勇者面接官スター・ゲイザー~と、その秘書リリー・ユリー~

Gigi

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10.勤務外実地調査・ウガルルム討伐

後編下

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 ウガルルムはビーストの名を冠しています。
 モンスター百科事典での名称は、ビースト・嵐獅子神ウガルルム種です。獣系ではあるのですが、通常のモンスターの系統とはちがう『魔獣』系という分類に収められています。
 故にわざわざビーストの頭名を冠しているわけですが。

 そのモンスターが隆々とした下肢で立ち上がりました。
 嘆くように天を仰ぎ、その咆哮は木々を震えさせます。
 上肢が空を支えるように持ち上がり、二足で立つと巨躯はなおさら巨大に見えます。背丈は私たち三人で肩車をしても届かないでしょう。しませんが。

 両腕はたくましく、獲物を抑え伏せる獣の腕です。
 ただしその先は人間か、もしくは猿のように長い指をしています。
 自らを道具で武装するモンスターが珍しいわけはありませんが、巨大な獅子の姿であればまた別です。
 ウガルルムは両手に、石から切り出したような剣と刃の潰れたような斧を握っています。
 どちらも短い柄ではあるのですが、それがかえってツメのような体の一部として振り回されています。両腕の振りと、それを支えるだけの胸筋は非常に発達しています。
 そして口から炎が吐かれました。ふさりとした体毛とも、長いヒゲともいえる間からは黒煙が漏れて昇ります。
 赤々とした魔力の火炎は、瞬時に燃え上がって爆ぜると、森にかき消えて空気を焦がします。
 触れたものが燃えた跡だけを残すのが魔力の炎熱の現象特徴です。ドラゴンの多くが吐くようなブレス攻撃も持っているようで、規模として匹敵こそはしませんが、至近距離で受ければ皮膚の火傷だけでは済みそうにありません。
 なにより両手の武装といい、尖って並ぶ牙の噛みつきといい、多彩な攻撃手段がアリーさんに襲いかかります。

 私は無地のノートにウガルルムの特徴を書き記しています。目的は調査ですので。
「アリーさん、申し訳ありませんが陰になって視認に差し支えがあります。もう少し横側から戦っていただけますか? 任意で構いませんので、左右どちらかへの移動をお願いします」
「こっちでいい? あまり間合いを離れるとね、スターちゃんのほうに行きそうなの」
「はい、では距離は保ってください。それと後背部の身体的特徴も観察したいので、可能ならば背中を見せてください」
 アリーさんは足を止め、私にじっと背中を見せてくれました。
「いえ、アリーさんの背中ではなく、ウガルルムの後背部です。向こう側へ回り込んでもらえますか?」
 アリーさんは恥ずかしそうにウガルルムの注意を引きつけていきます。
 魔力の炎が吐かれ、追いかけてぐるりと半周し、今度は黒煙に包まれてなにも見えなくなってしまいました。

 この無地のノートは、もとは勇面室で購入した消耗品です。
 なぜ勤務外の趣味であるのに私物として使っているのかというと、前に業務で必要な雑記帳の購入をリリーに任せたところ、『じゆう帳』と書かれた学童用のノートを選んで来ました。リリーが言うには「室長に似合うと思って」だそうです。
 性質としては無地で使いやすくはあったのですが、表紙に魔王を想起させるイラストが描かれていました。
 おそらく魔王討伐記念グッズのひとつでしょう。二頭身でコミカルなキャラクターではあるのですが、勇者と魔王は対称的な存在なので、勇者面接室としては使用に風紀的な問題があると判断し、私の再購入したシンプルな罫線付きノートと取り替えたわけです。
 現金過不足は銅貨一枚にも満たない額面程度でしたので訂正はせず自費で補てんした形を取ったことで、私は現在『じゆう帳』を使っています。ちなみに勇面室の仕訳が合わないのはリリーの計算ちがいであることがほとんどです。

 そのリリーは悲鳴を上げては威勢よくアリーさんへと声援を送っています。
 ウガルルムの攻撃をアリーさんが避けるたびに、私の肩を何度も叩いては喜んで騒ぎ立てます。私は記録の文字が歪んでしまいます。
 ウガルルムの剣が茂みを斬りはねました。
 枝葉の破片がこちらへ飛んできます。
 斧が振り下ろされて樹木に食い込み、咆哮を上げて樹木が割れていきます。
 その巨躯よりもさらに高い樹木が、ゆっくりと私の前に倒れてきて視界を塞いでしまいました。
 私は背伸びをしてみますが、前が見えません。仕方がないので倒木を回り込み、場所を移動して調査を続けます。

「スターちゃん、まだ? 油断できないから、倒すなら早く倒したほうがいいと思うの」
「持続的な運動能力も知りたいので、もう少し時間をかけて倒してもらえますか?」
 アリーさんは優秀な魔法戦士です。
 引きつけては避け、ふところに入っては離れてと、ウガルルムを翻弄しています。
 冒険者としての生活能力には難がありますが、戦闘の実力は魔獣の身体能力と渡り合えています。
 ウガルルムのヒゲが震えました。
 大きく息を吸い、胸が膨張していきます。
 地面を打ち付けるように牙が開きました。激しい炎の塊が放たれて熱波がここまでも届きます。赤々と燃え上がる炎は球体にアリーさんを閉じ込めます。

 炎がシャボン玉のように割れました。アリーさんの斬撃です。
 その剣は水しぶきを放ち、炎に代わって蒸気に白く煙が立ち込めます。
 熱気の靄があふれるなか、アリーさんの剣に水流が渦巻いています。
 アリーさんは華やかに剣を踊らせました。

 まなざしは凛々しく、剣構えは荘厳です。水流は刃をとめどなく潤し、剣刃はさらに鋭く水面のように輝いています。
 水の魔法剣です。武器に魔法属性を帯びさせる魔法戦士の特技です。
 しかし今度は水蒸気で見えづらくなりました。これではまた観察ができません。困ります。

「いまですアリーさん! それで斬っちゃってください!」
「斬られては困ります。調査はまだ終わっていません」
「えっ、どっち?」
 アリーさんは私とリリーを見比べながら、ウガルルムの攻撃を避けています。
 私が雇用主ですので私に従ってもらいます。
「では、前肢の可動域を知りたいので、両手が上がるようにしてもらえますか?」 
 アリーさんは元気よく両手を上げました。
「いえ、アリーさんではなく、ウガルルムの両手が上がるように誘導してください」
 アリーさんは気恥ずかしそうに岩を踏み台にして跳ねました。
 ウガルルムの顔面を踏みつけて飛び越えます。アリーさんは自分の両手を前肢だと思っているのでしょうか。

 ウガルルムは剣を斧をとなぎ払い、時にやはり獣のような噛みつきが牙を立てます。
 つららを連想させるほどの牙は岩を崩し宙を噛み、アリーさんを追いかけて茂みの中へ入っていきました。
 枝葉が弾けるように揺れ、ここからは樹木が倒れる様子だけが見えます。
 またも姿が見えなくなってしまったので、私も追いかけていきます。

 森は深く、来た道も見失うほどに木々がおおっていますが、森を散らす戦いは視認できます。
 ウガルルムの咆哮で森は震え、巨躯の足音が響いて広がります。
 怯えるように鳥が飛び立ち、遠くからは野犬の吠え声が警戒の声を立てています。わざわざ近づこうとするものはいないでしょう。私は観察をしたいのでわざわざ近づきますが。

「スターちゃん、あのね、避けてる私はいいんだけど、森の精霊さんたちが怒ってるの。倒すなら早く倒してくれって、森がめちゃくちゃになるって……」
「そうですか、では刺激を与える程度の攻撃をしてもらえますか? あっ、私にではなく、ウガルルムへ」
 今度は語弊のないように伝えました。
 アリーさんの魔法剣が、水の軌跡を跳ねさせます。
 きらりと光り、剣先に集まってウガルルムをなぎ払います。もぐり込んだ腕下から胴脇に剣が食い込みました。しかし弾かれたようです。
 ウガルルムの胸部が膨れ、炎がアリーさんに噴かれます。
 水流が渦を走らせて炎を散らしました。火の粉がこちらまで飛んだことでリリーが騒ぎ立てていますが、調査に影響はありません。
 ウガルルムは剣撃を止めるほどの強靭な筋肉を持っているようです。
 地面に届くほど長く体中を覆った体毛も、防御力の高さに一役買っているのでしょう。ふさりとした見た目よりもずっと硬質かと思われます。

 『魔獣』のおおよそは群れではなく単独で生息しています。
 個体数が少ないので必然的にそうなるのでしょうが、単独で生存できるに相当する狩猟能力を有するということです。
 その牙がアリーさんに、いえ、こちらに向かってきます。
 リリーが私の肩をばしばしと叩いて騒ぎますが、私は観察中です。字面が歪んでしまいます。しかしリリーの騒ぎように対して標的をこちらへ変えたのかもしれません。その旨を追加で記しました。
 アリーさんとの戦闘を見る限りだと、やはり獅子のような肉食獣らしく、獲物の首元を狙っているように判断しましたが、知性はあるのか、あるいは本能的な行動でしょうか。
 両腕の武装品は振り回す程度の扱いですので、知能よりも本能の面が勝っているかもしれません。
 どうあれ噛まれるわけにはいきません。調査はもとより明日は週明けの仕事があります。

 ちなみに週明けは管理局から経歴書の束のほかにも受験希望者の問い合わせの郵便をまとめた書類が届きますので、風曜日は面接業務の合間も忙しくなります。
 ほとんどは規定要項に沿った事務的な返信になるのですが、人事部にも問い合わせ担当の部署が必要なのではないでしょうか。カスタマーサポートは総務課でやってもらえないでしょうか。

 ウガルルムが牙を上下に開きました。
 その一本も私の腕ほどはあるでしょうか。まるで剣の連なる幕です。
 銀色の剣光が差し込み、牙を受け止めました。アリーさんの剣です。
 金属の効果を得た魔法剣は硬く走り、ウガルルムの牙を押し込めていきます。
 岩を穿つほどの牙なので、通常の剣であれば折れているでしょう。おぼろげな光はアリーさん自身にも宿って腕力が上昇しているようです。

「スターちゃん! もう危ないから倒すよ!」
「はい、ありがとうございます。おおよその身体的特徴および能力は記録できたので、倒していただいて構いません」
「早く倒していただいてくださいよ! わたしチョコレートケーキをひと口しか食べてないんですよ! あのお店にはチーズケーキもあるんですよ! また生きて食べたいものがたくさんあるんですよ!」
 頭を抱えてリリーが叫びました。
 アリーさんは剣先を持ち上げ、牙を狙ってぐるりと身をひねります。
 ウガルルムの牙が、その一本が弾き抜けて宙を舞いました。チョコレートのような血液が、根本からどろりと牙についていきます。
 猛り狂った咆哮が嵐を呼び、剣と斧が叩き乱れてアリーさんを追います。
 苔むした岩へと大樹へと、獣の怒りを塞ぐものが打ち崩されていきます。
 アリーさんの剣も、相手のふところに潜っては突き放たれるのですが、食い込んだ途中で止まってしまいます。

 ウガルルムの血は川面にびしゃりと落ち、ここへ来たときに通った川でしょうか、血の混じったところから湯気が立っています。体熱はかなりの高温であると思われる旨も追記しました。
 川辺に敷き積もる石を走り、アリーさんは身をひるがえします。
 ウガルルムの胸部がさらに膨れ上がっていき、ヒゲのような体毛が逆立って、熱気が、呼吸の渦が、目に見えるほどの威圧を広げました。
 川面ですら怖れるように、ウガルルムの足元から湯気を立てています。

 アリーさんのほうが早かったようです。
 身をかわしながらも魔法の詠唱を終えていました。金色の曇天が作られ空に絡まっていきます。

 どこまでも白い閃光です。
 ウガルルムの姿が、黒く残照の色に染まり、それすらも飲み込んでいくまばゆい光に、そして轟音が響きました。
 雷鳴の一閃です。
 光を束ねた落雷の柱が、ウガルルムを直撃します。放電の欠片がピリピリと、この距離にも飛んできます。

 ウガルルムの巨躯は固まったまま、その場で川へ沈むように倒れました。

 川しぶきが雨のように、しかし曇天はすでに晴れて、深い青空に輝きを潤しました。
 跡に虹を作ります。
 せせらぎが音を取り戻し、しばらくして森の声が聞こえてきます。

 調査は終わりました。
 あとは倒れたウガルルムから身体的特徴をさらに細かく調べたいのですが、そうは言っていられないようです。
 アリーさんは剣を鞘に収めました。

 私は懐中時計をぱちりと開きます。ねじ巻き仕掛けで動いている時計です。魔法水晶ではないので誤差は生じるのですが、半日程度であれば狂いは少ないでしょう。つまり、ほぼ正確ということです。
「急いで帰宅します。夕刻までの駅馬車に乗り遅れるわけにはいきません」
「うええ、室長、ちょっと休んでから動きましょうよ。ずっと必死で走って逃げて疲れましたよ……あっ、そうですよ、せっかく倒したんだから、ドロップ素材も持って帰りましょう! 魔獣のドロップですよ! 高値で売れますよ!」
「いいえ。ここまで歩いた時間から考慮すると駅馬車の最終時刻に間に合わない可能性があります。森を抜ける道はわかりますか?」
「待ってね、精霊さんに帰り道を聞いてみるから」

 アリーさんの周りに森の小精霊がやってきました。なにか話しています。
「……あのね、さっきのチョコレートケーキがほしいって、くれたら教えてあげるって」
「もうありませんよ! わたしもひと口しか食べてませんよ! どれだけ並んで買ったと思ってるんですか! あなたたちも並んで買えばいいじゃないですか!」
 小精霊が消えました。
 記憶を頼りに戻るしかないようです。
「室長、わたしたち魔獣を倒したんだから、明日はもう休みでいいんじゃないですかね……」
「欠勤はひと月前までに有給休暇取得届をお願いします」

 虹曜日というものは、始まりは遅く、終わるのは早く、どこか不思議な感じがします。
 明日からも忙しい一週間が始まるようです。

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