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1.お母さんと、いっしょ
前編
しおりを挟む今日も外では工事が始まったようです。
道路の拡張工事なのですが、建物の立ち退き拒否の活動もあり、よりいっそう騒がしさが増しています。窓をしっかり閉めるとガラスの向こうの騒音はわずかなものになりました。
またカーテンを淡く薄い色に変えられてしまいました。今回は水玉模様まで入っています。
私としては黒い布が二枚にグラスランプでもあれば落ち着いた面接室になると主張しているのですが、秘書のリリーは「それでは暗すぎて魔女の実験室だ」と反論してきます。
今はじんわりと淡い色を透かして、天井のガラス照明と静かに混ざったくらいの明るさです。もちろん、ここは魔女の実験室ではありません。
勇者面接室です。
その出入り口、重く厚みのある両扉を私は心のなかで『砦』と呼んでいます。少しでも開くと騒々しい音が入り込んで来るからです。
建物の外といい中といい騒音にはさまれているわけです。下の階が冒険者ギルドなので仕方のないことだと言われたらそれまでなのですが。
きしきしと階段を上がってくる足音が伝わってきます。これはリリーのもの、それとあと二人分、今日訪れる予定の方々のものでしょう。リリーの淹れてくれたローズヒップテイを、もう一口だけ含んで待ちました。
『砦』の片側だけを開き、秘書のリリーが顔だけを覗かせてきます。
「室長、面接の方がいらっしゃったんですけど……」
カップを置いて次の言葉を待ちますが、リリーの口ははっきりとしません。いつも通りであれば面接者を引っ張って入れるくらいの勢いすらあるのに。
「いらっしゃったのなら通してください」
「それが、ご家族の方もいらっしゃって……」
リリーの言いように首をかしげてみせます。それでも返事は、なにか詰まっているかのようにもごもごと返されました。
基本的に勇者面接は一人ずつ行うことを想定しています。
ただし先方が面接者以外の入室を希望された場合、おおむね制限は設けていません。同席という形で入室を認めていますし、予備の椅子も用意はあります。
面接者はほとんどが冒険者ですから、苦楽や命運を共にした方からの話は評価の参考になります。仲間であったり相棒であったりです。後者は夫婦や恋人である場合もありますが。
同席者のほとんどは、いかに面接者が勇者として相応しいかを私に訴えてきて、つまりは推薦者ともいえるのですが、過去には面接中に仲間割れや、いわゆる痴話喧嘩を始めたケースもあります。
いずれにしても面接者の偉業と実績の確認、そして人となりを知る上でも立会いを拒む理由は特にありません。
「特に珍しいことではないでしょう?」
「それが、お母さん、なんです」
リリーはもう一度言います。
「お母さんと、いっしょなんです」
親子で面接に訪れること自体は珍しくはありません。家族親戚そろって来られる面接者も稀にいるくらいですから。ですが大抵は外の待合室までです。
過去には、子育てをしながら冒険をしている父親であったり、高齢の祖母を介護中のお孫さんもいらっしゃいました。
もちろん入室を断る理由はありませんし、それが評価に影響することもありません。あくまで面接者本人に対して面談を行うわけですから。もっとも、影響がないという情報も合否に関わることですので許可をこちらから告知することはできませんが。
しかし、です。
今回はこれまでのケースとは少し異なるようです。
入ってきた勇者面接者は青年男性、そして同伴は中年女性。つまりどちらも成人の、息子と母親だそうです。
こういったケースは初めてです。家庭の事情までは立ち入りませんが親の同伴が必要な事情があるのかもしれません。
「私は勇者面接室室長勇者面接官、スター・ゲイザーです。今回の勇者採用面接を担当させていただきます」
噛まずに言えました。
褒めてくれるひとはいませんが、私が留守のとき秘書のリリー・ユリーが同じ文言を練習しているのを知っています。この椅子に座ってです。この席を狙っているのでしょうか。
それはさておき。
「アロン・マザーコーンさん。ここでは最終面接としていくつかの質問をします。緊張していませんか? 夕べはよく眠れましたか?」
「はい、とっても」
にっこりと答えたのは母親です。私は面接者のアロンさんに尋ねたのですが。まだ本題ではないので構いませんが。
「アロンさん。経歴書によりますと最初の冒険は、カペル地方ですね」
「はい、とっても勇ましく旅立ちました!」
私はアロンさんに尋ねていますが、答えたのは母親です。事実であれば構いませんが。
経歴書に目を通しながら質問を続けます。
「ダルグリュンの丘に向かわれ、赤小鬼と遭遇……」
「はい! とっても怖ろしいモンスターです!」
話の途中で声を上げたのはまた母親です。私はまだ質問すらしていません。
「遭遇、とありますが、このときの経緯を教えてください」
「はい、コボルトといえばそうなのですが……」
「とっても怖ろしいモンスターを、ひとりで! この子はひとりで追い返したの! とっても勇ましかったわ! ねえ、アロンちゃん!」
またも母親が口をはさんできます。しかしアロンさんは初めて口を開きました。緊張がほぐれてきたのかもしれません。
面接において緊張されること自体は気にしませんし格段に評価を下げるような対象でもありませんが、やり取りができなければこういった経歴の確認や詳細を聞き出せないので、合否の判断がしづらくなります。私よりも面接者にとってのデメリットではないでしょうか。
「アロンちゃんは勇者よね? ママは生まれたときから素質があると思っていたもの。もうそれが叶うだなんて、今日はお祝いね! ねえアロンちゃんは何が食べたいの? 卵料理よね、好きだものね! ママは一生懸命作るわ! だってアロンちゃんも一生懸命なんだもの、ママもがんばらなきゃ!」
母親はまくしたてるように口を動かしていますので、外からの騒音だと思うことにしました。家庭内のお祝いや夕飯のメニューは面接と関係がないからです。
それよりも気になるのが、アロンさんの経歴書には結果が記されていないことです。
指でたどっていくと、実績の数は多いのですがどれも成果について曖昧です。二枚目も、三枚目をめくってもです。
大抵の冒険者は冒険の成果を自慢したがる傾向があり、勇者面接ならなおさらでしょう。
時おり極端な誇張やでっち上げもあるので経緯をうかがって確かめながら面接を進めています。経歴の真偽を暴くことが面接の主旨ではありませんが、不正確な経歴や疑わしい成果は確認のために時間を割かなければなりません。それは面接者にとってのデメリットではないでしょうか。
経歴書を一枚目に戻し、頭にカペル地方の地図を思い浮かべていきます。私はこの近辺を訪れたことはありませんが、王国内の地理は全て記憶しています。
経歴のなかにある地名を、どこからどこへ行ったとしても冒険とも旅ともいえません。どれも日帰りで帰ってこれる範囲です。よく見ると住所もカペル地方です。
おおかたの冒険者は旅人ともいえます。冒険は長期間に渡ることもありますので、書面等への住所記載の際は、その時期に滞在している町の宿屋であったり借家であったり、下の階にあるようなギルドを代わりに宛てる方もいらっしゃいます。
この勇者面接における経歴書の住所欄はおおむね連絡用ですので郵送が可能であれば問題はありません。あるとすれば郵送課の管轄ですので勇面室には関係はありません。
しかしアロンさんの場合、おそらく実家です。
そしてダルグリュンの丘は観光地です。
「アロンさん、ダルグリュンの丘にはモンスターに仮装する地元の方々のお祭りがあることをご存知ですか?」
アロンさんは少し間を置いて「はい」とうなずきました。そして母親は急に静かになりましたが、こちらは面接には関係のないことです。あるとすれば騒音がなくなり面談をしやすくなったということです。お互いにとってのメリットでしょう。
英雄称号試験全般において『冒険』や『旅』といった項目は量的な定義が設けられています。
一般でどうかは知りませんが、『冒険』は地理局の定める冒険指定地域内の戦闘行為を含む半日以上の滞在。『旅』は徒歩換算で三日間以上に相当する距離間の移動です。
それ以外には『探検』や『活動』など局地的な冒険といえる狭義の分類もあります。『旅行』であれば冒険ではありませんし『観光』であれば論外です。
ちなみに下の階にあるような冒険者ギルドの『冒険』という名称とは便宜上のものですので、たまたま建物が同じなだけで勇者面接室との関係はありません。関係があるとすれば扉を開けると騒がしさが二階まで届いてくるということだけです。
アロンさんの面接に戻ります。
「ファベル平原での冒険中に財宝を発見、とありますが、具体的にどのような財宝ですか?」
「とってもすごい財宝だったわ! ねえ、アロンちゃんもびっくりしたわよね?」
私はアロンさんの面接をしています。
「この子でしか見つけられなかったのよ! それはもう辛い道のりだったわ。でもそれを乗り越えて、この子はようやく手に入れたの! 苦しいこともあったわよね? だから世界一の財宝よ! ううん、世界一の財宝を見つけたアロンちゃんこそ世界一の勇者ね!」
「具体的にどのような財宝ですか?」
同じ質問を二度言って返ってこなければ三度目も返ってこないというのが私の勇者面接官としての経験です。しかし個人的な経験則なので確かではありません。面接は厳正に行うべきです。
「具体的にどのような財宝ですか?」
「指輪です」
アロンちゃ……アロンさんから答えが返ってきました。やはり経験則を過信してはいけません。アロンさんはまだ緊張した面持ちで続けます。
「婚約指輪のような、小さな宝石が埋め込まれた指輪です。買い物の帰りに道端で見つけました」
「買い物の帰りですか? 冒険中とありますが。その後の経緯を教えてください」
「きっと呪いの指輪なの! 貴族を王族をとさまよい渡っているうちに魔力がこもって、それはもう大変な、放っておくと大変なことになってたの! そうよね? だから勇気を出して拾ったのよね!」
「指輪の裏側にメッセージが彫ってあって――恋人に宛てたものだと思います。ファベル平原は人通りが多く、町も隣接しているのですぐに持ち主に届けようと拾いました」
「どのように届けたのですか?」
「町の自警団に預けました。すでに紛失の届け出はあったらしく、その日に持ち主に渡すことができたようです」
「そうですか。持ち主もよろこんだでしょうね」
「そうであれば僕もうれしいです」
「ほら、見なさい! この子は勇者に相応しいわ! 清く正しく人々を救ったのよ! まさしく勇者の行いよ! でもね、持ち主からお礼があってもいいのに、それがないの! きっと持ち主はモンスターなのよ! アロンちゃんがこんなにがんばったのに、それを知らない顔をしてるの! だからアロンちゃんが勇者になるべきなのよ!」
アロンさんはふつうの青年に思えます。母親はモンスターの可能性がありますが。
アロンさんの拾った指輪が呪いの指輪で母親が身につけてしまい暗黒の魔力でモンスターと化したという可能性を考えましたが、今のアロンさんの話でその可能性は低くなりました。
なによりも母親がモンスターだったとしても勇者面接には関係のないことです。あるとすれば、仮にアロンさんが勇者の称号を得たあとに国王陛下から指輪の魔力でモンスターと化した人間への王命討伐が下されその対象が母親である場合にためらわずに斬れるのかということです。しかしそれは勇者になったあとの本人の葛藤の問題なので現時点で面接には関係のないことです。
そしてです。嘘や誇張を暴くことが面接の目的ではありませんし、勇者面接の経歴書は私文書扱いですが、詐称や偽造があったとしても罪には問われた前例はありません。正確にいえば、罪状はあるのですが法務局の管轄ですので実害がなければ親告しません。
私は職務を優先するので質疑を続けます。
「アロンさんは勇者になられた場合、どのような勇者像を考えていますか?」
「この子のなりたい勇者が勇者なのに、へんな面接官ね、まったく」
「はい、先ほどの指輪の話に戻ってしまいますが……その持ち主さんのように、困っているひとを少しでも、些細なことでもです、手助けをできたらいいと思います」
「身近なところから人々を助けようと、そういった勇者像ですか?」
アロンさんはしっかりと顎を引いて応えました。わすかにほほえみもこぼれています。
「なんて立派な子かしら……! うちの子は、もう、生まれたときから勇者なのよ!」
もしかしたら母親は、生まれたときからモンスターなのかもしれません。するとアロンさんは複雑な家庭事情を抱えていそうです。面接には関係のないことなので家庭事情にまでは踏み込みませんが。
経歴書は全部で六枚。昨今の平均と比較すれば多いほうといえるでしょう。ただし内容については疑わしいものが多く、すべての実績項目を確認している時間まではありませんので、次が最後の質問になるかもしれません。
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