「完結」ゾンビと片腕少女はどのように死んだのか特殊部隊員は語る

第一章 片腕の少女

第五話 変異種の正体

地下の研究室は血と唸り声で埋め尽くされていた。変異種の群れが俺たちに襲いかかり、暗闇の中で爪と牙が光る。俺は猟銃を撃ち、詩織が金属棒で応戦し、佐藤、田中、由美、高橋がそれぞれの武器で戦う。10体以上の変異種を相手に、弾薬は減り、疲労が俺たちを蝕む。

「高橋、データは確保したか！？」俺が叫ぶと、彼が血まみれの手で紙の束を抱えながら頷く。

「これだ！ワクチンの試作記録！だが、まだやつらが――」彼の言葉が途切れる。変異種が彼に飛びかかり、肩を噛まれる。高橋が叫び、由美がバールで変異種を叩き潰す。

「撤退だ！全員、階段へ！」俺は即座に判断する。封鎖用の爆薬を探す時間はない。変異種の数が多すぎる。生き残るのが優先だ。

俺が先頭に立ち、詩織を背後に庇いながら階段を駆け上がる。佐藤がライフルで後方を援護し、田中と由美が高橋を支える。変異種の追跡が背後に迫るが、階段の狭さが逆に奴らの動きを制限する。俺は最後の猟銃の弾を撃ち、1体を仕留めて扉に辿り着く。

「閉めろ！」俺が叫び、佐藤と田中が扉を押し付ける。金属が軋む音と、変異種の爪が扉を引っかく音が混じる。詩織が金属棒で扉を補強し、由美が近くの机を運んでバリケードにする。なんとか扉を閉じきり、地下からの直接の脅威を一時的に遮断する。

だが、封鎖はできなかった。爆薬もなければ、扉を完全に固定する資材もない。地下の変異種は生き続け、いつかここを突破してくるだろう。俺たちは息を切らせながら病院の地上階に戻る。血と汗にまみれた顔で、全員が互いを見合う。

「おじさん…終わった？」詩織が小声で聞く。彼女の顔に血が飛び散っているが、目はまだ生きている。

「終わってねえ。やつらはまだ地下にいる。だが、今はお前が生きてる。それでいい。」俺はそう答え、彼女の肩を軽く叩く。彼女が小さく笑う。「うん。父ちゃんみたいに戦えたよ。」

病院の一室に戻り、俺たちは高橋が持ち帰ったデータを確認する。彼の肩の傷は由美が応急処置を施し、なんとか出血は止まった。だが、感染の可能性は否定できない。高橋自身がそれを分かっているのか、顔は青ざめている。

「データを見ろ。俺にはもう時間がないかもしれない。」高橋が震える声で言う。俺は紙の束を受け取り、懐中電灯の光で読む。そこに書かれていたのは、ワクチン試作の詳細と、その失敗の記録だった。

「この病院は感染症対策の最前線だった。ゾンビの発生直後、世界中の研究機関とデータを共有して、ワクチン開発を急いでた。」俺は要点を読み上げる。「抗体を持つ感染者を見つけて培養し、ワクチンを作ろうとした。だが、抗体がウイルスと共存する形で変異を誘発した。結果、変異種が生まれた。知能が残り、身体能力が強化されたゾンビだ。」

「世界中で共有…？」佐藤が目を丸くする。

「ああ。ここだけじゃない。同じ試作が行われた施設が各地にあったってことだ。変異種は俺たちが思ってるより多い可能性が高い。」俺の声に重みが乗る。特殊作戦群時代、国際的な危機管理の報告書を読んだことがある。生物兵器の失敗が連鎖的に広がるケース。この状況はそれに酷似している。

「ワクチンは？」田中が聞く。

「失敗だ。抗体は感染を防ぐどころか、ゾンビを進化させた。試作は中止され、データは封印されるはずだった。だが、ゾンビの発生で管理が崩壊し、変異種が野に放たれた。」俺は紙を握り潰しそうになる。人間の愚かさがこの地獄を作り出した。

「じゃあ、どうすりゃいいんだ？変異種がそこら中にいるなら、ここにいても意味ねえぞ。」田中が苛立ったように言う。

「ここに留まるしかない。だが、バリケードを強化して、守れる範囲を広げる。生き残るためには準備が必要だ。」俺は冷静に答える。特殊作戦群の教訓だ。敵が強大でも、防御を固め、時間を稼げば活路は見える。


翌朝、俺たちは病院の防衛計画を立てる。地下からの脅威が残る以上、地上階を要塞化するしかない。高橋の傷が悪化し、彼は動けない。由美が看病を引き受けるが、時間の問題かもしれない。残る俺、詩織、佐藤、田中の4人で作業を始める。

「病院の周囲に資材を集めろ。車、鉄骨、コンクリートの破片、なんでもいい。」俺が指示を出す。佐藤と田中が外へ出て、近くの廃墟から使えるものを運び込む。詩織が俺と一緒に病院の入り口を補強する。

「おじさん、私、昔、父ちゃんと一緒に秘密基地作ったことあるよ。」詩織がコンクリートブロックを運びながら言う。彼女の片腕が震えるが、諦めない。

「秘密基地？」俺が聞くと、彼女が笑う。

「うん。庭に木の板とロープで作った。父ちゃんが『ここならゾンビが来ても大丈夫』って冗談言ってた。ゾンビなんてまだいなかったのにね。」彼女の声に懐かしさが滲む。

「その経験が今、役に立つ。お前、頭いいな。」俺は冗談めかして言う。彼女が笑う。「父ちゃんが教えてくれたから。」

作業が進む。病院の正面に車の残骸を積み上げ、鉄骨で補強する。裏口にはコンクリートブロックを重ね、隙間を板で塞ぐ。詩織がロープで簡易な罠を仕掛けるアイデアを出し、俺が改良する。ゾンビが引っかかれば動きを止められる即席の仕掛けだ。

「お前、ほんと浩二の娘だな。」俺が感心すると、彼女が照れ笑いする。「おじさんに褒められると、なんか嬉しい。」



数時間後、バリケードが一通り完成する。病院の周囲50メートルを囲む簡易的な防壁だ。完全ではないが、ゾンビの侵入を遅らせ、戦う時間を稼げる。次は範囲を広げる必要がある。川沿いの道を確保できれば、物資調達のルートが開ける。

「佐藤、田中、川沿いの偵察を頼む。俺と詩織でここを守る。」俺が言うと、佐藤が頷く。

「分かった。変異種がいたらすぐ戻る。」彼と田中がライフルと鉄パイプを持って出発する。

俺と詩織はバリケードの見張りに立つ。風が冷たく、遠くでゾンビの唸り声が聞こえる。変異種が世界中に広がっている可能性を考えれば、この戦いは長期戦になる。だが、俺の隣に詩織がいる。それだけで、戦う理由がある。

「おじさん、私、父ちゃんが死んだ時、ずっと後悔してた。」詩織が静かに言う。「隠れてるしかできなかったから。でも、今は違う。おじさんと一緒に戦えてる。父ちゃん、見ててくれるかな。」

「見てんだよ。お前がこんなに強くなったこと、誇りに思うはずだ。」俺はそう答え、彼女の頭を軽く叩く。彼女が笑う。「おじさんも頑張ってね。私、もっと強くなるから。」

その時、バリケードの外で物音。俺は猟銃を構え、詩織が金属棒を握る。ゾンビか、変異種か。分からない。だが、俺たちは準備ができている。


夜が更け、バリケードに影が近づく。通常のゾンビだ。数は10体ほど。変異種はいないようだ。俺と詩織は静かに動き、バリケードの隙間から攻撃する。俺が猟銃で3体を仕留め、詩織がロープ罠に引っかかった1体を金属棒で叩き潰す。残りはバリケードにぶつかり、動きが鈍る。

「詩織、左を頼む！」俺が叫ぶと、彼女が素早く反応し、ゾンビの頭を叩く。血が飛び散り、バリケードが揺れるが、持ちこたえる。数分で10体を片付ける。

「やった…！」詩織が息を切らせながら笑う。俺は彼女に頷く。「よくやった。お前、ほんと強くなったな。」

だが、勝利の余韻に浸る暇はない。地下からの脅威は残り、変異種は世界中に広がっているかもしれない。佐藤と田中が戻り次第、次の計画を立てる必要がある。俺たちはバリケードを背に、夜空を見上げる。戦いはまだ終わらない。