命をかけて恋をした、ちっぽけな少年の物語

ロジャー・フェデ郎

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第3章 高崎 陽菜

高崎 陽菜

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『大丈夫ですか…?』 

あの日と同じように、声をかけてくれた。 
 
『あの…よかったらこれ、使ってください』

彼女の優しい声が、今にも凍りつきそうな蓮の心を溶かしていく。


夏希……?


蓮は、彼女の差し出すハンカチには目もくれず、ブランコから立ち上がって彼女の身体を抱き寄せた。

蓮は、彼女を抱きしめるのに夢中でこの女性がいったい誰なのかだとか、全く考えてなどいなかった。

抱きしめてしまってから気がつく。
この女性は夏希ではない。

蓮は現実から目を背けようとしたのだ。夏希が生きている理想の世界。

もしも過去に戻れるのなら、もう一度…夏希に会いたい。



初対面の女性だと気付いているのに……蓮の身体が彼女の存在を受け入れているかのようだった。

彼女の身体を抱きしめた腕が解けない。
ここまでしたら、警察を呼ばれても仕方ないと割り切って自分の気持ちに任せて行動することにした。



しかし彼女は抵抗しようとはしなかった。それどころか、泣いていて情けなく震えている蓮の背中に手を回し、まるで赤ん坊をなだめるかのように背中をさすった。



彼女は何も言わずとも、蓮の全てを受け入れた。
こんな感覚は夏希以来だった。



悲しみに打ちひしがれている蓮を……
そっと抱き寄せてくれる。女神か何かだろうか?蓮は思った。
そして同時に、この力を手にしてから、神だの女神だのと無意識に考えてしまっている自分が可笑しかった。
前は、全くそんなもの信じていなかったのに。





ようやく落ち着いて、蓮は彼女を自分の身体から離した。


彼女は、ハンカチで蓮の涙の筋をなぞった。


「いきなり抱きついて……ごめん…。初対面だったのに…つい」


彼女は、『全然大丈夫だよ』と、はにかんだ。

そんな愛らしい彼女の姿に見とれていた蓮をよそに、彼女は辺りを見回して、公園の奥にあったベンチを指差した。

『ねぇ!あそこに座ろっか!』


そう言って、振り返った彼女の髪からは微かにシャンプーの香りがして、蓮の鼻をくすぐった。


彼女の小さな手に引かれて、少し小走りになる。
段々になった彼女の制服のスカートが漣を打って翻る。


ベンチに腰掛けて顔を上げると、目の前には美しい西日が輝いていた。
蓮は驚いた。家を出たのは朝だったはずなのだが、いつの間にか夕暮れ時になっていた。いったいどれくらいの間、泣いていたのだろう。

こんなに身近なところに、ここまで心を打つ景色があったとは。夏希と出会った時には気づかなかった。

ふと、横から声がかかった。


「ねぇ…私でよかったら、聞くよ?……ほら、話せば楽になることもあるでしょ?」


蓮は、黙ってしまった。何から話せばいいのかわからなかった。
力のこと…?彼女はそこまで信頼できるのか…?夏希と似ているから…?いや、ダメだ…。この力のことは誰にも…


彼女は、蓮の顔色を伺った。
そして少し俯くと、ゆっくりと話し始めた。

「私ね…3ヶ月前に、両親が他界したの」

彼女は涙を必死でこらえているように見えた。
それでも彼女は続けた。それが、蓮への気遣いだった。


初対面の私に、悲しみを打ち明けるなんてなかなか出来ないはず。でも、共通点の1つでもあれば…何か話してくれるはず、彼女はそう思っていた。


「今は親戚の家に住んでるんだけどね、親戚の人たちがすごく優しくて……。おかげで私は息苦しい思いをすることなく暮らしてる」


彼女の話を聞いて、蓮は夏希のことを思い浮かべた。

俺のことを忘れたあいつは、きっと俺が死に追いやったなんてこと…考えもしないだろうな。


「それでも、最初の1ヶ月位は毎日泣いてた。親戚の人たちが心配するから、学校入ってたけど、いつも体調崩して保健室に行ってた」


彼女の目元が潤んできている。
もういい…もういいよ…
そう言ってあげたかったが、この先を聞かずにはいられなかった。


「泣く時はね…いつもあのブランコに座ってたの」


蓮は驚いて彼女を見る。彼女はクスッと笑って、


「そう…誰かさんと同じでしょ?」


本当に可愛らしい笑顔な人だな…蓮は感嘆した。

あのちょっと肩をすぼめて笑う感じが良い。
それでも決してぶりっ子っぽく見えないのが、彼女の長所だ。

「だからあなたに声をかけたの…私と同じように、きっと辛い思いしてるはずだって思って……!でも…迷惑だったかな…?」

彼女はちょっと遠慮がちに言う。

蓮は、首を左右に激しく振った。
彼女はケラケラと笑いながら、「首、取れちゃうよ?」と言った。
それなら良かった、と彼女は小さくため息をついて足を前に伸ばしてリラックスした。

「私に…話してくれないかな…?」

今度は躊躇しなかった。彼女なら大丈夫だ。
蓮は、少し俯いたまま口を開いた。





全て話した。
力のこと…未来を変えた人の数だけ、自分の存在を忘れる人間が増えていくことも。

そのせいで、恋人や親友を失ったことも。

恋人の方に関しては、この世にすらもういないということも。

そして…この力のことは、2人だけの秘密にしてほしいということも伝えた。



彼女は俺の話を黙って聞いていてくれて、力のこともすんなりと信じてくれた。
こんな力のことを話したって、誰も信じないと思っていた。でも彼女は……俺を信じてくれた。


夏希なら信じてくれただろうか…


ふと、そんな考えが頭をよぎった。
あぁ…きっと信じてくれるだろう…俺を好きだった夏希なら信じてくれただろう。
その前に、夏希はもうここにはいない…
仮に生きていたとしても、俺を忘れた彼女が信じてくれるはずがない。


「ホントにこんなことって……あるんだね…!」


彼女は驚きを隠せない様子だった。それもそうだ。
蓮だって初めの頃は意味が分からなかった。

神からのプレゼントだとか、そう言う無理やりな解釈をしてやっと納得したくらいだ。
だから信じてくれただけでも、蓮にとっては幸いだった。

「俺……こんな能力のせいでさ、人生狂って…最悪だよ」

蓮がぼやいた。

彼女は、蓮の両手をしっかりと握って言った。

「どんなことがあったって…諦めちゃダメだからね!」

蓮は少し照れながら頷く。
きっと顔は真っ赤に染まっているはずだが、幸いなことに正面から夕日が差しているのでばれてはなさそうだ。

ところが彼女が、


「ねぇ…大丈夫?耳まで赤いよ?」


バレてたっ…!!恥ずかしいっ!


蓮は慌てて顔をそらす。

「あ~!照れてるんでしょ!?」

彼女は蓮の顔を覗き込みながらからかった。

「う、うるせえよ!し、し、思春期男子の手を掴むなんて……!そうか、わかったぞ!お前…詐欺師だろ!?俺の弱みに付け込んで、カネを巻き上げようって魂胆だな!」

蓮がそう言った途端…彼女は俯いて、低い声で囁いた。

「………案外、鋭いのね…ここで殺すしかないみたい…」


____________え?


「なーんてね!冗談だよ~!!」

当然だ。こんなの誰も引っかかるはずがない。
かくいう蓮はというと………


「わ、分かってるよ!そのくらい…!」

蓮の天然ぶりに彼女は唖然としていた。

「え?あれ?騙されたの?………あなた…バカなの?もしかしてばかなの!?」

蓮はうるせえ、と叫んで彼女の頭をペシッと叩いた。

「やってくれたなぁぁぁぁぁぁ!くらえ~」

彼女は持っていたカバンで蓮を殴った。
ゴッ、と鈍い音がする。教科書の角と思われる所が、蓮の脇腹にクリーンヒットした。

「ちよっ…!痛ぇ…!それはダメだろ」




結局そのあと、2人は汗で服が肌にピタリと張り付くまで戦った。

「な、なかなかやるな…」

「そっちこそ…って何よこれ」

彼女はノリツッコミをいれて、2人で笑った。
さっき攻撃を受けた脇腹が痛む。


疲れた…明日、学校じゃん!
先生は俺が部活やめたからって、教科の成績落としてきたし……そう言う差別…ホントつまんねぇからな…



蓮は彼女にそれを伝えた。彼女は、

「わからなくもないよ…先生も人間だから…でも、だからって仕事に私情を挟むのは良くないよね」


ほらな?みんなそう思うだろ?

蓮は少し誇らしげになった。彼女の今の言葉を、担任に聞かせてやりたかった。
だが、そんな思いも束の間。

「でもね…それで学校行きたくないっていうのは、どうかと思う」

蓮は予想外の答えにテンパってしまう。

「で、でも、さっきはわかるって…」

一方彼女は、蓮とは対照的で落ち着いていた。



「それとこれとは、別問題だよ」


蓮は正直、苛立った。自分の言い分が真っ向から否定された感じがしたからだ。

「社会には当たり前に差別はあるんだよ…大人になったらその中で生きていくしかないの…!だから、社会に文句をつけちゃダメ!私がいつも心がけてるのは………」


蓮はさらに怪訝そうな顔をした。
大人にって…こいつもまだ高校生じゃねえかよ…!制服着てるし……



蓮は彼女に失望した。
次の彼女の言葉が、自分の心を根こそぎ奪っていくとも知らずに……


「それは、『置かれた場所で、花開く方法を探す』ってこと!それだけは曲げちゃダメって決めてるの」

ちょっとクサかったね、と彼女が笑う。


暖かい春風が、2人の間を通り抜けた。
優しい夕日が2人を包み込む。


「あ…そうだ!自己紹介してなかった!」

2人とも、話すことに夢中ですっかり忘れていた。


夏希の時と全く同じタイミング………もしかして、双子?


蓮の頭の中でそんな考えがぐるぐると回ったが、夏希からはそんな話は一度も聞いていないので、すぐに違うなと気付いた。


「私は、高崎  陽菜!よろしくね!ってもう遅いか…」

彼女の笑顔には、ついつい見とれてしまう。




俺は……この人が好きなのか…?



「俺は、神崎 蓮……よろしく」


すでにビルの後ろに落ちてしまった夕日は、これからどんどん沈んで行って、明日、また元気に昇るのだ。


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