勇者面接官スター・ゲイザー~と、その秘書リリー・ユリー~

Gigi

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9.南の戦士と北の魔女

前編

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 フタを持ち上げると箱も少し浮いて付いてきました。
 カタリと宝石のように甘い香りが、フタについていった容れ物からこぼれるように落ちます。
 香りの宮殿です。散らかった事務机には決して似つかわしくない、鼻の奥をくすぐるチョコレートの甘い空気です。白い紙箱のにおいも混じっていて、ようやく情緒をつなぎとめるように格子枠の部屋を見せました。
 ことりと箱の天井が開かれると、あちこちを見つめるようにひとつずつのチョコレートが並んでいます。

 褐色のアーモンドをひそやかに覗かせたものも、白く着飾った角のあるものも、世界中から集めたような工夫がひとしきり並んでいます。
 そのはずです。世界各国各領地のイメージを象ったり特産物を使用したりと、技を競うようにひとつの箱に収めたチョコレート菓子ですから。製造元はこの王都にある老舗の菓子店なのですが。

 王宮の前庭を出ると大使館の並ぶ通りがあります。
 この勇面室のある建物とはちがって、うらやましいほどに閑静な地区で、その中ほどの広い公園には各地域から集まった植樹が見た目もにぎやかに寄せられています。
 土地も気候も異なる王都の地で、それぞれ遠くから来た植物がうまく育つかどうかはわかりかねますが、各国からの使節団の中には専門の植物学者が王都に常駐していて、自国の意地をかけて生長を見守っているようです。
 樹木と外交の学的な関連はともかく、各国が王都の土地でも育つ樹木をわざわざ自国の国樹と選定するように、形而上の政治的意味づけは大きいのでしょう。

 古くから交流のある樹木はすでに枝葉を広げ、まだ新しい樹木となるとこれから根を張るといったところです。

 大陸内の交流を象徴するように木々が集ったその先には古い城塞があります。
 王都創建時の歴史のある城塞なのですが、現在は迎賓館として使われていて、先日の賢人会議もそこで行われました。
 賢人会議といっても申し合わせ程度の内容で、各国の魔法局に相当する大臣同士による会合であり交流会です。
 今年の議題も、引き続き各国連携のもとモンスター対策を講じる、といった例年変わらずの共同宣言で総括されました。
 実際の現場事情それぞれまでを擦り合わせる場ではなく、枝葉の形を確認する程度のものです。植樹も適度な間隔を空けています。
 とはいえ、いちおう国際会議ではあるので世界中から大臣や政務官を始め、賓客や学者が集い百人単位の歓待ですので、地域の経済振興にも一役買うわけです。
 このチョコレートのセットも、賢人会議の記念品として王都の菓子店が期間限定で売り出しているものです。
 白い紙箱に部屋を作り、様々な色や形のチョコレート菓子が並んでいます。
 つい先ほどまでは。

 正確にいえば並んでいたのは過去のことで、いまはひとつだけが残っている状態です。
 留守になった部屋の住人の行方は、秘書のリリーの口の中です。すでに腹の中といったほうが正確でしょう。香りの残照がふんわりと紙箱のにおいと混じっています。
 面接が終わるたびにチョコレートは減っていき、最後のひとつにリリーは首をかしげて見つめています。
「室長、大変ですよ、いつの間にか、室長のぶんがありません」
「リリー、そもそもですが、私のぶんがあったのですか?」
「もちろんですよ! わたしは室長といっしょに食べるために買ったんですから。でも室長はチョコレートを食べながら面接をするわけにはいかないじゃないですか。わたしは仕事中の室長を待っている間に、ちょっとずつ食べてただけなんですよ。おいしいから、止まらなかったんですよ」
 リリーも仕事中です。
「どうぞ室長……最後のひとつになっちゃいましたけど、取っておきました……」
「私は結構です。そんなにおいしいのであれば、リリーがどうぞ」
「いえいえ、室長がどうぞ、おいしいから、どうぞ……」
 そう言ってリリーは私に勧めますが、本当に渡す気はあるのでしょうか。箱を差し出してはいるのですが、固く握って最後のひとつをじっとりと見つめています。
 私がつまんで上げると顔がついてきます。左右に振ってみると目がついてきます。ひょっとすると口の中までついてくるのでしょうか。私は最後のチョコレートを元の箱の部屋に戻しました。
「やはりリリーがどうぞ。私は次の面接の準備がありますので」
「いいんですか? 最後のひとつが一番おいしいんですよね、ではいただきます!」
 リリーは最後のチョコレートをほおばりました。満足そうに口の中で転がしています。幸せそうにもごもごと笑顔がほころんでいます。
「わたし室長に一生ついていきますよ。なんでも言うこと聞きますよ」
「では、次の面接者の出迎えをお願いします」
「はい!」
 これまでに聞いたことがないほどやる気のみなぎる返事をしてリリーは両扉へ向かいました。鼻歌を歌いながら階段を伝うきしみが踊って下りていきます。
 私は執務机の引き出しを開けて、自分で買っていた箱のぶんをひとつ食べました。

 チョコレートを口に溶かしながら経歴書を確認します。
 次の面接者の経歴は少し独特といえるでしょうか。
 冒険者ランクはAダイヤ、現在の職業は戦士。これは自称ではなく、戦士の国家称号を得ています。レベルも八十と稀に見る高さですので、名実ともに突出した実力の持ち主です。
 この国家称号は、それぞれの職業ごとに英雄称号課の定める試験に合格して授与されるのですが、ひとつ有すれば冒険者ギルドでの格付けは自動的にAダイヤランクへと昇格します。
 すでにそれ以上であればそのままなのですが、自力か称号条件かでこのランクまで昇るなら、後者を選ぶ冒険者が多いようです。危険な冒険を繰り返してギルドの依頼をこなすよりも、受験であれば命を落とす心配はありませんから。
 もっとも、そこで勢いを止めてしまう冒険者は多く、Sヒヒイロランク以上の冒険者が極端に少ない一因でもあります。
 国家称号を得ればある程度の安定した生計を立てることができるでしょうから、冒険生活を避けて後輩の指導や育成に当たる方も多くいらっしゃいます。

 面接者の経歴をなぞると、戦士称号とAダイヤランクとをほぼ同時に獲得しています。どちらも最近のことです。
 英雄称号試験で合格が決まっても正式な授与までには手続き上の時差があるのですが、これを待たずに冒険実績のほうでランクを上げたようです。ストイックなほど冒険に一途なのでしょうか。
 独特というのはランクや実績ではなく、冒険の開始時期です。
 経歴書では最初の冒険、つまり冒険者ギルドに登録して最初に付けられるEブロンズランクの時点で、戦士レベルは四十もあります。
 冒険者ギルドはモンスター討伐の実績から冒険者のその職業へレベルをつけるので、この面接者はギルドへの登録時にすでに高レベルに相当するモンスターを倒した経験があったということです。
 これだけの実績を経てから冒険者になるというのは珍しいといえます。
 経歴書の枚数は二枚と少なく、年齢を見てもまだ若く履歴自体がまだ短いことからなのですが、そのぶん実績が密に並んで駆け上がるように成果を収めています。
 経歴にはどれもパーティーの記載が書かれてはいませんが、戦士単独では不可能と思われる高難度の冒険地域での成功が続いていることから、固定か臨時かは判断しかねますが、同じ実力帯の仲間との攻略であると推測できます。もちろん本人の実力もあってこそです。
 これほどの才能を持ちながらの前歴については気にはなるのですが、経歴書への記載がない事柄について、面接では意図して伺うことはありません。
 質疑応答の中で本人側がおっしゃるのなら構いませんが、こちらから経歴外の質問をして尋ねることは評価基準の示唆につながりますし、評価外の応答を誘導することにもなりますので面接官としては避けるべきことです。
 経歴書の記載は面接者本人による任意ですから、受験に向けて経歴書を作成する際は、冒険者ギルドの受付で過去の依頼票を取り寄せて写す方が多いようで、自身の履歴からよりよい功績のみを抜粋する方や、冒険歴が長い方はすべてを記載せず省略されたりもします。
 時に成果の真偽が疑わしい方や途中の空白期間の長い方もいらっしゃいますが、どのような経歴であっても並びについて評価につなげることはありません。
 勇者面接では実績に対してのみ質疑応答を行い、勇者として相応しいか否かを判断しています。
 この面接者の場合も、経歴外の冒険については評価に影響はしませんし、面談にて伺うこともないでしょう。あくまでも質疑は経歴内に留まります。本人が記載せず、または面談でも述べない事柄については面接に関係のないことです。個人的に気にはなりますが。
 経歴は王都から始まり、最近は再び王都の近辺で活動されています。

 程なくして階段を伝うきしみに、私は口の中を転がるチョコレートを飲み込みました。
 踊るように上がってくるのはリリー、それとあとふたり分の足の気配がついてきます。
 しっかりと踏みしめる歩みと、軽いのですが刺すような歩みです。
 廊下でとまり、すこし話をしているでしょうか。そしてリリーが、毎回そうなのですが、ノックと同時に両扉を開きました。
「室長、面接者のバルバラさんです。そして、同席を希望される、カミーラさんです」
 紹介された順にふたりの女性が入室してきました。

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