5 / 12
間奏 夏希の記憶
間奏 夏希の記憶
しおりを挟む夏希は、さっき自分の手を握っていた、あの少年のことを考えていた。
『俺のことは忘れてください』って…
あの人のこと知らないんだけど。
忘れてなんて言われたら、余計忘れらんない。
夏希は川崎駅西口からバスに乗り自宅へ向かっていた。
音楽を聴いていて、イヤホンから微かに音楽が漏れる。
窓から空を見上げようとするが、都会の空は狭くバスの窓から空を見るには、角度が足らず、いくら頑張っても駅ビルの最上階くらいが限界だ。
ほんの僅かに覗く青空には、綿菓子のような雲がちらほらと浮かんでいるのが伺えた。
ラッシュの時間帯に重なってしまい、バスの中は非常に混雑して蒸し暑かった。
首筋を伝う汗を拭いたかったが、今ここで手を動かせば持っている荷物が揺れて周りの人に迷惑がかかる。
それにしても、あの少年は不思議な感じがした。
気がつくと手を握られていたのだが、全く嫌な感じはしなかった。それどころか、喜びすら感じていたほどだ。
女の子たちが見たら喜びそうな爽やかなイケメン顏でもなく、普通の高校生という感じだったのに、自分はなぜ彼に好感を抱いているのか、夏希は全く分からなかった。
彼とは今日初めて会ったはずなのに、なんだかずっと前から一緒にいたような…そんな安心感が会った。
名前も知らない。顔も知らない。でも……
彼は私のことを知ってるみたいだった。
名前で呼ばれた。
私に向けたあの笑顔が、なんだか愛おしかった。
バスが停留所について、夏希はカバンを持って降りていく。
右手には、まだ彼の手のぬくもりが残っていた。
別れ際______________彼は泣きそうな顔をしていた。
その顔を思い出した途端、頬を伝う雫が地面に落ちた。
「え…?」
予想外の涙に、夏希は慌ててしまう。なぜ涙が出てきたのかわからない。
でも、なんだか寂しい気分になった。
今まで築き上げてきたものが全て崩れていくような悲しみ…今まで感じたことの無いほど心が切なくなった。
家に着くと、親が仕事でいないからか普段から静かな家がさらに静かなものに感じた。涙は…まだ止まらない。
階段を上って、部屋のドアを開けると少し古くなったドアが小さく悲鳴をあげて開く。
電気をつけると、少しだけ心が明るくなった。
カバンを置き、時計を見る。2時半………。
そういえば…ラゾーナのスタバに行こうとしてたような気がするけど、何か飲みたいものなんてあったかな…?
誰かと会って…大事な話をするつもりだったはずなのに…
「あれ…?」
ふと、机の上にある一枚の写真を見つけた。
そこに写っていたのは、さっき駅にいた少年と、そして
________顔を赤らめて彼に抱きついている私…。
すごく幸せそうな…恋人同士の写真……。
彼と…私?
なぜあの少年と自分が同じ写真に写っていて、自分の身に覚えが無いのか…
「あ!買い物行かないと…」
あとでしっかり考えようなどと思いながら、制服から着替えないまま小さなショルダーバッグに財布を入れて家を出た。
夕飯は、いつも夏希が作っている。両親が仕事で遅いので、普段から夏希が作っているのだ。スーパーに買い出しに行くのも夏希だ。
きっちりとお小遣い帳までつけている。
そういえば前に「夏希は良いお嫁さんになりそうだな!」と……………あれ?
誰に言われたんだっけ?
なんか今日は変なことばっかりだな…疲れてるのかな、私
スーパーへの一本道を歩いていると、首元に何か違和感を覚えた。
ワイシャツの襟の中を手探りで、違和感の正体を探す。
指が鎖骨のあたりに差し掛かった時、何か冷たい金属のようなものに触れた。
「これって………!!」
ネックレスを見た瞬間、すべてを思い出した。
彼女の目から涙が溢れる。
「蓮君……!」
なんで忘れてたんだろう…!?こんな大事なこと…
彼にすぐ謝らなきゃ!
夏希はバッグから携帯を出した。
パスワードを入力した次の瞬間……
________え?
背中に強い衝撃を感じた。
痛いとか、そんなものじゃ無い。周りのものが全てスローモーションに見える。
口を大きく開けて驚いている男性。
隣にいる彼女を庇う若い男性。
レジ袋を持ったまま逃げている中年の女性。
……何に驚いてるの?私の顔に何かついてるの…?
後ろを振り返る。夏希は目を見開いた。
トラック……?あ…運転手、寝てんじゃん…
ドゴォォォォン!
夏希の体が、トラックに跳ね飛ばされコンクリートの道路を跳ねる。
周りに次々と人が集まってくる。
【蓮君に謝らなきゃいけないのに…身体、動かないや…】
夏希は携帯を持つ手を緩めない。
【あぁ…蓮君のこと忘れてたから…バチが当たったのかなぁ……】
「救急車を呼べっ!早く!」
ふと、そんな声が聞こえたが夏希は自分が助からないことをなんとなく察していた。
ゆっくりと目を閉じる。
夏希は蓮に告白された日のことを思い出す。
『仁坂のこと…前からずっとずっと、好きでしたっ…!!俺と……付き合ってください!!』
勇気を振り絞って思いを伝えてくれた彼がたまらなく愛おしかった。
【あぁ…もう、最悪……!今日、彼ともう一度結ばれるチャンスだったのになぁ……】
意識が次第に薄れていく。
周りの人たちが何やら忙しなく動いているのが視界の端に見えた。
蓮君は……来てるわけないよね…
【蓮君……今までずっと……これからも…】
夏希の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
_______________愛してるよ
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる