命をかけて恋をした、ちっぽけな少年の物語

ロジャー・フェデ郎

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間奏 夏希の記憶

間奏 夏希の記憶

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夏希は、さっき自分の手を握っていた、あの少年のことを考えていた。


『俺のことは忘れてください』って…

あの人のこと知らないんだけど。
忘れてなんて言われたら、余計忘れらんない。



夏希は川崎駅西口からバスに乗り自宅へ向かっていた。
音楽を聴いていて、イヤホンから微かに音楽が漏れる。

窓から空を見上げようとするが、都会の空は狭くバスの窓から空を見るには、角度が足らず、いくら頑張っても駅ビルの最上階くらいが限界だ。

ほんの僅かに覗く青空には、綿菓子のような雲がちらほらと浮かんでいるのが伺えた。

ラッシュの時間帯に重なってしまい、バスの中は非常に混雑して蒸し暑かった。
首筋を伝う汗を拭いたかったが、今ここで手を動かせば持っている荷物が揺れて周りの人に迷惑がかかる。



それにしても、あの少年は不思議な感じがした。
気がつくと手を握られていたのだが、全く嫌な感じはしなかった。それどころか、喜びすら感じていたほどだ。

女の子たちが見たら喜びそうな爽やかなイケメン顏でもなく、普通の高校生という感じだったのに、自分はなぜ彼に好感を抱いているのか、夏希は全く分からなかった。


彼とは今日初めて会ったはずなのに、なんだかずっと前から一緒にいたような…そんな安心感が会った。


名前も知らない。顔も知らない。でも……


彼は私のことを知ってるみたいだった。
名前で呼ばれた。
私に向けたあの笑顔が、なんだか愛おしかった。


バスが停留所について、夏希はカバンを持って降りていく。
右手には、まだ彼の手のぬくもりが残っていた。



別れ際______________彼は泣きそうな顔をしていた。

その顔を思い出した途端、頬を伝う雫が地面に落ちた。



「え…?」



予想外の涙に、夏希は慌ててしまう。なぜ涙が出てきたのかわからない。
でも、なんだか寂しい気分になった。



今まで築き上げてきたものが全て崩れていくような悲しみ…今まで感じたことの無いほど心が切なくなった。


家に着くと、親が仕事でいないからか普段から静かな家がさらに静かなものに感じた。涙は…まだ止まらない。


階段を上って、部屋のドアを開けると少し古くなったドアが小さく悲鳴をあげて開く。

電気をつけると、少しだけ心が明るくなった。


カバンを置き、時計を見る。2時半………。

そういえば…ラゾーナのスタバに行こうとしてたような気がするけど、何か飲みたいものなんてあったかな…?



誰かと会って…大事な話をするつもりだったはずなのに…




「あれ…?」




ふと、机の上にある一枚の写真を見つけた。

そこに写っていたのは、さっき駅にいた少年と、そして



________顔を赤らめて彼に抱きついている私…。




すごく幸せそうな…恋人同士の写真……。
彼と…私?


なぜあの少年と自分が同じ写真に写っていて、自分の身に覚えが無いのか…


「あ!買い物行かないと…」


あとでしっかり考えようなどと思いながら、制服から着替えないまま小さなショルダーバッグに財布を入れて家を出た。


夕飯は、いつも夏希が作っている。両親が仕事で遅いので、普段から夏希が作っているのだ。スーパーに買い出しに行くのも夏希だ。
きっちりとお小遣い帳までつけている。


そういえば前に「夏希は良いお嫁さんになりそうだな!」と……………あれ?
誰に言われたんだっけ?
なんか今日は変なことばっかりだな…疲れてるのかな、私



スーパーへの一本道を歩いていると、首元に何か違和感を覚えた。
ワイシャツの襟の中を手探りで、違和感の正体を探す。

指が鎖骨のあたりに差し掛かった時、何か冷たい金属のようなものに触れた。

「これって………!!」

ネックレスを見た瞬間、すべてを思い出した。

彼女の目から涙が溢れる。

「蓮君……!」

なんで忘れてたんだろう…!?こんな大事なこと…
彼にすぐ謝らなきゃ!


夏希はバッグから携帯を出した。
パスワードを入力した次の瞬間……




________え?





背中に強い衝撃を感じた。
痛いとか、そんなものじゃ無い。周りのものが全てスローモーションに見える。


口を大きく開けて驚いている男性。

隣にいる彼女を庇う若い男性。

レジ袋を持ったまま逃げている中年の女性。

……何に驚いてるの?私の顔に何かついてるの…?



後ろを振り返る。夏希は目を見開いた。

トラック……?あ…運転手、寝てんじゃん…


ドゴォォォォン!



夏希の体が、トラックに跳ね飛ばされコンクリートの道路を跳ねる。







周りに次々と人が集まってくる。


【蓮君に謝らなきゃいけないのに…身体、動かないや…】


夏希は携帯を持つ手を緩めない。


【あぁ…蓮君のこと忘れてたから…バチが当たったのかなぁ……】


「救急車を呼べっ!早く!」


ふと、そんな声が聞こえたが夏希は自分が助からないことをなんとなく察していた。


ゆっくりと目を閉じる。



夏希は蓮に告白された日のことを思い出す。



『仁坂のこと…前からずっとずっと、好きでしたっ…!!俺と……付き合ってください!!』


勇気を振り絞って思いを伝えてくれた彼がたまらなく愛おしかった。


【あぁ…もう、最悪……!今日、彼ともう一度結ばれるチャンスだったのになぁ……】



意識が次第に薄れていく。

周りの人たちが何やら忙しなく動いているのが視界の端に見えた。

蓮君は……来てるわけないよね…



【蓮君……今までずっと……これからも…】



夏希の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。



_______________愛してるよ
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