「完結」ゾンビと片腕少女はどのように死んだのか特殊部隊員は語る

leon

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第一章 片腕の少女

第六話 工場への撤退

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夜の静寂が破れる瞬間は突然だった。バリケードの外でゾンビを片付けた直後、俺と詩織が息を整えていると、病院の地下から響く重低音が空気を震わせた。地面が揺れ、バリケードのコンクリートブロックが僅かにずれる。変異種だ。地下の扉を突破したらしい。

「おじさん、やばいよ!」詩織が叫び、金属棒を構える。俺は猟銃を握り直し、バリケードの隙間を覗く。暗闇の中、変異種の群れが地上階に這い上がってくる。数は20体以上。通常のゾンビより速く、動きに知能が感じられる。扉を補強した意味がなくなった。

「佐藤!田中!戻れ!」俺が叫ぶが、彼らはまだ川沿いの偵察から戻っていない。由美と高橋が部屋から飛び出し、状況を見て顔を青ざめる。高橋の肩の傷が悪化し、彼はまともに動けない。由美がバールを手に持つが、手が震えている。

「バリケードは持たねえ。撤退だ!」俺は即座に判断する。特殊作戦群時代、防御が崩れたら速やかに退くのが鉄則だ。病院はもう守れない。目指すは多摩川沿いの廃工場。あそこなら資材が多く、再構築の余地がある。

「詩織、由美、高橋を支えろ。俺が殿を務める。」俺が指示を出す。詩織が頷き、高橋の腕を掴んで肩を貸す。由美がバリケードの資材からロープを掴み、逃げる準備をする。

その時、バリケードが崩れる。変異種が車と鉄骨を押し倒し、コンクリートが砕ける音が響く。詩織が作ったロープ罠が数体を引っかけるが、すぐに解かれる。知能が高い証拠だ。俺は猟銃を連射し、2体を頭に撃ち込んで仕留める。残り弾は10発。足りない。

「走れ!」俺が叫び、全員が病院の裏口へ向かう。変異種がバリケードを越え、俺に迫る。ナイフを手に1体の首を切り裂き、蹴り倒して距離を取る。詩織が振り返り、俺を待つ。

「おじさん、早く!」彼女の声に焦りが滲む。

「行くぞ、お前は先に行け!」俺は応じ、彼女の背中を押す。変異種の唸り声が背後に迫るが、俺たちは裏口を抜け、川沿いの道へ飛び出す。


夜の川沿いは冷たく、風が腐臭を運んでくる。俺たちは全速力で走る。高橋の息が荒く、詩織と由美が彼を支えるのが精一杯だ。変異種の足音が背後に響き、距離が縮まる。俺は振り返り、猟銃で1体を撃つ。頭を撃ち抜き、崩れ落ちるが、残りは止まらない。

「このままじゃ追いつかれる!」由美が叫ぶ。彼女の言う通りだ。変異種の速さは人間並み。荷物を背負った俺たちでは勝ち目がない。

「詩織、ロープを渡せ!」俺が言うと、彼女が由美からロープを受け取り、俺に投げる。俺は走りながらロープを木に引っかけ、即席の罠を作り、すぐに変異種がロープに引っかかり、2体が転倒する。動きが止まった隙に、俺はナイフで仕留める。

だが、数が多い。10体以上がまだ追ってくる。川沿いの道に半壊したトラックが見える。俺はそこへ向かい、全員に指示を出す。「トラックの陰に隠れろ!俺が引きつける!」

「おじさん、無理しないで!」詩織が叫ぶが、俺は彼女を無視してトラックの反対側へ走る。変異種が俺を目指し、群れが分かれる。俺は猟銃で1体を撃ち、残り弾を数える。7発。ナイフを手に持つが、数を減らすには限界がある。

その時、遠くから銃声。佐藤と田中だ。彼らが川沿いから戻り、ライフルと鉄パイプで変異種を攻撃する。佐藤の射撃が正確で、2体を仕留める。田中が鉄パイプで1体の頭を叩き潰す。俺は合流し、残りの変異種を三人で片付ける。詩織、由美、高橋もトラックから出て、援護に回る。

「間に合ったか…!」佐藤が息を切らせながら言う。

「状況は?」俺が聞くと、田中が答える。「川沿いにゾンビが増えてる。変異種も何体か見かけた。病院はもう駄目だ。」

「分かった。工場へ急ぐぞ。」俺は全員をまとめ、廃工場へ向かう。変異種の追跡は一旦止んだが、脅威は消えていない。

廃工場に着いたのは夜明け前。鉄骨が剥き出しの建物は荒れ果てているが、資材が豊富だ。美奈子たちがいた頃の痕跡が残り、テントや焚き火の跡がある。だが、彼らの姿はない。ゾンビに襲われたか、移動したか。どちらにせよ、俺たちには関係ない。ここを新たな拠点にする。

「高橋を休ませろ。詩織、由美、バリケードの資材を探せ。佐藤、田中、周囲の警戒を頼む。」俺は指示を出し、全員が動き出す。高橋をテントの残骸に寝かせ、由美が彼の傷を看る。感染が進行してる可能性が高く、彼の目は虚ろだ。

「おじさん、私、罠作り手伝うよ。」詩織が鉄骨を運びながら言う。彼女の片腕が汗で光るが、表情は明るい。

「お前、疲れてねえのか?」俺が聞くと、彼女が笑う。「父ちゃんが『疲れたら休め、でも諦めるな』って言ってた。私、諦めないよ。」

詩織の言葉に励まされる。

朝が訪れ、俺たちは工場の防衛を始める。鉄骨と車の残骸で入り口を塞ぎ、詩織がロープと鉄線で罠を仕掛ける。佐藤と田中が周囲を見回り、ゾンビの気配を報告する。変異種はまだ現れないが、通常のゾンビが川沿いに増えている。

「高橋、どうだ?」俺が由美に聞くと、彼女が首を振る。「熱が上がってる。感染してるかも…。」

「分かった。様子を見ろ。駄目なら…その時は俺がやる。」俺は冷たく答える。特殊作戦群時代、感染した仲間を始末したことがある。感情を殺すのは慣れてる。

詩織が近づき、小声で言う。「おじさん、高橋さん、助けられないの?」

「助けたいさ。だが、感染したら終わりだ。お前も分かってるだろ。」俺は正直に答える。彼女が目を伏せる。「うん。でも、父ちゃんみたいに、誰かを守りたいって思う。」

「お前はもう守ってるよ。俺たちをな。」俺はそう言い、彼女の頭を軽く叩く。彼女が笑う。「おじさん、優しいね。」

昼過ぎ、佐藤が戻り、報告する。「川の下流で変異種の群れを見た。数は50体以上。こっちに来るかは分からないが、時間の問題だ。」

「50体…」俺は眉を寄せる。ワクチン試作データが世界中で共有されていた事実を考えると、変異種は各地で発生してる。工場を拠点にしても、長くは持たないかもしれない。

「バリケードをさらに固めろ。物資を探して、武器を増やす。長期戦に備えろ。」俺は全員に指示を出す。詩織が鉄線を手に立ち上がる。「おじさん、私、罠もっと作るよ。父ちゃんの秘密基地みたいにしよう。」

「お前ならできる。頼むぞ。」俺は頷き、猟銃を手に持つ。工場は新たな戦場だ。バリケードが崩れた病院とは違い、ここで生き延びる。そのためには、俺と詩織、そして全員の力が要る。

その夜、遠くで変異種の唸り声が響く。俺たちはバリケードを背に、戦いに備える。詩織が俺の隣で金属棒を握り、静かに言う。「おじさん、私、強くなるよ。父ちゃんみたいに。」

「ああ。お前ならなれる。」俺はそう答え、夜空を見上げる。戦いはまだ続く。
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