぅとため息をついた。
額のあたりから顎の辺りまで、涙のように汗がこぼれた。
蓮は病衣の袖で、顔全体の冷や汗を拭った。
家と、本屋は真逆だ。これで、母さんがトラックに轢かれる可能性はなくなった。
蓮は疲れきってしまい、ベッドに身体を横たえた。
「ふぅ……よかった」
蓮はゆっくりと流れる白い雲を、ぼんやりと眺めながら美代子の帰りを待つことにした。
***
「蓮~!買ってきたよ~」
美代子は、本屋の袋いっぱいに本を買ってきた。
「奮発しちゃった~!」
「どうりで遅いわけだ……」
蓮はちらと時計に目をやる。
よし、4時半を回った。母さんがここにいるということは未来が変わったということだ。
「どうしたの蓮…ニヤニヤしちゃって…。悪いけどねお母さん、エッチな本なんて買ってきてないわよ」
「違うよ……」
蓮があまりに冷静に返したので、美代子はつまらないと駄々をこねる。
蓮は美代子を助けたことよりも、 未来を変えたことに達成感を感じている自分に気がついていた。
この力に飲み込まれないようにしないといけないな。
蓮は冷静に自己分析をした。昔からこういうことは得意だ。それに、こんな力を手に入れたのだから、頭を柔らかくして、かつ慎重に使わねばならないと思った。
そして、友達はもちろんのこと、美代子にもことのことは黙っておこうと決めたのだった。
「ねぇ、蓮?これであと2日、持つわよね?」
「うん!母さん、ありがとう!」
美代子は、また来るからねと言って病室を出た。
蓮は、本は読まずにベッドに身体を横たえた。
***
今日は、ついに蓮が退院する日だ。
蓮は身支度を済ませると、受付で手続きをして病院を出た。
「あぁ~!やっと…やっと外に」
蓮はあまりの開放感で大きく伸びをした。
久しぶりに吸った病院の外の空気は、都会の空気といえども、蓮にとってはかなり澄んだものに感じた。
大きく深呼吸して、体内の空気を全て入れ替える。
今日からまた、新しい気持ちで生活をする。
蓮は美代子に連絡をかけた。
『蓮~!!退院おめでとう~!』
「……声でかっ!」
蓮は美代子の甲高い声に、思わずスピーカーがオフになっているかどうか確かめてしまった。
「今から、電車に乗って帰るから、30分ぐらいしたら着くと思う」
『うん…』
美代子の声のトーンが急に下がったので、蓮は電話越しに、少し身構えた。
***
蓮は電車に乗ろうと、駅まで向かった。
すると改札から、1人見覚えのある顔が目に付いた。中学校の頃からの親友だった中島正樹だ。
彼は中学校時代、蓮と共にバスケ部で頑張ってきた仲間だった。蓮が交通事故にあったと聞きつけて、病院まで飛んできてくれた。そのあとも、何度か見舞いに来てくれた。
蓮は彼の元まで走り寄って声をかけた。
「中島!こんなところで何を『誰だよ、お前?』
蓮の言葉を遮って、正樹は言った。蓮は笑って、
「おいおい…冗談もほどほどにしろよ~!4日前に俺の病院にお見舞いに来てくれただろ?」
彼は眉間にしわを寄せて言った。
「だから、なんの話だよ!?お前…なんで俺の名前知ってんだ」
「おい……マジか?」
蓮は、彼が冗談を言っているようには見えなくなってきた。中学校の時から、彼は冗談とか、嘘をつくのが苦手だった。
蓮は、正樹に
「呼び止めて悪かった。俺のことは忘れてくれ」
正樹は大きくため息をつきながら、大通りの方へ歩き始めた。
蓮は小さくなっていく正樹の背中を、 胸を締め付けられるような思いで見ていた。
***
蓮の家は、川崎駅の近くにある。
蓮のいた病院の最寄りからは、南武線で一本だ。
蓮は電車に乗ったあとも、正樹のことで頭がいっぱいだった。先ほどの彼の態度はなんなのだ。蓮は彼に憤りすら覚えた。
だが、今まで一緒にいた友情はこんなことでは揺るがない。きっと何か理由があるはずだ。
頭をどこかにぶつけて記憶喪失にでもなったか、よっぽど俺と話したくないのか…。考えられる理由はこの2つが良いところだ。
可能性があるとすれば、前者だろう。4日前に会った時には、何もなかった。
ここまで考えたところで、蓮の集中力は底を尽きた。
張り詰めた糸がプツリと切れたように、蓮は背中を背もたれにつけた。
蓮は南武線の優先席で揺られていた。
窓の外を流れていく景色がなんだか寂しい。
本来ならば、まだまだ桜の季節は続いているはずなのだが、先週上陸した台風の影響で、見事に桜は散ってしまった。
おかげで、我が高校自慢の桜並木もすっ裸だ。
桜並木といえば、慶應の日吉キャンパスだとか、そんなところのほうが有名なんだろうが、蓮は自分の高校の桜並木の方が好きだ。
自分の高校だからと、無意識に買いかぶりすぎだろうか。
ふと、斜め向かい側のドアを見ると、懐かしい顔が目に飛び込んできた。
***
彼女の名は、仁坂夏希。
中学生の頃、蓮の彼女だったのだ。
高校に入るタイミングで、なかなか会えないのは辛いと、彼女の方から申し出があり蓮も承諾して別れることになったのだ。
未練が無いといえば嘘になるが、高校に入ったのを機に、また新しい恋を探そう!などと割り切っていたので、彼女に対して特別な感情を抱いてはいなかった。
彼女は、いわゆる絶世の美女と言ったわけではなかったが、上品で和風な顔立ちや、透き通るように綺麗な肌が蓮は大好きだった。
この際だから、声をかけてみようと彼女の方へ歩み寄った。
「よう!仁坂、久しぶり!」
彼女は音楽を聴いていたが、蓮の声に反応してイヤホンをとって振り向いた。
そして彼女は大きく目を見開いた。
「蓮……君?」
蓮は、「覚えててくれたんだ」と頷いた。
「久しぶり~!元気にしてた~?」
夏希の眩しい笑顔は変わらない。
辛い時、悲しい時、いつもこの顔で励ましてくれた。
もし、今も2人の関係が………
彼女への想いは断ち切ったはずだった。
そのはずだったのに、今も2人の関係が続いていたらなどと考えている自分がいることに蓮は気がついた。
だが、不思議と嫌ではなかった。
彼女は、はにかんで言った。
「ねぇ、なんだかカッコよくなったんじゃない?新しい子見つけたんでしょ!?」
「違うよ~!新しい子なんて、そうそう見つからないから……。でも、カッコよくなったってとこは否定しないよ!」
蓮の冗談に、夏希は声を上げて笑った。
そんな夏希の笑顔に見とれてしまっている蓮。 思わず目をそらす。
「ねぇねぇ!これから、ちょっとだけお話ししようよ~!駅降りてさ!」
「まぁ…良いけど…」
そっけない態度を取っているが、本当は嬉しかったのだということはここだけの話。
2人とも、下車駅は川崎なのでラゾーナのスタバにでも入ろうかと話していた。
【終点、川崎~!川崎駅です】
アナウンスが入ったので、2人は足元に置いてあったカバンを肩に担いだ。
「デートするのなんて…2年ぶり?懐かしいね」
付き合ってはいないのに、彼女が『デート』なんて言葉を使うので、蓮はむずがゆい思いだった。
改札を出ると、ものすごい人ごみで足の踏み場もない状況だったが、蓮はこの雰囲気は嫌いじゃない。
「行こうか」
夏希に声をかけた。夏希は慌てて、
「あっ!ちょっと待って」
蓮の左手を、彼女の右手が優しく包んだ。
「ま、迷子になったら…困るからさ」
夏希は少し俯いた。
それなら電話すれば良いだろう、と言い返せない自分が情けない。蓮はそう思った。
ふと、前にいた中年の男の姿が目に付いた。
酔っ払っているんだか、フラフラだったからだ。
確かに、近寄ってみると酒臭い。
なんだか古臭いベストに、色あせた青色のキャップをかぶった男で背中には少し小さなリュックを背負っていた。
突然、身体がふわりと軽くなった。美代子の時と同じ感覚だった。
この感じ……また…!?
蓮は目を固く閉じて、開いた。
あれ…?
そこは、川崎駅西口の下りエスカレーターの前だった。
あまり先ほどの位置とは変わらないなと思い、後ろを振り返る。
「!?」
そこには、夏希と手をつないで歩いている自分の姿があった。
「今からほんの少し先の未来なのか…!誰だ……誰の未来なんだ…!?」
ここまでたくさんの人数がいては、誰の未来が特定できない。だが、わざわざ西口エスカレーターの前に飛んだのだからここで待てば良いのだろう。
すると、先ほどの中年の男がフラフラと歩いてきた。
男はエスカレーターではなく階段の前に立つと、おぼつかない足取りで一段ずつ降りていく。
「なんだ…こいつか…。それよりもこれが誰の未来なのか…『ドサッ!ドサドサッ!』
蓮の言葉を遮るように、蓮の背中の方から鈍い音が響いた。
「まさか…!」
慌てて後ろを見ると、先ほどの男が転げ落ちて頭から血を流している。
女性の悲鳴とともに蓮は現実の世界に連れ戻された。
なんだ…この力は…!未来は未来でも、他人が死ぬ未来なのか…?
我に返ってみると、あの男はもうすでに階段に近づいていた。
夏希の手を強く引いた。
「え?ちょっと…どうしたの!?」
「あのおじさん…酔っ払ってる!あのままじゃ階段から落ちちゃう気がするんだ!」
彼女は「気がするって…」と言いながらも付いてきてくれた。
蓮は男に追いつくと、声をかけた。
「あの…酔っ払ってますよね…?エスカレーターで降りた方が良いと思いますよ」
男はゆっくりと振り返った。
「おぉう?そうかぁ!あんがとなぁ!兄ちゃん若ぇのに感心だなぁぁ!」
男が酔っているのは明らかだった。
急に大声を出したり拳を上に突き上げたりしていた。
ふらつく身体をエスカレーターまで押して行って、下まで降りて見届けた。
「ふぅ…仁坂、ごめんね!急にこんな…『あなた…誰なんでしょうか…?』
デジャヴ?蓮は思った。
正樹の時にも似たようなことがあった。
「あの…なんでか知らないけど、私、あなたを連れて降りてきてしまったみたいなんですけど…」
心が折れそうだった。メチャクチャになりかけている思考をフル稼働させて、出てきた言葉はたった一言。
「俺のことは……忘れてください」
彼女は、何事もなかったようにバスターミナルに向かった。
足元に虚しく散った桜の花びらが、風に揺られて地面を転がる。
そうか……そういう事か…!
蓮の脳内で、全てが繋がった。
この力にはリスクがあったんだ…それもそうだ。こんな力…リスクがないという方がおかしい。
崖っぷちに追い込まれたはずなのに、こういう時に限って頭は冷静だ。
中島が俺のことを忘れたのも、仁坂が忘れたのも、俺がこの力を誰かのために行使した時だったんだ。
ピリリリ………
耳を突き抜けるような甲高い着信音が鳴る。
スマホのスクリーンには、母の文字。
「もしもし…」
『大丈夫?もうすぐ1時間経つけど…』
「あぁ、今、川崎駅だよ。もうすぐ着くから」
『そう?なら良いけど…』
蓮は辿り着いた結論が、頭の中で暴れている。
頭痛なんて…何年ぶりだ?
蓮は都会の狭い空を見上げた。あの白い雲は、今日も呑気に世界一周旅行だ。羨ましい。
力の代償……それはあまりにも大きく、17歳の蓮には受け止めきれそうにない。
人の命を助ける代わりに……………
自分の存在が無かったことにされていく。
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